第78話 逐電

 ドーマン伯爵は、壊れた馬車を応急修理して何とか王都にたどり着いた。

 然し王都の館に到着した時には、既にナガラン宰相からの呼びだし状が届いていた。

 

 「どうしよう爺、行かなければ・・・そうだ儂は持病が悪化して寝込んで・・」

 

 「若、それで通るとお思いですか。昨今の王家に、その様な言い訳が通用するとは到底思えません。若が王都の城門を通った時点で、宰相閣下に連絡が行っていましょう。すぐにナガラン宰相閣下の下に出頭し、ひたすら詫びてきなさい。変な言い訳や日頃の持論を口走れば確実に爵位の剥奪となります。例え降格になろうとも、耐えて返り咲く日を待ちましょ」

 

 何で伯爵の俺がとの気持ちを捨てきれないまま王城に出向き、ナガラン宰相に面会を求めた。

 ドーマン伯爵が通されたのは宰相執務室の隣、控えの間であった。

 高位貴族がこのような場所で待たされるなど有り得なかったが、爵位を継いで半年の無知なドーマンには判らなかった。

 

 周囲の者の控えめながらもチラチラと好奇の目が注がれる中、降格とか爵位剥奪の言葉が頭の中を駆け巡る。

 宰相の従者に呼ばれて執務室に入ると、爺いの言葉を思い出しナガラン宰相に謝罪する。

 

 「ナガラン宰相閣下、私のつまらぬ行いに御迷惑をお掛し申し訳御座いません」

 

 「ほう・・・つまらぬ行いと知っていたのか」

 

 ナガラン宰相の、冷たい声にぎょっとする。

 爵位剥奪の言葉が再び頭を過ぎる、何としても弁明せねばと焦る余り余計な事を口走る。

 

 「確かにつまらぬ遊びをしてしまいましたが、冒険者風情が高位貴族である伯爵の馬車に対し、乱暴狼藉の限りを尽くすとは言語道断。栄えある我がドーマン伯爵家に対し」

 

 「栄えある・・・お前が往来を塞ぎ遊んでいた場所は、お前の領地なのか? 他領の往来で悪ふざけで通行を妨害するのが、伯爵たる身分の者のやる事か。然も、お前の言った栄えある伯爵の護衛が、小娘一人に叩きのめされて手も足も出なかったとは不甲斐無い。お前はナガヤール王国貴族の、腰抜け振りや弱さを満天下に晒した屑だ。相手が冒険者だからお前の命は助かった。お前が遊んでいた領地の領主が相手なら、確実にお前は死んでいただろう。館に帰って謹慎しておれ!」

 

 ドーマン伯爵は顔を上げる事も出来ずに、蒼白な顔でヨロヨロと下がっていった。

 館に帰ってきたドーマンを見て、爺が問いかける。

 

 「若、宰相閣下はどの様に仰せでしたか」

 

 「館に帰って・・・謹慎していろと言われた」

 

 ドーマンの態度から、それだけでは無さそうだと判った。

 どの様に宰相から言われたのか問い、答に膝から崩れ落ちそうになった。

 余りにも思慮が無さ過ぎる、最早ドーマン伯爵家の取り潰しは免れぬだろう。

 先代から仕えてきた執事として、若を諌める事も出来ずここに至ったのは自分の甘さからだ。

 最後の勤めをはたす覚悟を決めた。

 

 「若、いえヘイル・ドーマン伯爵様、どの様な処分が下され様とも静かに謹慎していて下さい。これ以上余計な事を申せば、御命に関わりますよ」

 

 「爺、儂は死ぬのか、嫌だ死にたくない!」

 

 「いえ、ドーマン伯爵様は傍若無人な行いの付けを払うだけです。私があれ程お諌め致しましたが、聴き入れなかった結果です。静かに謹慎していれば殺される事はありますまい」

 

 哀しい顔で一礼して下がる、爺いの顔を見て自分の未来を見た思いになった。

 

 嫌だ死にたくない、伯爵たる儂が何故死ななければならない。

 死んでたまるか! 騎士や護衛は弱くて役に立たない、もっと強い護衛を雇わねば。

 もうドーマンの頭の中は、死の恐怖と宰相に言われた言葉が木霊し収集がつかなくなっていた。

 爺いを呼んで馬車を用意させようと思ったが、また何か言われては煩いと一人で御者の所に行き館を出ていった。

 

 * * * * * * * *

 

 「ゴールドランク,プラチナランク冒険者の護衛依頼ですね」

 

 「そうだ少なくとも10名は欲しい」

 

 「プラチナランクの者は数名いますが、手の空いている者がいません。ゴールドランクでも纏めて10人は無理です」

 

 仕方がないので、ゴールドランク5名とシルバーランクの2級10名を護衛として雇う事にした。

 ゴールドランク1人1日銀貨4枚、シルバーランク2級1人1日銀貨3枚で依頼を出した。

 予定日数は30日間15名分の金貨150枚と、手数料金貨15枚をギルドに預ける。

 受付係が依頼票を掲示板に張り出すと、ベルを鳴らし食堂や掲示板前に屯する冒険者に声を掛ける。

 

 「護衛依頼です。ゴールド5名及びシルバー2級10名、期間は30日」

 

 簡潔に告げると業務に戻って行った。

 暇そうな冒険者達が依頼票を見に来る。

 

