第180話 外伝・ドラゴンスレイヤー・2

 二日ほど待つとナジルがキャンプハウスに現れて、ハマワール伯爵に面会を求めた。


 「私がヒャルダ・ハマワールだが、君が血塗れの牙の一員なら身分証を見せて貰えるかな」


 ナジルが差し出した身分証をじっくり見て、笑顔になり身分証を返す。


 「カイトと連絡を取りたいのだが、出来るかな」


 「ハマワール家お三方の事は伺っています。カイトは多分居ると思いますが会える確約は出来ません。それで宜しければ私達の拠点までお越し願えますか」


 ナジルの拠点には半数の護衛を連れて行くが、以前見た森より相当広がっている。

 ナジルにそれを問うと、従う護衛達を見て頷くだけで答えはしない。

 ただ一言、「もう余り広がる事は無いようです」とだけ言った。

 カイトに信頼されているだけあって、森の秘密を知らない者に聞かせる気は無いようだ。


 ナジルはヒャルダ達一行を森の中へと案内するが、以前来て知っている森と少し雰囲気が違う。

 後に続く護衛の騎士達が不安そうにしている。

 なにせ周囲は緑のカーテンに覆われていて、枝に鋭い棘が無数に生えて風もないのに揺れている。


 その緑のカーテンが突然消えたと思ったらぽっかりとした空き地と畑が有り大岩が中央にどっかりと場所を塞いでいる。

 

 「あの岩はキャンプハウスかい」


 「そうです此処が我々の拠点です」


 話していると、大岩の隙間から小さな女の子が走り出てきてナジルに抱きついた。


 「只今シャルル、お客様だからママにお茶の用意を頼んで来て」


 ヒャルダ達を中に入れお茶を勧めると、一人で外に出てカイト達の拠点に向かってジャンプする。


 * * * * * * * *


 「シャーラ、カイトは?」


 「カイト様は壁の中、ダルク様のところに行っているよ。大事な用事なの」


 「お客さんだ、ヒャルダ・ハマワール伯爵様だよ」


 「ヒャル様が来ているの、呼んで来る」


 そう言った瞬間シャーラの姿が消えた。


 《カイト、シャーラが来たよ。何か慌てているね》


 「カイト様、ヒャル様がナジルの所に来ているって」


 そう告げると即座に消えた。

 ピンクかグリンに頼めば早いのに何やってんのかね、まあヒャルに合うのも久し振りなので嬉しくはある。

 ダルクに断って拠点に向かう。


 * * * * * * * *


 「ヒャル様!」


 「やあ、シャーラ・・・」


 飛び込んで来たシャーラに抱きつかれビックリしたが、もっと驚いた事がある。


 「シャーラ・・・お前あまり成長している様に見えないのだが」


 ご飯はちゃんと食べていて成長していると、むくれるシャーラを宥めているとカイトがやって来た。


 「ヒャル久し振り。何かあったの」


 「冷たいねー、皆待ちわびているのに土産だけ置いて姿を見せないから、会いに来たんだよ。少しは成長してる?」


 「これだ、だから顔を合わせたくないんだよ」


 「冗談だよ、実は護衛依頼に来たんだ」


 ヒャルダから、ヘラルス殿下が未だにドラゴンスレイヤーを輩出するエグドラ行きを希望したが、落ち着いているとは言え未だ野獣の出現が多いエグドラ行きは、万が一の事を考慮して皆が反対している。

 然しエグドラの現状を是非この目で見たいと国王陛下に頼み込み、カイトの護衛を条件に許可を貰ってヒャルダの元を訪れたのだそうだ。


 次期国王となるヘラルス殿下の護衛となると、大部隊が付き添う事になるが、野獣の跋扈するエグドラにそんな大部隊が展開するとなると大変だ。

 来れば冒険者達に取っては大迷惑になる、国王陛下の条件もあるのでカイトに護衛を頼む為に来たのだと言われた。


 「まったく、大人しくしていれば賢く見えるものを、何故駄々を捏ねるかね」


 「それそれ、今じゃヘラルス殿下と対等に話せる者が少なくてな、私達の所にもおいそれとは来られないんだよ。王城では常に人の目が有るので、殿下が許しても他が許さないので、私もフィも臣下の礼を取るからね。それと以前アーマーバッファローを倒しただろう、未だに話しが出るよ」


