第178話 エルマート神像倒壊

 周辺が夕闇に包まれる頃に、エグドラ冒険者ギルドのノーマンの執務室がノックされた。


 「入れ!」


 「お久し振りです。ノーマンさん」


 2年振りに見るノーマンさんは相変わらずだが少しお疲れの様子。


 「もっと早く帰って来い!」


 「エグドラ周辺からアガベのホルム村周辺まで、増えすぎた野獣の討伐で忙しかったんですよ。街の様子はどうですか」


 「お前たちが消えてからも、幻の治癒魔法使いを求めて体の不自由な冒険者が殺到したが、それも何とか落ち着いたよ。それよりも教会の奴等がシャーラを探して、賞金まで懸けているぞ」


 「何だよそれ、シャーラを教会の手先に使うつもりなのかな」


 「例の治癒魔法使いがらみでな、ハマワール王家治癒魔法師殿も一騒動在ったが、それは治まった。シャーラは冒険者で後ろ盾が無いからな、どうにでもなると思っているらしい。それに富裕な者や豪商達も、金の匂いに釣られて蠢いているぞ」


 ギルドは今も高ランク冒険者が集まり、野獣の討伐成績も良いようだ。

 アースドラゴン討伐に際して剣や槍等は通用しないとはっきり判り、魔法の使える冒険者がエグドラに相当数集まっていて、比較的小さいドラゴンを何頭か倒していると話してくれた。


