第110話 家出の理由

 新世とのゲームはあたしの負けに終わった。

 まさかあんな風に新世に反撃されるとは思ってなかった。


 ……ちょっとドキっとしたじゃん。ほんのちょっとだけだけど。

 あのまま本当に始まってしまうかと思って焦った。


「……」


 体をギュッと抱きしめる。大丈夫。今はもう大丈夫なはずだから。


 自分にそう言い聞かせて、ベッドの中で体を縮こめる。


 今、あたしがいる部屋はこの家の家主の部屋らしい。

 運良く?用事で家を空けているらしく、今日は新世と二人きりだ。だけども流石に同じ部屋で寝るというのは新世が拒否したため、この部屋を案内されたというわけだ。


 最初、部屋に足を踏み入れた際はあちこちにお酒の缶が散らばっていた。新世もその惨状を知らなかったようで絶句していたが、すぐに片付けてくれたのだった。


 勝手に部屋を借りていいのか心配だったが、新世曰く多分大丈夫とのこと。なんでも気さくな店長さんらしい。

 以前、翠花のことを相談しにきたときにきたことがあったが、その時は店長さんは忙しそうにしていたので話していない。それ以来このカフェはあんまりきたことなかったけど、新世が働いているなら今度またきてみようかな。

 働いているところをからかってやるのもいいな。


 外では相変わらず、激しく雨が降っていた。

 時折、ピカっと光っては数秒遅れてゴロゴロと鳴る。


 その度に体がビクッとなる。


 ……なんだか寂しい。


「よし」


 体をむくりと起こしてそのまま店長さんの部屋を出る。そして新世の部屋の扉の前で立ち止まった。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いてから、ドアノブに手をかけた。


