第175話 密談

 エグドラに到着すると、門衛からヒャルダの負傷を教えられて侯爵邸に直行した。

 執事のエフォルに迎えられてヒャルダの寝室に案内される。

 娘のファーラを抱えたミューラが、ぼんやりとヒャルのベッドの傍らの椅子に座っていた。

 ミューラに断り、ヒャルの怪我の具合をシャーラと二人で確かめる。


 「カイト様、これくらいなら」


 「その話は後だ、侯爵様とも話し合う必要がある」


 傍らに控えるエフォルに侯爵様の所在を確認するが、ドラゴン討伐の後片付けに奔走していて、夜になるまで判らないと言われた。

 フィも街の人々や冒険者の治療でいないと聞き、詳しい話を聞くために冒険者ギルドに行くことにした。


 ギルドは多くの死傷者を出した為に沈滞ムードかと思いきや、意外と活気に溢れていた。

 アースドラゴン討伐に参加した者に、特別手当が支給され怪我も無料でフィが治していて懐があたたかいようだ。

 このあたり板子一枚下は地獄の、漁師の気性につながるものが有るのかも知れない。

 それでも多くの者を失った影響は隠しきれないようで、依頼ボードの片隅にあるパーティー仲間募集場所には、重なりあって仲間募集の用紙が貼られている。

 ギルマスのノーマンさんに取り次いでもらうと、直ぐに2階に通された。


 「よお、早かったな」


 「間に合わなかったけどね。どの程度のドラゴンだったんですか」


 「16メートルオーバーだ、俺達にはでかすぎる獲物だよ。子爵殿が氷魔法で動きを封じようとしている最中だ、恐怖のため判断がつかない冒険者の魔法使いが、火魔法を打ち込んだんだ。それからは乱戦・・・と言うより恐怖と興奮で判断のつかない冒険者が、我先にと飛び出した。それでも子爵殿が二度地面から巨大な氷の槍でドラゴンを突き上げ、雷撃魔法を二度角に撃ち込んで倒したと思ったよ。ところが最後の足掻きで尾を振り回し防御用の杭を打ち砕いたんだ。砕けた破片が子爵殿やその周辺の者を薙ぎ払い、子爵殿は破片の下敷きになったんだ。 倒れた子爵殿が最後の力を振り絞って放ったアイスジャベリンが、ドラゴンの頭を撃ち抜いて漸く仕留めたのさ」


 話を聞いてもう少しエグドラに残るべきだったかと思ったが、それは俺の驕りだろう。

 現にヒャルは、アースドラゴンに纏わり付く冒険者の邪魔があったとはいえ、ドラゴン討伐に成功している。

 払った犠牲は大きいが、此れからも野獣の徘徊は続くのだ。

 冒険者達には戦えること、ドラゴンと謂えども魔法を使えば討伐出来るのだとの自信が必要だろう。


 倒したアースドラゴンは冒険者を多数食べているので、解体しても売り物にならないので、皮だけをオークションに出品するそうだ。

 ノーマンさんと話していると侯爵様とフィがやって来た。

 冒険者の怪我はほぼ治療したが、ヒャルの怪我が大きい為に沈み込みがちだ。

 今晩ヒャルの事で話があると伝えて、一度家に帰る。


 ザルムを部屋に呼び詳しいことは何れ判ると思うが、家を始末する事になると伝える。

 後の事は侯爵様に託すのでその用意はしておく様に皆に言い含めておくよう頼む。

 又ザルムには金貨300枚、ヘミールに金貨250枚ヘイミーと今は一人前にメイドをしているヤミーラの二人には、それぞれ金貨150枚を贈ると告げ、商業ギルドの各自の口座に振り込んでおくと伝えて下がらせる。


 それを聞いていたシャーラも、王都の家を片付ける気になった様だ。


 以前キャンプハウスを作った木工所に行き、新たなキャンプハウスを注文する。

 今度はもう少し広めにして2段ベッド3つ6人が寝泊まり出来る仕様だ、後は6人掛けのテーブルに簡易キッチンとトイレに湯船付きのシャワールーム。


 * * * * * * * *


 「本当にヒャルの手足が元に戻るの」


 「シャーラなら出来ますが、問題があります」


 「問題とは何だね」


 「ヒャルが手足を失った事は周知の事ですよね。もし彼一人だけ失った手足が元に戻ったらどうなると思います」


 「大騒ぎでは済まないな、フィエーンの治癒魔法が知られた時より酷いことになる」


 「それ以外にも、今回ドラゴン討伐に関わり命を失った者の家族や、手足を失い路頭に迷う者、怪我で冒険者を廃業せざるを得ない者達から怨嗟の声があがります」


 「どうすれば良い?」


 「シャーラはヒャルの手足の再生をする気です。ですので私はザルムを呼び家を整理するように命じました。辞めてもらう彼等にはそれなりの資金を渡しますが彼等の今後をお願いしたいのです。シャーラの王都の家もです」


