第111話 事後報告?

「……ふぁ」


 結局、ほとんど寝ることができなかった。原因は藤林にベッドでずっと抱きつかれていたからである。

 藤林から漂ってくる女の子特有のいい匂いや柔らかさ、一度意識してしまえば、もう落ち着いて眠ることなどできなかった。


 おかげでいつもは寝ているはずの時間に起きて、コーヒーを淹れて眠気を覚ましていた。

 藤林はと言うとまだベッドでスヤスヤと寝ている。もうそろそろ部屋の気温も上がってきて寝苦しくなって起きてくる頃だろう。


 時刻は9時。

 藤林が帰ったら絶対に夜まで爆睡してやろうと心に決め、起きてくるのを待った。


 すると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 今日は店を開けるつもりはないが、店の入り口側から鳴ったということは業者か何かだろうか。


「綾子さん、なんか発注でもしてたか? 聞いてないけど」


 玄関に向かっている間にもう一度、短くチャイムが鳴った。


「はいはい、今行きますよっと」


 店の入り口を開けるとそこには。


「おっす、新世! 遊びに来たぜ!!」


 タンクトップに半ズボン姿の草介の姿があった。


「なんだ、草介かよ。悪いけど、遊びはまた今度にしてくれ。というか、来る前に連絡くらい入れろ」

「これがサプライズってやつだな。知ってるか? サプライズができる男はモテるんだぞ?」

「サプライズの仕方間違ってるだろ。今までそれでモテたことがあったかよ」

「……お前は言ってはいけないことを言った」


 俺の指摘に草介はカッと目を見開く。怖いわ。


「まぁまぁ、それは置いておいてなんだ、今日用事でもあったのか?」

「いや、単純に眠たいだけだ。俺はこの後、寝る」

「寝るって起きたばっかだろ? つーか、そういえば心なしか疲れた顔してるべ。もしかして夜更かしして、エロサイト巡回してたな?」

「お前と一緒にするな。とにかく今日はパス。わかったら──」

「ふぁ〜新世? 誰か来たのー?」

「……え?」


 ……あ。


 振り返るとそこには寝たときと同じ格好の藤林がいた。


「ああ……あああ……うああああああああああああああああああああああ」


 そして草介はなぜか突然泣き出しその場に崩れ落ちた。


「ちょ、何泣いてんの!? うるさいんですけど!?」


 藤林も急なことで驚いている。そうだよな、びっくりするよな。普段からの草介の言動に慣れている俺でさえ、急に泣き出してびびったもん。


「とりあえず泣きやめ! 近所迷惑だからな」

「だって……だって……新世が……女子と……はあああんんああああ」

「やかましい!!」

「あでっ!?」

「とりあえず、中に入れ!」


 大声で変な泣き方をする草介の頭をはたいて家の中に入れた。

 くそ……面倒なことになった。



 草介を店のテーブル席に座らせ、事情を説明することにした。藤林には話がややこしくなるといけないので少し離れたカウンター席に座ってもらっている。

 二人とも俺からのサービスでアイスコーヒーを入れた。


「オレンジジュースがよかったなー」

「じゃあ、飲むな」

「飲まないとは言ってない!」


 子どものように文句を垂れる草介にため息が出る。


「で、詳しく話を聞こう。昨日は卒業したのか否かを」

「マジでやめろ、それ。本当に何にもなかったからな」

「それは話を聞いてから判断してやろう」


 なんでそんな上からなんだ。


「言っとくけど、昨日藤林が泊まったのは偶然だからな。コンビニでたまたま会って行く宛がないって言うからしょうがなく──」

「連れ込んだ?」

「人聞きが悪い!」


 藤林と同じようなこと言いやがって。


「それで泊まっただけだからな」

「絶対それだけちゃいますやん。だって、さっき後ろから出てきた藤林、絶対土曜朝の同棲カップルのそれでしたやん。事後でしたやん」

「変な関西弁やめろ。後、事後とか言うな」

「それは俺の目を見て言えるのか? このピュアッピュアな瞳を見て言えるんか?」


