第3章

第74話 プロローグ あの人に憧れて

 初めてボールに触れたのは、いつだったかな。

 小学校の頃にお父さんが持ってたマンガを読んでから私はそのスポーツの虜となった。


 昔っから男勝りで負けん気の強かった私は、学校で同じクラスの男の子によく1on1を挑んでは、帰らなくちゃいけない時間になるか、相手を打ち負かすまでやり続けていた。


 学校から帰ったら、今度は近くの公園でドリブルをついたりして。当時はバスケットボールのリングなんてなくて、それでも日が暮れるまでやって帰ってた。


 いつしか、男の子たちは、そんな私を男女だとか、ゴリラだとか揶揄うようになっていた。

 それでもバスケットが大好きだった私は、そんなことを気にしないようにして一心不乱に雑音をかき消そうと黙々と練習を続けていた。


 言われることで傷つかなかったわけじゃない。それでもその時は、それ以上に他のことなんてどうでも良かったのだ。


 だから地域のミニバスでもキャプテンにまでなったし、地区大会でも優勝まですることができた。

 努力が身を結ぶ瞬間はいつだって格別だった。


 そんな私にも伸び悩みはやってくる。

 それは意外にも早く中学一年生の時だった。三年生が引退してからのこと。


 私はあまり身長が伸びなかった。

 もちろん、成長期だし、これからも伸びる可能性はある。だけど、女子の成長というのは早く、大体の子の身長は、中学に入る頃には完成されていた。

 だから他の子がどんどん、私の身長を追い抜かしていくのを私は黙って見ているしかなかったのだ。


 バスケットボールというスポーツは身長の高さがものをいうスポーツ。もちろん、それだけじゃないことはわかっていた。だけど、それが大きな要素を持っていることは確かだし、何より当時の私はそれで一番になると決めていたので、焦りを感じていたのだった。


 そんな私は、中学一年の時、鮮烈な出会いを果たす。

 あの時、あの新人戦で見たあの人のプレイ。


 それはまるで流麗で楽しそうに、だけども逆境になるとまるで人が変わったかのように周りを鼓舞して、最後まで諦めないあの熱さ。それは今でも深く記憶に刻み込まれている。


 それを見てから私はまた輝きを取り戻した。目標ができた私は、それを目指すため今以上に努力した。いつか、憧れたあの人のプレイに近づくために。


 そうして私は、ここまでやってきた。



「いいか? 最後、鈴木がドライブを仕掛けろ。そのまま打てそうだったら打つ。ヘルプが寄ってきて打てなさそうだったら、さばけ。ボール受け取ったものは迷わず打て! 逆サイドはその間にスクリーンして、シューターをフリーにすること。そっちに出せそうだったら出せ」


