第177話 雷神
「その方達、巨大アースドラゴン討伐の子細をハマワール子爵から聞こうとしているのだが、興味がない様だな。皆にも聞かせようと思ったが必要無さそうだ、お前達は下がって良いぞ。ハマワール子爵は別室にてゆっくり話を聞かせてもらおうか」
玉座を下りると、さっさと謁見の間を出て行く。
ヘラルス殿下が後に続くが、問題の貴族とご婦人方をチラリと見て首を振りながら国王陛下の後に続く。
〈貴殿方は、他人の迷惑というものを理解していないようだな〉
〈まったくだ、巨大アースドラゴン討伐の話など、おいそれと聞ける話では無いのに〉
〈貴族にしては、礼儀がなってないな〉
〈何処の田舎者だ!〉
〈ハマワール子爵がドラゴンスレイヤーになり、その話を直接聞ける機会を潰してくれるとはな〉
散々な言われようだが仕方がない、赤面して俯くだけだった。
ヒャルダは侍従に案内されて、国王陛下の待つ城内奥深くにある、豪華な部屋に通された。
向かい合うのは、国王陛下とヘラルス殿下にナガラン宰相と、背後に控える書記らしき男のみ。
これは魔法の事を深く追求されそうだと覚悟を決める。
「最初から躓いたが、ドラゴン討伐の顛末を聞かせて貰えるか」
国王陛下に促され、エグドラ周辺に野獣が数多く出没し始めた所から話し始めた。
薬草採取に森に入った冒険者がアースドラゴンと出くわし、命からがら逃げ帰って来たのがドラゴン騒動の始まり。
逃げ帰る途中で出会った冒険者パーティーにドラゴン出現を知らせると、後先を考えずに金と名誉を求めて、ドラゴン討伐を始めた。
街に逃げ帰った冒険者は、ドラゴンを見たと冒険者ギルドで騒ぎ万人の知るところとなった。
その場にいたプラチナ,ゴールドランクのパーティーが、我先にとドラゴン討伐に駆けだした。
だがプラチナ,ゴールドランクを含むとはいえ剣や槍では通用せず、多数の死傷者を残して街に逃げ帰って来た。
それから6日目に森の外れにドラゴンが姿を現したが、エグドラではドラゴン迎撃の準備が出来ており戦意も高かった。
落とし穴を掘り防衛用の杭の後ろで、氷魔法を使い動きを止めようとしている時に、冒険者の一人が火魔法を撃ち込みドラゴンを怒らせた。
これが乱戦の始まりで統制の取れない攻撃になったが、隙を狙いドラゴンの腹に地面より氷の槍を突き上げた事。
それを見た冒険者達がドラゴンに群がり攻撃出来なくなったため、雷撃魔法を2度撃ち込み、ふらつくドラゴンに再度地面より氷の槍を突き刺した。
ほぼ勝利を確信した時に、ドラゴンが最後の足掻きで尾を振り回し魔力を込めた杭を打ち砕いた。
その破片により自分は負傷したが、力を振り絞りドラゴンの顎から頭に掛けてアイスジャベリンを撃ち込んだ。
それを最後に意識が途切れ、目覚めた時には全て終わっていたこと。
後から聞いた話では、自分は片手片足を失っていたが見知らぬ治癒魔法使いが、父の願いで高額な報酬と引き換えに無くした手足を再生したと聞いた。
父に問い質したが、姿形を隠していて不明であり治療の為に部屋から追い出されてしまい、その後治ったと伝えられただけで良く判らないと聞いた。
話し終わると、書記の男が静かに下がる。
「中々に壮絶な話だな。よくぞ生き残った。しかし氷魔法も驚いたが雷撃魔法も使えるのか」
「申し訳在りませんが、以前申した様に手の内を晒さずです。今回は全力でドラゴンに向かいました」
「知っておるか、今回の事を吟遊詩人達が詩にし辻々で触れ回っているぞ。貴族が街の防衛の先頭に立ち、巨大ドラゴンを討伐したのだからな。今貴族の評判は上々だ、ハマワール子爵は侯爵位を継ぐまでは伯爵を名乗ることを許す。また終生年金として年金貨2,400枚を支給することにする。我が国のドラゴンスレイヤーの体面を維持するのに使え。3日後に改めて皆を集めて陞爵の儀を行うぞ」
3日後にヒャルダ・ハマワール子爵は伯爵に陞爵したが、その全てを記録した用紙が吟遊詩人達の手に渡り、ハマワール子爵巨大アースドラゴン討伐として詩われる事になった。
彼等は街々を歩き他国にも流れていく、これは絶大な宣伝になる。
何の事はない、ちゃっかりヒャルダのドラゴン討伐を他国に宣伝して、武威を高めていたのだ。
勿論国王はドラゴンの皮を買い上げ広く領民にも見せ、国や民の安全を示して貴族の権威を高める事も忘れない。
ヒャルダに支払う年金など安いもので在る。
それを知ったハマワール伯爵は頭を抱える事になったが、後のまつりで在る。
後日ヘラルス殿下に頼み込まれて氷魔法と雷撃魔法を披露したが、分厚い魔法障壁の壁をアイスジャベリンの一撃で撃ち抜き驚かせた。
又臨席した国王陛下や宰相に魔法師団の師団長達が、腰を抜かす程の落雷を落とした。
それに感銘した国王陛下より、巷で称えられるドラゴンスレイヤーの称号とは別に雷神の称号が贈られた。
