第76話 チンタラしてたら、私が先に先輩もらっちゃいますよ?
放課後。今日は早めに家へと帰った。
その理由は、綾子さんが用事があるらしく店番を頼みたいとのことだった。
そんな日くらい店を閉めたらいいのに、と言ったのだが、却下されてしまった。このご時世少しでも稼いでおきたいらしい。
大した客入りもなければ、人件費とか諸々の費用かかってむしろマイナスと思うんだが……。
と、言いそびれてしまった。
そんなわけで、俺一人で店を切り盛りしているわけだが──
「なんでここにいる?」
「せんぱい一人だったら寂しいかなって、思って」
カウンターごしにアイスカフェラテをストローで飲むゆゆがそんなことを言った。
そもそも俺が一人で店番をしていることなぞ、誰にも言った覚えはない。
なのにどこからか嗅ぎつけてこいつはここにいる。
「仕事の邪魔だから、帰ってくれる?」
「ひどいですよ、せんぱいっ! 私だって、売り上げに貢献しているお客様の一人です! それに……」
そう言ってゆゆは、店内を見渡す。
「他にお客さんいませんよ? これで何が邪魔になるんですか?」
「うるせぇ。俺には、誰にも邪魔されずにぼーっとする時間が必要なんだよ」
「せんぱいったら、意地張っちゃって。本当はゆゆと二人きりで嬉しいくせにっ!」
「……本当にキャラ変わったよな」
「むっ。今そんな話してませんけど!?」
「あの頃の慎ましいゆゆを返してほしいな」
「ひどっ! そんな今の私嫌ですか……?」
ゆゆは上目遣いと涙目でこちらを見てくる。
これがゆゆの常套手段であることは明白だが、やはり顔立ちが整っているだけに威力は破壊しれない。
「っ、そんな目でこっちを見るな」
「あれ? せんぱい。顔赤くないですか?」
「なってねぇよ、つか、近い!」
「……もうっ! 照れなくてもいいのに」
ゆゆは俺が押しのけると頬を膨らましながら離れた。
全くあの日以来やたらとグイグイくるようになったのは何故なのか。
単純に懐かれたというのもあるのかもしれんが。
「本当に毎日のように現れやがって……暇なのか?」
「失礼ですね。せんぱいに会いたいから来てるのに」
「俺なんかに時間使わないで、クラスの子とかと遊べよ。小寺さんだっけ? 仲良くなったんだろ?」
「そりゃ、ミオりんとは仲良くなりましたけど……」
なんだか不満そうにゆゆは、頬を膨らませる。
「むぅ……せんぱいって本当に朴念仁なんだから」
何故だか、バカにされた。納得がいかない。
「私のこの前の配信見てないんですか?」
「見たけど……」
「……まぁ、いいです。まだこれからなんですからね」
「……?」
「(頑張れ、私!)」
ゆゆは、一人で拳を作り何かを意気込んでいた。
そんな折、店の扉についている鈴がカランカランと音を立てた。
お客様が来店した合図だ。
「いらっしゃいませ」
来店した客の方へとあいさつをする。
そこにいたのは──
「あ、新世。ち、近くまで寄ったついでに急にコーヒが飲みたくなったから来てあげたわ!」
朝霧だった。
なんだ、そのよくわからん理由は。
◆
今日、授業が終わると新世はあっという間にいなくなっていた。
なので近くにいた笹岡に新世がどこへ行ったか聞いた。
──新世? ああ、あいつのことだしどこかで女の子と……ひぇっ! じょ、冗談だって! 店番頼まれてるって聞いたぞ。
そういうわけで笹岡や七海を誘ってカフェへ遊びに行こうとしたのだが、どちらも用事があったらしく断られてしまった。
断られた時点で行くか迷った。
別に一人で行ってもよかったんだけど……だってほら、あれじゃない?
なんか一人で行ったら私がわざわざ会いたくて行ったみたいに思われたら尺じゃない?
……なのになんで私がここにいるかって?
