第122話 エラドの街

 騎士団長ゴルサム達が捕縛し連れ帰った捕虜は、合計68名になった。

 言われた通り剣も押収し、持っていた剣の種類により二つの集団に分けている。

 

 捕らえた者達を、奪い返される事を恐れたマグレン子爵の提案で、村には100名程の兵士を残しラルメの街に移動する。

 

 捕らえた者達は兵士の宿舎に手枷足枷をして厳重に監禁、重傷を負っていた者達はマグレン子爵騎士団の宿舎にて療養させる。

 

 総ての手配を終わらせ、館にハマワール子爵とカイトにシャーラを迎えて、マグレン子爵は改めて使用人達の怠慢を詫びた。

 

 「お話はシャーラから聞いています。間に合い多数の証人も捕獲出来たので宜しいでしょう」

 

 フィに鷹揚に言われたが、マグレン子爵の傍らに控える執事の顔色は冴えなかった。

 何せハマワール子爵は、王家治癒魔法師として冒険者紛いの服装ながら、豪奢な刺繍を施された衣服に身を包み胸には王家の紋章がある。

 傍らのカイトとシャーラも、簡素ながらも似た様な衣服に、目立たぬが王家の紋章入りの服装だ。

 

 マグレン子爵と同じ爵位だが、無領地の年金貴族とは言え、格が全然違う。

 その使者であるシャーラに対して傲岸無礼な態度を取り、危うくハマワール子爵の危機を見逃すところだったのだ。

 シャーラがゴルサム団長達を引き連れ出発した後に、叱責と共に通行証の事を聞かされた。

 

 下位貴族の使用人である執事の、知らない世界である。

 多分最初に王家の通行証を見せられたら、紛い物として信用せずにシャーラを放り出していただろう。

 まさか貴族と王国の騎士や軍の者にしか、詳しく知られていない物が有ろうとは思いもしなかった。

 

 * * * * * * * *

 

 捕らえた者達に対する尋問は苛烈を極め、それこそぼろ雑巾の様な姿になるのに、時間を要さなかった。

 調べる方も、殺さなければ王家の治癒魔法師がいて、何時でも回復させてくれるので遠慮が無い。

 然し、やられる方はたまったものではない。

 

 自供から国境を挟んだ向かい、テイレール地方のヘサミン伯爵の騎士団員達で、総勢49名が捕縛されていた。

 残り19名はグルフン侯爵の手勢で、襲撃の指揮官ニルバートもいた。

 訳の分からない剣の模様は、花を図案化した物の様だった。


 * * * * * * * *


 ヘイヤス・グルフン侯爵、カシール地方領都ザランド。

 クリフ・ヘサミン伯爵、テイレール地方領都キバザ。

 俺にはこれだけの情報で十分だった。

 後はナガヤール国王とナガラン宰相の仕事だ、国同士勝手にやってくれと思っている。

 

 国王陛下に送った急報の返事が20日程で来た、ハマワール子爵が無事なら王都に帰還せよとある。

 続報には王国軍2,000名を送る事、マグレン子爵の周辺領主にも支援の軍を送らせる。

 ブルデン王国側からの進攻に備えよとの命令だ。

 王都とラメルの間を、引っ切りなしに急使が行き交い緊迫していた。

 

 フィは、体力の回復した冒険者と騎士を連れて王都ヘリセンに向かう事にしたが、俺とシャーラは別行動となった。

 

 「本当に行くつもりなの、今は国境を越えられる雰囲気では無いのよ」

 

 「俺達は冒険者だよ、国境なんて関係ない。森を通って行くさ、フィこそ気をつけて帰れよ」

 「フィ様、又お土産持って行きますね」

 

 呑気なニャンコの台詞に、思わず笑ってしまった。

 フィはラッシュウルフに襲われ死亡した人員の補充を冒険者ギルドに依頼して、揃い次第ヘリセンに向かう事になった。

 マグレン子爵は、この緊迫した状態では一兵足りとも護衛に付けられない事を詫びた。 

 

 * * * * * * * *

 

 マグレン子爵は仰天していた、二人がハマワール子爵と別れて残る事には疑問を持たなかった。

 王家の通行証を持つ二人だ、何か国王陛下より密命を受けているに違いないと考えたからだ。

 

 然し、二人がマグレン子爵の付けた案内の騎士達と別れ、危険地帯の境界の村から森に入って行ったと報告を受けたのだ。

 その際にカイトが、当分戻らないから忘れてくれと言ってカシール地方の領都ザランド方面に向かったと聞いてびっくりした。

 

 マグレン邸に滞在中に、ナヤール地方,カシール地方とブルデン王国の地図を要求されて渡している。

 馬車でも7日かかる危険地帯を通らず、森林を二人で抜けるなど自殺行為に等しい。

 もし森を抜けられたとしても、何日かかるのか分からない。

 ブルデン王国に潜入し何をする気なのか知らないが、口を噤んで無事を祈るしかない。

 

 * * * * * * * *

 

 シャーラもグリンもご機嫌だ、やっぱりこの二人は森が似合う。

 俺は最近馬車旅が多かったので、足腰がなまっていて涙目だよ。

 

 周囲の安全を確かめながら襲撃訓練をする。

 立木の裏側にジャンプし、ショットガンで2連射してすかさず元の位置に戻る。

 時には野獣の横十数メートルの所にジャンプ、ストーンランスを連射して元に戻る。

 或いは別の場所にジャンプして再度攻撃を加える。

 