 草介が目を潤ませながらこちらを見つめてくる。鬱陶しい奴め……。

 勘弁してくれよ。ただでさえ、寝不足で頭が回ってないんだ。

 確かに色々はあったけども……。


「……」


 昨日のことを思い出し、少し目が泳いでしまった。


「はい、ダウト!!! 絶対あった! 何かあった!! 一夏の何かがあった!!!」

「マジでしつこい。追い出すぞ」


 草介にしては鋭く、痛いところを突かれそうになった俺は強硬手段を仄めかす。


「あはん? まぁ、隠すことないじゃないか!! 確かに先を越されて悔しい気持ちもあるけど、俺だって祝福したい気持ちあるんだ。一人の友として……男として……ッ!!!」

「意味わからんこと言ってんな。別にお前が想像してるようなこと本当の本当に無かったからな」

「それは本当ですか、藤林さん」

「まぁー一緒のベッドで寝たけど」

「言ってること違うやんけ!!!!!」


 草介が凄まじい勢いでこちらに詰め寄った。


「だ、だから誤解だって。昨日は藤林が勝手に俺のベッドに入ってきた。それ以上でもそれ以下でもないからな!」

「どっちにしろ羨ましいわ、ボケ!!! なぜだ? なぜ神は新世にばかりスケベを与える? 一体俺の何が足りない!? 教えてーーーーーー!!!!」


 草介は天に向かって慟哭していた。

 手がつけられない。


「くそ。もう血の涙もでやしねぇ」


 あれから数分経ってようやく泣き止んだ草介。元から血の涙なんか流していないくせによく言う。


「ったく。俺だったからよかったものをこれが朝霧とかだったらどえらいことになってたぞ? わかってんのか!?」

「なんでそこで優李が出てくんだよ」

「朴念仁もここまで来ると救えないぜ」


 この前からやたらとそう言われる気がする。そんなに俺、朴念仁?


「にしてもどうすんだよ、藤林」


 草介は藤林に聞こえないようにヒソヒソと俺に話しかけてくる。

 藤林はスマホを触りながら、反対の手で髪の毛をくるくるといじっていた。


「どうって、もう帰ってもらうだけだが」

「いや、絶対帰らないだろ。親と喧嘩して、ここにきたんだろ?」

「そうらしいけど」

「じゃあ、一日やそこら帰らなねぇって! もう少し泊めてやったらどうだ?」

「マジで言ってんのか?」

「おおマジだ」

「……」

「どうした? 俺、変なこと言ったか?」

「いや、いつになく草介が真面目に答えてるなと」

「俺はいつでも真面目じゃい!! それに……俺も似たようなことしたことあるからな」

「似たようなことって家出?」

「んなとこだ。俺も同じように親と喧嘩してな」


 草介にしては珍しい。そういえばだが、草介の昔の話は聞いたことがなかったな。家の話とかも。


「つーわけで経験者である俺から言わせて貰えば、もう少し時間が必要だろってことだ。だからもうちょっと付き合ってやれ」


 いつになく真剣な顔をする草介。草介にしては珍しく暗い表情が一瞬あった。

 いつもチャランポランな草介にも何かあったのか。


「わかったよ。とりあえず、藤林とはもう少し話してみる」

「ああ。それがいい。じゃ、俺帰るわ」

「なんだ。帰るのか」

「そりゃお二人の邪魔するわけには行きませんからな」


 そう言って草介は立ち上がり、店の出入り口へ向かう。


「あ」


 そして草介は店を出る直前でこちらに振り返る。何か言い忘れか?


「卒業したら後で報告よろしく」

「ないから」


 またいつも通りな草介を追い出して小さくため息を吐いた。


「なんだったのあれ?」

「俺が聞きたい」


 遠くから様子を見ていた藤林から最もな質問がやってきたのだった。


─────────


草介にバレちゃった……。

でも優李じゃなくて良かったかもしれませんね!

ちなみに初めは優李にバレる話にしてました。そのあたりはもうちょい後に取っておきます。


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