第104話 身分証の真贋
王都を出てから半年以上になる、シャーラの19才の誕生祝いも出来ないまま旅は続く。
身長はとっくに俺を越えたが、女として成長途上なのはホルム村の女達を見れば一目瞭然だ。
アガベから聞いた話では、森の一族の娘の発情期は25過ぎくらいからで、他種族相手ではあまり発情しないらしい。
現に一族から離れた女達には子が少ないと言っていた。
成長が極端に遅い俺と居たら、そのうち俺はシャーラの息子に間違われる日が来そうだ。
悩みは尽きない日々が続く。
* * * * * * * *
俺は24才になり夏も終わり木々が色付き始めた頃、グリンや他の妖精達が反応した。
草原の中を妖精達の示す方向に向かう、疎らに草が生え所々に背の低い木がぽつんとある農耕には不向きな所だ。
草原に入って3日目の昼過ぎにグリン達が此処が良いと示した場所は少し小高くなっているが何の変哲も無いだだっ広い場所だ。
参ったな、此処はホイシー侯爵領のダルク草原だ王都とハマワール侯爵領とホイシー侯爵領は、大雑把な地図で正三角形の位置関係になる。
少しは話が分かりそうな貴族だが、面倒事は避けたいので一応王家から話を通しておこう。
グリン達に待って貰って王都に引き返す。
街道に出てホイシー侯爵の領都ハーベイまで丸1日、ハーベイから王都まで10日、合計14日の距離。
ハマワール侯爵領エグドラから王都まで8日で着けるから、やっぱりいい加減な地図だ。
そのうち王都から予定のダルク草原までの近道を探す事になりそうだ。
王都に着くと王城に直行し、シャーラの持つ身分証を示してナガラン宰相に面会を求めた。
直ぐに案内の者が現れナガラン宰相の執務室控えの間に通される。
取り次ぎの者が不審気に見ているが当然だろう。
何せダルク草原から直行し、冒険者姿のままだからだ。
シャーラに身分証を他の者に見えない様に、取り次ぎの者に見せろと指示する。
「カイトとシャーラが来ていると伝えてくれ」
取り次ぎの者はすぐさま執務室に入り、出てくると応接室に案内されたが座る間もなくナガラン宰相が現れる。
「どうした、何か問題でも」
「いえそうでは在りません適地が見つかったのですが、後々問題が起きない様に話を通しておこうと思い伺いました」
「場所は」
「ホイシー侯爵領、エルザン地方ダルク草原です」
「ホイシー侯爵か、陛下に話してくるから暫く待ってくれ」
宰相が帰ってきたときには国王陛下も一緒だった。
ホイシー侯爵は現在領地に帰っているので、如何なる妨害もしない様に一筆書いておこうと言い、国王陛下直筆の書状を渡された。
「ホイシー侯爵なら馬鹿な事はすまいが、多くの者を従えているからな」
礼を言って王城を後にする。
今度は壁を一から造らなければならないし、種を埋めたら終わりって訳にもいかない。
シャーラの家に帰って休養してから向かう事にする。
ハマワール侯爵様にもホイシー侯爵領のダルク草原に決まったと、報告だけはしておく。
その間シャーラはニーナとルーナ二人とたっぷり遊び、フィお姉ちゃんにも甘えて満足して帰ってきた。
勿論俺のを空間収納から、たっぷりお土産を掻っ攫っていったのは言うまでもない。
* * * * * * * *
冬が始まろうとしているが、国王陛下に貰った書状を携えてホイシー領に向かった。
二輪馬車でトコトコ進んで10日目にハーベイの街に着いた。
ハマワール侯爵様から預かる身分証を示して、ホイシー侯爵邸の場所を尋ねる。
まー疑うのは判るけど、もう少し態度を何とかしろと言いたい。
曲がりにもハマワール侯爵様の身分証を持っている相手に対する態度ではない。
終いには身分証を寄越せ、本物かどうか怪しいと言い出した。
「お前ハマワール侯爵様の身分証を怪しいと難癖を付けるなら、これが本物だと分かったら覚悟は出来ているんだろうな。魔力を流して侯爵家の紋章が浮かび上がる偽物を持っていれば死罪だ。俺はそんな危険を冒してまで、こんな所でホイシー侯爵様の館の場所を聞いたりしない」
貴族専用通路での揉め事に、他の衛兵達も戸惑い気味だ。
「確かめろ!」
頑なに信用しない衛兵に、投げて渡した。
投げられた身分証を拾い上げ、真剣な顔で紋章を確かめ裏を見て戸惑っている。
「どうした偽物か、手に持って確かめても真贋が分からないなら衛兵を辞めろ。それともあくまでも信用ならないと言い張るなら、それ相応の対応をさせてもらう」
