第139話 森の支配者

 「カイトを射ちニの矢で証人の子供を殺すか、中々非情な遣り口だな。街の警備の者に、此の件は我々が預かると伝えておけ。子供の身元は警備の者に確かめさせろ」

 

 そうヒャルダに命じながら、王家に説明の必要があるなと考えていた。

 カイト本人にその気が無くても、ナガヤール王国にとってカイトは重要人物になっている。

 

 冒険者としての腕もさることながら、凄腕の冒険者がナガヤール王国に住んで居る。

 その証明にドラゴンやフォレストスネイクの肉を親交の有る国に贈っているのだ。

 此れだけで他国を牽制出来る。

 しかも極秘だが妖精や精霊とも繋がり、精霊樹の地に踏み入ることが出来る者になど先ず居ない。

 それに従うシャーラも、尋常ではない存在だ。

 

 * * * * * * * *

 

 大量の血を吐いたカイトは中々目覚めず、シャーラや周囲をやきもきさせたが6日目には目を覚ました。

 目覚めたときの第一声が「あれっ、未だ生きているんだ」と冷めた言葉に周囲が呆れていた。

 

 その声を聞いてシャーラがカイトの胸で泣き崩れ、安心して寝てしまった。

 カイトが侯爵邸に運び込まれてから、殆ど寝ずに付き添っていた緊張が解けたせいだ。

 

 シャーラは自分が離れていたせいでカイトを危険に晒したと、以後片時も傍を離れようとしない。

 グリンも王都を離れ森に居たので似たような思いなのか、シャーラと共に常にどちらか一人は目に見えるところにいるし、姿が見えなくても呼べば聞こえる所に居る。

 

 ハマワール侯爵様からは侯爵家や子爵家以外の、庶民の服にも魔法防御や打撃防御等の魔法付与の服を身に着けろと、きつく言われてしまった。

 確かに恨みは山程買っているので、誰が何時攻撃して来るか知れたものでない。

 然し、2度目の人生は中々ハードモードだな。

 我が事ながら、長生き出来そうにないと思う。

 

 3度目の人生って有るのかな、人には聞けない悩みが増えそうな気がする。

 

 * * * * * * * *

 

 ハマワール侯爵から訪問の先触れが来て驚いた。

 先触れが差し出した書状には、カイトが襲われ胸に毒矢を受け昏睡していると記されていたのだ。

 

 あのアースドラゴンを2つに分けて持ってくる様なカイトが、胸に矢を受けて昏睡とは。

 状況がよく解らないので、ハマワール候爵の訪問を待つしかない。

 

 応接室で向かい合いハマワール侯爵から事の経緯を聞き驚いた。

 あの気配に敏感なカイトが、子供の相手をしていたとはいえ矢を受けるまで気付かなかったとは、相手の力量も相当なものだ。

 

 ハマワール候爵は、カイトの隣で子供とのやり取りを聞いていたヘイザの証言から、相手はエルフと推測されると伝えた。

 子供の言った『赤っぽい紫の髪に緑の目』のエルフを探すために、王都の警備隊に知らせ、該当者が居た場合即刻足止めせよと命じたと伝えて、越権行為を詫びておく。

 

 又王都と周辺の冒険者ギルドにも同様な依頼をし、目撃情報だけでも報酬を支払うと約束して、冒険者達から情報を集めていると告げる。

 

 「これは例の諍いの続きかな」

 

 「多分そうだと思います」

 

 「王国としては表立って冒険者の為には動けません。が各地の領主達を通じて該当者の割り出しと、エルフの動向を厳しく監視させましょう」

 

 ナガラン宰相の言葉を受け、ハマワール候爵はカイトの眠る館に帰って行った。

 

 * * * * * * * *

 

 〔赤っぽい紫の髪に緑の目〕のエルフの情報は意外に早く王都冒険者ギルドからもたらされた。

 

 王都で活動しているエルフの冒険者パーティー〔森の支配者〕達と、最近行動を共にしているエルフが、赤っぽい紫の髪に緑の目をしていると通報が来た。

 ヒャルダが早速冒険者スタイルで王都の冒険者ギルドに出向き、ギルマスのザクセンに面会を求める。

 

 「ハマワール子爵殿自らのお出ましですか」

 

 「急ぎますので簡潔にお願いします」

 

 「春先からお尋ねの男が現れ、エルフの冒険者パーティー森の支配者と、行動を共にするようになりました。然しパーティーに加わった訳ではなく時たま猟に参加している風で、後は王都をうろうろしていた様でした。何か里に帰った時の土産話に彷徨いていると言ってたが」

 

 「その男の名前はなんと」

 

 「ハムルと呼ばれてましたよ。いつもフードを被り陰気臭い奴です」

 

 「で、その森の支配者とやらのパーティーは今何処に居ます」

 

 「昨日から見てません」

 

 ヒャルダはハムルが、子供を背後から弓で射殺した犯人と繋がっているらしい事を話す。

 ハムルと森の支配者の連中は容疑者として、王都警備隊が行方を追っていると告げる。

 

 「弓か・・・森の支配者の一人でクースって男は、相当な弓の名手だった筈だがな」

 

