第123話 厩の火事

 ナナカ達と別れて、教えてもらったホテルに泊まる。

 キザバまで2日、此処エラドからシルクの町を抜けて行く事になる。

 馬車で行こうかと思ったが、自前の馬車に乗っていれば目立つので歩く事にした。

 

 * * * * * * * *

 

 テイレール地方の領都キバザ、国境のテルンを挟んで、ナヤール地方の領都ラルメと向かい合う。

 隊商が行き交い、交易品や各々の土地の情報がもたらされる。

 

 ハマワール子爵が、国境の町テルンを超えてキバザに向かっている途中で、賊の大集団に襲われて撃退したこと。

 その夜ラッシュウルフの群れに襲われて、甚大な被害を受けたためにナガヤール王国に引き返した。

 

 然し、テルンを越えてナガヤール王国側で、再び賊の攻撃を受けて撃退し多数の捕虜を連れてラルメの街に帰り着いた。

 ラルメの街では凄い噂になっていて、ブルデン王国と戦になるかもと、市民が恐れている。

 

 便宜を図り、何かと金を握らせている者達からの情報だ。

 その中にハマワール子爵の側近で、凄腕の魔法使い二人が街から消えたとの情報が合った。

 詳しく聞くと、二人は危険地帯の手前の村から森に入りテルン方面に向かった様だと聞き出せた。

 二人の容姿は背の高い女と、17,8才に見える男で冒険者風の装いらしい。

 

 二人だけで森を抜けるつもりなら、凄腕の魔法使いに違いない。

 それがラテルンに向かったとなれば、テルンの先に在るものはキザバの街だ、標的は私か。

 多数の部下が帰らない事と合わせ、話しから察するに半数以上が死に、多数が捕虜としてナガヤール王国内に連行されている。

 

 グルフン侯爵の依頼を受けたばかりに、とんでもない事になってしまった。

 これでグルフン侯爵が宮廷闘争に敗れれば破滅だ。

 グルフン侯爵配下のニルバートも、口だけの男だった様だが今更後悔しても仕方ない、もしその二人が来れば返り討ちにするだけだ。

 

 * * * * * * * *

 

 小雨の降る夕暮れにキザバの街に着いた、入門待ちの長い列が出来ている。

 一人一人丁寧に調べているが、特に冒険者には徹底している。

 ぼんやり見ていたが、聞こえる周囲の声から察するに

 男女の二人連れで女の方が背が高い、って不味いな。

 

 「兄さん達何処から来たんだい」

 

 さっきから視線を感じていたが、そいつが声を掛けてきた。

 

 「エラドからだよ、キザバって何時もこんなに混むのかい」

 

 下から覗き込む様に見る目付きの悪い男達、長年の冒険者暮しの疲れが見える。

 

 「ああ、何時もこんな感じだよ。俺達は衛兵に顔が利くから先に行かせてもらうよ」

 

 そう言って長い列の横をすり抜けて、衛兵の所に行く。

 

 「不味いな、あいつ等絶対に俺達の事を告げに行ったぞ」

 

 「どうします、カイト様」

 

 「勿論逃げるが任せておけ」

 

 《グリン俺の右側で音を立てるから、少し離れた所で姿を見せてもらえるかい》

 

 《ん、いいよ》

 

 《五つ数える間くらい頼むよ》

 

 《任せて》

 

 シャーラの腕を掴み、右側30メートル程の所に的を造る。

 ストーンバレットを的に叩き込む〈パーン〉といい音をたてて的が壊れる。

 入門待ちの列に並ぶ人々が、音の方を見るとグリンの姿が現れ、虹色に光る羽根が煌めいている。

 

 〈なにあれっ〉

 〈おい、何か光っているぞ〉

 〈衛兵を呼べ!〉

 〈まさかあれって・・・伝説の〉

 

 何やら色々聞こえるが、俺はシャーラの腕を掴んだまま反対側の灌木を目印にジャンプする。

 夕暮れの薄暗い灌木の木陰から見ていると、先ほどの男達が衛兵を多数引き連れて俺達の居た場所に向かっている。

 

 「どうも、俺達の事を探している様だな」

 

 「何故です」

 

 「多分ラルメの街で色々目立っていたからな、この地の領主ヘサミン伯爵の手先が潜り込んでいても不思議じゃない。お互い情報収集はやっているだろうからな。俺達がラルメの街から消え、キザバに向かったと連絡が入ったのだろう」

 

 「どうします、これじゃ街に入れませんよ」

 

 「見ろよシャーラ、どのみち街には入れないさ」

 

 先ほどの俺達が居た場所に、男達に案内された衛兵達が居た。

 男達が周囲の者に、俺達の居た場所を指差し何事か喚いている。

 衛兵が胡散臭そうな顔で、喚いている男や周囲の者から何か聞いている。

 

 少し様子を見る事にして、完全に陽が暮れるのを待ち灌木の陰にドームを造り、お茶を飲み長期戦のかまえになる。

 さっきの一件で、ますます警戒が厳重になるが、好都合かも知れない。

 ヘサミン伯爵の居場所は周辺を警備している者達の所だし、護衛している対象こそがヘサミン伯爵に違いないからだ。

 

