第75話 いつも明るいあの子もたまには元気がない

 体育の授業が終わり、俺たちは更衣室を後にする。


「わり、俺トイレ行ってから行くわ」

「お? 大か?」

「ちげーよ。先帰っててくれ」

「あいよ。次、楓ちゃんの授業だから遅れるなよ」

「それ絶対本人の前で言うなよ?」


 楓ちゃんというのは、桐原先生の名前だ。最近、草介がなぜかそう呼びはじめた。それが先生にバレるたびにキツイ仕置を受けるのだが、なぜかそれすらも喜んでいるように思えてならない。


 俺は草介に告げてから、トイレへと入ると先客がいることに気がつく。

 なんとなく気まずく思いながらもその隣へと歩を進める。

 いや、隣に人がいるとなぜか出が悪くなるんだよな。別に見られるわけじゃないのだが、不思議だ。


「…………」


 そして隣の人物がようやく視界に入ったところで、それが先ほど草介と話をしていた人物がスラッと背の高い人物であることに気がつく。


 その人物──中城は、スラット高い身長の持ち主で端正な顔立ちをしている。モテるのもわかる。


「何か用? じっとこっち見て?」

「い、いや何でも……」

「よかった。そういうタイプの人かと思ったよ」

「違うから」


 中々の気配察知力だ。そんなジッと見たつもりはなかった。いい訳じゃないがほんのチラッとだけだからな?

 断じて俺にそっちの気はない。

 

「…………」

「…………」


 気まず。その後、無言になりながらも互いに用を足し終えてからも洗面所でお互い隣になり、無言は続く。

 別に友達でもなんでもないのだからこのままでもいいのだが……やっぱり気まずいと何かいうことはないかと言葉を探してしまう。


 と、思っていたらなぜか向こうから話しかけられた。


「伊藤ってさ。本当はバスケうまいんでしょ?」

「いや、別にうまくないけど。なんで?」

「休憩の時、一人で軽くシュート打ってるの見たから。明らかに経験者のそれだった」

「…………まぁ、経験はあるけど、それだけだぞ?」

「俺はうまいって聞いたけど」

「……誰に?」


 俺がうまいかどうかはわからんが、一体誰だそんなことを言うやつは。


「女バスの瀧本」


 翠花かよ。話しかけられたことにも驚いたが、まさか中城にバスケの話をされるとも思っていなかった。


「あの瀧本が言うんだからよっぽどだろうなって」

「仲いいのか?」

「俺は別に普通だよ。町田とかはいいと思うけど」


 町田……? 誰だったっけ?

 全然覚えてない。


「それに伊藤の方が仲良いでしょ。夜の公園で1on1するくらいなんだし」

「いや、まぁ……なんというか成り行きでな」


 というか、俺と翠花が1on1したことまで知ってるのかよ。

 まぁ、俺のバスケの話するって言ったらあの時くらいしかないけど……。


 ……にしてもなんで俺の話になったんだ?


「そういえば、翠花なんか元気なかったように思うけど知ってるか?」


 そして、俺はさっき見かけた翠花の様子を思い出し、せっかくなので聞いてみることにした。


「瀧本が? 珍しいね。彼女いつも騒がしいのに」

「……まぁ、確かにな」


 やっぱり男子バスケ部でも翠花はそういうポジションらしい。翠花らしいと言える。


「もしかしたら、あれかもね」

「あれ?」

「この前、総体予選あったんだけど、その試合で入れば逆転勝ちって言うシュート外しちゃったんだ」

「ああ……」

「入ってれば、ブザービーターでヒーローだっただけに残念だね」

「……そういうことか」

「三年生も引退がかかってるからね。きっとそれで落ち込んでるんだろうね。よかったら元気付けてあげてよ。彼女があんな様子だと体育館の雰囲気も心なしか、少し暗くなるから」

「……なんで俺が?」

「名前で呼び合うくらい仲良いんでしょ?」


 中城はそう言って、笑いかける。こりゃ、確かに人気が出そうな顔してる。

 それにそう言われるとなんとも反論しづらい。


「じゃ、俺はいくけどまたよかったら1on1でも相手してよ」

「いや、バスケ部のエースと相手にならんだろ」

「どうかな。まっ、とにかく次の体育ではよろしくね。じゃあ、また後で」


 中城はそうして目をギラつかせると先にトイレを出て行ってしまった。


 ……なんだったんだ。あの目……なんというか、翠花に近いものがある。

 目をつけた相手は逃さない的な?


