第97話 香木

 8日目に王都到着、ホーンボア2頭だけが今回の獲物だった。

 冒険者ギルドに寄りホーンボアを売却、ヒャルは今回食堂で一杯やってご機嫌である。

 冒険者スタイルとはいえ、場違いな雰囲気は隠せない。

 それに、王都で雇い護衛に付いた者も結構居るので、顔を知られていて遠巻きにされている。

 

 ヒャルを侯爵邸に送り、後日王立図書館への同伴を頼んでからフィのところに向かう。

 

 「アイサ様戻りました。フィ様にお土産です」

 

 アイサの苦笑いに見送られて、サロンに向かう。

 

 俺は挨拶だけをして、シャーラの家に向かう事にした。

 春に備えて食料確保だ、ヘイザに迎えられ彼の妻ハーミラの所に直行する。

 アーマーバッファローとホーンボアのお肉を各一塊渡し、ステーキやスープサラダパン等の備蓄食料を大量に作ってくれる様に頼み込む。

 今夜はアーマーバッファローのステーキにするようにと言っていると、ニーナとルーナが現れたが、あからさまにがっかりされてしまった。

 シャーラお姉ちゃんは2,3日したら帰って来ると教え、ゴールドの実のおやつを一緒に食べる。

 最近忙しかったので、こんなにのんびりした日は嬉しいね。

 

 * * * * * * * *

 

 一方のヒャルは、思わぬ展開に戸惑っていた。


 カイトの預けた花びらと若葉は、エグドラで鑑定出来ず王都に行くのなら王都で鑑定するようにと、父親から頼まれ二つを預かっていた。


 先ず王都の薬師ギルドに持ち込み鑑定を依頼した。

 

 「ハマワール子爵さま直々の鑑定依頼ですかな」

 

 「そんな事はどうでもよい。薬草だとは解っているのだが詳しい事を知りたい」

 

 ヒャルダが取り出した皿状の容器を受け取り蓋を取る。

 冬の季節に新緑の若葉、この季節には似つかわしくないが、マジックポーチから取り出したにしても瑞々しい。

 誰か収納持ちから受けとったのだろう。

 

 貴族からの依頼は、余り詮索しない方がよいと思いながら観察する。

 至って普通の木の葉で、鑑定しても薬草としか思い浮かばない。

 然し、頭に浮かぶ薬草の意味が霞む、霞むというか思考が揺らぐ本当に薬草かと。

 薄い木のピンセットで痛まぬ様につまみ、明かりに照らしてしげしげと見るが、ごく普通の木の葉でこれといった特徴も無い。

 

 首を捻りながら、もう一つの容器の蓋を取ると甘い香りが鼻孔を擽る。

 何処か懐かしい香りだと思いながら中を見ると、花びらが一枚あるだけだ。

 これは珍しい、花びらだけでこれほど香るとは。

 透き通る様なピンク色で肉厚、大きさは木の葉より一回り小さいがさぞや見事な花だろうと思われる。

 

 鑑定しても木の葉と同じ薬草だと思うが、木の葉と同じ様に思考が揺らぐ・・・

 薬草・・・この香りとよく似た香りを嗅いだ覚えがあるが、何処でだったか。

 明かりに照らそうと持ち上げた時、一瞬窓の外の明かりを背景に花びらの周囲が虹色に見えた。

 然し彼は気にも止めなかった、陽の光の中に物を翳すと時にある事だったから。

 

 結局、彼にも薬草としか解らなかった。

 薬師ギルド随一と言われる自分が、薬草の鑑定でよく解らないとはプライドが許さず、預かって詳しく調べたいと言ったが断られた。

 ハマワール子爵は帰って行ったが、何か気になって落ち着かなかった。

 

 お茶の容器を下げにきた女性が、彼に話しかける。

 

 「キューザさん、お客様は女性の方だったのですか」

 

 一瞬何を言われたのか解らなかったが、彼女を見て最初に接客した女性とは別人だと気づいた。

 

 「いや男性の方だよ」

 

 「素敵な香りですねぇ」

 

 うっとりと香りに酔いしれる様に呟きながら、茶器を片付ける。

 

 「そんなに匂うかね」

 

 「甘い香りなのに、爽やかな風の中に居るようです」

 

 中々詩的な表現も出来るのかと、茶器を片付けて下がる女性を見ながらそんな思いがよぎる。

 奥の作業場に戻ると、又香りの話しになる。

 

 「おっ、来客は若い女性か」

 「素敵な香りですねぇ」

 「キューザ、何処の御令嬢だったんだ」

 

 「そんなに匂いますか? きつい香りではなかったんですけど」

 

 「キューザさん、きつい香りなんて相手の女性に失礼ですよ」

 

 「いや、お客様はハマワール子爵様だよ」

 

 「ん、ハマワール子爵って二人居るんじゃなかったか。確か女性のハマワール子爵様は、王家治癒魔法師だったと思うが」

 

 「いや男性の方だ。鑑定依頼の品を持参されてね、木の葉と花びらが一枚づつだったよ。匂うのは花びらの香りだな、確かに良い香りだったからな」

 

 「でもキューザさん、貴方から匂うってより香るって感じで素敵な香りですよ」

 

 おかしいな花びらには触れていないので、そんなに香りが移る事は無い筈だが。

 暫し考え込んで気づいた、木製のピンセットだ。

 

 胸ポケットから取り出したピンセットはいっそ華やかに香りを振り撒く。

 

 「凄ーい」

 

