第6話 子爵令嬢

 「御者を知らないか」

 

 「そこで亡くなってますよ」

 

 叢を指差すと頷き、叢を掻き分けて行き遺体を引き摺り出し路肩に寝かせた。

 

 「オルラン、大丈夫でしたか」

 

 「はっお嬢様をお守り出来ず、申し訳ありません」

 

 跪いて応える騎士って、格好いいー。

 て阿呆な事を考えながら振り向けば、これが貴族令嬢だってお姿の麗人が立っていた。

 髪は乱れているが立ち姿も美しい、見惚れていると怒声が飛んできた。

 

 「無礼者!何をジロジロ見ている。シャルダ・ハマワール子爵御令嬢フィエーン様だ跪け!」

 

 渋々跪く、危ない危ない下手をすりゃ手打ちになるよ。

 

 「止めなさい。助けて貰って礼も言わずに叱責とは、ハマワール家の恥です。助けて呉れて有り難う。立って下さい」

 

 「あー別に宜しいです。立てばお顔を見る事に為りますから又怒られます。出来ればこのまま帰らせて貰えませんか」

 

 「あら、この近くにはエグドラの街しか無いはずよ」

 

 「はい、エグドラの住人です。御領主様のお嬢様とは知らずに御無礼しました」

 

 「坊主すまんが迎えが来るまで居てくれないか、護衛がこれだけの数では心許ない。又ブラックウルフの群れに襲われたら、お嬢様を守りきる自信がない」

 

 「少し手遅れの様です」

 

 立ち上がって気配のする方向を見ると、さっき逃げ出した狼の群れより数が多い。

 これが本隊だろう。

 これだけの護衛じゃ無理だな、仕方がない俺も死にたくないし。

 

 「オルランさん、馬車の側に全員集めて下さい、早く!」

 

 馬車の底板の側に皆を集めると、土魔法で杭を立てていく。

 一本3センチの太さで間は10センチ、上部は倒れた馬車を使って塞ぎ鳥籠の半分の様な檻を造った。

 

 「オルランさん、もう余り魔力が有りません、全て使って強化しますから後は宜しく」

 

 そう伝えて造った檻に残りの魔力を流し込むと、目の前が揺れてブラックアウト。

 

 * * * * * * * *

 

 「おい坊主、坊主」

 

 「これ・・・持ちますかね」

 

 「今はこれしか頼る物が無い、持つ事を祈れ」

 

 〈ガキーン〉

 

 一人が柵の横桟に剣を叩き込んだが、剣の刃が欠けただけだった。

 

 「意外に頑丈だぞ、これなら街から迎えが来るまで持ち堪えられるだろう」

 

 ブラックウルフの群れは悠然と近付いて来ると、いきなり柵に突っ込んできたが柵は持ち堪えた。

 

 「突き刺せ!」

 

 我先に餌に群がる様に、檻に噛み付き突撃して来るブラックウルフ。

 剣を振る余地は無い。

 檻の隙間から剣を突き立てるだけだ、暫くすると狼も檻が頑丈なのを理解し、逃げられないと思っているのか倒れた馬車を取り囲んで悠然としている。

 

 「でかい群れを率いるボスは、頭がいい様だな」

 

 「我々が逃げられないと分かっているんだろう」

 

 「陽が落ちる迄に迎えは来るのかな」

 

 「無理だろうな、ポーションを持って数騎が来ているだろうが、危険を知らせる術が無い。彼等が襲われない事を祈ろう」

 

 「お嬢様の迎えも、10騎や20騎ではこの群れを跳ね返す力は無いだろう。見える範囲内だけでも30頭以上はいるぞ、馬車の陰で見えない奴を含めたら・・・」

 

 「オルランこの少年が目覚めたらなんとか為りませんか」

 

 「解りません。私が駆けつけたときには7~8頭が倒れているのを見ましたが、それとこの檻を造って気を失ったところを見ると、魔力は低そうですね」

 

 「でもこれほどの物を造れるのに、魔力が低いとは残念ね」

 

 「仲間が見当たらないし成人前後でしょうから、多分一人で薬草採取をしていたのだと思います。ブラックウルフ7~8頭倒し、これを造れれば一人でも遣っていけると思います。それにこの群れの接近をいち早く気がつきましたから」

 

 * * * * * * * *


 一行を取り囲んだブラックウルフの群れは、時たま1~2頭が檻に近付くが威嚇だけで離れていき悠然と寝転んでいる。

 陽が傾き今日の迎えを諦めかけた、時カイトが目覚めた。

 良い匂いがすると鼻をヒクヒクさせて目を開けると、隣にお嬢様が座って覗き込んでいた。

 

 「あー ・・・ 未だ生きてるって事は、檻は持ち堪えたんですね」

 

 「ええ、貴方のお陰で2度も助けられたわ」

 

 「でも、未だ助かった訳ではなさそうですね」

 

 「坊主、何か手だては無いか」

 

 「群れのボスは居ますか」

 