 「ハムルを喋れる状態で捕えたら金貨20枚、森の支配者5人には一人金貨2枚、全員捕まえたら12枚

 支払いましょう」

 

 「そいつは良いが、大っぴらにやると逃げられるぞ」

 

 「では此処に現れたら捕らえるって事で。顔見知りの冒険者達に、話を通しておきます」

 

 ギルドの食堂に屯する以前ハマワール家の護衛依頼を受けた顔見知り達に、エールを飲ませて話を聞いて回った。

 それとなくギルマスのザクセンの指示が在れば従ってくれるように頼む。

 勿論報酬を約束する事を忘れない。

 

 カイトが目覚めた時に経緯を話し、毎日冒険者ギルドの食堂で顔見知り達と情報交換をしていたが、逃げられた様だった。

 

 但し、森の支配者の風体と名前は判っているので、無関係を証明出来なければ、二度と冒険者としての行動は出来ないだろう。

 パーティー森の支配者のリーダー、ヘラル(緑の髪と赤い瞳)

 火魔法使いのケルタ(灰色の髪と金色の瞳)

 水魔法使いのヨーラ(水色の髪に緑の瞳)

 弓の名手クース(銀色の髪に紫の瞳)

 斥候のヒザト(グレーの髪にグレーの瞳)

 それに、(赤っぽい紫の髪に緑の目)のハムルだ。

 ギルドの持つ個人情報と合わせれば、後はカイトが身体の回復を待って何とかするだろう。

 

 * * * * * * * *

 

 今回の怪我は死ぬ寸前で大量の血を吐いたせいか、ヘラルス殿下護衛の時の怪我より回復に時間が掛かった。

 

 散歩が出来る様になると候爵様の忠告通り、裕福な商人の小倅風の衣装を作り直した。

 魔法防御,打撃防御,防刃,体温調整の為の外気温調整機能付の魔法を付与した服は、快適だが普段着には馴染まない。

 こんな服は日本にも無かったし、有れば億単位のお値段に成るのは確実だ。

 

 序でに七分丈のアンダーシャツとステテコ?を作り、魔法防御,打撃防御,防刃の機能を付与した。

 しかし首から上は無防備なんだよな、年中忍者紛いの覆面で居る訳にもいかないし。

 まぁ上着にフードを付けているから、いざとなればフードを被って凌ぐ事になる。

 

 30才の誕生日を迎えたが、完全回復には時間が掛りそうなのでダルクの所で療養する事にした。

 シャーラもダルクの所で果実をたっぷり食べたいと、うっとりしながら催促してくるので、相変わらずの食欲優先に笑ってしまった。

 侯爵様に告げると暫し待てと言われ、何やら忙しくやり取りしている様子。

 

 夕食の時に判ったのは、4日後にホイシー侯爵様が領地に帰られるので、それに同行しろとの事だ。

 俺の今の体力でシャーラとの二人旅は不安なので、ホイシー侯爵と同行すれば領都のハーベイ迄は安全だからと言われて、素直に好意に甘える事にした。

 

 出発当日用意した二輪馬車の御者席にシャーラと並んでヒャルが座っている。

 

 「ヒャル、何をしているのかな」

 

 「私も一度後学の為に、ホイシー侯爵領やダルク草原の迷いの森ってのを見てみたくてね」


 護衛の騎士10名と王都の冒険者達10名も待機している。

 

 「お優しい事で」

 

 「なに、一度くらいはカイトの護衛をしてみるのも悪くないと思ってね」 

 

 貴族街を出るとホイシー侯爵様の馬車と従者の馬車、護衛の騎士20名に冒険者20名と合流する。

 馬車3台騎馬60騎の堂々の隊列で王都を後にする、今回はキャンプハウスの出番は無さそうでちょっと憂鬱。

 

 王都とハーベイ間は通常の馬車旅で10日だが、ホイシー侯爵様は各地の領主に挨拶しながらの旅で13日掛かった。

 此れでも早かった方だと言われたが、ヒャル,ハマワール子爵も居るのでホテルは同じで、部屋もヒャルと遜色ない部屋で気疲れが半端ない。

 

 然しダルク草原までの辛抱と大人の対応を心掛けるが、ヒャルがうっかり口を滑らせ、3年物を振る舞う羽目になってしまった。

 仕方がないので口止め料として、ホイシー侯爵様に3年物を一本進呈して王家には内緒と念押ししておく。

 

 そりゃー、満面の笑みで了承されました。

 口を滑らせたヒャルには無し! 飲めるだけでも喜べと言っておく。

 

 ハーベイに到着後ホイシー侯爵に礼を言ってお別れし、そのまま草原入口のフーニー村へ急ぐ、やっと自由に動ける。

 

 * * * * * * * *

 

 「迷いの森って、もっと禍々しいものかと思っていたが、綺麗な森だね」

 

 「別に人を殺すための森じゃないからね。中で迷って勝手に死ぬだけだよ。奥に行けば危険な植物も多いから、森には入らないでね」

 

 《カイト誰、誰》

 《シャーラ、知らない人族といっしょ》

 《グリン,ダルク様に言ってくる》

 《カイトが人族をダルク様の所に連れてきた》

 

 《行かないよ、此処までだよ》

 

 護衛の冒険者達も珍し気に森を見ている。

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