第15話 騒動の震源地
食堂のど真ん中で、ホーエン商会会長が子供の俺に土下座紛いの格好で、必死に謝罪を始めたので支配人が飛んで来た。
周囲は逸れなりの地位や身分の者達が食事や酒を楽しんでいたので、注目の的になってしまった。
「支配人さん、空き部屋が在れば借りたいのだが」
「商談用の応接室が御座います。そちらをお使い下さい」
支配人に案内され商談用の応接室に向かう。
冷や汗を垂らし青白い顔のホーエン商会会長が、屠所に引かれる牛の如く従う。
この街でホーエン商会と言えば、悪名も含めて逸れなりの地位が在る。
それが子供相手に必死に詫びているのだ、突き刺さる好奇の目も気にならないらしい。
応接室でホーエン会長と向かい合い、何故いきなり謝罪をするのかと尋ねる。
「薄汚い小僧相手に何かご用ですか。それと、貴方に名乗った覚えは有りませんが」
「申し有りません。全て私の従業員に対する教育不足でした」
「あれっ、俺は冒険者になる予定の小僧ですよ。今も殆ど草原で薬草採取等をしていましてね、身の安全を守る為には五感の全てを張り詰めています。耳も良いですよ、その耳が以前お店に伺った時従業員の後ろから『薄汚い小僧を店に入れるな』と怒る貴方の声を聞いてます。従業員は、貴方の教育に従っていて何の落ち度も無いのに解雇ですか、理不尽ですねー」
きつい皮肉を聞きながらカイトを見ると、上等な衣服を身に纏い何の不自然さも無い。
カイトが子爵邸を訪れた時に仕立ててくれた数点の衣服は、上等な物だが日本での生活ならこの程度の服は吊しの既製品なので、服に着られる様な事は無い。
だがホーエンにそんな事は分からない。
ホーエンは自分の目が節穴だった、大きなヘマをしたと漸く認識した。
此処は小細工無しで不手際を認めて謝罪し、相手を懐柔する手っ取り早い何時もの手段にでた。
「カイト様には数々の御無礼を致しました。お詫びと申しましては心苦しいのですが、最高級12クラスのマジックポーチと金貨300枚をお持ちしました。お許し頂けるのであれば、後200枚即座にお待ちいたします。私に出来る精一杯の謝罪で御座います。これでご勘弁願えませんか」
「何故俺の様な小僧に、それ程の金品を贈って詫びるのだ」
「貴方様のお許しが頂けなければ、ハマワール子爵領での商いは出来なくなります。一つの領で商い禁止となれば、ナガヤール王国全ての領内で商いが出来ない事を意味します。どうぞ御寛大なお心で私めをお許し下さい」
こりゃー子爵様相当脅したね、脅しの種を持っているんだろうな。
俺が許さないと子爵様も許さないって事は、許したら・・・第二幕が上がるって事だよな、怖いねぇ貴族って。
「解ったお前の店を潰すのは忍びない、許そう。ヒャルダとフィエーンにも謝罪し、子爵様にその旨伝えておけよ」
「有り難う御座います、この御恩は生涯忘れません。金貨200枚は身内の者にすぐに届けさせますのでお納め下さい。私は子爵邸に赴きヒャルダ様フィエーン様にお詫びをしてまいります」
応接室を出ていくホーエン会長を見送りながら、後はお任せしますよハマワール子爵閣下、と悪い笑みで見送る。
後は知ーらねっと。
やれやれと新たにお茶を貰って飲んで居ると、またもや俺の名を告げる声がする。
面倒なので素知らぬ顔でお茶を飲んでいると、支配人の案内であの男が小さな包みを持って現れた。
この男もとんだ災難だな。
「カイト様、ホーエン会長からのお詫びの品をお持ちし致しました」
差し出されたのはさっき貰ったマジックポーチと同じ物で、模様が少し簡素になっている。
目で問い掛けると、10クラスの物ですポーチ毎おお納め下さいと言われ中を確かめる。
革袋が2個出て来たが、確認する気も無くなって頷くだけにした。
男は最敬礼をしてホテルから出ていった。
マジックポーチに革袋を戻すと、ポーチをテーブルに放り投げ椅子の背にもたれ溜息を一つ。
こんな時にはウィスキーを一杯やって寝るに限るが、この世界に在るのかなとぼんやり考える。
マジックポーチがいきなり二つと、金貨500枚かよ。
笑っちゃうね。
* * * * * * * *
ホーエン会長はカイトから許しを貰うと、その報告とヒャルダとフィエーンに謝罪をするために子爵邸を訪れた。
執事の案内で執務室に通されたが、ハマワール子爵がいない。
程なくしてオルランと4人の騎士を従えたハマワール子爵が現れ、執務机の椅子にどっかりと座る。
ホーエンの両脇と背後に騎士が立つと、異様な雰囲気にホーエンの顔色が変わる。
「ハマワール子爵閣下、これは・・・何事で御座いましょうか?」
「お前、カイトの許しは得たか」
「はい、カイト様の寛大な御心に深く感謝致しております」
