第68話 依頼

 ヘラルス殿下達と冒険者ギルドに行ったが、護衛には以前俺が怪我で静養していた時にホテルで警戒していた男達が居た。

 素知らぬ顔でギルドの食堂に居たり依頼票を見ているが、雰囲気が冒険者達とは違うので冒険者達も近寄らない。

 

 魔法訓練場への往復の際に倒した、オーク2頭,ファングボア1頭,エルク1頭,ホーンラビット8匹を解体場で出した。

 ヘラルス殿下は腰が引け気味だが、オークやファングボアを見て大興奮している。

 シャーラを尊敬の目で見ていて、笑いそうになったよ。

 

 「カイトの分は無いの?」


 「あー俺は薬草採取専門で、荒事の討伐はしないんですよ」

 

 〈ブー〉って吹き出す、失礼な奴が後ろにいる。

 買い取りの爺さんと解体場のおっさん、変な物でも食べたのか難しい顔をして俺を見ている。

 うん、俺は襲われた時にだけ返り討ちにしているんだよ。

 お仕事は薬草採取です(キリッ)なーんちゃってね。

 

 「えーブラックウルフ討伐とか、ゴブリン集落のでの活躍の話しを聞いたよ。それに、アーマーバッファローを倒したんでしょ」

 

 「何処でそれを? てか以前にも言いましたが、余計な事は言わないほうが賢く見えますよ」

  

 「相変わらずカイトって辛辣だねぇ」

 

 * * * * * * * *

 

 冒険者ギルド見学も無事に終わり、殿下を見送った後侯爵邸に帰って来たが、侯爵様に呼ばれて執務室に行く。

 一通の書状を渡されたが、宛名も差出人も無い。

 

 書状は国王陛下からのもので、ヘラルス殿下の命を救って貰った礼が簡潔に書かれていた。

 問題はその後だ、王城で起きた一連の出来事が簡潔に書かれ、幽閉中のハリヤード王子が望むのなら自由の身にしてやって欲しいって。

 ハリヤード王子には何の罪も無いが、エイリーン・ホイルに連座し本来なら死罪だが幽閉にした。

 だが若いハリヤードをこのまま朽ちさせるのは忍びない、自由の身にして遣りたい。

 彼が自由を望めば、城より連れ出してハマワール侯爵の領地に届ける依頼を受けて欲しい・・・って。

 

 俺が転移魔法を使える事が、ばれてますがな。

 侯爵様やヒャルとフィは言わないだろうから、多分建物の倒壊から救助した者か、フルカン伯爵の事で監視していた男から判ったのだろう。

 公にする気はなさそうだから、王家に恩を売っておくのも悪くないか。

 

 「侯爵様、俺が転移魔法を使えるのが王家に知られた様ですね。ハリヤード王子を城から連れ出す依頼ですよ」

 

 侯爵様が唸ってる。

 転移魔法が知られた事でか、幽閉中のハリヤード王子連れ出しの依頼にかは判らないけど。

 

 「カイトはその依頼受けるのか」

 

 「まぁ脅されてる訳では無いし、王家に恩を売っておくのも悪くないかと」

 

 頷いて引き出しから一通の封書を取り出し読み始めた、溜め息と共に書状を俺に差し出す。

 その書状にはナガラン宰相と面会し、ハリヤード王子の幽閉場所を聞いてくれ、必要な手筈は整えてくれるとあった。

 ただし居場所の確認はできるが連れ出す事は許されない。

 厳重な見張りと閉じられた場所から、不可解に消えて欲しいと、俺以外には不可能な依頼だな。

 

 と言うか、ナガヤール王国の魔法師団には転移魔法を使える奴はいないのかよ。

 秘密裏にハリヤード王子を逃がすのだから、魔法師団に転移魔法使える奴がいても頼めないか。

 

 「まっ、本人の意思確認ですね。王族として暮らしていたのにいきなり市井の民の生活は無理でしょう。王族としての意識を捨てて生きる覚悟が無ければね。幽閉されていても、生きる事は保障されていますから何方を選ぶかな」

 

 侯爵様に伴われて、ナガラン宰相と面談する。

 俺は1人幽閉場所の管理者に案内され、城内を歩くがさっぱり道を覚えられない。

 建物の中なのに全く人気が無い

 

 「この奥がハリヤード王子の部屋です」

 

 そう告げられた場所は、頑丈なドアの前に二人の兵士が立っている。

 鍵が開けられ中に入るが、奥に閂の掛かった扉がもう一枚。

 監視用の隙間から覗くと、ソファーに座って本を読む若い男の姿が見えた。

 幽閉と聞いて塔か別棟の建物を想像したが、遥かに離れているとはいえ本館の一角4階の部屋であった。

 

 流石に窓には太い鉄格子が嵌まり、ドアも分厚く固そうな木である。

 王子は確認した、序でに隣の部屋はどうなっているのか見てみると、片方は兵士の休憩所と控えになっていて反対側は空き部屋だった。

 壁や床に天井全てが石造りで、なまなかな事では壊せないだろう。

 

 案内してくれた男にそう告げて満足そうに頷き、俺はナガラン宰相の所に戻っていった。

 案内してきた男も見張りの兵士も、名前も知らぬ男が幽閉場所の確認と監視状況を確かめに来たものだと思っていた。

 確かに場所の確認に来たのだが、思っている事とは正反対の事をするために来たとは露ほども思わなかった。

 

