第14話 悪いのは誰

 馬車が追いついて来るのを待ち、説明しようとしたが先に謝られた。

 

 「カイト、済まない」

 

 「謝る必要はないですよ。以前あの店に行ったら目の前に立ち塞がられ、追い返されましたから。それを伝え様としたのだけれど、言うのがちょっと遅かったね。日を改めて、別のお店をお願いします」

 

 ホテルの前で降ろして貰い二人と別れた。

 さてマジックポーチが存在するなら手に入れたい、縦横高さ6~8メートルあれば岩に似せた小さな家を持ち歩ける。

 一々魔力を消費してキャンプ地を造らなくても済むのは大きい。

 

 然し、ラノベの作者って、この世界から日本に転生した人物じゃ在るまいな。

 魔王とか勇者とかは聞かないから良いけどさ。

 さてさて魔力増強の為に又引き篭りますか、今度は何処に行こうかな。


 * * * * * * * *

 

 「旦那様ホーエン商会会長が、ヒャルダ様とフィエーン様に謝罪をしたいと面会を求めておりますが、如何致しましょうか」

 

 「ヒャルダとフィエーンにホーエン商会がか、二人を呼んでくれ」

 

 「父上ご用でしょうか」

 「お父様何か?」

 

 「ホーエン商会会長が、お前達に謝罪したいと言って来ておるが心当たりは在るか」

 

 ヒャルダがホーエン商会を訪れた時の出来事と、カイトに聞いた話を説明する。

 

 「悪い噂の絶えない商会なのでこの際潰すか。この街には不用の様だ。ホーエンを此処に連れて来い」

 

 「ハマワール子爵閣下、手違いから御兄妹様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 「ふむ、話は聞いている。お前が二度も店から追い出したカイトの事もな。一度なら手違いで済ませても良いが、10日も開けずに二度我が家の恩人に無礼千万な扱い。お前は二人に頭を下げて終わらせるつもりか? 謝るのなら、先に謝罪すべき相手が居るだろう。それとお前とお前の店の悪い噂が度々聞こえてきて煩いのだ、そろそろ引退するか店を畳むか?」

 

 ホーエン会長の顔色が段々青白くなってきた。

 まさか小僧一人の事だ、兄妹二人に謝罪をして誤魔化せると高を括っていたら、隠居か店を畳むって? 悪い噂だと。

 公になれば罪に問われる事が多すぎて、何れの事を言われているのか見当もつかない。

 

 「お前は儂の目を掠めて遣りたい放題の様だが、お前の行いは色々と聞こえて来るので内偵も進んでいる」

 

 ホーエンの顔色は今や青から白に変わり、膝が小刻みに震える。

 その姿を冷ややかに見つめながら、カイトと何の用事であの店に行ったのかを二人に尋ねた。

 

 「私達の持っているマジックポーチを見て欲しがったので、ホーエン商会に案内したのですが、いきなりカイトの事で怒鳴り出したのです。以前にもホテルの支配人の紹介で訪れた時に、店の者が目の前に立ち塞がり奥から〔薄汚い小僧を店に入れるな〕と従業員を怒鳴り付ける声が聞こえたのだそうです。知らぬ事とは言え、その様な店にカイトを案内した私が馬鹿でした」

 

 「何だマジックポーチなら、一言言えば儂が買い与えたのに相変わらず無欲な奴だな」

 

 〈ヘッ〉ホーエンの口から間抜けな声が漏れる。

 マジックポーチを買い与えるって、我が子でも無い冒険者の小僧にだと。

 ホーエンは改めて自分が侮蔑した小僧が、子爵家からどの様に扱われているのか知り冷や汗が止まらなくなった。

 ホーエンの店で扱うマジックポーチは、縦横高さが8メートル以上の上等な物だ。

 通常8メートルクラスとか、8クラス又はクラス8と呼ばれるマジックポーチの価格は、金貨700枚は下らない。

 それ以下の物で6・7クラスですら、一流冒険者が無理をして手に入れる物だ。

 高位の冒険者でも、普通は4~5クラスの物しか持っていない。

 ホーエンが震える声で願い出た。

 

 「ハマワール子爵閣下、どうか・・・どうかカイト様にお執り成しをお願いします」

 

 ホーエン会長は、土下座せんばかりに子爵の前に跪き声を振り絞って願い出た。

 ハマワール子爵の言葉から、これをしくじれば投獄や家財没収犯罪奴隷の未来しか無いと解釈した。

 必死である、ヒャルダやフィエーンにも取り縋らんばかりに懇願する。

 

 ハマワール子爵がそんなホーエンを見下ろし、ヒャルダとフィエーンを見てニヤリと悪い笑みを漏らす。

 ヒャルダも父親の笑みを見て理解し薄らと笑い、フィエーンは二人を見て小首を傾げたが二人の笑いの意味を理解して噴きだしかけた。

 