 「ハマワール伯爵殿直轄の魔法部隊も、志願者が殺到して攻撃魔法や治癒魔法の使えるものを扱きまくって、連日魔力切れで卒倒する者が続出しているぞ」


 王国も魔法部隊の重要性を再認識し、訓練と称して、冒険者ギルドの野獣討伐を積極的に支援しているらしい。


 誰にも見られない様に転移でギルマスの部屋の前に来たので長居はできず、森の恵みと天上の酒をたっぷり差し入れして、闇に紛れて退散する。

 そのままハマワール侯爵邸に行き、用意して貰った貰った部屋にジャンプして部屋の片隅に下がる紐を引く。

 暫くしてノックの音と共にヒャルが飛び込んできた。


 「どうしたのヒャル、秘蔵の酒が無くなったのかな」


 「おっ提供してくれるなら歓迎するが、教会と金持ち共が何やらシャーラの事でごそごそしているので心配していたんだ」


 「噂を聞いたよ。ドラゴンスレイヤーに雷神様と大人気だね」


 「止めてくれよ、カイトに言われると恥ずかしいよ。遅くなったがシャーラには本当に世話になったね、有り難う」


 その後、アガベの所で解体してもらったウォータードラゴンとテイルドラゴンのお肉に森の恵み,天上の酒,三年物をたっぷり渡して楽しい一刻を過ごす。

 侯爵様にお願いして仕立て屋を呼び、魔法使い用のマントと冒険者用の衣服を新調するが、見た目はよれよれの摺り切れそうな雰囲気。

 フードを被れば街中を歩いても目立たない様に細工する。


 * * * * * * * *


 全ての用意が調い、侯爵邸を後にし闇に紛れてエグドラの街を離れると、のんびりと王都を目指して歩く。

街々を通過する際には普通の冒険者を装い、ブロンズランクの冒険者カードを提示して完全に存在を隠す。

 しかし教会の情報網は街の衛兵にも張り巡らされていて、ヘブルの街で教会関係者に取り囲まれた。

 冒険者カードの名前で追ってきた様だが、これは想定内なので柔らかストーンバレットで薙ぎ倒して通る。


 王都のフィの所に寄るつもりだが、邪魔が入りそうなので先に話をつける事にした。

 ヘブルの街以来、遠巻きにして付いて来る教会関係者が煩わしい。

 ジャンプして逃げても、ハマワール関係は周知の事でそちらに迷惑が掛かる。

 野営の時に一人拉致して優しく訳を尋ねると、王都の教会本部からの指令だと教えてくれた。

 結構、俺は私生活を邪魔する奴には遠慮しない性格だ、王都の教会本部に出向き一番偉い人とお話をしましょう。


 それからも教会の指示に従って付き纏う輩を適当にあしらいながら、王都ヘリセンに到着した。

 そのまま王城に行き、ナガラン宰相に面会を求める。


 「カイト殿、久し振りだが今回は何用かな」


 「王都に在る教会本部で少々騒ぎが起きますが、王国は関与しないで下さい」


 「それはシャーラ殿の件かね」


 「そうです、治癒魔法使いが欲しければ、それ相応の待遇を持って迎えれば良いのです。信者を使って付き纏い、取り込もうなんてふざけ過ぎです」


 ナガラン宰相には騒ぎの後の事で、少し頼み事をする。

 宰相も何か思うところが在るのか、苦笑気味に頷いている。


 * * * * * * * *


 王都の教会本部、創造神エルマート様を称え信仰しているとはいえ、所詮は人が作る組織、権威付けの装飾バリバリの巨大な建築物だ。


 「止まれ! 何用だ」


 「えっ、用が有るのはそっちで、迷惑だから止めろと言いに来たんだ」


 バタバタと急ぎ足で数人の男達がやって来た。


 「そこの女は、シャーラに間違いないな」


 また上から目線の、礼儀知らずの典型的タイプだね。


 「確かに私はシャーラですが、何か教会から付け回されて呼び捨てにされる様な事をしましたか」


 「女、大教主様がお呼びだ。付いてまいれ」


 此処にも人の話を聞かない阿呆がいる。

 シャーラと顔を見合わせていると、お前に用は無いとはっきり言われて犬を追い払う様に、シッシッと手を振られた。

 これには思わず吹いてしまったが、笑われて激怒し神殿警護の男達を呼びつけて、放り出せと命令してくれたよ。

 なら遠慮は要らないな、掴みかかって来る警備の物を柔らかバレットで撃退して昏倒させる。


 「おい、お前が呼びに来たのなら大教主の居場所は知っているな、案内しろ」


 今度は俺が命令してやる。

 お口パクパクして金魚かと突っ込みたいが、辛抱して素直になる様に柔らかバレットで躾けてやる。

 ちょっと顔が変形したが、心は素直になったようで大教主様のところに案内してくれた。


 大教主様の部屋はこれ又キンキラキンの金って、宗教ビジネスは元手要らずの口先一つ、気楽な稼業とは本当だね。


 「何だ、その薄汚い2人は」


 「女の方はお探しのシャーラです。男の方は・・・そのー」


 俺が説明を替わってやる。


 「シャーラに用が有るようだが、信者を使って付け回すのを止めろ。これ以上付け回すのなら、教会を潰してお前達を鏖にする事になるぞ」


 言っている事が理解出来ないのかポカーンとしていたが、そのうち笑い出しやがった。


 「なかなか豪儀な小僧だな。まっ夢や寝言は一人の時に言え」


