第7話 子爵邸から帰れない

 ストーンランスを撃ち出す寸前にボスの顔が上がり、こちらを見るとジャンプして身を翻す。

 空中のボスを狙って連続してストーンランスを叩き込み、地に落ち不規則に跳ねる身体に又連続して叩き込んだ。

 

 手応えはあったが確信は無い、檻に顔をつけ目を凝らすが見えない。

 6連発を2回撃ったので、もし生きていたら反撃の連射は後1回が限度だ。

 ライトを浮かべボスの方に近付けるが、頼りない光と多数の死骸が重なりあって良く分からない。

 俺の意図を察した騎士達がライトを浮かべ、倒れた死骸に向けて飛ばす。

 

 「多分あれがボスだ、一際大きい奴が倒れている。良くやった坊主」

 

 騎士達は声もなく死骸の方向を見ていた。

 遅い月が登り始め、皆黙って月の光が地を這い死骸に届くのを見ている。

 

 突如狼の遠吠えが始まり、次々と遠吠えが重なり数十頭の大合唱が唐突に消えた。

 狼達の気配が消えていく。

 

 「群れが去って行きます・・・ボスは死んだと思います」

 

 溜息が漏れる、生き延びたな。

 皆黙って俺を見ている。

 

 「本当か、間違い無いか?」

 

 「ええ、狼達の気配が消えました。万が一って事も在りますから、朝まで此処に篭ってましょう」

 

 漸く月が中天にかかり、折り重なって倒れているブラックウルフを照らす。

 

 「良く見えない筈だよな、ブラックウルフだもん」

 

 俺の独り言を聞いてオルランさんが噴きだし、大笑いを始め騎士達も次々に腹を抱えて笑っている。

 

 後ろから優しい手に肩を抱かれ、耳元に甘い声が聞こえる。

 

 「有り難う。貴方が居なければ皆死んでいたわ、この事は父に報告し必ず満足のいくお礼をするわ」

 

 そう囁いて離れていった。

 

 「坊主、名前を聞いていなかったな」

 

 「カイトです」

 

 「冒険者登録はしているのか」

 

 「15才なので未だなんです。来年の7月にならないと登録出来ないので」

 

 「15才か、それでこの魔法は大したものだな」

 

 「魔力高が40しか無いんですよ。だから魔法を授かってこの三ヶ月、必死で練習をしました。だけど直ぐに魔力切れを起こすので、身を守るのに使い残りの魔力を使って攻撃してます」

 

 早い日の出と共に、街からの迎えが来た。

 如何にも貴族の乗り物って雰囲気たっぷりの馬車に、20名以上の騎士を従えその背後に街の冒険者達が馬に乗って付いてきている。

 

 檻を壊すと、皆が迎えの馬車に向かう。

 俺は残って冒険者達が来るのを待っていると、お嬢様から来なさいと言われた。

 

 「倒したブラックウルフの、始末をしなきゃならないんですけど」

 

 「それは全てお前の物だ。ギルドに伝えておくから一緒に来てくれ」

 

 オルランさんにそう言われて逃げ道が無くなった。

 

 「カイト、馬車に乗りなさい。父に会って貰いお礼をしなきゃね」

 

 うわー・・・最悪の展開になりそうだよ。

 馬車の車輪に襲われてからというもの、不幸の玉突き衝突みたいだ。

 やっぱりギル達に関わったのが運の尽きみたい、あの糞野郎め!

 ポーションを飲んで青い顔したメイド達とお嬢様に囲まれ、居心地の悪い思いで座ると馬車が動き出す。

 

 「カイト、親御さんは何処に」


 「親父が居ますが飲んだくれてます。三年前から自分の飯は自分で稼いでますし、授けの儀以後は家に帰っていませんので放っておいて下さい。関わると碌な事にしかなりませんから」

 

 憂鬱な思いを胸に、俺を乗せた馬車は街の門を素通りして、街中を抜け御領主様の館に入っていく。

 正面玄関に横付けだよ、ビビルぜ。

 御者席にいた一人が踏み台を出して扉を開ける。

 これぞ執事って出で立ちのオッサンが慇懃に頭を下げ、お嬢様を出迎える。

 メイドに続いて馬車を降りると、不審な目付きで見られる。

 

 「お嬢様、彼は?」

 

 「彼カイトは命の恩人よ、彼が居なければ皆死んでいたでしょう。粗略な扱いは許しませんよ」

 

 居並ぶメイドや執事の、余り好意的でない視線に迎えられ玄関ホールに入る。

 お嬢様は俺を客間に案内するよう命じると、着替えて子爵様に報告して来ると言って消えた。

 

 居心地悪~い。

 凝った作りのソファーとテーブルの上には、お高そうな茶器から湯気が上がる。

 壁際にメイドがにこりともせず控えていて、薄汚れた冒険者紛いの格好をした子供の居る場所じゃないよな。

 待たされて空き腹が飯を要求して泣きわめく、メイドが横を向いて笑ってるよ。

 

