第62話 襲撃

 王都出立前夜、侯爵邸にヘラルス殿下が護衛の騎士30名と側近や身の回りの世話をする使用人10名、馬車4台と共に現れた。

 

 侯爵様は面倒事は避けたいのでと、殿下の護衛騎士や使用人を玄関ホールに集めた。

 ヘラルス殿下ハマワール侯爵様、俺その後ろにシャーラの配置で彼等と向かい合う。

 

 「ヘラルス殿下をお迎えするのに先立ち、君達に知らせておく事がある。横に居るカイトなる冒険者の事を知っている者もいると思うが、改めて知らせておく」

 

 侯爵様に促されて、天下御免の身分証を、皆に良く見えるように翳す。

 金地に炎の輪の中に、交差する剣と吠えるファングウルフが淡く薄紫に光っている。

 側近や使用人が姿勢を正し、騎士達もざわめく。

 

 「彼は一時期真紅の身分証を預かり、ヘラルス殿下を守った事もある。今回も私の護衛とはいえ、自由に振る舞う事になるので、君達が間違えない様に改めて伝えておく。彼に命令や要請を出来るのは、直接護衛を依頼した私か身分証を預けた国王陛下と宰相殿だけだ。彼の後ろに控えるシャーラも、彼に準ずると覚えておく様に」

 

 殿下をサロンに招き談笑となったが、何故か俺とシャーラが同席する嵌めになった。

 左右の壁際に護衛の騎士が4名控える、シャーラはガチゴチになっている。

 夕食もヘラルス殿下と侯爵様御一家4名に、俺とシャーラってなんなんですかこれは。

 

 ヘラルス殿下がエグドラに行けば、王都に帰るのは12月になるとの事だ。

 学業は問題無いし教師も付いてくる、王室以外の事に触れ見聞を広めるためだと聞いたがどうもね。

 

 館を出る時、先頭に殿下の護衛騎士3名と王家の旗持ち、侯爵家の護衛10名,俺の二輪馬車,侯爵様の馬車,ヘラルス殿下の馬車と続く。

 馬車6台、侯爵様と殿下の馬車の前後にそれぞれの護衛騎士が周囲を取り囲み、最後尾にはシルバーランク以上の冒険者30名が従う。

 大名行列ってのに参加するとは、思いもしなかった。

 

 王都の門を出る時、王都を去る貴族の馬車数台が我々の馬車を通すために脇に控えている。

 一台の馬車が目に付くが御者は彼では無い、伯爵と目が合い目礼を交わし通り過ぎる。

 

 ヘラルス殿下とハマワール侯爵の馬車列、先導位置を進むカイトを見てカロサグ伯爵は御者を首にした事にホッとしていた。

 あの男を今も使っていたら、カイトや侯爵家からどの様な目で見られたか知れたものでない。

 去り行くヘラルス殿下の馬車列に頭を下げながら、安堵の溜め息がもれる。

 

 粛々と進む馬車列は侯爵様の馬車旅より遅い、こりゃーエグドラに帰り着くには一月は掛そうだなと嘆息する。

 平穏な旅だが嫌な視線を時々感じる、シャーラも誰かが見つめていますと呟く。

 4日目の昼前に街道脇の叢からいきなりハイオーク3頭が現れ驚かせる。

 

 生体レーダーのシャーラが、事前に馬車の速度落とせの合図を流している。

 手綱は俺が代わって持っているので、ハイオークが現れた時直ぐに馬車を止めた。

 シャーラが馬車の御者台に立つ、侯爵様の馬車の御者台にはヒャルが立ち二人であっさり撃ち倒す。

 シャーラが駆けて行き、倒したハイオークをマジックポーチに入れて戻ってきたが、意味あり気な視線を向ける。

 

 「カイト様、見て欲しい物が」

 

 「判った、侯爵様に断って来る」

 

 「こんな叢に、ハイオークは潜んだりしません」

 

 「誰かが仕組んだのだろうな」

 

 「はい、叢に穴があります。魔法で作られた穴だと思います、何処か近くに土魔法使いがいて穴の蓋を開けたのでしょう」

 

 穴の中は酷い臭いでハイオークを閉じ込め餓えさせていたと思われる。

 やはり何か有りそうだとは思ったが、狙いは殿下だろうな。

 シャーラに馬車は暫く一人で頼むと言い付け、侯爵様の馬車に同乗させて貰う。

 

 「何かあった様だな」

 

 「ハイオークですが、誰かがあの場所に穴を掘り閉じ込めていた形跡があります。餓えさせて蓋を外せば、外に出て目の前にいる我々を襲う事になるように仕向けられていました。周辺を丹念に調べれば、多分土魔法使いが潜んでいる筈ですが」

 

 「多分、陽動だろうな」

 

 「そう思います。これだけの人数を相手に、ハイオークと謂えども3頭ではどうにもなりません。王都を出てから時々嫌な視線を感じますので、何処かで本格的な襲撃を覚悟しておくべきですね」

 

 二輪馬車から馬を外して冒険者に預け、二輪馬車はシャーラのマジックポーチの中に入れる。

 殿下の馬車にはシャーラと俺が乗る、シャーラは御者の隣に座り俺は殿下の向かいに座る。

 

 「カイトは何も聞かないんだね」

 

 「ヘラルス殿下、私は一介の冒険者ですよ。余計な事に首を突っ込む気はありません。頼まれた、エグドラまでの護衛をするだけです」

 

 黙って頷くヘラルス殿下が、泣きそうな顔をしているが何も言わないでおく。

 王家の確執に巻き込まれるのは御免だ!