「何を揉めている」
後からやって来た騎馬の騎士達が、咎める口調て聞いてきた。
「貴方達は」
「ホイシー侯爵様の騎士団の者だが、何か不服が有るのか」
「その衛兵がハマワール侯爵様発行の身分証を信用せず、俺達を通さず身分証を渡せと言ったので渡しただけだ。その身分証を手に持ってすら真贋が解らないらしいので、衛兵の職には相応しくないので辞めろと言ったのだが」
「寄越せ」
声を掛けてきた騎士が、衛兵から身分証を取り上げる。
じっくりと表裏を確かめ返してきた。
「行って宜しい」
「それだけか?」
「何か不服か」
「ホイシー侯爵様の館の場所を尋ねたが、未だ教えて貰って無い。お前達は主人を尋ねて来た者を、粗略に扱うように命じられているのか」
「何の証拠も無く主の場所を問われても、答える訳が無かろう」
「館の場所すら秘密か。判った邪魔したな街の人に尋ねるよ」
シャーラに冒険者ギルドに向かわせる。
後ろを騎士達3人が付いてくるが無視する。
ギルドの受付で冒険者カードを出し、ホイシー侯爵邸の場所を聞きシャーラに指示して向かう。
俺達が本当にホイシー侯爵邸に向かっていると知り、後ろの騎士達の気配が変わっていく。
ホイシー侯爵邸は中々の規模だ、門前に馬車を停め衛兵にホイシー侯爵様宛の書状を預かって来たと伝える。
書状なら通用門から入り執事に渡す様に返答してきた、まあ当然だよな。
「そうもいかないんだよ。この書状の紋が何か判るだろう。それでも通用門を通れと言うのか。信用出来ないなら此処へ執事を呼べ」
書状の表には王家の紋が描かれている。
判断のつかない衛兵は、執事という言葉に反応して館に走っていった。
仏頂面の執事が衛兵を従えてやってきた。
「その方か、王家の紋章入りの書状を持参したと申す者は」
黙って書状の表を見せる。
「信用ならないだろうから、これを持ってホイシー侯爵様の所にいきカイトが来たと伝えろ」
執事にハマワール侯爵様発行の身分証を渡す。
初めて執事の表情が変わった。
「間違いあるまいな」
「黙ってホイシー侯爵の下に行きそれを手渡せ! それとも他家の身分証が信用出来ないのなら、ハマワール侯爵家まで確認に行くか」
そこまで言って初めて執事は身分証を持って引き返していった。
後ろでは門から付いてきた騎士達が、俺の強気な態度にどうしてよいか分からず戸惑っている。
やがて早足でやってくるホイシー侯爵の姿が見えた。
〈おい侯爵様だぞ、まさか、どうするんだ〉何やら後ろが騒がしい。
「カイト殿、国王陛下の書状を持参されているとか」
黙って王家発行の身分証を見せる。
「ホイシー侯爵様も私の持参した身分証が偽物だと思いますか」
金色に輝き真紅の線描で炎の輪の中に交差する剣と吠えるファングウルフの、王家の紋章が浮かび上がっている。
俺の問い掛けに慌てて跪くホイシー侯爵、それを見て執事が怪訝な顔をしていたが主人に従って跪く。
「ホイシー侯爵様跪く必要は在りません。私は一介の冒険者ですから」
「門を開けろ!」
ホイシー侯爵に怒鳴り付けられた衛兵が、慌てて門を開ける。
シャーラには馬車を動かすなと言い付け、開かれた門前迄歩く。
「お渡しします。この場で読みご返答をお願いします」
「何故ですか。陛下の書状をお持ち下さった貴方を、門前に立たせて対応したとあっては、我がホイシー家が王家に反意在りと思われます」
「私はハマワール侯爵様の身分証を預かり、この地まで参りました。御当家の街の入口、後ろに控える3名の騎士、門衛に執事と悉くハマワール家の身分証が信用されず、執事殿に、ハマワール家まで身分証の真贋を確認に行くかと問い掛けて、やっとホイシー侯爵様に伝えて貰えました。これ以上、不快な思いはしたく在りません。一読し返答を頂ければ即座に退散いたします」
俺の性悪な性格を徹底的に叩き起こしてくれた奴等には必ず礼をするぞ。
〈ウッ〉と言ったきり言葉が続かないホイシー侯爵。
「何故、何故王家の身分証をお見せにならなかったのですか」
振り絞る様な声で問い掛けてくる。
「異な事を仰います。王国貴族の信頼の上に成り立つ身分証すら信用しない相手に、王家の身分証が通用すると思いますか。シャーラお前のも見せろ」
シャーラの手にある、王家発行の薄紫に光る身分証を見て絶句するホイシー侯爵様。
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