 宰相の部屋に戻った俺は、城の概略図と幽閉場所の位置を確かめて何も言わずに侯爵様と帰った。。

 

 2日後の夜カイトの姿が城壁の上に現れた、ハリヤードが幽閉されている場所から1番近い場所である。

 城壁から見れば4階で明かりが灯る部屋は2つのみ、3階は真っ暗1,2階はパラパラ明かりが灯る程度だ。

 

 ハリヤードの部屋は向かって左、明かりが灯っているのなら起きているのだろう。

 いきなり人が現れたらびっくりするだろうが、勘弁してもらおう。

 一度中間地点にジャンプし、周囲を見回して安全を確認し目的の部屋に跳ぶ。

 

 ハリヤードは椅子に座ってぼんやりしていた。

 そこへいきなり人が現れた、全身を濃い茶色の衣服に身を包み顔すら見えない。

 一瞬暗殺と思ったが、殺すのにこんな手間は掛けないし掛ける必要も無い。

 何処からこの部屋にと訝しんでいると、名を呼ばれた。

 

 「元気そうだな、ハリヤード」

 

 「お前は誰だ、何用で此処に来た」

 

 「大声を出さない所は合格点かな」

 

 「私の名を知っているのなら、私がどの様な立場になっているのかを知っているな」

 

 「ああ知っている。その上で聞きたい、自由になりたいか?」

 

 「意味がよく解らないのだが」

 

 「言葉通りさ、俺は自由にこの部屋に出入り出来る。部屋だけではなくこの城も自由に出入りしている。お前が望むのなら此処から出してやるよ」

 

 「此処から出られても、私には何も出来ない」

 

 「それはお前の覚悟次第だな。表の牢番や街の出入口の衛兵に、愛想笑いをして頭を下げる覚悟が有るなら出してやろう。生きるための術は教えてやるよ。よく考えろ又来るから」

 

 そう告げて俺は建物の屋根に跳び、城壁を目指してジャンプを繰り返す。

 

 「シャーラお待たせ、帰ろうか」

 

 「連れて来なかったんですか」

 

 「ああ奴の覚悟も無いのに、連れ出しても意味がないからな。貴族や役人から門番に迄、頭を下げて生きていく覚悟が有るのなら、連れ出してやるさ」

 

 カイトの姿が消え、ハリヤードは幻覚を見たのかと疑った。

 姿や声、話した内容ははっきりと覚えている。

 あれは何かと考えたが、転移魔法の存在を18才のハリヤードは知らなかった。

 ベッドに入っている時も読書をしていても、言われた事を考え聞いた言葉を反芻していた。

 

 もう一度会って話したいと思ったが、伝える術が無い。

 あれは夢だったのだと思いかけた頃に、ひょっこり現れた。

 一瞬の間に部屋の中に立っていた。

 

 「答は出たか」

 

 「私が此処を出る事を望めば、生きる事を教えてくれるのか」

 

 「教えてやる。ただしこの城の婢や街の小僧にも頭を下げ理不尽な言動に耐える覚悟があるならだ」

 

 「出たい、出してくれ」

 

 「出して下さいだ。お前は人に命令する立場から、命令される立場に変わるんだ」

 

 「お願いします。出して下さい」

 

 「いいだろう。手を出せそして歯を食いしばれ」

 

 言われてハリヤードは手を差し出し歯を食いしばる。

 その瞬間、少し強い風に吹かれていた。

 明かりは無く夜空と昇り始めた月が見える。

 無性に身体が震える、何が起きた? 此処は何処だ!

 

 「もう暫く口を閉じていろ」

 

 そう言われて彼を見る、次の瞬間又景色が変わった。

 連続して景色が変わり、一度は確かに城壁の上に居たと思ったが目の前に馬車が止まっている。

 

 「乗りな」

 

 夢遊病者の様におぼつかぬ足取りで馬車に乗るが、力が抜けて座り込む。

 馬車は軽快に走りやがて止まると扉が開き、少女に服を手渡された。

 着替える様に促され手を通したが、粗末な衣服である。

 フードを被り馬車を降りると厩の中であり、通路を通り建物の中に入る。

 

 「明日早朝街を出るので、今夜はよく寝ておけ」

 

 暖かいスープと肉を挟んだパンを置いて彼は出ていった。

 具のたっぷり入った濃厚なスープと何とも美味いパンを食べてベッドに横になった。


 * * * * * * * *

 

 「起きろ!」

 

 久々に夢も見ずに寝た様だ、テーブルに湯気の立つスープとパン。

 

 「さっさと食べろ。城で騒ぎが起きる前に街を出るぞ」

 

 食事が終わると、昨日の少女によって髪を短く切られた。

 初めて連れ出してくれた男の顔を見たが、黒目黒髪で小柄な15,6才に見える。

 誰にも会わずに下に降りると、粗末な二輪馬車が置いてある。

 後ろ向きに座らされ、少女が手綱を握ると軽快に走り出した。

 

 街の門を通る時には、フードを被り寝ている風を装えと言われて驚いた。

 こんな事で衛兵を騙せるのかと不安になる。

 列を作り並ぶ人々の横を通り馬車は一度止まるが、衛兵の敬礼を受け軽やかに走り出す。

 速歩で進む馬に引かれて、馬車は軽快に走り王都ヘリセンの街が遠くなっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る