 「はーん30日か、内容が護衛だけではな」

 「旅に出るなら安すぎないか」

 「宿や飯はどうなっているんだよ」

 「何かしみったれた依頼だな」

 「止めやめ酒飲んでた方が良いわ」

 「お前、何時からシルバーの2級になったんだ」

 「あー来年なる予定だ」

 「つまり仕事が無い自棄酒か」

 

 「おい、お前達仕事は館の警備と俺の身辺警護だ」

 

 「お前誰よ。貴族みたいな格好して偉そうだな」

 

 「儂は貴族だ! 伯爵だ!」

 

 怒鳴り声に一瞬静かになる。

 

 「護衛も連れずに冒険者ギルドに来ている伯爵様ねぇ。おーい誰か知ってるか」

 

 遠くで飲んでいる男が答える。

 

 「確か伯爵様の馬車と揉めた冒険者の小娘が、護衛の騎士と冒険者を叩きのめしたって噂になっていたが、そいつじゃねえの」

 「あれか、猫人族の娘って言ってたよな」

 「すると、相手はカイトとシャーラちゃんか」

 「駄目だな、侯爵様を敵に回したくないし」

 「おいおい見栄を張るなって、カイトとシャーラちゃんに勝てないって言えよ」

 「いやいやシャーラちゃんはともかく、カイト相手なら近接戦では勝てると思うぞ。最も側に近寄らせてくれればの話だがな」


 「伯爵様よー諦めろ。まともな奴であんたの依頼を受ける奴はいないよ」

 

 散々な言われ様で、すごすごと帰るドーマン伯爵だが、ギルドの外で声を掛けて来た男達がいた。

 

 「伯爵様、俺達はシルバーランクだが、対人戦ならゴールドやプラチナランクに引けは取らないぜ。そのカイトって奴と猫人族の娘相手なら任せなよ。その代わりそいつ等を倒したら、手当を弾んでくれ」

 

 1人銀貨枚2枚小僧と小娘を倒せば、1人金貨10枚の成功報酬でパーティー〔草原の牙〕6人を雇い、自分の護衛をさせる事にした。

 

 館に帰ると、執事の爺が蒼白な顔で待っていた。

 

 「若、何をなさっているのか解っていますか。謹慎を申し付けられたその身で出歩いていては、王家の命を蔑ろにするものと見なされます。取り潰しでは済まなくなります」

 

 「言われて初めて気が付いたが、後の祭である」

 

 再び宰相の言葉が蘇る〔領主が相手なら、確実にお前は死んでいた〕今度は王家が俺を殺しに来る。

 逃げなければ死ぬ。

 それだけが頭を駆け巡りマジックポーチに、財産を手当たり次第に投げ込み馬車に乗り込む。

 雇ったばかりの〔草原の牙〕を護衛として引き攣れ、夕暮れ近い王都を脱出した。

 

 流石のドーマン伯爵も夜道を駆ける危険は承知していたので、陽が落ちる前に野営することにした。

 ギリヤード達〔草原の牙〕の面々は所詮王都に流れてきた者で、カイトやシャーラの事をよく知らない。

 野営地でギリヤード達は、カイトとシャーラから襲われるのを待ってないで、先手を打ってを排除すれば良いとドーマンに入れ知恵をする。


 ドーマン伯爵も、自分が王都から逃げ出す嵌めになった2人を排除出来るのなら、成功報酬の金貨100枚は安いものだと頷いた。

 ドーマン伯爵は、2人を排除すれば王都に帰れると思っていた。

 もうまともな思考能力など無かった。

 最もまともな思考能力があれば、他領の街道で傍若無人な振る舞いなどすることも無かっただろう。

 

 * * * * * * * *

 

 帰って来ない主人を朝まで待ち、諦めてナガラン宰相宛てに書面を認める。

 

 ナガラン宰相は、ヘイル・ドーマン伯爵の執事ボーエンからの書状を受け取り、声も出なかった。

 2度読み返した後国王陛下の下に向かう、ナガヤール国王も報告を受け額を押さえていた。

 

 「腐った果実とはよく言ったものだ、確かに腐り果てている。ドーマン伯爵の領地に兵を送り、家族と資産を押さえよ。ドーマンが帰り着く前にな。王都の館にも兵を送り、そのボーエンなる執事に管理させろ」

 

 ナガラン宰相は王国騎士団から騎馬100名を先行させ、ドーマン伯爵に追いつけば捕獲、出来なければドーマン伯爵領の手前で後続を待つよう指示して送り出した。

 準備が出来た部隊から100騎、又100騎と合計400騎の部隊を、ドーマン領接収のために送り出した。

 

 * * * * * * * *

 

 ドーマン伯爵は王都さえ抜け出せばと安心し、追われる身になっていることに考えが及ばなかった。

 朝になるとのんびりと出立の準備をし、何時もの旅の速度で領地に向かう。

 王都から丸1日離れたヘルムの街のホテルに投宿し、ギリヤードの帰りを待つことにした。

 ギリヤードはカイトとシャーラ暗殺の手配のため王都に引き返し、裏家業を副業にする冒険者に話を持ち込んでいた。

 

 一方ナガラン宰相の命を受け先行する100名の騎馬隊は、ヘルムの街を迂回して先を急いでいた。

 まさかのんびりホテルに宿泊し、カイト達暗殺の準備をしているとは思いもしなかった。


 ナガラン宰相も、彼等にカイト達の事は教えていなかったので無理もない。

 第2陣も第3陣の部隊もヘルムの街を素通りし先を急ぐ。

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