第69話 全てを捨てて

 初めて外から見る王都ヘリセンが、遠くなっていき涙が流れる。

 もう二度とこの街に来る事は無いだろう、生まれ育った碧の離宮を見ることも無い。

 馬車は急ぐ風も無く淡々と走り続け、時折馬を休ませ長閑な風景を見ながらお茶を飲む。

 何処に向かっているのか知らない、新しい生き方を求める旅だと思えばそれも気にならなかった。

 

 * * * * * * * *

 

 朝食を持つ女を従え、監視の騎士2人と責任者が出入り口の鍵を開けドアの閂を外す。

 何時もなら起きているハリヤード王子がいない、朝食をテーブルに置きベットルームに行くが寝た形跡が無い。

 女が監視の男に伝えると緊張がはしる。

 嫌な予感を覚えながら化粧室の扉を開けるが誰も居ない。

 

 ホッとしたが、次の瞬間重大な事に気がつき慌てた。

 

 「小隊長、ハリヤード王子が居ません」

 

 「貴様ぁぁ、朝から何を寝言を言っとるか!」

 

 「本当です、確認して下さい」

 

 部下の真剣な表情に小隊長も室内に入り、寝室に化粧室や窓のカーテンをめくりベッドの下を見る。

 他に人が隠れられる場所は無い! 即座に責任者に連絡がする。

 

 厳重な捜索と取り調べが行われたが、王子を連れ出すのは不可能だ。

 夕食を入れた後、部屋のドアに閂を掛け通路のドアの鍵を掛けて、鍵は小隊長が隊の控室に持ち帰った。

 夕食を入れた時に、女と見張りの二人に小隊長がハリヤード王子を見ている。

 それ以後、朝番の者が来て見張りを交代したが鍵は開けられていない。


 朝食を運んできた女と、見張りの二人が部屋に入った時にはハリヤード王子の姿が消えていた。

 全員が協力すれば出来ない事は無いが、それをしても城内を歩けば直ぐに見つかる。

 

 幾ら調べてもハリヤード王子が消えた謎が解けない。

 責任者は仕方なく上司に報告したが、意外にも責任問題にはならなかった。

 元々ハリヤード王子が幽閉されていた事実は無い、故にハリヤード王子が消えた等の寝言は言うな。

 部下にも寝言を吹聴させるな、と暗に箝口令を敷けと言われてしまった。

 

 上司から報告を受けたナガラン宰相は黙って頷き、報告に来た上司を下がらせた。

 宰相は暫し部屋の壁を睨んでいたが、2度3度首を振ると国王陛下に報告するために部屋を出た。

 

 報告を受けた国王は宰相と顔を見合わせて唸った。

 確かにハリヤードを連れ出す事を依頼したのだが、部屋から出した後は姿を変えて連れ出す手筈を整えていたのだ。

 それが忽然と消えたとなれば、それは城壁の外から転移魔法で侵入し人一人連れて脱出した事を意味する。

 

 国王や宰相の知る転移魔法とは壁抜けや、精々十数メートル先に転移したり屋根に跳び移る程度なのだ。

 それでもハリヤードを連れ出す事は出来るが、何十回も転移して部屋に侵入し、人一人連れて出ていかなければならない。

 魔力高40の成せる技では無い、カイトの魔力高40は確認出来ているがどうやって・・・。

 

 「俺は、カイトの能力を見誤っていた様だな」

 

 「はい魔力高40の成せる事ではありません。彼はいったいどの様にして」

 

 「やれやれ、ハマワール侯爵も素知らぬ顔でやってくれるよ」

 

 「以前ハマワール侯爵が、カイトの事を地位や立場に敏感な者には近づかないと言っていました。侯爵や彼の家族は、その彼と対等に付き合っている様です。陛下の与えた身分証をあっさりと返して寄越した彼は、我々の手には負えません。彼の事は侯爵達に任せておきましょう」

 

 国王も、宰相の話に黙って頷いた。

 

 * * * * * * * *

 

 陽が暮れる寸前に馬車が開けた所に止まり、マジックポーチからキャンプハウスが出て来た時にはびっくりした。

 厩も出て来て馬を入れると二輪馬車をポーチに仕舞う。

 この人達は何か違うと思うが、何が違うのか自分には解らない。

 

 その夜新しい名前を決める事になったが、家名は無し過去を連想させる名も駄目だと言われ悩む。

 結局通りすがりの集落の名を取ってナジルと名乗る事にした。

 

 「又適当だな、それで良いのか」

 

 「はい、ナジルにします」

 

 カイト様が苦笑いをしている。

 カイト様の名を聞いた時に気がついた、弟ヘラルスを助け大怪我を負った方の名がカイトだったと。

 改めて礼を言うと、お前に弟はいない忘れるなときつく言われた。

 これからはカイト様シャーラ様と呼ばせて貰う、私は平民のナジルで助けてくれた方を呼び捨てにするのは失礼だ。

 一日も早く、一人で生活出来るようにしなければならない。

  途中の街や村は全て素通りし、野営の日々を過ごす。

 