 「そう言えばカイトがマジックポーチに興味を示したのは、薬草や冒険者の必需品を入れる事よりも、寝泊まりする小屋を入れて持ち運べると言っていたわね。

あの日カイトのキャンプ地で見た物は、ホテルの部屋より大きな地下室で20人以上の騎士達のベッドまで揃っていたな。あんな物を一々造るのは面倒だから、マジックポーチに入れておけば楽だって」

 

 フィエーンがカイトの事を大袈裟に話しているのを聞き、ヒャルダも悪のりをして話す。

 

 「流石にカイトのキャンプ地を見ればな。マジックポーチの事を知った時も、最低でもクラス10か11のマジックポーチじゃなきゃ無理だと言ったら、即座に買うって言っていたな」

 

 ハマワール子爵もさりげなく話に追随いする。

 

 「カイトならそれ位の買い物は気にせずしそうだな。キャンプにホテル程度の部屋まるごと持ち運ぶか」

 

 「今回の野営は快適でしてよ、お父様」

 

 キャンプにしては、との心の声は漏らさない様に伝える。

 

 「あれを持ち運ぶ気になるとはね」

 

 ハマワール子爵とその兄妹に詫びて、小僧には金貨の10枚か20枚も握らせれば簡単に終わる。

 と思っていたホーエンの誤算だった。

 逮捕,投獄,財産没収,犯罪奴隷の言葉が頭の中で木霊し、上等なマジックポーチで助かるなら5個や10個差し出す気になっていた。

 

 「ホーエン」

 

 「はっ、はい」

 

 「先ずカイトの所に行き、詫びて許しを貰ってこい。ヒャルダとフィエーンに詫びるのはその後の話だ。カイトはエグドラホテルに部屋を与えている、この屋敷に住むのは堅苦しくて嫌だと言うのでな。カイトの許しを得てから出直して参れ。下がれ!」

 

 執事のエフォルに促され、よろよろと執務室を出て行くホーエンを見送り、扉が閉まるとヒャルダが噴き出した。

 連られてフィエーンが笑いだし、ハマワール子爵も苦笑いになる。

 

 「ホーエン商会の悪い噂は証拠が無くて困っていたのだが、カイトのお陰で片を付けられそうだ」

 

 「それ程酷いのですか」

 

 「詐欺,暴行,婦女子に対する乱暴に監禁,人身売買と、噂は山程在るが巧妙でな。奴がお前達に詫びに来た時に、身柄を押さえ即座に店と屋敷の捜索が出来る様にしておけ。オルラン以外には秘密にな、内通者が居る様なのだ」

 

 「分かりました。その時は一時的に門を封鎖しても宜しいですか」

 

 「許す。お前の手腕を見せて貰うぞ」

 

 * * * * * * * *


 ホーエンは子爵邸を出るといっそ逃げるかと考えたが、残していく物が多過ぎて未練が残り諦めた。

 それに小僧相手なら、欲しがっているマジックポーチに金貨の袋を付けて贈れば何とかなると思った。

 駄目なら色仕掛けで落とせると考えていたが、今は露骨な手段は控えなければ身の破滅だと理解していた。

 

 店に帰り鉄格子の嵌まった地下室の金庫から、クラス8のマジックポーチを手に取ったが、ヒャルダやフィエーンの話を思い出して嫌々だが最高級の12クラスにした。

 マジックポーチを簡単に買うと言うカイトの財力からすれば、最高級と言えどもマジックポーチ一つを持ってのこのこ謝罪に行けば、今度は自分が笑われる。

 

 震える手で、マジックポーチを納めた金庫の隣の扉を開ける。

 太い木枠と分厚い棚板の上に革袋が整然と並んでいる。

 革袋をマジックポーチに一袋入れ少し躊躇ってもう一袋いれたが、棚の革袋を睨んでもう一袋入れると歯を食いしばって地下室を出る。

 

 こんな事なら、全財産をマジックポーチに仕舞って於くべきだったと後悔した。

 然し、今逃げようとすれば、子爵の口振りから逮捕されるのは火を見るより明らかだ。

 薄汚い小僧に頭を下げ、この危機を何としても凌がねばならない。

 店の者に馬車を用意させると、エグドラホテルに向かった。

 

 カイトは少し遅い夕食を済ませ、お茶を楽しんでいた。

 

 「カイト様にお会いしたい」

 

 受付カウンターの方からそんな声が聞こえてきて振り向くと、青白い顔に脂汗を浮かべた見たくもない顔が見える。

 その見たくもない顔の持ち主が、小走りにやって来ると両膝を床に付けて叫ぶように謝罪の言葉を発する。

 

 「カイト様、知らぬ事とは言え御無礼の数々、平にお許し願いたい。無礼を働いた従業員は即刻解雇いたしました。偏に私の教育の至らなさが今回の結果を招いてしまい、申し訳御座いません」


 溜息しか出ないよ、この馬鹿!

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