第42話 アイツの過去とやっぱり似ている私たち
腹が立った。
何も知らないくせに。
──気持ちはわかる。
何がわかるって言うの?
一体私があの親からどんな扱いを受けてきたか、知ってるの?
そんな私に優しくしてくれた弟のことを悪く言われて余計に腹が立った。
それに未来が分かるですって?
ふざけているとしか思えない。人のことを完全にバカにしてる。
そんな理由で弟が七海に何かするっていうのを信じるっていうほうがどうかしてる。
「…………」
初めて会ったときの記憶が蘇る。もし、アイツがあのまま何もしなければ、私がどうなっていたか。
あの後、アイツが私に抱きついた理由を説明した時の違和感。
私はかぶりを振った。
それでも未来が分かるだなんて、ありえない。
ともかく。弟を──優斗を探して、聞いてみよう。七海を付けていたことだってきっと間違いだ。仮に本当だったとしても何か理由があったはず。そうに違いない。
──それまでにおかしなことなんて本当になかったか?
……またアイツの言葉が引っかかった。
ゴールデンウィークに出かけている最中、いなくなったこと。
今日だって、急に一人でいなくなったこと。
それ以前もあげればキリがない。だけど私はそれに目を瞑った。
そんなこと気にしても仕方ない。だって、優斗はいつだって奔放だったのだから。自由な子だけど私には優しかった。
ただそういう性格なだけ。
そんな思いを胸に私はおばあちゃんの家に帰った。
優斗は忘れ物を取りに帰っていると言っていた。しかし、家に優斗の姿はない。
濡れた格好で私は、家の中を探し回る。するとキッチンで料理を作っていたおばあちゃんがリビングに出てきた。
「あれ、優李ちゃん。学校はどうしたの? それにそんなずぶ濡れで……」
「おばあちゃん、優斗は帰ってない?」
「優斗ちゃん? 朝、帰ったじゃないの」
「忘れ物したって」
「そうなのかい? でも今日は誰も家にこなかっ──あ、優李ちゃん!」
私はおばあちゃんの話も半ばで家を飛び出した。おばあちゃんに心の中で謝ってて、私は優斗に電話をかける。
「一体どこにいるの……?」
妙な胸騒ぎした。……違う。これはアイツに変なことを言われたからだ。そうに違いない。
その後も優斗に連絡を入れても返事は返ってこない。大雨の中、探し回ったけど優斗は見つからなかった。
そして時刻は夕暮れ。そんな時間になってもまだ優斗からは連絡が来ない。
不安が加速していく。
「どうしよう……」
母親の言葉がフラッシュバックする。
──あんたには何も期待しないけど、それくらいのことなら出来るでしょ。
やっぱり私は何もできない、ダメな子なんだ。
目頭が熱くなってきた。鼻の奥がツンとする。誰もいない。世界でたったの一人ぼっち。そんな感覚に陥る。
雨は止むことを知らずに私を濡らし続ける。
「あれ、優李ちゃんだっけ?」
そんな私に声をかけたのは、アイツの保護者──店長さんだった。
◆
大雨の中、死にそうな顔をしていたのが心配だった──店長さんにそう言われて店まで連れてこられた。
どうしたらいいか分からない私は、店長さんに導かれるまま、付いて行った。
店長さんは表の看板をすぐに“Close”に変更し、私にタオルと着替え、暖かいコーヒーを出してくれた。
「……すみません。着替えまで……」
「いいって、いいって! あの子の友達があんな場所でびしょ濡れになってたらそりゃ、心配もするって!」
友達、と言われて素直に頷くことができなかった。
「服もぴったりでよかった。スタイルいいね、流石私!」
よくわからない自画自賛とともに店長さんは私の前に座る。
今は、店長さんから借りたジーンズとTシャツに袖を通している。
じっと見つめられて、何をどうすればいいのか分からない。
「……お店良かったんですか? 閉めちゃって」
とりあえず目を逸らし、気になったことを聞いた。
「いいの、いいの。この店は私の気分で開けたり閉めたりしてるから。それに今日は雨だし、客足少なさそうだしね」
「そうですか……」
この店長さんの自由なスタイルが人気の秘訣なのかもしれない。
窓の外を見ると雨が一層激しくなっていた。
早く優斗を探さないといけないのに、こんなところでゆっくりしていいのだろうか。
これを飲んだらまたすぐに探しにいかなくちゃいけない。
「不安そうな顔だね」
まるで私の心を読んでいるかのように店長さんは言った。
「あの……私これ飲んだらすぐに出ますから」
「いいよいいよ。もうちょっとゆっくりしてき。何をそんなに焦ってるの、若者よ」
「……弟がどこか行っちゃって。早く探さないといけないんです」
「弟くんが。そりゃ大変だ。でも外の雨激しくなってきたよ? 出るならもうちょっと雨が弱くなってからにした方がいいんじゃない?」
確かに外の雨は先ほどよりも強まる一方だ。だからこそ、余計に不安になってくる。自分だけ、こんなところに居ていいのかと。早く優斗を見つけて安心したい。
「不安かもしれないけど、焦っていいことないぞー?」
「そんなこと……わかってます」
「いいや、分かってないね。婚活がうまくいかない女の焦りを君は知らない」
「…………」
ちょいちょい、よく分からないことを挟んでくる店長さん。それにどんなリアクションをしていいか分からず、戸惑う。
さっきまで優斗が見つからずに途方に暮れていた。だから今すぐに出て行ったって何かが変わるわけじゃない。心ではそれが分かっているけど、そんなに簡単じゃない。それもこれもアイツが変なことを言ったからだ。
「それともう一つ。あの子と何かあった?」
「……っ」
心臓が跳ねた。
……この人、超能力者か何かだろうか。
まるで見ていたかのようにさっきから言い当てられてばかり。
「さっき、あの子の友達って言った時、なんとも言えない顔してたからね」
「…………」
どうやら顔に出過ぎていたらしい。バツが悪くなってまた、なんと答えたらいいか分からない。
「焦っていることとあの子と何かあったこと。これってきっと無関係じゃないよね?」
「……店長さん、占い師にでもなったらどうですか?」
「ありゃ、それも当たってた?」
「当たってるどころか、心を見透かされてるみたいで怖いです」
私は思ったことを正直に話す。本当にどこかで見ていたんじゃないかってくらい的確な質問だった。
「あちゃー、怖がらせちゃったか。ごめんよ。まぁ、長年この店でいろんな人の話聞いてるとね、その人がどんなことを考えてるか手に取るように分かるようになるもんなのさ」
……そういうものなの?
「ほら、悩みがあるんならお姉さんに話してみ? 全くの他人だからこそ言えることってあるかもしれないじゃん?」
「……そう、ですね」
「うん。胸の中にあるモヤモヤを消した方が結構、視界がクリアになって見えてくるものもあると思うよ?」
不思議とこの店長さんなら今私の抱える不安や悩みを打ち明けてもいいと思ってしまった。
それはさっきから私の心がまるで魔法にかかったみたいに当てられているからだろうか。
さっきまで焦ってすぐにでも弟を探しに行こうとしていたのに気がつけば、店長さんのペースに乗せられている。
それに……単純に私がこの心に抱えたモヤモヤを今は誰かに話したい気分だったからかもしれない。
もう少しだけ雨が弱まるのを待ってからでもいいのかな……。
「私、親とあまり関係がよくないんです。最近は忘れられてたんですけど、今日偶然親に遭ったら、また嫌なことを思い出しちゃって」
私は、初めてプライベートな事情を七海以外に打ち明けた。
店長さんはそんな私の話を真剣な表情で聞く。
「そんな時にアイツがやってきて、急に分かったようなこと言うんです。私のことなんて何も知らないくせに。だから腹が立って……」
弟のことを言われて、頭に来たのは事実だけど、何より私の過去をわかって気になっているのも無性に苛立ちを覚えた。
同情なんかされたくなかった。
いつもは面倒くさがってばかりのくせに……なんでこういう時だけ。放っておいて欲しかった。
「……なるほど。そういうことね。あの子がねぇ……」
店長さんは私の話を聞いて深くうなずいた。
その瞳には憂が映る。
「なんとなくだけど、あの子がどんなこと言ったか、分かっちゃった」
「……どういうことですか?」
「私ね、この町に住んで長いの。それでね、あなたの家のおばあさんのことも昔からよく知ってる顔馴染み。だから、あなたがこの町に引っ越してきた経緯もある程度知ってるの。話してもらってからこんなこと言ってごめんね」
「…………!」
まさか、自分のことをおばあちゃんや七海以外が知っているとは思わなかった。
田舎は話が回るのが早いと言うけど、おばあちゃんが話したのだろうか。
不思議と嫌な気持ちはない。
「あの子とは短い付き合いだけど、結構、不器用な性格してるからね。そんなあの子の事情を知ってる私から言わせてもらうと……その言葉に嘘はないと思うよ」
「…………」
店長さんは至って真剣だ。ふざけているような節はない。
そうは言われても一体なんのことだか分からなかった。
だけど、すぐに店長さんの言葉で理解する。
「あの子もね。両親に捨てられたの」
「──っ!」
──気持ちは分かる。
あの時、そう言ったアイツの顔を思い出す。
そうだ。登山の時に見せたような……いつまでも過去に囚われて前に進めないような、そんな顔。
「捨てられたって言うよりかはボロボロになるまで利用されたって言うのが正しいかな」
「利用……」
「そう、あの子の両親は昔からどうしようもない人たちでね。全く働いてなくて。家のことも全く何もしないもんだから、全てあの子がやっていたの。中学生の頃から、あの子はそんな両親のために年齢誤魔化して働いてた。そのせいであの子は好きなことは諦めて、お金のことばっかり考えるようになってったくらい。それでも大事な妹ちゃんがいたから頑張れた」
そんなこと初めて聞いた。アイツの口からは一言も…………。
妹いたんだ。今は離れて暮らしているのだろうか。
「……それでなんでアイツはここに?」
「ほんの少し前まであの子入院してたの。両親の企てた犯罪に巻き込まれて事故に遭っちゃって。妹ちゃんもその時に亡くなっちゃってさ。身寄りがなくなっていろいろ知り合いのツテでここに来たってワケ」
そして絶句した。次にやってきたのは自分への怒りと羞恥だった。
どんな気持ちでアイツは私に声をかけたのか。それが今になって分かった。
──そんなこと気にしても仕方ないだろ? 朝霧は今、こっちにいて、倉瀬と楽しく過ごしてる。それでいいんじゃないか?
あれは自分に向けての言葉だったんじゃないか、そう思えて仕方ない。
わかったような気になっていたのは私だった。
「私も人伝で聞いただけだからね。正確な事はわからない。それにあの子自分のこと全く言わないでしょ? あ、優李ちゃんもかな? 結構似てると思うよ、君たちは」
そう言われると複雑な気持ちになる。自分もアイツ似ていると感じたことはあった。でもそれはすごく感覚的なもので。
アイツの過去を知った後、まさか自分と同じような経験をしているとは思っても見なかった。
いや、似ているようでちょっと違う。
もしかしたら、私なんかよりもっと酷い。
「私、酷いこと……言っちゃった……」
思わずつぶやきと涙が溢れる。頭の中が余計にぐちゃぐちゃになる。
「あはは、見当つく」
それをなぜか店長さんは笑った。
「でも気にしなくていいよ。大方、あの子も自分の事情も話さずにデリカシーのないこと言ったんでしょうよ。そりゃ、自業自得! 女心が分かってない! そういう時は黙って抱きしめたらよかったのに。今度、教えておいてといてやるから安心して」
店長さんが私の涙を拭って、ウインクをした。
店長さんのおかげ暗い気持ちにならずにすんだ。ただ話を聞いているだけだったら、また私も深く沈んでいただろう。それくらい重い話だった。
「それにあの子は思っている以上にすごい子だから」
「そう……ですね……」
話を聞いている限り、アイツがそんな目に遭ってからまだそんなに時間は経っていないはず。それなのに、もう普通に過ごせていることをすごいと思った。それでもそんなアイツでもやっぱりあんな顔をするんだ。
店長さんは気にしないいでいいと言ったけど、やっぱり今度会った時はしっかり謝っておかなくちゃ、そう思った。
アイツのことが分かって、少し頭の中がスッキリした気がする。
アイツはアイツで私と似たような過去を持っていて。その心配が本当だったんだと実感した。
後、自分の胸の中に残っているのは弟のこと。
不安はまだ消えていない。
アイツの言ったこと。まさか未来が分かるなんて思ってもいないけど。
……弟──優斗が私の予測を超えて好き勝手に動き回る事はこれまでもあった。その度に優斗はそういう奔放な子だとしか思っていなかったけど、改めて、冷静になってその行動におかしいことはなかったか、考える。
「…………」
たった一人、私に優しくしてくれた弟。
そんな優斗を信じてあげたい。
結局、頭で考えてもわからない。自分が盲目的に優斗のことを考えているのかも。
だからちゃんと優斗と向き合って、しっかり話をしよう。
「あ、雨。マシになってきたね。晴れたら一番だけど、流石に今日は止まなさそう」
店長さんが窓の外を見て言った。
「ちょっとは、スッキリしたかな?」
「はい」
「傘、そこにある黒いやつ。使っていいよ!」
「ありがとうございます」
私は立ち上がり、外へと向かう。
もう一度、冷静になって優斗がいきそうな場所を探してみよう。
「こんな上等そうなやつ、借りてよかったんですか?」
手に取った傘はすごくしっかりとした丈夫でいい傘だった。
「ああ、いいよ。あの子のだから」
「あはは……」
なんだか、今度は私が同情したくなった。
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