なんとなくコーヒーを飲むたい気分になったから。
そう、そうよ。そういう気分だったのよ。
そういうわけで仕方なく近くを寄ったという体で来たわけ。
まぁ、新世も一人で暇だったら良い話相手にでもなってあげようかなって思って。
それなのに……なんでいるのよ。
どうやら私と同じような考えを持つ人がいたらしい。
同じ席に着くその人物を、先ほど新世に注文したアイスコーヒーをストローで飲みながら盗み見る。
以前初めて会ったときは、目元も隠れるよな髪型で眼鏡をかけており、全体的に暗い雰囲気が漂っていた。
言い方は悪いが、なんていうか野暮ったい感じだったのだ。
それが、今はどうだろう。
眼鏡は外して、髪型もしっかりと後ろで結んで明るくなっていた。
かわいい……。
この姿を見た時の率直な感想だ。
そしてその姿になってからやたらと……。
「どうしました、朝霧先輩?」
「い、いいえ。別に何でもないわ……」
こっそり見ていたのにもかからず、三谷さんにはバレていた。私はごまかすために視線を外し、アイスコーヒーを再び口に含む。
美味しい。冷たいコーヒーが体に染み渡っていく。
最近、かなり暑くなってきたので体を冷やすには持ってこいだ。
「ん〜、やっぱりお仕事してるせんぱいもかっこいいですね〜」
三谷さんは、キラキラした瞳で皿洗いに勤しむ新世を見ている。
その姿はまるで──。
「三谷さんは新世みたいなのが……た、タイプなのかしら?」
「ん〜、別にタイプってワケじゃないですよ。私のタイプはムキムキの腹筋が割れてる人です」
確かに新世はそんな感じには見えない。痩せているわけではないが、ムキムキというほど筋肉があるようにも見えない。
いわゆる標準型。
じゃあ、なんで……?
「その割にはここ最近、頻繁に絡んでいるみたいだけど」
「そりゃまぁ、せんぱいのこと気になってますからね」
「えっ」
「というか、ぶっちゃけ好きになっちゃいましたから」
「っっ!?」
あまりにも素直な思いの丈を告げられて戸惑ってしまう。
恥ずかしさなんて微塵のも感じさせず、あっけらかんとするその姿に言葉が出ない。
私が押し黙っていると三谷さんは続ける。
「あんな風にずっと気にかけてもらって……あんな風に助けられたら……そりゃ好きになっちゃいますよ」
少し顔を赤くする。以前に新世が三谷さんを助けた事件。
その時のことを思い出しているのだろうか。
なんというか、今の顔を赤くして話す三谷さんは……女の子だ。
「朝霧先輩は、せんぱいのこと好きなんですか?」
「え、いや……その……」
それまた突然の質問に言葉が詰まる。
私が新世のことを好き……?
そんなの分かりきっていることだ。だけど、他人に自分の気持ちを明かすことにどうしても抵抗を覚えてしまう。
「先輩顔真っ赤ですよ?」
「あ、えっと……」
「ふふふ、答えられないならいいです。なんとなく分かりましたから」
「……」
「でも、大変ですよ〜?」
「な、何がよ?」
三谷さんは楽しそうに私に迫る。そして、カウンターで作業をする新世を見て言った。
「あの人、超が付くほどの鈍感ですからねっ!」
「……そうね」
それは同意する。
あの朴念仁のこと。私が好きになっているなんてことは思ってもいないでしょうね。
新世は暇そうにあくびをしていた。
……なんか知らないけど腹が立ってきた。
「だから、そのままじゃだめだと思ってるんです。チンタラしてたら、私が先に先輩もらっちゃいますよ?」
「……!」
三谷さんは楽しそうに、正々堂々宣言した。
「あ、せんぱ〜い! 暇してるんならこっちのテーブルきてくださいよ! 美女が二人も暇してるんですよ〜?」
そして面喰らう私を置いて新世の方へと向かっていく。
「くんな。仕事の邪魔だろ」
「ええ〜? せんぱいそんなこと言って何もしてないじゃないですかぁ」
心臓が大きく高鳴っている。それはあの正面切った宣言のせいか。
それとも……。
そして新世に絡む三谷さんとそれに眉間にシワを寄せる新世を見て、小さく息を吐く。
私も……私も負けてられないっ!
小さな決意を胸に私も席を立ち、新世の元へと向かった。
──────
【後書き】
更新遅くなり申し訳ございません。ちょっと体調を崩しており、中々書けておりませんでした。
それはさておき、こういうやりとりを書きたかったんですよね!
ラブコメチックな。どんどん書いていきたいですね。
ご感想お待ちしております!
【お知らせ】
いつもお読みいただきありがとうございます。
この度、第8回カクヨムWeb小説コンテストにてComic Walker漫画賞を受賞いたしました!
これも一重にいつもお読みいただいている読者様のおかげでございます。
コミカライズ企画はこれからですが、新世やヒロインたちが漫画になるのを楽しみにお待ちください!
これからもより面白い作品をお届けできるように頑張りますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします!
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