第121話 残党狩り

 執事がやってきた時には陽も傾き始めていた。

 

 「ハマワール子爵様からの、緊急の書簡とは何事か」

 

 フィエーン・ハマワール子爵の、赤い二重丸の中に交差した剣と雄鹿の紋章の書簡を確かめ受け取ったが、弄びながら尊大に聞いて来る。

 此処でシャーラの我慢の限界がきた、腹に軽く一発拳を叩き込むと執事の男に剣先を突きつける。

 

 「王家治癒魔法師フィエーン・ハマワール様の緊急事態と言っても判らないなら、それでもよい。だがマグレン子爵家が、取り潰される覚悟はしておけよ。だがその前に、マグレン子爵の所に案内しろ!」

 

 シャーラの怒りと突き付けられた剣先に怯え、震えながらマグレン子爵の執務室に案内した。

 執事がドアをノックしたが、返事を待たずシャーラはマグレン子爵の執務室に入る。

 

 「誰だ、お前は!」


 護衛の騎士が抜刀しながら誰何してくるが、それを無視してマグレン子爵に問いかける。

 

 「これが何か知っているな」

 

 シャーラは薄紫に淡く光る王家の紋章入り身分証を、マグレン子爵に見せる。

 

 「先日当地を通過してブルデン王国に向かったフィエーン・ハマワール子爵様が襲われ現在このラメルに向かっている。読め!」

 

 執事の手から書簡を取り上げ、マグレン子爵に差し出す。

 

 炎の輪に交差する剣と吠えるファングウルフの身分証を見せられて驚いていたが、シャーラの話の内容にもっと驚いた。

 書簡の表の紋章は確かに先日当地を通ってブルデン王国に向かったフィエーン・ハマワール子爵のものだ。

 

 急ぎ書簡を開き読み進めるが、内容に驚くばかりだ。

 

 「どうすれば良いのですか」

 

 「至急の救援が必要です。手勢を迎えに出して下さい」

 

 「然し、いきなり言われても、今から人を集め準備を整え出かけるとなると、数日では無理です」

 

 「あなたはそれでも貴族の端くれか! この館に護衛騎士の10人や20人もいないのか。一声かけて200や300の兵を集められないのか。もういい、この身分証が本物だと認めるなら、馬だけ用意しろ! 私に従う冒険者達のも含めて馬11頭を用意して差し出せ! フィエーン様とカイト様に何かあれば、必ずお前を取り潰す様に言ってやる」

 

 「お待ち下さいシャーラ殿、直ぐに用意致します」

 

 「私がこのラメルに着いたのは、昼も遅くであったが今は何時だ。緊急事態だと告げてものんびりと行動する。執事にいたっては緊急事態だと告げたのに中々現れず、現れても取り次ぐ素振りさえ見せなかった。陽も落ちようとしているのにだ。貴方からも、まともな返事一つ聞いてない!」

 

 執事はシャーラの無礼極まりない態度と、マグレン子爵の対応に硬直している。

 後をついて来た冒険者達も何が何だか分からないが、子爵より態度の大きいシャーラを見てびっくりしている。

 

 「もう一度聞く、兵を出すのか出さないのか?」

 

 「出します、直ぐに責任者を呼びます。ノーベス直ぐに騎士団長を呼べ!」

 

 マグレン子爵に怒鳴り付けられた執事が、部屋を飛び出して行く。

 それを見てシャーラは懐からもう一通の書状を取り出し、マグレン子爵に手渡す。

 

 「これは?」

 

 「国王陛下への急報です。早馬で送って下さい」

 

 漸くマグレン子爵もただ事でないと実感し始めたが、緊急事態と言われてまともな対応をしたのが、館の門衛だけだと気づき青ざめる。

 ここ数年腑抜けた貴族に対する、国王陛下の厳しい扱いを思い出した。

 この先対応を誤れば、降格や転封の憂き目にあう恐れがある。

 騎士団長を伴って戻ってきた執事に、陛下への急送文書を預け、夜明けと共に王都へ向けて早馬を出せと厳重に命じる。 

 

 「シャーラ殿騎士団長のゴルサムです、御自由にお使い下さい。私は兵を集めます」

 

 マグレン子爵は、騎士団長のゴルサムにシャーラの命令に無条件で従うよう命じると、兵士達を集めるために部屋を出て行った。

 ゴルサムはいきなり聞いた事もない命令に驚いたが、マグレン子爵の態度をみて黙って従う事にした。

 

 シャーラは簡潔にハマワール子爵の状況を伝え、重武装はいらない。

 剣と槍に簡易の鎧だけで、明日の朝テルンに向けて出発する事を伝える。

 食料その他はマジックポーチで運び、全員騎馬だけで救援に向かうと告げる。

 話を聞いたゴルサムはすぐさま準備に掛かった、初めてまともな対応にシャーラは安堵し、朝まで休憩を取ることにした。

 

 出発間際に、マグレン子爵から兵士達を預けられたが騎馬の者は30数名だけだった。

 

 「マグレン子爵様、徒歩の兵は危険地帯の手前の村にて待機させて下さい。騎馬の者だけで迎えに行きます。後続があるなら20~30人の小集団にて順次後を追わせて下さい」

 

 そう言い置いて冒険者10人と、マグレン子爵騎士団団長ゴルサム以下40数名に騎馬の兵士30数名を率いて子爵邸を後にした。

 街の門を通過し速度を上げるが、速歩程度にしか早められない。

 最低でも3,4日は馬を乗り潰さない様にしなけれはならない。

 