 ピンセットが振り撒く香りに、周囲の女性が歓声を上げる。

 男性達も目を細めて香りを楽しんでいる。

 キューザは自分が香りの中心にいても、最初にハマワール子爵からの香りを嗅いだためにハマワール子爵の香りだと思っていた。

 

 実はカイトもシャーラも匂っていたのだが、身近に同じ香りの者が居るので気にも止めなかった。

 ハマワール侯爵も最初にカイトやシャーラからの香りを嗅いでいたために、さして気にしていなかった。

 

 周囲の者は、ハマワール侯爵や子爵の香りに気づいたが、それに言及する様な無作法はしなかっただけだ。

 それはカイトやシャーラに対しても、侯爵や子爵と行動を共にする事が多いので皆が気遣かっていただけだ。

 

 キューザは周囲の女性達がピンセットを欲しがったが、何かひっかかるものがありピンセットを密閉容器に保管した。

 

 実はシャーラも、フィの所で同じ様に香りについて聞かれていた。

 然しシャーラのは完全な移り香で、シャーラ自身は木の葉にも花びらにも触れていない。

 カイトが容器に入れた時や、木の葉と花びら1枚を別容器に移した時も側にいただけだったので答えようがなかった。

 

 カイト自身は直接触れているが、最初は良い香りだとシャーラと話していたが、匂いには直ぐになれて感じなくなっていた。

 それに日数が経っているので全然気にならなかった。

 関係者一同何らかの接点が有り、香りを当たり前に思っていて気づいていなかった。

 

 キューザは自分が鑑定出来なかった事が許せず、王城に勤める先輩鑑定師を尋ね意見を聞く事にした。


 * * * * * * * *

 

 「キューザが城まで俺に会いに来るとは珍しいな。それにしても良い香りだな、何を付けている」

 

 「いえ何も付けていません。鑑定依頼の品からの移り香ですよ」

 

 「ほう、鑑定依頼品の移り香でそれ程香るのか。中々の逸品だな」

 

 「それが木の葉一枚と花びら一枚なのです。私の鑑定では薬草としか解りませんでした。新緑の若葉一枚と、その木の花の花びらと思われます。おかしいと思いませんか、若葉の頃に咲く花は概して小さいものですが、木の葉の一回り小さい花びらですよ。預かって詳しく調べようとしましたが断られたました」

 

 「何故そのまま帰したんだ」

 

 「相手は子爵様ですよ、無理強いなんて出来ませんよ。今日尋ねたのは、ごく普通に見える木の葉と花びら一枚を頼りに、それを特定するのなら王城の書物が一番だと思いましてね」

 

 「つまり俺の権限で書庫を使わせろ、とか」

 

 「すいません。このお礼は必ずしますよ」

 

 話ながら通路を行く二人の前方から、退出するナガラン宰相がやってくる。

 通路の壁際に下がり、ナガラン宰相に頭を下げる。

 ナガラン宰相が通り過ぎ、再び歩き始める二人に声が掛かる。

 

 「少し待ちたまえ」

 

 宰相閣下から直々に声を掛けられて、恐縮する二人。

 

 「私どもの事でしょうか」

 

 「この香りは、どちらのものかな」

 

 護衛の騎士達も不思議そうな顔付きである。

 キューザは又かと思いながらも、宰相閣下相手に不敬な事は出来ない。

 ポケットに収めた小さな壺を取り出し、ピンセットを見せる。

 いっそ華やかに香りが広がる。

 

 「それは」

 

 今日ハマワール子爵の依頼で、木の葉と花びら一枚の鑑定をしたその結果を話した。

 暫し考えていたナガラン宰相は、二人に付いて来るように告げ、自身の執務室に向かって歩き始めた。

 

 いきなりの展開に驚くも、迂闊な事は言えない。

 恐縮しながらも黙って宰相に従う。

 片付けをしていた補佐官が、戻ってきた宰相を見て何事かとやってくる。

 補佐官に二人を待たせておけと命じて、ナガラン宰相は何処かに消えた。

 

 宰相閣下の応接室で待たされる二人は何が起きているのかさっぱり解らなかった。

 やがて扉が開き侍従の〈国王陛下です〉の声に、弾かれた様に立ち上がり慌てて跪く。

 

 「よい面をあげよ」

 

 興奮と緊張の中、国王陛下と宰相からの質問に答えたが、なんと答えたか緊張しすぎて覚えていなかった。

 途中古い書物の1ページを見せられたが、あの若葉と花びらそっくりな図が有ったのを覚えている

 図以外の場所は布で覆われて何も読めなかった。

 

 緊張の一時が過ぎると、宰相閣下の従者から革袋を渡された。

 

 「キューザとやら、これはその壺の代金だ。ただしこの部屋を出たら全てを忘れろ、お前達二人の時も決して話題にはするな、よいな!」

 

 「その方、名は」

 

 キューザの先輩は硬直状態ながらも、必死に答える。

 

 「王城薬師係のヘイロンと申します」

 

 「これは、キューザを連れてきた礼だ。お前もこの部屋を出たら全て忘れろ。よいな!」

 

 冷たい声に背筋から冷や汗が流れるが、必死に頷く。

 受け取った革袋は、小さいながらもずっしりとした重みが有った。

 

 騎士の一人に送られて王城を下がる二人は、貰った革袋の快い重みに満足して詮索するのをやめた。

 余計な事をしたり喋れば、宰相閣下の声色からも自分の未来が簡単に予想出来たからでもある。

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