「ならその話は終わりだ。ホーエンお前の良からぬ噂だが」
そう言って傍らの書類の束を机に叩き付ける様に置くと、パラパラとめくり〈ふむ、ほーなかなか〉とか言いながらジロリとホーエンを睨み付ける。
書類はホーエンには関係ない街の運営に関する報告書で、ハマワール子爵の一人芝居だ。
「ホーエン今お前に対し、拉致や暴行殺人等多数の訴えが出ているが、覚えは在るか」
「子爵閣下、その様な戯れ事を誰が申しているのやら、天地神明に誓って私は何一つ疚しい事は御座いません」
「そうか、なら心配は要らないのでゆっくりしていけ。今ヒャルダや騎士団と街の警備隊が、本店や支店を訴えの無実を証明する為に形ばかりの捜索をしている。そろそろ店に乗り込んでいる頃だな、店の者達やお前が日頃連れ歩いている用心棒共を、尋問していると思うぞ」
ホーエンは嵌められた事を知り逃げ道が無いか必死で考えを巡らせたが、子爵の一声で希望は断たれた。
「お前の一番番頭が色々教えてくれたよ。連れて行け! 身ぐるみ剥いで、マジックポーチ等持っていないか良く調べてから牢に放り込んでおけ」
その頃ヒャルダに率いられた一隊はホーエン商会に雪崩込み、全ての従業員を拘束して捜索を始めていた。
別働隊は支店や用心棒の塒を急襲し、身柄を確保していく。
ホーエンと昵懇の者達の家や商店にも、警備隊が乗り込み捜索を開始する。
隠し部屋や地下室に設けられた部屋から、何人もの人達が救出され運び出される。
勿論関係者は全て拘束され、家族や従業員も軟禁状態に置かれる。
裏家業の者の屯する店や家も、同じ様に捜索を受けていた。
エグドラの街が一晩中ざわついていたが、朝になる頃には落ち着きを取り戻していた。
だが街の出入り口では厳重な検査が行われ、不審者は容赦なく連行され取り調べを受ける事になる。
カイトの宿泊するホテルでも、街の騒動が密やかに語られていた。
騒動の発端であろうと思われるカイトは、遠巻きにされているが何時も一人なので変わりなし。
元々滅多にホテルには居ないし、時たま上等な衣服に身を包み一人静かに食事をする姿が見られるだけなので、知己もいない。
支配人以下の使用人達も、ハマワール家傘下のホテルとあって逸れなりの心得は在り、平静を装っている。
事件の渦中に有りながら真空地帯にいるカイトには、経過が何一つ判らなかったが気にもならない。
十日が過ぎても子爵家から何の音沙汰も無いので、4~5日街の外に出ようと思い、冒険者の身成りでホテルへ留守にすると告げ様としていた。
丁度その時、子爵家の使いの者が現れてお屋敷までお越し頂きたいと言われた。
何時もと違う冒険者スタイルのカイトを、不思議そうな視線で見送るホテルの客達。
迎えに来ているのは子爵家の紋章入り馬車だ。
執事のエフォルに迎えられて子爵様の執務室に直行すると、子爵様とヒャルダが迎えてくれた。
「ハマワール子爵様、これを」
ソファーに座ると、二つのマジックポーチをハマワール子爵に差し出した。
「それがどうかしたのか」
「ホーエンから巻き上げたものです。ホーエンの財産の一部ですよ」
「ああそれは手間賃だ、持っておけ」
「えーとこれ、革袋5個5,000万ダーラ有りますよ。それにクラス12とクラス10のマジックポーチが」
「カイト、それをホーエンが何と言ってお前に渡した」
「・・・はぁ、そういう事ですか」
「カイトに詫びとして渡したものを、私が取り上げる訳にはいかん。ホーエン捕縛前の出来事だ、マジックポーチの使用者登録をしておけよ」
「では遠慮なく、後で使用者登録の仕方を教えて下さい」
空間収納に仕舞うのを見て〈それの十倍以上巻き上げたからなぁ〉と、ヒャルダが憮然とした顔で呟く。
「大分お疲れの様ですね」
「カイトに絡むと、常識の埒外に置かれるからね」
「糸口を付けてくれたカイトには、ある程度教えておく必要が合って来てもらった。ホーエンを捕縛して商会本店と支店、ホーエンと懇意な各商会や店舗も捜索をした。ホーエン捕縛直後から実施したのだ、護衛と称する連中が屯する店や塒も含めてだ」
子爵様が書類をめくり後を続ける。
「領内のホーエン商会6店舗と懇意な商会8店舗に娼館5軒、護衛やそれに連なる連中の捕縛と捜索をした。その全ての商店や店舗娼館から、捕われ監禁されていた者奴隷として売られた者、娼婦として働かされていた者と解っているだけで数十人。殺されたと思われる者はそれ以上だな。押収した金品はホーエンだけで金貨430袋と宝石に多数のマジックポーチ。これがホーエン商会の本店だけでだ、他の商会や店舗の分を含めると恐ろしくなる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます