第124話 劫火

 ヘサミン伯爵の執務室も、貴族達の例に洩れず玄関ホールの階段を上がって左右どちらかで、そう遠くない部屋の筈だ。

 通路で騒いでいるのは使用人達だけで、護衛や兵士の姿は無い、部屋で待ち伏せしているのだろう。

 柔らかストーンバレットで、殺さない程度に倒していく。

 エラードの冒険者ギルド方式でやる事にした。

 燻し玉に火をつけると、人の気配のする部屋に転移魔法で放り込んでいく。

 その際出入口の扉は、土魔法で固定して開かない様にしておく優しさだ。

 伊達にマジックポーチに、石ころを入れているんじゃないよ。

 

 通路の左右の部屋に人の気配があり、静かな殺気と妙な緊張感のある部屋の前にきた時に、扉を突き破ったのは槍の穂先だ。

 残念、貴族の館の通路の広さを忘れているのは、実戦経験の無さからかな。

 すかさず扉越しにショットガンを撃ち込むと、扉を固定して反対側の扉も固定する。

 

 「シャーラ右! 俺は左をやる」

 

 扉越し壁越しに、人の気配に向かってストーンランスを遠慮せずに撃ち込む。

 

 〈糞っ〉

 〈ウォー〉

 〈何をしている! 出ろ!〉

 〈迎え討てっ!〉

 〈扉が開きません〉

 

 一気に騒がしくなり、遠くの部屋からも抜刀した男達が出て来る。

 通路に出てきた男達を、シャーラが次々とショットガンで撃ち倒していく。

 俺はその間左右の部屋の中の殺気に向かってストーンランスを撃ち込む。

 

 さて伯爵様の執務室なら建物正面側だよな、通路は静かになっている。

 部屋から出てきた途端、ショットガンを浴びせられて次々と倒されるので、誰も通路に出て来なくなっていた。

 槍が突き出たままの扉の固定を外して蹴り開ける。

 

 静かですねー、シャーラが反対側の扉を蹴り開け2度3度ショットガンを撃って終わり。

 

 「カイト様こちらは終わりました。ん、入らないんですか」

 

 「ちょっと・・・嫌な予感がしてね。ほら俺って対人戦闘弱いから」

 

 「そうですね、私が行きます」

 

 ちょっ、シャーラちゃん少しはオブラートに包んでだな。

 

 〈キイーン〉


 シャーラが剣を弾き返し切り込んでいるが、ほとんど動きを目で追えない。

 壁越しに別の気配がそろりと動くのを感じて、ストーンランスを撃ち込む。

 手練れだね完璧に気配を殺していたが、シャーラの闘いを見て、気配を殺し切れなかった様だ。

 

 〈ウッ〉

 

 小さな呻き声が上がりシャーラが動きを止めた。 

 シャーラが俺を見て頷くので部屋に入ると、部屋の主と思われる人物が執務机の豪華な椅子に深々と腰掛けて睨んでいる。

 悠然と立ち上がり傍らの剣を手に取りゆっくりと抜く。

 シャーラは剣を手にしたまま動こうとしない。

 

 俺はソフトボール大のストーンバレットをそいつの腹に射ち込む。

 腹にバレットを喰らって吹き飛ぶ男、新幹線並の時速300km(推定)で勘弁してやるよ、多分死ぬだろうけど。

 

 秘書の様な身なりの男が蒼白な顔で震えている。

 

 「クリフ・ヘサミンの特徴。やや痩せ型に薄緑の髪と灰色の瞳、左手人差し指に大粒の紅い宝石の指輪、薬指に大粒の紫の宝石の指輪。ピッタリの奴がいるね」


 俺の言葉に、左手を見てフリーズしている。

 

 「お前には死んでもらうよ、クリフ・ヘサミン」

 

 「たっ、たす、助けてください。命令されたんです。私は嫌だったんです、断れなかった」

 

 「ヘイヤス・グルフン侯爵の事かな。ニルバートが色々と喋ってくれたからな」

 

 「そうだ、グルフン侯爵がハマワール子爵を拉致して、ブルデン王家に恥を掻かせると言って命令してきたんだ。ブルデン一族の公爵家には恨みが・・・」

 

 「そんな事はどうでもいいよ、お前とヘイヤス・グルフンには死んでもらう」

 

 ヘサミンにショットガンを撃ち込むと、扉や机を打ち砕き薪にして通路に積み上げて火をつける。

 後はシャーラにお願いして、燃える薪に風を送る。

 炎を大きくするには酸素を絶やさないってね、燃え上がる薪を小さな竜巻で遠くへ飛ばせと命じる。

 火事騒ぎと魔法攻撃で人の少ない館は、みるみるうちに炎に包まれていく。

 

 シャーラを抱えて上空にジャンプすると、シャーラが水平にジャンプする。

 落下途中で上空に再ジャンプし、着地点を探して地上に下りる。

 炎の明かりで良くみえる。警備のいない敷地を通り外に出る。

 

 夜明けを待って市場で食料を仕入れ街を出る準備をして、夜までの時間潰しをしようとホテルを探していると見覚えの有る男達と出会った。

 

 「おんやぁー、何処かで見た顔だねぇー」

 「上手く逃げたよな」

 「今から、ちょっくら衛兵の所に行くかな」

 「姉さん、今から呑みに行くけど付き合えや」

 

