第116話 野外訓練
5分も掛からずに森の外に出た。
精霊樹を求めて森に踏み込み、どれ程の時間が掛り何処にいたのかすら判らない。
なのに5分も掛からず外に出た。
振り返れば刺の木の通路は無く、何事も無かった様に普通の森がある。
この森は精霊樹の森だと、初めて理解出来た。
来てはならない場所、踏み込んではならない場所なのだ。
《ダルク、靜かだけどどうなってる》
《終わったよ》
《えーと200人は居たんだが、早すぎない》
《簡単だったよ、直ぐに終わった》
あかん、俺の常識が通じない相手だったわ、考えるのは止めとこ。
オーロンとキャンプ地に残っているエルフ達を、アダスルに指示して連れて帰ってもらわねばならない。
オーロンをエルフ達のキャンプ地に連れて行き、残っているエルフ達を纏めて帰る準備をさせる。
「信じられん」
「あれ程の人数が死んだと言うのか」
「お前は誰だ、何故長老達が死んだと判るのだ」
「信じなきゃそれでもいいが、誰も帰って来ないぞ。お前もあの森に行ってみれば判るさ。5日待ってやる、6日目の昼迄に王都守備軍の所に行けば、帰りの護衛をしてもらえる」
キャンプ地の留守番にそう伝えて、王都守備軍のキャンプ地に行く。
アダスルに6日間留まり7日目に引き上げてもよい、エルフ達が来たらその時点で任務は終了、エルフ達を護衛して王都に帰れと言っておく。
「あのーカイト様、エルフ達の護衛とは」
「エルフの殆どは死んだ。キャンプ地に留守番として残って居た連中に伝えたが、直ぐには信じられないだろう。諦めて帰る気になったら此処に来るだろう、それを連れて帰ってもらいたいのさ。来なければ帰ってよいよ、ナガラン宰相には伝えておくから」
それだけを伝えて、ダルクの所に行く。
《ダルク、森の中に立っているあの不思議な木を使ってないけれど、あれはなんだい》
《あれね、あれは蜥蜴の様な野獣相手用の守りの木だよ》
《はぁ、用意のよい事で》
《だってクインの所は蜥蜴に侵入されたのでしょう。今回の用意の序でだよ》
《さいですか、もう用はなさそうだから帰るよ》
ダルクと話していると、時々力が抜けるよ。
《実りの季節になったらおいでよ。色々な実が採れるよ》
《はい! ダルク様》
ニャンコのよい返事を別れの挨拶にして、ダルクの地を後にする。
オーロンにも俺達は帰るから、引き上げるなら早くしろとだけ言っておく。
ハーベイの街を抜け、一路王都ヘリセンに向かう。
* * * * * * * *
シャーラの家でのんびりしていると、ヘイザがトレーに乗せた一通の書状を恭しく差し出した。
「王家からの書状が届きました」
表を見れば炎の輪に交差した剣と吠えるファングウルフの紋、又面倒事かと一瞬憂鬱になる。
「見なかった事に」
「それは無理で御座います」
嫌々読むとヘラルス殿下からだ。
ヒャルとカイトが王都に居る間に、実戦的な魔法の練習がしたいので草原での護衛を頼みたいって。
一人で行け!
無視をしていると、ヒャルがやって来た。
「カイト頼むよ、殿下の催促が厳しくてね」
「フィとヒャルで十分だろう」
「フィは治癒依頼を片付けるのに結構忙しいんだ」
「何故だい、王家治癒魔法師何だから暇だろう」
「フィの腕を見込んだ者達多数が陛下に願い出た結果、王家の許可をもらえばフィに治療を依頼出来る事になったんだ。一月に10人~20人、フィの都合次第って事でね」
「それって王都の外なら往復だけで相当な日数が掛かるだろ」
「それは大丈夫だ、王家治癒魔法師をホイホイ呼び出せる権力のある者はいないし、簡単に出て行く事も出来ないからね。フィはホテルを指定して治療に出向いているよ」
「そりゃ又、面倒な事を」
「館に呼べば相手の格による扱いが大変だし、相手の館に出向けばそれも面倒極まりない事だからな。ホテルなら護衛とメイドを連れて行き、終れば挨拶だけでさっさと帰れるのさ」
「貴族って、面倒極まりないね」
「そういう訳で頼むよ」
渋々承諾し、約束の日に侯爵邸にシャーラと二人出向く。
「あれっ、なんでフィまで居るの」
「いいでしょう。私も魔法を撃ちたいの」
「大分、鬱憤が溜まっていそうだね」
「病気で無い人達が一定数いて面倒なのよ。私をエリクサーと勘違いして若返らせろって何よ!」
「そういうのは氏名を控え、要求内容の一覧を宰相宛に送ってやればよいのに」
「それは、治療を始めるにあたって誰がどんな要求をしたのか、全て報告する事になっているので王家に筒抜けよ」
「王家も宰相も抜け目がないね」
配下の動向を観察するのに、フィは都合のよい存在だろうな。
「ヒャル今から草原に行き、獲物を探してとなると陽が暮れるけど」
