第9話 魔法の常識は非常識

 三日後に再び訓練場へ行き、二人に練習の成果を見せて貰う。

 フィエーン様の火魔法は、大きなファイアーボールを作る事に手間取っている。

 拳大のファイアーボールは、暖かいと感じる程度の火の玉で明らかな魔力抜けである。

 ヒャルダ様も似たようなもので、魔力の使い方が無理矢理魔力を絞り出す様な使い方だ。

 イメージが疎かになっているので、魔力を乗せられないでいる。

 

 「お二人は、基本的な魔力操作が出来てませんね。魔法は、魔力を力んだり絞りだしたりするものではありません」

 

 30cm程度の球体を造り、自分の前に玉を置き転がしながら二人の回りを歩く。

 

 「どうです。俺の前を転がる玉は魔法で転がしてますが、力を入れていません。普通に歩きながらでもできます。球体を造り転がる事をイメージし、魔力をイメージに乗せているだけです。散歩をするくらいの気持ちで、力を入れなくても出来ます」

 

 そうして二人の前に立つと玉を胸の高さに上げてみせると、触れさせてからゆっくりと圧縮して行く。

 

 「球を圧縮してますが、段々熱くなってきたでしょう」

 

 手を離させて、二人が球体から離れても圧縮を続ける。

 赤熱し灼熱して溶岩の様に溶け出すが、球体を保ったままだ。

 地面に穴を空けると、中に落として埋め戻す。

 

 「イメージだけであれだけの事が出来ます。土や石は重いとの常識は、魔法には当て嵌まりません。身体の力を抜き、大きな炎が小さくなるのは当たり前、と思っていれば良いのです」

 

 そうして目の前で俺の頭の大きさの炎を作らせる。

 

 「さっきのを見ていたでしょう。力を抜いて俺の頭と同じ大きさの炎をイメージして、イメージできたらそれに魔力を乗せて下さい」

 

 突如俺の横に炎の玉が出現したが〈キャーッ〉って声と共に炎が消えた。

 

 「出来たでしょう。先ずそれを続けて下さい。圧縮はそれが完璧に出来てからにしましょう。何時でも何処ででも思い通りに出来れば、後は簡単ですよ」

 

 次にヒャルダ様の氷だが、フィエーン様のを見ていたのであっさりと出来た。

 余りにも簡単に出来たので、作った本人が驚いている。

 

 「続けて下さい。大きさだけをイメージして、何時でも何処でも出来る様に。フィエーン様、肩に力がはいってますよ」

 

 俺は訓練場の片隅に、縦横3mの壁を造る。

 標的練習の為だが、後何度か魔力を重ねて強固な物にしてから、二人の射撃練習に使うつもりだ。

 ヒャルダ様の前に、氷の山が出来ている。

 

 「お二人共身体は怠くありませんか。怠いとか疲れたと思ったら止めて下さい」

 

 「こんなに簡単に出来るなんて、不思議ね」

 

 「ああ私もだ。今までの事が、嘘の様に簡単に氷が出来るとはね」

 

 「同じ大きさを保って造る事を、忘れないで下さい」

 

 顔に疲れが出てきたので、止めさせて部屋に戻りお茶にする。

 サロンでお茶を飲みながら、魔力操作をどの様にしているのか尋ねてみた。

 ラノベからの知識で自己流しか知らないので、世間の魔力を練るとか魔力操作の方法に興味が在ったからだ。

 心臓の下で臍の奥の方に魔力溜まりが有り、文字通りこねくり回す。

 それを魔法を発現する掌まで流す練習と、聞いていて頭が痛くなってきた。

 何処かで読んだ言葉、ラノベは偉大なり!

 

 メイドに外へ出て貰い、自分のやり方は母から教わった方法だと話して教えた。

 その際詠唱について、人に聞かれた時には短縮詠唱していると言う様にお願いした。

 事前に詠唱し、最後にファイアーボールのキーワードで魔法を撃っていると言えば、納得して貰えるだろうと伝えた。

 

 「今、多少疲れを感じているでしょ。興奮したり闘っている時は疲れを感じません。疲れたと感じた時は魔力切れ寸前です。先程のお二人がその一歩手前です」

 

 「確かに、お茶と言われて帰って来る時には疲れていたよ。それまでは全然感じなかったが、嬉しくて興奮していたんだな」

 

 「魔法は冷静に使わなければ命取りになります。出来て当たり前と思い、常にどの程度の魔力を使ったか考えておくべきです。それとは別に、俺が母から教えられた事に少し手を加えた、魔力操作の方法を教えます。魔力を体内に巡らせる方法です、楽に座って魔力を関知して下さい。それを腕から指先まで届けたら戻り反対の腕から指先に送り、戻って足の先まで送り戻って反対の足先に最後に元に戻す練習です。慣れれば体内何処にでも魔力を巡らせる事が出来ます。魔力の扱いの練習ですね」

 

 「今までのやり方が、多少複雑になっただけの様だが」

 

 「そうですよ。違いは、慣れてくると体内を巡る魔力の残りがある程度分かる様になります。大量に魔力を使った後で休憩し、その後どの程度魔力が回復しているのかが解ります。ある程度ですが、体内を巡る魔力の量が分かります」

 