 「あのー好き勝手言ってますけど、あれが見えます?」

 

 焼け落ちて未だに燻り続けて煙を上げる、ヘサミン伯爵邸を指差して見た。

 顔を見合わせているが、理解出来ない様なので親切に説明してやる。

 

 「衛兵の所に駆け込んでも、肝心の親玉はあの中ですよ。あなた達も、直ぐに仲間入りさせてあげます。余計な事をするから死ぬことになるんだよ」

 

 6人のうち最初に声を掛けてきた男を、斜め上に転移魔法で放り上げる。

 人生初の空の旅が、死のダイブとは可哀相だが絡んだ相手が悪かったな。

 目の前の男が突然消えたので、キョロキョロ周囲を見回している男を、次の犠牲者にして反対方向に放り上げる。

 二人が消えた時、恐怖に駆られた男達が背を向けて逃げ出した。

 シャーラに、50m以上離れてから秘技で撃ち抜けと言っておく。

 

 離れて見ていた者がいても、何をしたのか解る筈がない。

 世間に知られた魔法の使い方をしていないし、50m以上離れて、ショットガンで倒されても俺達には関係ない。

 シャーラのショットガンを撃ち込まれて全員お陀仏になった、南無南無です。

 正直魔力高90は羨ましい、90m離れていて攻撃できるのならほぼ無敵だよな。

 

 遠くで騒ぎになり始めたが無視してホテルを探して、夜まで休憩する事にした。

 

 交代で睡眠を取り、夜更けにホテルの部屋を後にする。

 

 外壁の上にジャンプして上がり、真っ暗な地上にはロープで下りる。

 流石に見えないと怖くてジャンプは出来ない、グリンに煌めいてもらっても怖いのは、闇に対する原始的恐怖か本能かな。


 * * * * * * *


 次の標的ヘイヤス・グルフン侯爵の領都ザランドに向かうべく、ブルデン王国の王都フルガリに向かっていた。

 途中の街には食料調達のために立ち寄る以外長居はしなかったので、噂を聞いた時には耳を疑った。

 

 ヘイヤス・グルフン侯爵が、国王の伯父であるトムス・ブルデン公爵との確執から領地に立て篭もり、内乱一歩手前だと聞いた。


 あの馬鹿! 何やってんの!

 正直他国の政変に興味は無いが、奴の生死には興味がある。

 詳しい事を知るにはどうすべきか、奴の領地まで行くのは論外だ。

 ブルデン王国の王都フルガリが近いので、取り合えずフルガリまで行くことにした。

 

 フルガリには冒険者の格好で入場して、そこそこ程度の良いホテルに一泊して翌朝、小金持ちの商人の服装で街に出る。

 市場をぶらつき程度の良さそうなレストランで、食事をしながら周囲の話しに耳を傾けるが、大した収穫は得られず。

 

 仕方がないので奥の手を使う事にする。

 フルガリ市内の、高級ホテルに部屋を取る事にした。

 流石は高級ホテル、徒歩で来た小金持ちの格好の小僧では、すんなり受け付けてくれない。

 

 「どなたのご紹介でしょうか」

 

 「紹介は無いがナガヤール王国の、シャルダ・ハマワール侯爵様の使いでやってきたのだ。ナガヤール王国の派遣大使に用があってね」

 

 ハマワール侯爵様発行の身分証を見せる。

 うん、普通に通用するね。

 

 一泊金貨1枚だとよ、五日間部屋を確保しておく。

 翌朝ナガヤール王国派遣大使を訪ねたいと告げて、馬車の用意を頼む。

 

 翌朝ハマワール侯爵家縁の者を示す、目立たぬ紋章の付いた衣服で、朝食後のお茶を楽しんでいると馬車の用意が出来たと知らせて来た。

 さて、大使閣下にすんなり会えますかね。


 * * * * * * *

 

 派遣大使のお家は中々の豪邸だが、訪問客の馬車は表の通りに路駐ときた。

 御者に銀貨を握らせて待つ様に言い付ける。

 玄関を塞ぐ様に立つ男に、ハマワール侯爵様の身分証を見せて大使殿に面会を求める。

 

 「御用件の内容は」

 

 「噂の件についてだよ。君は大使の部下か王国の派遣騎士のどちらだね」

 

 一瞬怪訝な顔をしたが、王国から派遣されていて大使公邸を守る者だと答えた。

 

 「シャーラ、見せてやれ」

 

 シャーラが王家発行の身分証を見せる。

 

 「何を意味するのか知っているな」

 

 「承知しております」

 

 「では大使に、カイトとシャーラが面会を要求していると伝えてくれ」

 

 重々しい玄関扉を押し開けホールに招き入れられた。

 扉の陰に置かれた机に控える男に『カイト様とシャーラ様が、ルクラン大使に面会を要求されている』と伝える。

 その際、シャーラに身分証を示す様に要求された。

 

 身分証を見た男は、直ぐに奥に向かって姿が消えた。

 良いね、きっちり仕事をこなしている。

 先ほどの男が戻ってくると、ルクラン大使の執務室に案内してくれた。

 

 「カイト様シャーラ様、ブルデン王国に派遣されておりますフルトス・ルクランです。伯爵位を賜っております」

 

 「ルクラン伯爵様、私もシャーラも一介の冒険者です。様は不要です」

 

 そう言って、俺の身分証も見せておく。

 深く頷き、ソファーを薦められた。

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