 昨日の冒険者の小娘が、早朝にも関わらずマグレン子爵の騎士団と兵士達を引き連れて、街を出て行くのを見て衛兵達は青ざめた。

 昨日冒険者の小娘と侮り、緊急事態と言われてものんびり対応した自覚は合ったのだ。

 

 マグレン子爵は、シャーラが騎士団と兵士を引き連れて館を出て行くと執事を呼び付けた。

 

 「王家への急送文書は発送したな」

 

 急送文書の発送を確認した子爵は、執事に問いかける。

 

 「お前はハマワール子爵殿の緊急事態と言われ、シャーラ殿と会うまで何をしていた。シャーラ殿と会い、書簡を渡され緊急事態と聞いて何故即座に私に持って来なかった」

 

 マグレン子爵家の浮沈に関わる不手際をしてしまった執事は、前夜から言い訳を考えていたが子爵の冷たい声に何も言えなかった。

 

 * * * * * * * *

 

 シャーラがカイト達と合流したのは危険地帯に入って2日目の事だった。

 カイトとフィの無事な姿を見て、やっと心が落ち着いた。

 

 「シャーラ、ご苦労」

 「良くやったわね、シャーラ」

 

 「カイト様、追っ手はどうなりました」

 

 「失礼カイト殿ハマワール子爵殿、マグレン子爵よりハマワール子爵殿の指揮下に入れと命じられて参上致しました。騎士団長のゴルサムです」

 

 「何名いますか」

 

 「騎士団員45名兵34名の79名です」

 

 「では、貴方達には残党狩りをしてもらいます」

 

 「残党狩りですか」

 

 ゴルサム騎士団長に襲撃された経緯を話し、馬を痛め付け賊に怪我を負わせて追い払っている。

 ほとんどの者は、徒歩でテルンの街に向かって逃げている筈だから、旅人に見えない男達は総て捕獲する様に依頼する。

 国境を越えブルデン王国内に逃げ込んだ者は、放置してもよいが抵抗する者は切り捨て、剣だけは持ち帰る様に頼む。

 

 一戦交える気でいたゴルサム団長は、残党狩りでは部下の訓練にもならないとがっかりしていた。

 カイトに言われてテルンの街に向かうと、3日目の朝には徒歩や馬を引いてテルンに向かう男達に追いついた。


 怪我をして青息吐息で歩いている者は、簡単に捕獲出来たが、足を引きずる馬を引いている者の中には抵抗する者もいた。

 然し、ゴルサムの後ろに控える騎士と兵の数を見て、ほとんどの者が無抵抗で捕縛された。


 途中乗り手を失った馬が野獣を嫌い部隊について来るので、怪我をしている者達の運搬に役立つ。 

 捕縛した人数61名・・・どうするんだよこれってのが、騎士団長ゴルサムの本音だった。

 後続40名の部隊が到着した時には何もやることが無く、捕縛した者の見張りとラルメへの護送だけであった。

 

 * * * * * * * *

 

 残党狩りをゴルサムに押し付けて、マグレン子爵の領都ラルメに向かう。

 危険地帯を抜け最初の村に着いた所で、騎士達は大量の兵士が居るのを目にした。

 兵士達も王家御用の馬車を見て驚いているが、乗っている人達を見て二度驚いている。

 

 「シャーラ殿、ハマワール子爵殿は御無事ですか」

 

 シャーラがフィに、マグレン子爵様ですと教えている。

 

 「マグレン子爵殿ですか、私がフィエーン・ハマワール子爵です。救援依頼に応じてもらい感謝致します」

 

 二輪馬車から、冒険者紛いの格好で下りてきたフィエーンを見てびっくりしている。

 俺はフィの横に並び、マグレン子爵に王家の身分証を見せる。

 態度が一変、45度の最敬礼をされて困るが、跪かれるよりはマシなので苦笑いで済ます。

 

 「マグレン子爵様、私もシャーラも一介の冒険者なのでそのような態度は不要です」

 

 騎士団長ゴルサムに敵の捕獲を頼んだので、数日以内に戻って来ると伝える。

 マジックポーチから2本の剣を取りだして柄を見せ、紋章の主を尋ねた。

 

 「丸に2本棒はブルデン王国テイレール地方、国境を挟んだ向かいの、ヘサミン伯爵の略章です。もう一つは存じません。これが何か?」

 

 「我々を襲って来た、一団の者達が持っていた揃いの剣ですよ」

 

 マジックポーチから、大量の剣を取り出して見せる。

 

 「御覧の様に2種類の揃いの剣を持つ集団です」

 

 この2種類の剣が、何を意味するのか理解し青ざめるマグレン子爵。

 隣国の騎士か兵士が身分を隠して、ナガヤール王国王家御用の馬車を襲い逃げられたので、国境を越えて再び襲ったのだ。

 ブルデン王国の王家に請われ、向かう途中で2度襲われた。

 ゴルサム達が捕縛した者達を連れて来たら、尋問し何が起きているのか確認する必要がある。

 再び追っ手が現れたら、此の地が戦場になる恐れがある事を理解してマグレン子爵は真っ青になる。

 

 フィには王都ヘリセンに帰ってもらうが、ラルメの街で冒険者を雇ってからだ。

 ブルデン王国大使のザラバン伯爵が、入国の際の手続きや引き継ぎのためにつけた、エイメン男爵や護衛の騎士2人は、此処で尋問しても無意味なのでフィと共に王都に送る。

 重傷を負い無理の出来ない騎士と冒険者は、マグレン子爵に頼み何処かで療養させ、回復してから王都に向かわせる事にする。

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