「おじゃましまーす……」


 一応、小さな声で断りを入れ部屋に侵入した。

 部屋は既に電気を消しており、真っ暗闇。


 視覚が制限されているせいか、新世の寝息がより鮮明に聞こえてくる気がする。

 新世を起こさないように抜足差足でそっとベッドの位置にまで辿り着く。


 もう最近は夜でもを寝苦しい日もあるくらいに暑い。そのため部屋はクーラーが良く効きひんやりとしていた。新世はタオルケット一枚を羽織って寝ているところだった。


 起こさないようにゆっくりとタオルケットを捲り上げ、新世の隣にお邪魔──


「何してんだ?」

「あ、バレた?」


 新世は起きていた。朝起きたら隣にいるドッキリしようと思ったのに……残念。


「っ!?」


 しかし、起きていようが関係なく、あたしは新世の隣に潜り込む。

 振り返ろうとする新世に体を密着させる。新世が固まるのがわかって思わず、にやけてしまった。


「一緒に寝よ?」

「いやいやいやいや、待て。それは流石に……」

「我慢できなくなりそう?」

「そ、そういうことじゃなくて」

「図星でしょ……?」

「……。さっき痛い目見たばっかりだろ」

「だってやられっぱなしじゃ、悔しいじゃん」

「あのな……」


 暗闇の中、密着しながらも新世の呆れる様子が目に浮かぶ。

 この調子。


「今日だけ。ダメ?」

「──っっ」


 耳元で囁くと暗い中でも分かるくらいに新世の耳が赤くなって行く気がした。


 新世をからかうのは楽しかったが、何より今は一人でいたくなかった。

 一人でいるといろいろ家のことも嫌なことも思い出してしまうからだ。


 あんなことがあったというのにあたしは、まだこんなことをしている。

 新世となら、なぜかそうはならないとどこか確信めいたものがあったのかもしれない。


「ほら、家出の理由聞きたがってたでしょ?」

「……まぁ」

「聞いて欲しいんだけど」


 ここから追い出されることを恐れて、ここにいていい理由を作り出す。こう言えば、きっと新世なら話を聞いてくれると思ったから。


「それはこの状態じゃないとダメなのか?」

「ダメ」

「……」

「あは」


 新世の諦めのため息が聞こえたのを確認して、少し笑う。そこから息を整えて新世に家出の理由をゆっくりと語り始めた。


 ◇


 終業式が終わり、学校から解放されたあたしはいつものように遅い時間に家に帰ってきた。


 これから始まる夏休みに向けて少し浮かれた気分でゆうりっちとななみんと一緒に長浜まで遊びにいっていたからだ。


 最近は、友達といるから寂しくない。

 だから家に帰って一人でも全然平気。

 一人で使うには広すぎる高層マンション。そこの一室の扉を開けた。


「……え?」


 玄関には見慣れない女性もののヒールがあった。

 あたしは嫌な予感がして、慌ててリビングへと向かっていく。


 リビングへつながる扉を開けると予想通り、そこにはワインを飲む母親の姿があった。

 それを見て、あたしは自分でも驚くほど冷たい声で話しかけた。


「……何しに帰ってきたの?」

「自分の家に帰ってくるのは普通だと思うのだけど」

「たまにしか帰ってこないくせに」

「そうね。最近は仕事がやっと片付いてきてね。しばらくはこの時間でも帰ってこれそうなの」

「…………」


 今更そんなことを言われてもどう反応すればいいかわからない。あたしにとって母親とはいつも仕事で家に帰らず、住む場所と生活費だけを提供する存在だった。


 そんな母親が家にしばらくいる?


 何を言えばいいか迷ったあたしは、無言で振り返り自分の部屋へ行こうとした。

 しかし、その瞬間に母親が口を開き、あたしの足を止める。


「ああ、そういえばね。紗奈。学校からこんなこと聞いたんだけど」

「……何?」

「あなた学校をサボってるんですって? それに服装も派手にして……おまけに成績まで悪いとか」

「だから何? たまにしか帰ってこない癖にお説教?」

「ええ、そうよ。確かに私はあなたをちゃんと見てあげれていなかったものね。だからそうなってしまったのは親である私の責任でもある」

「……」


 少し驚いて声が出なかった。母親にちゃんとその自覚があったと思っていなかったからだ。

 ちゃんと見てくれていなかったけど、そう思ってくれていただけ少しだけ母親を見直した。

 だけど、次に出る言葉で冷や水を浴びせられた。


「でもね。それを正すのも親の責任なの。私はあなたが心配だわ。このまま学校にも行かずフラフラとして、そんな娼婦みたいな格好をして、まともな大人にならなかったら亡くなってしまったあの人に面目も立たないわ」

「別にそんな──」

「だからあなたに家庭教師をつけることにしたの」

「……は?」

「私の知り合いの息子さんでね。有名私大に通う優秀な方らしいわ。明日から毎日来てくれるんですって。これであなたも少しはまともになるんじゃないかしら。まずは勉強からだけど、その方から色々社会のいろはを教えてもらいなさい」


 一体何を言ってるの?

 いきなり帰ってきて、好き勝手言う親に怒りが抑えきれなくなった。


「今更なんなの? 急に帰ってきたと思ったら説教して、家庭教師をつける? ふざけんな!! 今更母親面しないでよ!!! そんなの絶対にあたしは認めないから」

「こら、待ちなさい。こんな時間にどこ行くの」

「どこでもいいでしょ! その話なくなるまであたし帰らないから」


 そう言って、あたしは荷物を置き去りその身一つで家を出た。

 母親は追いかけてはこなかった。


 ◇


「それが家出の理由か」

「そう。めっちゃムカつかない?」

「まぁ、気持ちは分からんでもないが」

「でしょ? ああ、今思い出しても腹立つ」

「でもそれは親なりの心配もあったんじゃないか? 言ってることは正論っちゃ正論だし。そりゃたまにしか帰らないとはいえ、娘が学校行かずに遊び歩いてたら心配にもなるだろ」

「……新世はどっちの味方なの?」

「俺? 別にどっちの味方でもねぇよ。できれば、泊まるのは今日だけにしてほしいとは思ってるけど」

「……」

「……っ、ちょ、藤林!? は、離してくれない?」

「ヤダ。ムカついたからこのまま寝る」

「か、勘弁してくれ」

「やだ。おやすみ」

「……藤林?」

「…………」


 呼びかけた藤林から返事はない。耳を澄ませば、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてくる。


「マジか。寝るの早……」


 これ絶対このままのやつだ。


 さっきはああ言ったが、藤林も俺や優李のように親に振り回されているようだ。ただ聞いている限り、そこに悪意があるかどうかはわからない。


「なんだかな」


 最近は、あらゆることに顔を突っ込みすぎている。やりすぎるとまた翠花の時のようになりかねない。……今は少し見守ろう。そう心に決めた。


「それにしても……」


 藤林の女の子特有の柔らかさやシャンプーのいい香りが至近距離で漂ってくる。

 藤林に後ろからギュッと抱きしめられたままの俺は、いろんな煩悩を振り払いながら目を閉じた。


 眠れない……。



────────


こんなことされちまったら、どうにかなってしまうよ……。

明日は寝不足決定です。

紗奈編が一番1対1でラブコメしてる気がしますね。

書いてて楽しいです。


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