 「全てを捨てるつもりなのか」


 「元々エグドラや王都に居る時の連絡用の家です。塒は他にも在りますし当分はナガヤール王国に居ます。ただシャーラの能力を知った者から受ける煩わしさから逃げるだけです」


 「私はどうすれば良いのですか」


 「まずフィは、治療の必要が無くなったと言って王都に帰って下さい」


 「何故・・・私が?」


 「ヒャルの手足が再生されたと噂になった時に、エグドラに王家治癒魔法師のフィが居たら、即座に貴女の所に人々が殺到するよ」


 フィの顔が歪む、以前の騒動を思い出したのだろう。


 「傷の癒えたヒャルを見たいだろうが、暫くはお預けだね。王都にいれば一年もせずに会えるよ。フィがエグドラを離れたら、俺達は森の野獣討伐を理由に森に入るよ。実際、未だ見落としている大物がいるかも知れないだろうから」


 「ではどうやってヒャルダの欠損を修復するのだ」


 「先ずノーマンさんに話を通し、怪我や身体の欠損で冒険者を引退した者をギルドに呼んでもらい、彼等を治します」


 「無料でかね、そんな事をすれば冒険者ギルドに人が押し寄せるぞ」


 「そこは希に見る巨大アースドラゴン討伐の勇者達が、怪我で身動き出来ないのを見過ごすしては治癒魔法使いの名折れ、神の意志に背くとでも宣っておきますよ」


 フィが呆れた様に首を振る。


 「4~5人も治せば、噂が噂を呼び大騒ぎになります。そこで侯爵様の登場です。冒険者ギルドに乗り込んみ、ギルマスのノーマンさんと直談判しヒャルの治療を、謎の治癒魔法使いに頼み込んで下さい」


 「それで上手くいくのかね」


 「いえ貴族のごり押しで侯爵様が無理を通したと、非難の的になります。謎の治癒魔法使いに・・・そうですね、ランク12のマジックポーチに金貨5,000枚を入れて渡し治療を頼んだ事にしますか。これくらいの報酬なら文句も出ないでしょう」


 「それでもエリクサーより断然いいぞ、エリクサーで手足の欠損は治せないからな」


 「その後も冒険者の手足の欠損を修復し、ある程度治したら姿を消します」


 「それで上手くいくのか」


 「無理です。シャーラの治癒魔法は以前多くの者に見られています。謎の治癒魔法使いが捕まらなければ、次はシャーラを探し出して欠損を治せるか試そうとします。その頃には私達は森の奥のアガベの所かもっと奥、又はダルク草原の迷いの森の中でのんびりしていますよ」


 「私達は、それにどう応えればよいのか」


 「あっ金貨はいりません。この館の一室を何時でも使える様に空けておいて下さい。エグドラに来た時の宿にしますから」


 「なら王都の私の館も一室を空けておくわ。シャーラ何時でも来てね」


 「有り難う御座います、フィ様」


 「迷いの森に行けば君たちと連絡はつくのか」


 「ホイシー侯爵様が作った拠点の中に、西の拠点と呼ばれる場所があります。

そこに〔血塗れの牙〕と名乗るパーティーが居ます、彼等に伝えれば日数はかかりますが連絡がつきます」


 細々とした取り決めをし、預けた少年少女の事を頼むとフィは翌日王都に帰っていった。

 俺達は頼んでいたキャンプハウスを受け取ると、備蓄食料をたっぷりと溜め込み野獣の討伐を理由に街を離れた。


 * * * * * * * *


 10日後の深夜、街の外からギルマスの待つ冒険者ギルドの2階にジャンプした。

 目標はギルマス指定の部屋に居るピンクだ。

 部屋の片隅で椅子に座ったギルマスのノーマンさんが、呆れた顔で俺達を迎えてくれた。


 「本当に転移魔法が使えるんだ。なんてこったい、又お前達の事で秘密が増えてしまったぞ」


 「秘密を守る見返りは置いていきますよ。用意は出来てますか」


 「秘蔵の酒を飲ませて眠らせている。目覚めるようなら頭を一発殴って二度寝させてやれ」


 「それって、二度寝と言うんですか」


 「細かいことは気にするな」


 案内されたのは隣の小会議室だ、酔い潰れて眠る男の右肩から先が無かった。

 ノーマンさんが手を上げて出て行くとしっかり鍵をかける。

 グリンとピンクが姿を現しシャーラの準備が整うと、早速右肩の付け根に掌を向け魔力を流し始める。

 2時間近くかかったが無事に男の右腕は再生している、目覚めた時の反応を見られないのが残念だが、シャーラを労って帰る準備だ。


 ノーマンさんの執務室をノックし呼び出すと、眠る男の腕を確認させる。

 狼男が牙を剥き出して唸っている。


 「まったくとんでもない奴等だな。秘密にしたくなるのも判るよ」


 「ではまた明日同じ時間に来ますから」


 「おう、次の獲物を用意して待っているから頼むぞ」


 患者を獲物って、狼男の感性は理解できないや。

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