 ヒャルの頼みを断るつもりは無いが、殿下にはお灸を据えておく必要があるな。

 翌日ヒャルを俺達の拠点に招待して一日を過ごし、ここまで来られるのは俺達意外にはナジルだけだと教えておく。

 シャーラに頼んでダルクの元に行ってもらい、手土産代わりのエリクサー作りに必要な薬草類を貰ってくる。


 * * * * * * * *


 ヒャルからホイシー侯爵との約束を聞き、俺は3日遅れでホイシー侯爵邸でヒャルと落ち合う事にした。

 約束の日、ハーベイの街に到着したが貴族用の門すら混雑している、シャーラが御者席に座る姿を見た衛兵が道を空け優先的に通してくれる。

 この混雑は何事かと尋ねると、雷神ヒャルダ様の歓迎パーティー参加者希望者が引きも切らず、ホイシー侯爵邸は大混雑しているとの事だった。


 確かに街中も何時もより馬車の数が多く、護衛でハーベイに来たであろう冒険者の姿も多い。

 ホイシー侯爵邸の馬車の待機場所には、近隣の貴族や商人の馬車がずらりと並んでいる。


 「何やら、ヒャル様の悲鳴が聞こえそうな雰囲気ですね」


 「救出してやらないと、当分帰れそうもない様だな」


 執事のヨルカンに迎えられて様子を聞くと、何処から噂を聞きつけて来るのか招待していない者も多数尋ねてきて、断る訳にもいかず大変ですと疲れた顔で言われた。

 取り敢えずホイシー侯爵様にご挨拶だが、大きなサロンに人が溢れている。

 馬車の数より多いと思ったら、溢れた馬車は屋敷の裏に臨時で停めているとの事だ。


 ヨルカンによれば、ドラゴンスレイヤーで雷神の称号を持つハマワール伯爵様が、此方に来られる事は先ず無い事なので無理もない事ですと諦め気味。

 あっさり連れ出す事は難しそうなので、シャーラの身分証を使って強引に連れ出す事にする。

 ヨルカンから侯爵様に耳打ちしてもらった後、徐に挨拶に出向く。


 冒険者二人が、恐れ気も無くホイシー侯爵様に近づき挨拶するのを、周囲の者は不審気に見ているのが良く判る。

 ヨルカンの耳打ちにより、客人から少し離れた場所での会話だが小声の挨拶となる。


 「ホイシー侯爵様、救援に参りました」


 「助かりますカイト殿。何せこの地方に居ては、ドラゴンスレイヤーで雷神の称号を持つハマワール殿を見る事は、先ず出来ませんからね。招待した客が自慢し、友人知人を引き連れて来て収拾がつきません。帰れとも言えず難儀していたのです」


 「では一芝居打って、ヒャルを救出し脱出しますので援護をお願いします」


 ホイシー侯爵様の後に続き群衆に囲まれ、笑顔が引きつり気味のヒャルの所に行く。


 「失礼、皆さんハマワール伯爵殿に急用です」


 「ハマワール伯爵様、王家より出頭要請です」


 シャーラが伝えるとともに、淡く金色に煌めき薄紫に王家の紋章が浮かぶ身分証を示す。

 ヒャルの周囲から騒めきが消える。


 「承知致しましたお使者殿。ホイシー侯爵様王家の呼び出しですので、誠に申し訳在りませんが此れにて失礼いたします」


 ほっとした顔でホイシー侯爵様に礼を言い、取り巻く客人達に王家の呼び出し故失礼すると挨拶して出発準備にかかる。

 周囲から不満と懐疑の声が聞こえてくる。


 〈王家の呼び出しと言っているが、あんな若い冒険者が本当か〉

 〈でもホイシー侯爵様もハマワール伯爵様も、お疑いなく従っているのだから間違いないでしょう〉

 〈私は王家にも出入りし多少の面識が有るが、あんな小娘や小僧は見た事がないぞ〉


 自身の常識と王家に伝が有るとの自慢からだろう、悠然と皆の前に出てシャーラに声を掛けてくる。


 「王家のご使者ご苦労様です。失礼ですが身分証をお見せ願えますか」


 「先程の言葉良く聞こえましたよ。此れが何を意味するのかは、ご存じと思いますが」


 シャーラの身分証を見て顔色を変え、慌てて跪く。


 「必要有りません。私は使者としてハマワール伯爵様に伝えに来ただけです。不要な事を口にしない様に」


 それだけ言うとホイシー侯爵様の所に戻っていくシャーラ、すっかり様になってるよ。

 俺がやると挑発してしまうからな。

 侯爵様に挨拶をして、ヨルカンの案内でホールに戻りヒャルを待つ。


 車寄せに俺達とヒャルの二輪馬車が二台、前後に護衛の騎士が10名ずつの少人数に見送りに出てきた客人達がざわめいている。

 極めつけは王家の身分証を持つシャーラが御者席に座り、俺が後席に座っている事だ。

 ヒャルの簡単な辞去の挨拶の後あっさりとホイシー侯爵邸を後にするが、ヒャルまで俺の横に座ってすまし顔だ。


 「いやー助かったよ。今まで貴族の歓待でも3,4日で済んだのに今回は何時終わるのか知れなかったからな。ホイシー侯爵様も頭を抱えていたよ」


 「大変だねー、ドラゴンスレイヤーも」


 「以前、カイトがドラゴンを持ち込んで来たときに、討伐者を絶対秘密にしてきた意味が良く判るよ。おれの場合は隠しようも無かったからな。それに陛下が雷神などと称号まで付けてしまったから余計だよ」


 「陛下も抜け目がないよね」


 「ああ、王都に居る時には外国の要人接待には必ず呼ばれるし、討伐したドラゴンの剥製を見ながら当時の話を聞かれるのは正直苦痛だよ」


 「ドラゴンスレイヤーの悲劇。吟遊詩人が喜びそうな話だね」


 ヒャルのげっそりした顔を見ながら、成長してないと言ってくれた仕返しをする。

 王都への旅で途中の街々の通過には、シャーラの身分証を示し〈王家御用〉と一言告げて通過。

 後に続くヒャルも、王家のお召しにより急ぎますのでと、当地の貴族への挨拶を割愛して通過出来る事に喜んでいた。

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