第10話 人は見た目ほどにモノを言わない
ギャルに連れられ、俺は隣町までやってきた。
どうやってやってきたかって?
もちろん電車だ。
先ほどまでいた水原町から三十分乗り繋いでやってきたのは隣町の長浜市。その駅周りは俺たちが先ほどまで田舎とは比べ物にならないくらいに栄えている。
「それで藤林。ここで何するんだ?」
「紗奈って呼んでって言ったじゃん」
「いや、苗字で呼ばせてもらう。まだそこまでの仲になったつもりはないからな」
「へぇ〜それはこれからそこまでの仲になるってこと?」
「…………」
ニヤニヤとこちらをからかうように見つめてくる藤林。
落ち着け。こいつのペースに乗せられるな。
彼女──
電車の中でも終始、いじられっぱなしだった。何かと俺をからかうような発言が多く、改めてギャルという名の陽キャラを苦手だと再認識した。
苗字で呼んでいるのはささやかな抵抗みたいなもんだった。
「あっち向け」
「あ、照れてんの? かわいいー」
「誰にでも言ってんだろ、それ」
「えーそんなことないけどーなー」
「そんで話戻すけど、こんなところまで来て何するんだ?」
「ほらあそこいてもすることないじゃん? だからこっち来たら暇つぶしなるかなーって。ちょうど男手があるからいろいろ買い物すんのもあり!」
ちょうどもクソも無理やり連れてきておいてよく言うよ。
あ、いや、待てよ? これってもしかしてデートってやつか?
女の子と二人きりで学校サボって買い物。
できれば清楚美人が相手だとよかったんだが、これで俺もデートしたことないという悲しき事実を一つ消し去ることができたのでは?
草介に今度自慢でもするか? あ、血の涙流しそうだから、やめよ。
「デートとか思ってんでしょ?」
「べ、別に思ってない!」
「へぇ〜、ま、いっか。じゃ、行こ!」
「ッ!?」
藤林は何を思ったか、俺の腕を取って抱きしめながら引っ張った。
う、腕にあの感触が…………。
そうして俺は己の中の煩悩と戦いながらも藤林に連れられ、いろんな店舗を連れ回された。
「じゃ、これで」
「お買い上げありがとうございます!」
「…………」
数店舗回って、その度に藤林は金色に煌くカードを使い、服を大量に購入する。
俺はというとそんな光景を眺めてはそんなに使って大丈夫なのだろうか、とお金の心配をしていた。
貧乏性な俺からしたら羨ましい限りの散財である。
「はい、これ持って」
「もう両手塞がってんだけど」
「まだこうやって──」
「ぐっ!?」
「──こうやれば持てるでしょ。貧弱な男はモテないぞっと!」
そして新たに購入された服は俺の手元へとやってくる。もちろん、これは服を買ってもらっているわけでもなく、単なる荷物持ちである。
くそっ……いいように使いやがって。
藤林は俺の両腕に袋の輪っかを引っ掛けた後、両手に荷物を積み上げると身軽に先へと進む。
荷物持ちなんて拒否したかったのに、すぐに言いくるめられてこの有様だ。
ギャルっつう人種は強かだ。やはり相性が悪い。
「じゃ、そこのカフェでも入ろっ」
そこでようやく藤林から休憩の合図が入る。
大量の荷物を抱えた俺は店員にぎょっとされたが、無事空いている席に案内され、そこで俺はコーヒーを注文した。
ちなみに藤林はよくわからん甘そうなやつ。
「で、新世って何年なんだっけ?」
二人分のドリンクが運ばれてきてから改めて、藤林は俺に質問する。
ストローでちゅーっとプラスチック容器の中身を吸い上げるその姿がなんとも艶かしい。
「今更だな」
「気にしてなかったしね。あんま見ない顔だし、やっぱ一年? 入学してすぐに授業サボるとは感心しませんなー」
「付き合わせたのは一体どこのどいつだよ。……二年だよ」
「え、まさかタメ? ますます見えないわー」
「そりゃどういう意味だ」
含みのある言葉に思わず反応する。
大人なら若く見られることは嬉しい人もいるかもしれないが、俺たち高校生にとっては大人っぽく見られた方が嬉しいに違いない。
なんていうか、まだ中学上がったばかりに見られているのはなんとなく癪だ。
「え? だって、ずっと初々しい反応してたから年下かと思って」
「……」
くそったれ。
「でもタメだったら顔くらい見たことありそうだし、あたしに話しかけてきたってことは他の町から来たあたしのことを知らない新入生だと思ったんだけどな」
またまた含みのある言葉を口にする藤林。
確かにこんな派手なギャルに好き好んで声をかけるやつなどおるまい。ナンパ野郎以外は。
「そりゃ、先週転校してきたばかりだからな」
「あ、そういうコト! 新世が噂の転校生ってコトね!」
噂ってなんの噂だ。俺は朝霧との初日のやりとりを思い出し、若干嫌な予感がした。
「別に他意はないよ? こんなツマンナイ田舎町じゃん? だから転校生でも来ようもんならすぐに噂にでもなるってワケ」
「なるほど、納得した」
「そ。でもあたしもなっとくー。同じ学校であたしのこと知ってたらまず話しかけてこないもん」
さっきも聞いた言葉。そう言った時の藤林の顔は少しだけ寂しそうに見えた。
「まぁ、俺も知ってたら話しかけないな」
「……それってどういう意味?」
藤林は少しだけ眉を潜めた。
「だって怖いじゃん。俺みたいな陰を生きるものからしたらギャルなんていうのは天敵なんだ。絡まれただけで失神するね」
「……あははっ、なにそれー! 確かに最初めちゃくちゃオドオドしてたもんね」
「放っておけ。単純に苦手なんだよ。ケバいし、うるさいし」
「普通それあたしの目の前で言う? ギャルのなにが苦手なわけ?」
「さっき言っただろ。ケバいし、うるさい」
「む」
「話を聞かない」
「くぅ」
「後、我が強い」
「ぐっ」
藤林が俺からの言葉に顔をしかめていた。きっと身に覚えがあるのだろう。
これまで散々、好き勝手やられてきたからな。
この悔しそうな顔を見るのが堪らん!