* * * * * * * *
一方エグドラでは、謎の治癒魔法使い捜しが必死に行われていたが、街の人々も冒険者達も彼等のせいで治癒魔法使いが姿を消したと思い嫌っていた。
為に彼等には口を閉ざして相手にせず、捜索は難航していた。
それにハマワール侯爵領内なので、無理な事は出来ず諦め気味である。
王都でもヒャルダが手足の欠損が再生された事は噂になり、様々な人が伯爵陞爵祝いに訪れては無くした筈の手足の様子を窺っていた。
中にはフィエーンハマワール子爵が陰で欠損部位を治したのだと触れ回る者まで現れ、一時は不穏な雰囲気になりかける一幕もあった。
しかし人々の願望と期待は噂が噂を呼び、日に日に深刻度を増していった。
事ここに至って王城にそれを言い出した者や便乗して騒いだ者達を呼び出し、大勢の見守る中で実験をする事になった。
当日冒険者の怪我人が王城に運び込まれ、フィエーンは大広間で治癒魔法を披露する事になった。
魔法師団で腕の良い治癒魔法師も数名参加して行われた実験で、フィエーンは重傷者を受け持ち〈なーぉれっ〉の一言であっさりと治してみせた。
他の魔法師団の治癒魔法使いが四苦八苦して治療を施すが、フィエーンの足下にも及ばず彼女の能力の高さが実証された。
そこで指の欠損がある者が連れてこられ、問題の貴族達が丹念に調べた後フィエーンに治療を促した。
国王陛下を見ると、苦い顔をして頷いている。
仕方がないので、欠損した指の再生を願って魔力を流す。
ヒャルダの欠損を治そうとした時と同様に、あっという間に魔力が抜けていきそのまま昏倒した。
国王陛下の『調べろ!』の声に騒いでいた代表者が指を調べ、僅かに再生されていると報告した。
しかし昏倒する程の魔法を使っても、微細に調べなければならないほどの再生では話にならないと、落胆を露わにしていた。
「お前達、よくも王家治癒魔法師のフィエーン・ハマワール子爵を、お前達の願望のための玩具にしてくれたな。覚悟をしておれ」
そう言い残して、国王は広間を出て行った。
国王の怒りに震える言葉を聞き、初めて自分達が何を要求していたのか気づいたが遅すぎた。
慌てて立ち会っていたハマワール侯爵に取りなしを頼んだが、彼の返事はもっと冷たかった。
「貴方がたは、問題の治癒魔法使いが現れる10日以上前に、フィエーンがエグドラを離れて王都に帰還していたと言っても信じなかったではないか。侯爵たる私の言葉すら信じず無理難題を押しつけて来たのだ。本来なら決闘を申し込んで終わらせても良かったが、それでは何時までもフィエーンに固執するだろうであろうから、今回の事に同意したのだ」
「此処で改めて貴方方に決闘を申し込みましょうか。怖ければ皆さん纏めてお相手しますよ」
倒れたフィエーを受け止めて跪いているヒャルダが、彼等に声をかける。
先般のヒャルダの雷撃音は王都中に轟き渡り、国王より雷神の称号を贈られた者を相手に、決闘を受けようとする者はいなかった。
「数を頼んで無理を通そうとするが、貴族としての矜持の持ち合わせも無いようですな。帰って隠居届を書いて部屋に籠もっていろ!」
ヒャルダは我慢の限界に達し、最後は黙り込む者達を満座の中で怒鳴りつけた。
ドラゴンスレイヤーであり雷神と称されるヒャルダの怒りに、皆そそくさと広間を後にした
* * * * * * * *
一方収まらないもう一つの勢力、教会の神父は幻の治癒魔法使いの報告を教会本部に提出し、教会本部もその話が本当なら教会の権威付けに利用できると一層の調査を命じた。
貴族と違い教会には熱心な信者がいる、それは王侯貴族から一般の市民や冒険者にまで及び彼等からの通報により、冒険者シャーラの名前が浮かび上がった。
しかし調べればフィエーン子爵と前後してエグドラの街を離れている。
だが手掛かりはシャーラしかない、王城でフィエーンが指の欠損を再生しようとして昏倒したことなど知らない。
熱心な信者を通じてシャーラの手配がなされた。
協会は気づいていなかったが、信者の中には裕福な者や豪商達もいた。
彼らは協会の熱心な信者だが秘密や金の匂いには敏感だ。
何故教会がこれ程にシャーラなる冒険者を探すのか内密に調べ、一人の冒険者を手に入れれば莫大な利益を生むと知り、血眼になってシャーラの行方を追った。
カイトの欺瞞工作は、別の災いを招いてしまった。
王家治癒魔法師に匹敵する能力は、力を持つ者を狂わせる。
裕福な者や豪商達もシャーラの行方を追い、カイトの存在とエグドラの家を突き止めた。
然しその頃にはエグドラのカイトの家は処分されていて、使用人達はハマワール侯爵邸に引き取られて空き家になっていた。
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