第120話 逃避行

 キャンプ地を引き払い、エイメン男爵達の傍らを通り過ぎて行くが、誰も見向きもしない。

 

 「待ってくれカイト殿、頼む助けてくれ! 何でもする、知っている事は全て話すから助けて下さい!」

 

 一旦止まって確認する。

 

 「連れて行って黙り込んだら、死ぬより辛い目に合うが良いのか」

 

 「喋ります、何でも言いますから助けて下さい」

 

 エイメン男爵の必死のお願いを聞きいれ、護衛の騎士2人も同調したので、序でに連れていく事にした。

 証人は多いに越したことはない、長居は無用なのでさっさと出発する。

 

 残り4人はエイメン達を、罵詈雑言でお見送りしてくれた。

 

 小柄な冒険者が馬を二人乗りし、エイメン達を空いた馬に乗せるが、手首は鞍に縛り手綱は別の冒険者が握る。

 黙々と国境の町テルンを目指す。

 昨日襲われ逃げた奴等が報告し、追っ手を用意して追撃を始めるには数日掛かる。

 

 総勢66人の武装集団を襲うのに、最低でも100人は居た筈だ。

 それが撃退されたとなると、それ以上の人員が必要になる。

 テルンの町までなら、正規軍の格好で全力で追えるが、国境を越えたらそれは出来ない。

 

 報告を受け追撃隊の準備に1日此処まで1日、その間俺達はナガヤール王国に向けて逃げているから3日の余裕がある。

 俺なら国境までに追いつき、迎えの護衛部隊を装って近づきバッサリだが、まずブルデン国内では追いつけないだろう。

 

 となれば見掛けだけでも、又盗賊野党の類か冒険者にでも見せ掛ける準備が必要になり、余計に時間を取られる。

 勝負はテルンから、ナガヤール王国側の安全地帯に着くまでだ。

 テルンから危険地帯を抜けるまでに、4日半掛かるので、追いつかれたら迎撃戦になる。

 現在の戦力では心許ない。

 

 テルンの町に着いた時に、国境の警備兵達が不思議そうに見ていたが、無視して通過する。

 エイメン達の事を尋ねられたが、誰も返事をせずさっさとナガヤール王国側に入る。

 

 テルンを含むナヤール地方の領主、マグレン子爵の住む領都ラルメの街に、冒険者10人とシャーラを先行させる事にした。

 シャーラの持つ王家の通行証を使い、強制的にでも応援を呼ぶ必要がある。

 ぐずるシャーラに、フィと俺の安全はシャーラに掛かっている、絶対にマグレン子爵の応援を連れて来いと命令する。

 

 詳細はフィが手紙に認めて持たせる。

 その間に馬2頭を購入し冒険者の一人に馬車の御者を頼む、俺じゃお馬さんが言うことを聞かないから。

 ほんの2時間程で、テルンの町を後にしラルメの街を目指して出発する。

 

 「カイト、どれくらいで追いつかれると思う」

 

 「テルンとラルメの中間から先だね、追っ手がテルンに着いたとき、俺達が先を急いだと知られる。正規軍で追跡出来るのもラルメの街までだ、だからナガヤール側に入ったら鎧等は脱ぎ捨て、身軽になって追いかけてくるさ。特にエイメン達3人に生きて証言されると不味いからね」

 

 「それなら、少しでも先に進みましょう」

 

 「この人数だから、無理はしない方がいいよ」

 

 グリンが上空で周囲を見張り、野獣の接近を阻止してくれている。

 追いつかれた時の対処方を考えていて、名案が浮かぶ。

 グリンなくしては出来ないが、効果的に追撃者の数を減らせる。

 

 3日目の夕方に、グリンが後ろから沢山の馬に乗った人族達が来ると教えてくれた。

 未だ姿が見えないから、明日の夜明けと共に鬼ごっこが始まりそうだ。

 明日は目に物見せてやると、一人ほくそ笑む。

 

 「カイト気持ち悪い笑いをしているわよ、何を企んでいるの」

 

 「明日のお楽しみってところかな。明日の逃げかたを教えておくよ」


 グリンの事は伏せて、追跡者に追いつかれた時の対処法を話す。

 

 「それで逃げきれるの」

 

 「任せて、秘策があるから」

 

 暗い内から出発準備をし、空が白み始める頃にはラルメに向かって駆け出していた。

 最後尾に位置する俺達の馬車の後席から、追いかけて来る馬蹄の砂煙が見える。

 

 《カイト、未だ?》

 

 《もう少し待ってね》

 

 せめて馬の姿が見え出すまでは、手出しはしない。

 フィが不安気だが、グリンが手伝ってくれるので負ける気はしない。

 冒険者や兵士達が不安なのか、時々振り返って見ている。

 その振り返る間隔が短くなってきたので焦らせないために早めに陣を組む事にした。

 

 街道の左右は適度な荒れ地で、騎馬での攻撃は無理そうだ。

 一度馬車を止め、下りると土管の防御陣を造り10メートル程持ち上げる。

 フィ達が前進し目測100メートル辺りに、防御陣を造り始める。

 

 フィには俺に向かってコの字にキャンプハウスを並べ、馬をその中に収容すること。

 冒険者も兵士もキャンプハウスの上で、土魔法で作った盾を持ち魔法攻撃から身を守る事を優先し、隙をみて反撃しろと言ってある。

 砂塵の中に馬の姿が見えてきた。

 