 「いるぞ、正面少し左に喉が白い奴が居るだろ。多分あいつがこの群れのボスだと思うな」

 

 「ちょっと遠いですねぇ」

 

 40メートル以上50メートル未満ってところかな、周囲に目印が無いので正確な距離が分からない。

 1頭や2頭なら無理をすれば倒せるが、群れだからそれは無駄な事だろう。 それに俺の能力を知られるのは不味い。

 群れを見ながら考えていると、2頭の狼が近付いて来るとその後ろをもう1頭がついて来た。

 

 「舐められてますね」

 

 「ああ時々ああやって近付いて来ては挑発されてるよ。情けない事にね」

 

 近付いて来た2頭の胸をストーンランスで撃ち抜き、途中迄着いて来ていた奴の胸も撃ち抜いた。

 

 〈オオー〉〈スッゲー〉〈ハッハ〉とか騒いでいるが、ボスと思しき奴を観察する。

 そいつは3頭が倒れるとヒョイと首を上げて、じっと此方を見ている。

 

 「あいつは頭が良さそうですね」

 

 間抜けで好奇心旺盛な奴は何処にでもいる。

 狼も例外ではないと昔見たテレビかYouTubeで言っていた記憶が、かなり好奇心が強いとも言ってなかったかな。

 別な奴がノコノコ出てきて死んだ仲間を嗅ぎ回っているが、何もせず見ていると又近付いて来る奴がいる。

 

 「どうした、撃たないのか?」

 

 「静かに、俺を見ないで下さい。それと奴から見えないように下がりますから、ゆっくりと入れ代わって下さい。誰が撃っているのか見られている様です。オルランさん、俺は10発以上は撃った事が無いんですよ、魔力の半分程使いますから、残った魔力は身を守る為に残しています。今回はそうも言っていられないので20頭迄は倒せると思いますが、後は宜しく」

 

 「お前さんが目覚める迄持ち堪えられる様に、夢の中で祈っていてくれ」

 

 時々護衛の騎士が立ち上がり場所を入れ替えていき、騎士と騎士の間から撃てる位置に着いた。

 死んだ仲間をしきりに嗅ぎ回っている3頭と、近くにいる4頭を狙う。

 先ず周囲の3頭と臭いを嗅いでいる2頭を連続して撃った、素早く場所を変え残りの2頭を撃つが1頭に逃げられた。

 

 ボスが立ち上がり遠吠えを始めると、群れが周囲を走り檻や馬車に体当たりをしてくる。

 檻は大丈夫だろう問題は馬車だ〈バッキン〉とか〈メリッ〉〈ガリガリ〉と聞こえてくるから長くは持ちそうに無い。

 馬車の天井から中に入ったが狭いため突撃出来ず、狼が馬車の床を引っ掻いているのだろう。

 

 敵の位置を知る為にも覗き穴は必要だよな〈ガリガリガリ〉音の響きを確かめて、引っ掻いていると思われる位置にストーンランスを撃ち込む。

 〈ギャン〉と聞こえてジタバタする音がする。

 今ならと覗くと、天井部分が半分壊され倒れて悲鳴を上げる1頭ともう1頭が馬車の中にいる。

 それ以上は中に入れない状態なので、外でウロウロしている狼たち。

 

 檻を造るより侵入出来ない様にすれば良いと考え、地面から馬車の天井部に向け斜めに刺を生やす事にした。

 大小20数本の刺を生やすと突撃が止んだ。

 途中悲鳴が聞こえたが、刺に突っ込んで突き刺さった奴だろう。

 穴から覗くと、刺に引っ掛かって藻掻いているのが2頭いる、刺に釣り針の様な返しが付いているから逃げられなくなった奴だ。

 

 「何をした?」

 

 覗き穴の場所を譲り指差す、又静かになっていた。

 

 「考えたな」

 

 「檻を造れれば良いのですが碌に見ずに遣れませんので、取り合えず突っ込まれなければ良いかなと。もう余り魔力が有りませんから少し休みます」

 

 ズルズルと座り込み目を閉じると寝てしまっていた。

 次に目覚めた時には辺りはすっかり夕暮れの様相で、迎えは来てない様だった。

 横になったまま状況を尋ねると膠着状態のままだそうだ。

 檻を背に座る騎士の間から覗くと、周辺に屯する狼のシルエットが見える。

 

 腹の虫が空腹を訴えて鳴き始める、どんな時でも腹は減るが収納から備蓄のパンを出す訳にはいかない。

 生活魔法のウォーターで空腹をしのぐ

 長い夏の陽も暮れて暗闇が辺りを支配する頃に、異様な雰囲気を感じたが誰も気付いていない。

 ゆっくりと、まるでスローモーション映像の様にそろりそろりと起き上がり騎士の間から外を覗く。

 俺の異様な行動に誰も声を上げず、何かが起きていると察して俺を見ている。

 

 異様な気配の元は、昼に撃ち倒した9頭の狼の傍らに一際大きな狼が佇んでいた。

 音を立て無いようにゆっくりと膝立ちになり、ボスらしき狼に狙いを定める。

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