 総体。インターハイ予選、決勝リーグ。この試合に負ければ、インターハイに出るのは難しくなる。

 最後のタイムアウトで、顧問の先生が指示を飛ばす。


「よし、じゃあ、最後泣いても笑っても、がんばってこ!!」

「「「「はい!!!」」」」


 そして、キャプテンである鈴木先輩がメンバーを鼓舞する。

 残り時間は、6秒。1点差。


 審判からボールを渡され、プレイが始まる。


 そして、鈴木先輩が作戦通り、ボールを受け取り、一対一を仕掛けた。


「翠花!!」

「…………っ!!」


 まさに作戦通りの展開だ。

 先輩から託されたボールをキャッチする。

 私のマークマンは先輩が抜き去った後、ヘルプに入るため、私から離れており、マークにつくのが遅れた。


 フリーだ。

 私は、落ち着いて両手で自身の持つボールを放った。

 ボールは綺麗な放物線を描く。


 ──入る。そう予感した。


「……よしっ」


 ──ガッ。


「……!!」


 しかし、無情にもボールはリングに弾かれ、そのまま試合終了を告げるブザーが鳴った。


 やっぱり、私はあの人のようにはなれなかった。


 ◆


 雨というのは、人を憂鬱な気分にさせる。

 ほんのちょっと前から梅雨前線が活発化して、無事梅雨入りを果たしたそうだ。

 例年に比べ少し早い。


 外はザァザァと雨の音が聞こえたかと思ったら、雷も鳴ることもしばしば。


 その度に隣の席の朝霧は、体をビクつかせていた。

 その姿を俺が見ていたら、なぜか顔を赤くして、「べ、別に怖かったとかそんなんじゃないから!!」と否定していた。


 怖かったんだな。


 そんなことはさておき、雨の日は俺もあまり好きじゃない。

 最近は、頻繁に頭痛に襲われることが多くなったが、雨の日だとその症状がより顕著になる。

 気圧の問題か、何か知らんが体がだるくてかなわん。さっさと気持ちの良い空でも見せて欲しいものだ。


「やっぱり、こういう日は家でゴロゴロとするに限るな」

「お前、学校に来て体育中にいうことじゃないだろ」


 しかし、そんな俺の願いなど叶うわけもなかった。だって、平日は学校があるもの。


「いいんだよ、今は休憩中だからな」

「つってももうちょいやる気出した方がいいんじゃないか? さっき朽木睨んでたぞ」

「……マジ?」

「まじまじ」


 朽木というのは、体育の先生である。よくいる強面の先生だ。しかも、我らが担任の桐原先生と同じく生徒指導でもある。それにしても体育の先生って強面じゃないといけない決まりでもあんのかね……?


 そんな先生に目をつけられるのは非常によろしくない。


「俺、そんなにやる気なかった?」

「なかったな」


 なかったらしい。


「それにこの前の件もあんだろ」

「ああ……」


 この前の件というのは、三谷……ゆゆの件だ。あれで俺も悪目立ちをしてしまった。

 ただ静かに学校生活を送りたいだけなのに、なぜこうなる。

 いらんことに首を突っ込みすぎるからこうなるんだ。


 内心で自分の行動にツッコミを入れる。


 これからは、もう少し自重しよう。


「それより中城を見て見ろ」

「中城?」


 そんな決意をしていた俺は、草介に指を差された方を見る。

 そこには、10名の男子生徒たちがバスケットボールを持って、攻防を繰り返している。

 そう、今は体育で授業でバスケットボールをやっている。

 もう時期ある球技大会へ向けての授業というわけだ。


 その中でも中城と呼ばれた男子生徒は、他の生徒よりも実力が抜きん出ていた。

 それもそのはず、彼はバスケ部で二年生で二人しかいないスタメン組だったらしい。


 そして、そんな中城がシュートを決めるたび、コート外で見ていた女子たちが時折、黄色い歓声をあげていた。


 爽やかで身長も高く、スポーツもできる。おまけに容姿まで。天は二物を与えないというがそれは嘘である。


「で、中城がどうした?」

「体育でも活躍できれば、ああやって女子からモテるんだ!! なんでやる気をださねぇ!!!」


 草介は血の涙を流しながら訴える。


「俺が活躍してもお前がモテるわけじゃないだろ」

「それでもいい!! 少しでもおこぼれをもらえれば……」

「ぶれないな、お前……」


 相変わらずの草介にため息をついた。ゆゆの件で、少しは見直したがやっぱり草介は変わらない。


「まぁ、それはそうと女子の運動してる姿もいいよな」


 そしてすぐに切り替えた草介の視線の先には、同じようにバスケをする朝霧や倉瀬の姿があった。

 草介以外にも男子たちの多くの視線はそこに吸い寄せられていた。気持ちはわからんでもないが見過ぎだろ。


 それに気がついた朝霧は不快そうな顔をしている。


「……!」


 そして俺とも目が合うと、朝霧はなぜか恥ずかしそうにして、こちらを睨みつけた。

 一方で倉瀬は、にこやかに手を振っていた。


「こりゃ、男子たちの恨みを買うな」

「ワケがわからん」


 草介の呟きに反論する。


 そんな中、一人端っこで見学をする女子生徒の姿が目に入った。


「翠花?」


 それは、いつも元気なバスケ大好き少女である、翠花だった。


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