 《グリン、そろそろ頼むよ》

 

 《ん、任せて》

 

 * * * * * * * *

 

 グリンは追って来る騎馬隊の最後尾に位置すると、テニスボール大のストーンバレットを、馬の太股に打ち込む。

 疾走していていきなり太股に衝撃を受け、驚いた馬が失速する。

 騎手は馬を鞭打ち遅れまいとするが、太股に衝撃を受けて足が痺れた馬は走ろうとしない。

 

 次々と後続の馬から失速し、集団から脱落していく。

 一度止まった馬は、足が痛いので動こうとしない。

 後続の馬が次々と脱落していくのに気づいた時には、点々と40頭以上が止まっていた。

 引き返して理由を確かめに行くのは論外だ、追う獲物の姿が見えているのだ。

 前進する間にも次々と馬が走るのを止めていく。

 

 追跡者達の前方に、太い柱の様な物がある。

 

 《有り難うグリン、暫くいいよ》

 

 《ん、判った》

 

 * * * * * * * *

 

 騎馬の集団が近づき馬蹄の響きに武者震いがする。

 映画ならさしずめ、ワルキューレの騎行か海賊のテーマ曲が鳴り響くところだな。

 益体も無い事を考えて緊張を解す、こんな戦いは初めてだ。

 推定40メートルラインを越えたので、ストーンバレットのショットガンを高めに打ち出す。

 騎馬群の頭上を飛び越えた辺りで、ショットガンの飛行進路を下向きに曲げる。

 食らえ! カイトちゃんの奥義だ。

 2度3度続けると明らかに後続の中段あたりが遅れ出している。

 痛いじゃ済まないだろうな、テニスボール大の石が飛んできたのだから。

 

 先頭は俺の土管の横をすり抜けていく。

 10メートル近い高さの、土管の壁に守られた俺を相手にする不利は理解しているようだ。

 でも残念ながら俺は優しくないからね。

 フィ達が陣取る方を気にしているが、後ろから柔らかバレットを打ち込み馬から叩き落とす。

 

 俺の射程外に出た騎馬の男たちの後頭部に、グリンが柔らかバレットを打ち込む。

 空を飛び姿が見えないグリンの攻撃に、次々と馬から落ちる男達が哀れになる。

 

 俺の射程外に出たら、フィからも強烈なファイアーボールが飛んでくる。

 魔法攻撃をしている者もいるが、フィの攻撃に比べれば、ヘロヘロの火の玉が飛んでいるだけだった。

 冒険者達が構える盾に当たって簡単に砕け散る。

 

 フィの火魔法は射程70メートル、俺の土魔法の射程40メートル、俺とフィの間約100メートルでは逃げ場が無い。

 足場の悪い街道横の荒れ地に、無理矢理馬を乗り入れて逃げ出す男達を、土管の上から眺めている。

 

 殺さない様に優しく攻撃したので、死人はいないが逃げるには大勢の仲間を見捨てて行く事になる。

 落馬し怪我をして逃げられない者多数、馬も足の打撲のためにまともに歩けない。

 多分筋肉を痛めていて、当分まともに歩けないだろう。

 シャーラが戻って来れば、大量の捕虜確保って算段だ。

 

 * * * * * * * *

 

 初めてカイトに強く命令され、冒険者10人を引き連れ必死に領主マグレン子爵の居るラメルの街を目指した。

 危険地帯を抜けるのに4日半、そこからラメルの街まで丸1日の距離だ。

 4日半の間は替えの馬はいない、馬を乗り潰さない様に気を使いながら速歩で進む。

 3日目の夕方には危険地帯を抜け、小さな村にたどり着いたので、すぐに村の世話役の家に向かう。

 

 馬を望んだが痩せた農耕馬しかいない、苛立つシャーラを冒険者達が宥め、一晩馬共々休み疲れを取る事にした。

 翌日早朝村を出てひたすらラメルを目指し、昼も遅くにラメルに到着した。

 貴族専用通路を通り、マグレン子爵邸の場所を聞こうとしたが門衛に止められた。

 冒険者11人が貴族専用通路を通る事を咎める。

 

 ハマワール侯爵様の通行証を示し、再度マグレン子爵邸の場所を問う。 

 

 「先日、王家治癒魔法師のハマワール子爵様がブルデン王国に向かわれたが、緊急事態のためにマグレン子爵様宛の書簡を預かってきた。一刻を争う事態なのだ、マグレン子爵様の館の場所は何処だ」

 

 シャーラのきつい口調に恐れ、しどろもどろに言い訳を始める門衛を無視して、責任者を呼ばせる。

 のんびりやってきた責任者の男に、マグレン子爵邸までの案内を要求するが、小娘相手と侮り対応が遅い。

 

 「四の五の言わず案内しろ! 出来ないなら後でお前達を解雇するように、マグレン子爵に進言させてもらうぞ!」

 

 これでやっと不味いと思ったのか責任者が兵士を呼び子爵邸までの案内を命じた。

 兵士は当然マグレン子爵邸の通用門に案内する。

 通用門を通され出入り業者の待合室で待たされる。

 シャーラの苛々は爆発寸前だ。

 冒険者達は貴族のこんな対応にはなれているが、緊急事態と言っているのにこの対応、シャーラは我慢ならなかった。

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