「一晩野営だね」
グリンに獲物を探してもらう事にしないと、帰れなくなりそうだよ。
ヘラルス殿下の乗る馬車には近衛騎士20名、王都守備軍60名が前後の護衛に付く。
今回は追加で王都冒険者ギルドから、シルバーランクとゴールドランク20名が増えている。
先導するのはシャーラが操る二輪馬車で、前回の訓練同様フィとヒャルが居る。
フィもヒャルも、今回は遠慮無く魔法が撃てると御機嫌だ。
然し馬車2台に総勢100名の護衛、全員騎馬の集団を襲う野獣がいたら、それはそれで怖いものがある。
今回は野獣を標的の実戦訓練なので、森の境界近くにキャンプ地を定める。
未だ陽は高いので周辺散策、近衛騎士や守備軍の兵士が付いてこようとする。
キンキラキンの服と鎧、兵士の具足の音で野獣を追い散らすのかと言って止めるが聞かない。
ヘラルスの言葉も責任問題になるので、近衛騎士達が首を縦に振らない。
仕方がないので奥の手を使う事にする。
近衛騎士の隊長を呼び通行証を見せると、いきなり直立不動になりですます口調に変わる。
冒険者20人と俺達4人で殿下の護衛をするので、近衛騎士と警備軍の面々はキャンプ地の警備をお願いする。
《グリン近くに野獣っているかな》
《ん、牛なら沢山いるよ。右の方にずっと歩いたところ》
「シャーラ、行って見るか」
「殿下、右の方に行ってみましょうか」
「カイトは、野獣の居る所が判るの?」
「冒険者の勘ですよ」
冒険者達が後をぞろぞろと付いて来るが、近衛騎士の態度から誰も近寄って来ない。
元々フィやヒャルの子爵二人と仲良くて、王都冒険者ギルドでは浮いた存在なのに、ヘラルス殿下まで居て近衛騎士の態度だ。
絶対に俺は奇人変人の扱いになっているな。
「ほら、いましたよ」
「あれって・・・ウサギだよね」
「えっ御不満ですか、冒険者にとって立派な獲物ですよ。後ろの冒険者達に聞いてみて下さい」
殿下が振り向くと、一斉にコクコクと頷く冒険者一同。
ヒャルに手本を見せてもらう事に、アイスアローの一発でホーンラビットを仕留める。
続いてシャーラも、ホーンラビットとビッグボアを仕留めた。
「シャーラ、殿下の獲物を残しておけよ」
言ってる側からホーンボアがやって来る。
この時点で気付くべきだったが、殿下の獲物が来たと喜んでいた。
「よーく狙って打って下さい。仕損じても3人いますから大丈夫です」
〈空に轟く雷鳴よ、我の指し示す物に、その雷を落とせ!〉
〈パリパリパリドーン〉
「あー・・・真っ黒焦げです、食べられません」
酷いねーシャーラは、当たった事を褒めてやれよ。
確かにあの黒焦げ状態では、肉は生焼けだろうから持って帰っても売れないな。
「御免カイト」
「大丈夫ですよ、雷撃魔法を手加減出来る奴が居るとは思えません。初めての獲物だから誇ってもよいですよ」
処分するために黒焦げのホーンボアの所に行き埋めようとすると、オークが3頭やって来る。
ん、初めて違和感を感じたが、オークの排除が先だ。
「殿下、オークです。右から順番にやって下さい。ヒャルは左から援護、フィは殿下が仕損じたら止めを頼む」
背後の冒険者達も、左右に別れて援護体制になる。
〈空に轟く雷鳴よ、我の指し示す物に、その雷を落とせ!〉
〈パリパリパリドーン〉
〈空に轟く雷鳴よ、我の指し示す物に、その雷を落とせ!〉
〈パリパリパリドーン〉
「次、正面から!」
〈空に轟く雷鳴よ、我の指し示す物を、その雷で打ち抜け!〉
〈パリパリパリドーン〉
最後の1頭は距離20メートルくらいになっていたので、ヘラルスの額に汗が流れている。
然しおかしい、これ程轟音を立てているのに近付いて来るか?
この方面には牛しかいないはずだが。
「カイト様牛です! アーマーバッファローの群れです」
って・・・グリンのばっかやろー、確かに牛だがアーマーバッファローかよ。
取り合えず俺達4人と冒険者20人の避難所、砦を造る事にする。
24人だから横に4人縦に6人で24人、直径4メートルの円形で良かろう。
地面から50センチの高さに塀を造る。
「皆この丸の中に入れ! シャーラ壁を造るぞ!」
急いで厚さ20センチ高さ3メートルの壁を造ると、シャーラが内側から補強していく。
「はぁー・・・間に合ったか。何頭いた?」
「多分、8頭だね」
「あいつが居たから、ホーンボアもオークも俺達の方に向かって来てたのか。迷惑な奴だね」
〈ドカーン〉〈ドーン〉
「始まったよ」
「カイトこれ大丈夫なの?」
肩を竦めておく。
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