 「一人で言ってもお前達には聞こえないだろう。だから態々出向いてきてやったのだよ。死にたくなければ、信者相手の詐欺だけで満足していろ」


 「誰かこの不敬な小僧を摘まみ出せ!」


 おーお、靴音高くゾロゾロと警備の者達がやって来るね。

 掴み掛かってくる男達を全員柔らかバレットで打ち倒す。

 序でに大教主様の顔面に、連発で柔らかバレットをお供えする。


 大教主様、少し造形が崩れたが良いお顔になられました。

 ヒイヒイ言っているが、俺の言った事が理解出来たかな。


 「なんと不敬な輩か、我が教会を敵にまわしてはこの国で生きてはいけないぞ」


 自分の権力に酔いしれている奴は度しがたい、くどくど言わずに潰しておくことにした。


 「今から此の大教会を潰す。死にたくなければ即刻此処から立ち去れ! そして二度と俺達に関わるな」


 《グリン,ピンク俺の遣る事を真似てくれるかな》


 《ん、いいよ》

 《なになに、なにをするの?》


 興味津々のピンクと何時も通りのグリン、シャーラも何かを期待してるのか顔がワクテカになっている。

 遊びには敏感な、にゃんこらしい事。

 大教会の建物全ての柱や壁を無差別に魔力を流し、すかすかの状態にしていく。


 《グリン,ピンク交代でやろうか。崩したら負けね》


 「カイト様、私も遣ります!」


 こいつは遊びだと思ったら、即座に鼻を突っ込んでくるな。


 《ん、いいよ》

 《遣るわ! 負けない!》


 それからは巨大な壁を斜めにオカラ状態にしたり、柱を砂状にしたりとキャッキャッ,ウフフの巨大ジェンガか積木崩しが始まった。


 大教主様や取り巻きに何が始まっているのか知らしめる為に、指さしたり手刀で切り倒す仕草をしたりして崩す準備をする。

 石造りの建物とはいえ、砂の柱やオカラ状態の壁では素人にも異変は判る。


 「もう一度言うぞ! 創造神エルマート様を騙り金を稼いだ罰に、大教会を潰す! 死にたくなければさっさと逃げろ。二度と俺達に纏わり付くな!」


 〈ゴゴゴゴ〉

 〈ゴーン〉


 耐えきれなくなった場所から崩れ始めている。

 訳が解らずウロウロする者、腰を抜かして這いずる者、脱兎の如く上司や同僚を捨てて逃げ出す者。


 〈バキーン〉

 〈ドーン〉

 〈グワッシャーン〉


 周辺の柱や天井が崩れ落ちてくるが、警告はしておいたから死ぬも生きるも勝手にしろと捨て置く。

 まるで映画のワンシーンの様に、壁が崩れ屋根が落ち砂煙が舞い上がる。

 もう人の声も絶叫も聞こえない、ただただ崩れ落ちる教会の轟音が鳴り響く。


 《アーン、壊れちゃった》

 《勝ったね》

 《面白かったね》

 《はいはい、帰ろうか》


 その日はフィの館にご厄介になる。


 黄昏時に轟音を立てて崩れ落ちた大教会は、その夜王都ヘリセン全ての人々に話題を提供した。

 一夜明けて話題の大教会を一目見ようと人々が集まる。

 茫然自失の教会関係者や大教主様達。


 崩れ落ちた大教会の見物に訪れた人々の彼方此方から、小さな騒ぎが起こる。


 〈聞いたか、ドラゴン討伐で怪我をした冒険者を治療した治癒魔法使いを、教会のものにしようと裏で拉致しようとして、エルマート様の怒りを買ったってよ〉

 〈何でもよ、エリクサーより凄い治癒魔法使いは教会のものだって、探し回って賞金まで懸けたって〉

 〈それよ。そんな凄腕の治癒魔法使いを自分達の支配下に置けば、王国も貴族も思いのままに操れるからな〉

 〈今の大教主って金貨大好きだからなぁ〉

 〈エグドラに現れた凄腕の治癒魔法使いは、ドラゴン討伐で傷ついた者を癒やすのはエルマート様から魔法を授かった者の勤めだと言っていたらしいぞ。

 それが証拠に、冒険者からは一欠片の金品も貰っていないらしいぞ〉

 〈それを自分達の権勢と金儲けの道具に利用しようとしたから、エルマート様の怒りを買ったんだ〉


 良からぬ噂は千里を走る・・・かどうかしらぬが、誰しも教会から喜捨以上の金品を要求された事は2度や3度ではない。

 そこを突いて教会の悪事の噂を流せば、大教会の崩壊は教会とエルマート様のせいになる。

 ナガラン宰相は、いいお仕事してますね。

 崩れた大教会見物に訪れた人々の間で、教会に対する不満と噂で盛り上がっている時に誰かが叫んだ。


 〈見ろ! 柱がエルマート様の像が〉

 〈倒れるぞー〉

 〈逃げろー〉


 前日、大教会を崩す時にグリンやピンクに手を付けちゃ駄目とお願いして、残しておいたエルマート神像。

 エルマート神像を支える巨大な石柱が、逃げ惑う人々と無残な姿を晒す大教会に向かって倒れていく。

 見物の人々に被害が出ないようにゆっくりと倒すが、最後は轟音を立てて、瓦礫の山となった大教会の中に沈んでいった。


 エルマート神像が轟音を立てて倒れた日を最後に、王都からナガヤール王国からカイトとシャーラの痕跡が消えた。


 ◇  ◇  完  ◇  ◇


 引き続き「外伝・ドラゴンスレイヤー」をお楽しみ下さい。

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