 防壁の中からとか一撃離脱が俺の戦い方だ、相対しての戦いはシャーラに任せる。

 俺は初心に帰れを実行する、遠くからの攻撃と奇襲攻撃が俺の戦法だ。

 

 シャーラがバンジージャンプの練習中に、野獣の横にジャンプして、ストーンランスを撃ち込んでいたのを真似ただけだが。

 いきなり現れ攻撃されたら、野獣と謂えども対応出来ずあっさり倒されている。

 俺もエルフの里で、転移魔法使いの男にいきなり後ろから切られたので、怖さは身に染みている。

 

 それにこの方法だと人に見られ無い限り、射程40+400メートルの遠距離攻撃も可能になる。

 練習怠るべからずである。

 

 * * * * * * * *

 

 森に入ってから一月以上経って漸く街道に出た、江戸時代の地図に劣らぬ地図を使い、方角を定めてシャーラに進ませた。

 流石はシャーラナビと感心する、俺なんて東と西は分かるけど、森の中を歩くと迷う自信がある。

 

 取り合えずキザバの街があると思われる方向に、歩き始める。 

 夕暮れ間近に前方を4,5人が何かを運んでいる。

 歩くのが遅いので当然追いつくが、立派な角のエルクだが、誰もマジックポーチを持っていないのだろう。

 彼らは精々ブロンズランクって所かな。

 

 「兄さん達手伝おうか」

 

 「ああん・・・あんた達は」

 

 「街に向かっている通りすがりさ」

 

 「かー、通りすがりさって、気障な兄ちゃんだな。手伝ってくれるのは有り難いが獲物の分け前は無いぜ」

 

 「心配する事はないよ、俺達も獲物は持っているからな」

 

 「マジックポーチ持ちか、なら頼むか」

 

 「俺は〔草原の風〕のリーダーでナナカってんだ」

 

 「俺はカイトだ、連れはシャーラ宜しくな」

 

 エルクをマジックポーチに仕舞うと〈いいなぁー〉って声が聞こえる。

 

 「あんたらさしずめブロンズって所かな。マジックポーチが欲しけりゃ、少しづつでも金を貯めて金貨30枚用意するんだな」

 

 「カイトのランクは何だ」

 

 「シルバーの2級だ、シャーラもな」

 

 「でもよ金を貯めろって簡単に言うが、俺達は稼ぎが少ないからな」

 

 「逆だよ一日最低幾ら有れば暮らせる」

 

 「ホテル代と飯代で銅貨3,4枚かな」

 

 「じゃー5人で銀貨2枚で生活し、使い切らない。それ以上の金はギルドに預けるんだな。金貨10枚になればギルドからお財布ポーチを借りられるだろう。此処のギルドの借り賃は幾らだ」

 

 「一ヶ月銀貨6枚だ、高けえよな」

 

 「何でだ、一日銅貨2枚だろう。5人分の荷物を持たずに済む。獲物もエルクなら、皮と肉だけにすれば楽に運べるぞ。その分遠くまで楽に行ければ獲物に出合う確率も高くなる」

 

 世間話しながら街の入口に着き入場待ちの列に並ぶ。

 入口にはエラドと書かれている、キザバから二つ離れた町だ、シャーラと目を見交わし頷く。

 ナナカ達の案内で、エラドの冒険者ギルドで獲物を売る事にする

 買い取りカウンターで少し待たされた後、ナナカ達の獲物がエルクだと伝える。

 

 「初めて見る顔だな」

 

 「街の入口近くで出会って案内してもらったのさ。俺達の獲物はブラックウルフ2頭と、ビッグホーンシープだ」

 

 「ナナカ、解体場へ案内してやれ」

 

 解体場で草原の風の獲物のエルクを出し、別の場所にブラックウルフ2頭とビッグホーンシープを並べる。

 

 〈ほぇー〉〈凄げぇなー〉〈一発だぜ見ろよ〉

 ぼそぼそ声が聞こえる。

 

 ナナカ達草原の風を飯に誘い査定を待つ。

 味の事は言いたく無いが、すっかり美食になれてしまいエールが不味い。

 買い取りの査定用紙を貰い了解する、ナナカ達も銀貨8枚の査定に満足気だ。

 

 「なあカイト、ブラックウルフとビッグホーンシープって幾らの査定何だ」

 

 「ん、ブラックウルフが1頭銀貨6枚、ビッグホーンシープが金貨3だ」

 

 〈ふぇー凄い稼ぎ、いいなぁー、俺達もそれくらい稼げたらなぁー〉


 「よおナナカ、新人か。ガキに小娘か」

 

 まったく、何処に行っても居る屑共が、俺のエールを黙って取りあげ飲んでいる。

 

 「それを飲んだら消えな」

 

 「あーん、兄ちゃん女の前で意気がるな・・・」

 

 シャーラの鋭い眼光と殺気に言葉が止まる屑。

 6人の荒くれが、シャーラの殺気に気圧されて脂汗を流している。

 

 「シャーラもういい、二度とナナカ達に絡むなよ」

 

 シャーラの殺気が消えると、そそくさと帰って行く。

 

 「凄いなシャーラって、あいつ等を一睨みで黙らせたぜ」

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