 というか、普通に相手したくないんだが?

 別に中城が嫌なわけではなく、単に疲れたくないだけである。この前の翠花を相手にするのにも精一杯だったからな。


 それにしても翠花が元気のない理由はそういうことだったのか。

 ブザービーター……試合終了の合図とともにシュートが決まることだ。

 確かにそれが入っていれば、中城の言う通り、一躍ヒーローとなっていただろう。

 逆もまた然り。

 別に入っていなくても翠花の責任だとは思わないが、翠花の性格から考えると気にしそうな気がする。三年生の引退がかかっているなら尚更。


 そんなことを考えながら、続いてトイレを出ると今度は、同じく女子トイレから出てきた生徒とぶつかりそうになった。


「っ、ごめん」

「こっちこそ、ごめん……って新世くん?」

「なんだ、翠花か」

「む? なんだって何さー!」

「いや悪い悪い。トイレの中でも普段話さないやつから話しかけられてな。そこで翠花の話になったから」

「え、私の話!? ちょちょちょ、何話してたの!? というか、誰と話してたの!?」

「中城だよ。男バスの。翠花、俺のこと話したろ、バスケうまいとか何だとか言って」

「な、なんだそんなことか……翠花の知らないところで話題に上がるとなんか気になっちゃうよね〜。悪評価と思って」

「翠花も俺の知らないところで話してただろ」

「えっ? えへへ〜……ど、どうだったかな〜?」


 こいつ……。


 翠花は俺が指摘すると露骨に目を逸らした。まぁ、別にいいけど。

 しかし、翠花と話してみると思っていたよりも元気そうだった。

 ただ、それでもいつもよりかどこかぎこちない。


 ここでさっき中城が言っていたことを思い出す。


 ──よかったら元気付けてあげてよ。


 そういうの苦手なんだけどな……。

 まぁ、仕方ない。俺も翠花に元気がないと調子が狂うし。


「……まぁ、そう落ち込むなって」

「……え?」

「ほら、中城から聞いたんだけど、この前の総体で……」

「……」


 翠花は目をパチクリとさせる。


「まぁ、三年が引退したっていっても遅かれ早かれ来るワケだしな。あんまり自分のせいだとか思わない方がいいぞ」

「えっと、新世くん。引退って何の話?」

「……へ?」


 俺の話を聞いていた翠花はキョトンとして言う。

 ……俺、間違ったこと言った?


「いや、だからこの前の総体で最後のシュート外したんだろ? それで負けて三年生が引退したって……」

「えっと、まだ引退してないよ?」

「……ん?」

「た、確かに最後のシュート外しちゃったけど、元々1位じゃなかったし、インターハイに出られないのは確かだけど……。決勝はリーグ戦だから。他校の成績のおかげで今回は、勝ち残れたの。それで来月頭にある地方大会には出られるから、まだもうちょっと先かな」

「……さっき体育見学してなかったか?」

「あ、バレてた? でもそれがどうしたの?」

「いや、そのことで落ち込んでるのかと」

「ええ!? ないない! そんなんで落ち込む暇あったら次は入るように練習するよ!!!」

「…………」


 あの野郎……っ!

 とんだでまかせじゃねぇか……。


「じゃあ、何で休んだんだ? バスケジャンキーの翠花が珍しいな」

「ば、バスケジャンキーって……翠花にだって、体調が悪い時くらいあるんだからね!」

「あの翠花が……?」

「だ、だから翠花にだってそういう日くらいあるのっ! 新世くんってもしかしてデリカシーない人!?」

「……悪い」


 どうやら触れてはいけないことだったらしい。

 俺はなんとなく察して、これ以上は言わないようにした。


「もうっ……! でも、心配してくれたんだよね、ありがと」

「ど、どういたしまして。でもすごいな。地方大会まで出られるなんてさ」

「えへへ、もちろんっ! 大会は隣の県であるからさ。よかったら見に来てよね! あ、やばっ。次の授業始まっちゃう! じゃあね!」


 翠花は俺の返事を待つことなく、慌てて走っていってしまった。

 そして俺も教室へ向かおうとしたところでチャイムが鳴った。


 当然、桐原先生には怒られた。


 ……ともかく、翠花が元気そうでよかった。



──────


更新遅くなり、もうしわけございません。

翠花ちゃんをどう書いていこうか、試行錯誤中……。


いい話にできるようにがんばります。


ご感想お待ちしております。

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