 扉が開き教会で声を掛けてきたおっさんが部屋に入り扉を支える、続けて身なりの良いおっさんとお嬢様が入ってきた。

 ソファーから立ち上がり、子爵様とお嬢様が座るのを待つ。

 

 「無礼者! 跪け! シャルダ・ハマワール子爵閣下と御令嬢フィエーン・ハマワール様である」

 

 うわーと思ったが逆らえば首が飛ぶ世界だ、慌てて膝をつく。

 思わず土下座しそうだったよ。

 

 「良い、娘の命の恩人を跪かせては申し訳ない。カイトだったな立ってくれ」

 

 「申し訳ありません子爵閣下、礼儀を知らぬ無知な者ですから」

 

 「良いよい気にするな。此度は娘と騎士達の命を救ってくれて感謝している」

 

 そう言って頭を下げたよ子爵様、貴族にしては珍しいな。

 

 「いえ成り行きでお助けする事になりましたが、私もブラックウルフを相当数倒して稼がせて貰いました。お礼には及びません」

 

 「いやそれで帰しては領主としての面目が立たないのだ。亡くなった騎士達や御者の片付けが終わったら、改めて礼をしたいが何か望みの物は無いか」

 

 これ幸い、言うだけ言ってみよう。

 

 「それなら一つだけあります。授けの儀で私は、土魔法と空間収納に転移魔法を授かりました。然し魔力高は40です。神父様にお礼を言って帰るときに、そこにおられるお方から三月後に、御当家の使用人出入口に参上して名乗れと仰せつかりました。その際使い物になる様なら、貴族様が召し抱えて使わすと申されました。これを御辞退させて貰えれば御礼はいりません」

 

 「ふむ、お前はそんな事をしているのか」

 

 オッサン顔色がどす黒くなったと思ったら、冷や汗垂らして青色に変色したよ。

 

 「オルランを呼べ」

 

 メイドに命じてオルランさんを呼びに行かせた。

 何か深刻な事態になってますが俺は何時帰れるのかな、腹減ったなと思ったら〈キュークルル〉ってお腹が鳴ったよ。

 お嬢様が噴き出しかけて止めたので、むせ返ってますがな。

 

 タイミング良くオルランさん登場。

 

 「ザマヤに聞きたい事が在るので、執務室で待たせて置け。失礼したカイト君食事にしよう」

 

 食堂に連れて行かれて朝食を振る舞われたが、緊張した食事は胃に悪い。

 と思いつつも腹一杯食べたけどね。

 食後のお茶を飲み終わるとザマヤの事を詳しく聞きたいと言われて、子爵様の執務室に連行された。

 帰りたいのに帰れない俺って、不幸のどん底だわ。

 

 執務室に入ると、一角にザマヤのオッサンが立ち両横に騎士が控えている。

 体のよい軟禁だぞそれって、言わないけど。


 「教会でザマヤ様に言われた事は、先ほど伝えた通りです。神父様や当日教会に居た人達に聞いて貰えれば、嘘偽り無い事が証明されます」と伝えて終わり。

 

 ザマヤのオッサン途中でいやそれはとか、その様なつもりでは無くとかモゴモゴ言っていたが、子爵様激オコですわ。

 どうも話の流れから、子爵様の権威を利用して人材を他に斡旋していた様で、時には奴隷に落としていたようだ。

 

 危っぶねー・・・転移魔法の練習をしておいて良かったよ。

 いざとなったらトンズラするからな。

 ザマヤのオッサンは何処かに連れて行かれて話は終わり、帰らせて貰おうとしたけど帰れない。

 

 「カイト君、君の倒したブラックウルフの討伐代金は、此処に持って来る様にギルドに伝えて在るので、ゆっくりしていってくれ」

 

 「はぁ~」

 

 「そう嫌そうな顔をするな。無理に召し抱えたりはしないから」

 

 そんな話をしているところに、又もや新たな登場人物が現れた。

 良い身なりに顔立ちは子爵様に激似、紛うことなき御曹子様である。

 立ち上がろうとしたが手で制されて腰を落とす。

 

 「カイト君だね。父の使いでギルドに行ってきたがブラックウルフ21頭の討伐見事だね」

 

 「ほう、そんなにか」

 

 「オルランにも聞きましたが一撃必殺、群れのリーダーは2度の連射で仕留めたと聞きました。群れのウルフの二回り大きい固体で、4発が躯を撃ち抜いていました。ギルドの職員も驚いていたよ」

 

 「何か話が大きくなってませんか。面倒事の予感しかしないんですが。えーと」

 

 「失礼、私はシャルダ・ハマワールの嫡男ヒャルダ・ハマワールだ宜しく頼む」

 

 宜しく頼むと言われてもどうしろと、と思っていると顔に出たのかニヤリと笑われた。

 

 「貴族に対する礼儀は、私達には必要無いからな」

 

 子爵様直々のお言葉ですけど、周囲に煩いのが必ずいるはずですよザマヤのおっさんみたいなのが。

 他人の地位を利用して、自分の立場を確保する奴がね。

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