 「君に指南を頼んだのは正解だね」

 

 「そうね、常識外の事ばかりだけれど、聞けばそのやり方の方が理に叶っていると思うわ。イメージを理解してからは、魔法の発現のスムーズな事」

 

 * * * * * * *

 

 子爵様に呼ばれて執務室へ行くと、冒険者ギルドのギルマス・ノーマンさんが居た。

 ブラックウルフの清算金を持って来て、子爵様と話をしていた様だ。

 

 「元気そうだな。遅くなったがブラックウルフ21体の清算金、1頭6万ダーラ×20頭で120万ダーラとボスが18万ダーラ合計138万ダーラだ」

 

 ずっしりとした革袋を差し出された。

 確認を要求されて、金貨13枚と銀貨8枚を数えて頭を下げる。

 此れからも薬草採取を続け、来年は冒険者登録をすると告げると笑って帰って行った。

 

 その後子爵様ヒャルダ様フィエーン様の三人が揃い、馬車救援のお礼を言われて又革袋が出てきた。

 しかも、三袋もだ。

 

 「子爵様、少し多過ぎませんか」

 

 「イヤイヤ、少ないと文句を言われても仕方がない程に少ないと思っている。娘と騎士達の命の値段にしてはね。亡くなった騎士達や御者にも、相応の慰労金を出しているので、気にせずに納めてくれ。それと、君は家を出ていると聞いている。市場と冒険者ギルドの中間にある、商人達が泊まるホテルの一室を君に贈るので、好きに使ってくれ。ホテルの名は街の名を取ってエグドラホテルだ。支配人に名前を言えば部屋に案内してくれるだろう」

 

 「はぁー、貧乏人の小伜には過ぎたもので、身を持ち崩しそう」

 

 フィエーン様とヒャルダ様がクスクス笑ってる。

 まっ、お貴族様の面子も在るので、革袋は素直に礼を言って収納に仕舞った。

 

 * * * * * * *

 

 魔法の練習は10日では足りず、10日追加となってしまった。

 その際に様は必要ない、私達は弟子として貴方から魔法の基礎から教わっているのだからと言われた。

 貴族の子弟や兄妹相手に様無しで済ませると、周囲が怖そうだけど断っても面倒そうだ。

 フィエーンさんは、ファイアーボールを思いのままに作れる。

 的に向かって撃てば、30mなら100発95中で40mなら100発75中、50mで100発60中の命中率になった。

 ヒャルダさんは、アイスバレットで30mなら100発100中、40mで100発85中50mで100発75中の腕前だ。

 急激な魔法の上達は秘密にされている。

 

 「最後に、ファイアーボールとアイスバレットを2m前に浮かべて下さい」

 

 浮かんだファイアーボールとアイスバレットを、土魔法で作った棒で軽く叩くと簡単に崩れて消えた。

 

 「今と同じ物を作り、叩いても壊れない様に硬くして下さい」

 

 顔を見合わして戸惑っている。

 

 「今までに教えた事を思いだせば、出来る筈です。雷撃魔法も治癒魔法も、俺が教えなくても楽に出来る様になります。言われた事だけで無く、自分で新たな魔法の使用方法を考えるのも大切ですよ」

 

 「解ったわ、常識を捨てろ!って事よね。炎は形も無く脆いものでも無く、石の様に固い炎ね」

 

 浮かび上がったファイアーボールを、土の棒で叩くと〈コンコン〉と硬質な音に変わっている。

 棒を振りかぶって叩きつけると壊れた、悔しそうな顔で再びファイアーボールを浮かべる。

 再度棒を振り下ろすと〈ガキーン〉と更なる硬質な音が響いたが、ファイアーボールは浮かんでいた。

 

 「合格、治癒魔法も同じ様に常識に捕われずに、自分で考えて完成させて下さい」

 

 「カイト、俺の氷魔法も頼む」

 

 ヒャルダさんが、妹に先を越されて焦っているので笑っちゃうね。

 

 「笑うなよ。見ていてくれ」

 

 氷の塊が浮かび〈キューゥゥゥ〉と音を立てて締まっていく、締まって小さくなった分を新たな氷で包み又締めていく。

 出来上がった氷の塊を満足そうに見ているので、横殴りに叩くと〈ゴン〉て音と共に転がり落ちる氷の塊。

 

 フィエーンさんが腹を抱えて笑っていて、憮然たる顔のヒャルダさんに合格を告げる。

 「上から叩くとは限りません。常に想定外の事が起きるのが魔法です」と訳知り顔で諭す。

 これからは炎でも氷でも圧縮せずに、最初から硬い炎硬い氷をイメージして作る様にと言っておく。

 最後に伝える事が在ると言ってサロンに行き、お茶を頼みメイドが下がるのを待つ。

 

 「お二方は、魔力高70でしたよね」

 

 頷く二人に問い掛ける。

 

 「これから話す事は、基礎的な魔法の使い方を教える最後の教えになります。俺の推測ですがそう外れてもいないと思いますので、二人だけの胸に仕舞っておいてください」

 

 真剣な顔で頷く二人を見て告げる。

 

 「魔力高70って言葉に、疑問は在りませんか」

 

 顔を見合わせ小首を傾げるフィエーンさん、顎に手を当て考え込むヒャルダさん。

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