 雨が止むのを待って3日が過ぎた、灌木の陰にドームを造って観察するのにも飽きてきた。

 シャーラはとっくに投げ出しグリンと遊んでいる。

 邪魔なので、ドームの下に地下室を造りそこで遊んでいろと、放り込んでいる。

 

 出入口の所が何か慌ただしくなっている。

 この雨の中を冒険者達や兵士と見られる男達が三々五々小集団で出ていく。

 

 雨の中食えない冒険者が薬草採取にでも出ていくのか、時折姿が見られたが今日のは多過ぎる。

 気配察知も雨のせいで鈍る、シャーラを呼んで周辺を観察させるが判らないと答える。

 グリンが出ていって直ぐに連絡がきた。

 

 《カイトの周りに、人族達が沢山隠れているよ》

 

 シャーラにも気付かれないとなると、それなりの距離を取り気配を殺しているって事だな。

 

 薬草採取に出た冒険者あたりに、ドームを見られたかな。

 折角のお出ましだが歓迎会は無しだ、地下室に潜り込み少し拡張してから蓋をする。

 蓋をする前に小細工として、シャーラに風魔法で空気の入れ換えをしてもらう。

 冷え切ったドームを取り囲んでご苦労さんです。

 

 《少しづつ近づいてきてるよ》

 

 《今後ろに来て入口の前にも来た》

 

 ・・・グリンが実況放送をしてくれる。

 

 《何か凄く怒っているね、どうして?》

 

 地下室でシャーラと二人爆笑してしまった。

 この雨の中で慎重に包囲し、取り押さえたと思ったら無人のドームで中には人の居た気配が無い。

 

 ドームも魔力を抜いて、素人の土魔法使いが作った様な雑な物に作り替えたのだから。

 演出として天井からは雨漏りがしているし、床は生活魔法で水を撒き散らし濡らしている。

 多分蹴ったら崩れるだろう。

 

 翌日は晴れたが、周辺が乾くのを2日ほど待ってから、シャーラにバンジージャンプを許可する。

 真昼間に、上空から街を偵察しているとは思うまい。

 グリンと共に上空に上がり、手足を広げ空気抵抗で速度を落とし、地上を観察しては再び上空に上がる。

 ヘサミン伯爵の館の場所を特定した。

 多数の兵を配置して、厳重に警戒をしているのも判った。

 

 陽が暮れたキザバの街に、モスグリーンの斑模様の冒険者スタイルで覆面をした、ジャパニーズニンジャ参上。

 月明かりの中、街の防壁の上へジャンプし人通りの無い道を走り、時に屋根を利用してジャンプを繰り返す。

 夜の転移魔法は月明かりがあるとはいえスリル満点である。

 ヘサミン伯爵の館は警戒厳重で、植え込みの陰にも人の気配がある。

 

 「シャーラ厩は解るか」


 「カイト様、初めて来た場所ですから無理です」

 

 そりゃそうか、グリンに馬が沢山居る所を教えてもらう。 

 シャーラの魔力高90の能力を、存分に発揮してもらいますか。

 

 グリンが、人のいない所で一瞬だけ小さな煌めきを見せる、そこを目標にシャーラがジャンプする。

 3度繰り返して厩に到着、厩が襲われるとは誰も考えないから無人だ。

 

 シャーラは堂々と入って行くが、知らない人間が厩に入ると馬は騒ぐが、森の一族たるシャーラの気配に従順だ。

 馬を入れている柵の横木を全て外すと出入口の閂も外して藁で括り開かない様に細工する。

 2階の干し草に火をつけると、流石に馬も異変を感じ騒ぎ始める。

 

 久々の風魔法で炎に風を送り込むと、厩の扉をストーンバレットで打ち飛ばす。

 騒ぎだしだ馬が一斉に出口に殺到する。

 

 館の警備兵達が気づき騒ぎはじめると、シャーラは裏口から外に出て厩に向かって風魔法の竜巻を最大になる様に送り込む。

 厩の中で暴風が吹き荒れた結果、建物をばらばらにして吹き飛ばす。

 

 馬は逃げ出すし火事だと思ったら建物が吹き飛ぶ、そりゃー大騒ぎになった。

 館の警備兵達は、火の粉を撒き散らし吹き飛ばされた残骸を必死で消火している。

 館の周囲の見張りなんて一人もいない、悠々と敷地内をジャンプして館の屋根の上に到着。

 

 シャーラと落ち合い、気配を探って無人の屋根裏部屋に到着した。

 部屋は使われていない様でがらくたが少し置いてあるだけだ。

 両隣も向かいの部屋も無人なので、今夜は此処に泊まり明日の夜に備える事にして交代で眠りに就く。

 

 * * * * * * * *

 

 夜も更けてきたので行動開始。

 気配察知で空き部屋にジャンプすると、シャーラお手製の燻し玉に火をつけ次々と廊下に投げ出す。

 後は風魔法で煙りを拡散させる序でに〈火事だー〉〈3階から火が出たぞー〉と親切に教えてあげる。

 3階を煙りで燻したら次は2階だが、侯爵邸も子爵邸も執務室は2階だったので、足元の2階の部屋を探り無人の部屋にジャンプする。

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