 * * * * * * * *

 

 8日目の昼過ぎにエグドラの街に入り、街中の一軒の家の前に止まった。

 周囲より少し大きな家が、カイト様の家だと教えられた。

 

 「見知らぬ街に放り出す訳にもいかないし、かといって貴族に預ける事も出来ないからな。暫くこの家で色々教えて貰え。それからこれを預かっていたので渡しておく」

 

 そう言って差し出されたのはランク8のマジックポーチだった。

 中にランク2のポーチがあり革袋が50個あった。

 

 「流石に、無一文で放り出すのは忍びないと言ってたぞ。それだけあれば普通に一月金貨4枚で暮らせば100年以上持つ。本を買えば一月も持たないけどな」

 

 お礼を言おうとして止められた、依頼を受けてしている仕事だ気にするなと笑って言われた。

 

 「ザルム、何も聞かずに彼を頼む、何も知らないから一人で生活するのに困らない様に教えてやってくれ」

 

 「カイト様、何も知らないとは」

 

 「まぁ御曹子として育ったが、家も地位も家族も全て失った。生きていると知られるのも不味い。そんな人間を世に放り出したらどうなる。覚えている言葉使いや礼儀作法も忘れさせてくれ」

 

 「それは又・・・大変な事ですね」

 

 「侯爵様は知っているだろうが、表だっては何一つ出来ないので頼るなよ」

 

 この家を取り仕切るザルムさんに預けられ、新しい生活が始まった。

 

 * * * * * * * *

 

 ザルムとその家族に丸投げすると、シャーラと二人魔法の練習と妖精さんとのお遊びだ。

 先ずキャンプ地のドームを少し大きくし、100メートル離してもう一つドームを造る。

 シャーラを呼び転移のやり方を教えるが、ストーンジャベリンやショットガンの練習も必ず続けることを約束させる。

 

 壁を一枚造りシャーラを壁の前に立たせる。

 

 「壁の向こう側に行きたいと願って魔力を纏うか、壁の向こう側に立つイメージで魔力を纏え。ストーンランスは魔力を乗せるが、転移は自分の身体を包み込む感じだ」

 

 壁の横に立ちそう教える。

 

 壁の右側でシャーラが頷き目を閉じる、次の瞬間姿が消え左側にシャーラが壁を背に立っている。

 

 「成功だシャーラ目を開けてみろ」

 

 目を開けて壁が無いのでうろたえている。

 馬鹿なニャンコだこと。

 

 「シャーラ後ろだ、お前は壁を突き抜けたんだからな」

 

 バッと音がする様な動きで振り返り、壁を見つめてポンポンと叩いている。

 ニンマリ笑うと再び目を閉じ、転移すると迷わず振り返る。

 

 日本では転移を瞬間移動って言ってたよな、確かに瞬間移動だ。

 

 「シャーラ、目を閉じなくても跳べるからな。一々目を閉じていたら跳ぶのが遅くなるぞ。逃げる時の一瞬は命取りになるから気をつけろ。キャンプハウスに跳んでみろ」

 

 練習にはドームからドームに跳び、魔力切れで倒れても安全な様に教えておく。

 魔力が回復するのを待ち、100メートル間を開けて二つのドームを造り往復させてみる。

 魔力切れが近いと思ったら跳ぶのは中止、跳んでる途中で魔力切れになりドームで無い所に出たらアウトだから。

 シャーラの100メートル間ジャンプ7回、優秀だね。

 

 「シャーラ今回100メートル間ジャンプ7回って事は、最大700メートルを一回跳べるって事だと思う。俺の場合はそうだ、俺は最大400メートルだ。400メートルを32回跳べる、200メートルなら64回だ。お前は魔力高90だから最大900メートル跳べると思う」

 

 「それってどう言うこと事なの」

 

 「俺のストーンランスの有効射程が40メートルなのは知っているだろう、空間収納は4メートルの四角い箱が限度だ。で転移魔法は400メートル、魔力高は使える魔法の限界を示していると思う。ヒャルやフィもそうだ、治癒魔法は知らないけど、多分一回で治せる人数ではないかと思っている。それも魔力量次第かもしれないが」

 

 「でも900メートルも先に、何が有るのか分からないのに跳ぶのは怖いね」

 

 「俺は逃げる時は一度空に上がる事にしている。落ちてくる間に次の所を探して跳ぶんだ。グズグズしていたら、地面に激突してあの世行きになるからな。でもまぁ、未だにやった事が無いから出来るかどうか」

 

 「前に森の中で樹の上に跳んだ時も、見えない所には跳べないって言ってたもんね」

 

 「跳んだ先に野獣が居て、パクリって喰われるのは嫌だからな。以前部屋の中に跳んだら護衛が2人居て焦ったぞ。まっ最大ジャンプ距離より回数だな900メートル跳べるのなら450メートルで2回、200メートルなら4回と100メートルを1回跳べる。シャーラもそれを忘れずに、自分は何回どれだけ跳べるか常に調べておけよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る