 時々監視の目を感じるが襲撃は無い、野獣を使って駄目なら次は人間が襲って来るだろう。

 

 侯爵家の騎士には伝えてあるが、王家の騎士達がどう動くのかが解らない。

 嫌な感じの奴が何名かいるが、今回は排除出来ないので面倒だ。

 侯爵様やヒャルとも話し合ったが、攻撃をするのなら魔法の遠距離攻撃だろうと意見が一致している。

 

 朝出発すると馬車の中でヘラルス殿下は俺の冒険者服に着替える。

 魔法防御,打撃防御,防刃,体温調整の為の外気温調整機能の付与付きの物だ、これに頭を防御する頭巾を被る。

 馬車の内部は土魔法でロールバーの様に隅々を補強している。

 勿論シートベルトは無いがロープで腰や両肩を固定出来るようにしてある。

 エグドラ到着まで後10日という所で、御者台のシャーラから、〈コンコンコン〉と御者台を3回叩く音が聞こえた。

 

 素早くヘラルス殿下に土魔法で作った面頬(めんぽお)を被せ、腰のロープを締めさせる。

 両肩もロープで固定している間に、俺は馬車内部を土魔法で固める一種の防弾板だ。

 

 馬車の周囲ではシャーラの合図を受け、防御体制を敷いているが馬車は止まらない。

 御者台のシャーラが、ファィアーボールが飛んで来たのに合わせて、バスケットボール大のバレットで迎撃し撃ち落とす。

 馬車が止まり護衛の騎士達が周囲を囲み構える。

 

 魔法攻撃は散発的だが、数十人の魔法使いの攻撃が護衛の騎士達の中に撃ち込まれて、防御体制が崩れる。

 ワラワラと地面の穴から現れる男達は、盗賊の群れの様だがそこここに揃いの武器を持った者がいる。

 

 数十人の男達はヘラルス殿下の馬車だけを目指し、魔法攻撃で崩れた隙を突いてくる。

 

 「カイト、大丈夫かな」

 

 「この程度の魔法攻撃なら大丈夫ですよ」

 

 殿下や俺がやっと通れる穴しか残って無い、扉の内側から戦況を見てそう返答する。

 乱戦で、シャーラやヒャルも魔法攻撃が使い難い様だ、いきなり馬車の扉が開き剣先が突きこまれる。

 〈ガキーン〉馬車の内部に張り巡らされた防弾板に、剣先が止められ驚愕する護衛騎士。

 すかさず顔面にバレットを叩き込む。

 砕けるバレットと驚愕の表情で倒れる騎士、続けて2人が剣を突き入れて来たが全てバレットを受けて倒れる。

 

 襲撃に気付いた騎士が、救援に向かおうとするが阻まれている。

 妨害者の後頭部にバレットを叩き込み縛りあげろと怒鳴り命令する。

 倒れた襲撃者に切りかかったり、突きさそうとした奴もバレットで打ち倒す。

 

 襲撃は失敗したとみた敵が、引き上げて行くが多数の死傷者が残っている。

 残った騎士や侯爵様の護衛達に、倒れている殿下の護衛を縛りあげさせる。

 剣を突き入れて来た奴4人と護衛を阻止した奴3人、それを殺そうとした奴3人に分けて拘束する。

 

 シャーラが、何か言いたげに俺を見ている。

 シャーラの目線の先には侯爵様の護衛が倒れていて、放置すれば長くは持たないだろう。

 

 「出来るか」

 

 「やってみたいです。フィ様から色々聞いてますので出来ると思います」

 

 「判った、だがイメージは確実に魔力は薄く使う事を忘れるな。力を込めるとあっという間に魔力切れをおこすぞ」


 頷いて魔法攻撃を受けた重傷者の傍らに跪き、〈なーぉれっ〉呟きながら魔力を流している。

 重傷者の呻き声が止まり不思議そうに目を開けると、シャーラが笑って次の怪我人の所に行く。

 侯爵家の重傷者、殿下の護衛騎士,冒険者の重傷者十数人を治癒魔法で治し、軽傷の者を治す途中で魔力切れになった。

 

 「シャーラも、治癒魔法が使える様になっていたのか」

 

 「いえ、今日初めて使っています。フィの所に行って色々聞いていた様ですが」

 

 「カイト、又助けられたね」

 

 「殿下、襲って来た護衛達と、捕まった奴等を殺そうとした護衛は侯爵様の護衛に渡して下さい。残りの護衛の中に、仲間が残っていない保障はありません」

 

 「カイトに従うよ」

 

  ヘラルス殿下の護衛達は不満気であったが、現に護衛の中に襲撃者が潜んでいたので黙った。

 シャーラの回復を待ち、残りの襲撃者や護衛騎士と冒険者の治癒を済ませる。

 魔力が少なくなっているシャーラを、侯爵様の馬車に寝かせて出発したのは日暮れ近かった。


 捕らえた賊は揃いの剣を持つ者8人と、それ以外の14人に別ける。

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