「ふん、童貞のくせに」
「それは禁止カードだろ」
一瞬で戦況をひっくり返された。
「ふふ、でもまたあたしに声をかけてくれたら卒業させてあげてもいいけど?」
「なっ!? だ、誰が! 二度と声をかけるか!」
からかわれていることが一瞬でわかった俺はすぐさま言い返した。
「あは、わかってるって。じゃあ、そろそろここ出て、記念にプリでも撮りにいこ!」
「あ、おい!」
その後、俺たちは記念?のプリクラなるものを撮って、解散することとなった。
今日一日で非常に疲れた。
荷物持ちもそうだが、最後に訪れたあの男が入りづらい空間に長いこと滞在するのは俺にはハードルが高かった。
「じゃ、今日はありがと」
「荷物は?」
「タクで帰るから大丈夫!」
藤林はタクシーを呼ぶため、電話をかけ始めた。
やっぱ金持ちか、こいつ。朝はコンビニ飯だったり、よく分からんな。
電話をかけ終えた藤林は一息ついてから、こちらを見つめた。
「変なやつにナンパされた時はびっくりしたけど、意外に悪くない時間だったかも」
「へいへい」
「また気が向いたら遊んであげる」
「へいへい」
「む、なんか一日で冷たくなった」
「……疲れたんだよ」
「まあ、あんだけはしゃげばそうなるか」
「誰のせいだ、誰の」
「喜んでたくせに〜」
最後はプリクラ撮るだけだったっていうのにそれが一番疲れたまである。
あんな狭い空間で…………。
「あ、思い出してる? スケベ〜」
「じゃあ、俺帰るからな」
「じゃね〜」
ちょうど呼んだタクシーがやってきたところで俺は藤林に別れを告げる。
藤林もすぐにタクシーに乗り込むと舌を出してウインクをしながら手を振って離れていった。
「マジで濃い一日だったな」
それから疲れた俺は、帰ってから帰りが遅かったという理不尽な理由で綾子さんにこき使われたのだった。
◆
あたし、藤林紗奈はタクシーの中で今日一日を振り返っていた。
今日もいつも通り、つまらない日常が始まるのかと思っていたが、そうはならなかった。
──俺と遊ばない?
今思い出しても酷いナンパだった。
今時、あんな風にナンパしてくるやつがいるのかと驚いた。
それに顔が悪いと言うワケじゃないが、見た目的にもあたしをナンパしてくるようなタイプには見えなかったというのもある。
しかし、ナンパしたその男はなぜかあたしではなく、あたしが進む先を気にしている様子だった。
そこで気がついた。どうやらこのナンパ男は正面から東高の生徒がくるのを教えたかったらしい。
そうして、あたしはナンパ男──新世の誘いに乗り、一日遊ぶこととなったのだった。
誰とも付き合ったことのないあたしだが、こんな派手な見た目からかよく遊んでいると噂されている。
曰く、どこぞの有名なヤンキーの彼女だとか。
曰く、お金持ちのパパがいて、貢がせているのだとか。
学校のみんなじゃ好き勝手、あたしのことを噂している。
まぁ、半分くらいは当たってるし、そんな噂、すぐに収まるだろうで思って否定しなかったらあっという間に広まってしまった。
そうして今となっては、誰も近寄らなくなってしまった。
だから少しだけ新世の反応は新鮮だった。
世間でのあたしを知らない新世が。
からかうとあまりにもウブな反応が返ってきたのがたまらなく面白かった。
「ぷくく、今思い出しても笑える」
帰りのタクシーの中、大量の荷物を両脇に一人笑う。
ちょっとからかってやるとすぐに顔を真っ赤にする。
そんな初々しい反応を見ると久しぶりに楽しいって思えた。
最初はそういう目的かどうか確かめるためだったけど、新世がそんな反応をするものだからついつい調子に乗ってしまった。
本当は、そういう風に思われるのも嫌なはずなのに。
そうして家に着いたあたしは、誰もいない高級マンションの一室へと足を踏み入れる。
「ただいま」
返ってくるはずのないその挨拶がいつも以上に寂しく感じた。
「学校行ったらまた会えるかな」
疲れ切ったあたしは、ベッドに横たわってそのまま目を閉じた。
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