第49話 王立図書館

 王立図書館は貴族街の外れに在り、伯爵クラスの館をそのまま流用した雰囲気であった。

 建物の1,2階は貴族や豪商達のサロンになっていて、図書館は2階の一部と3階で、書籍の殆どは地下の蔵書庫から指定された書物を係の者が探して持って来る。

 王立図書館と銘打っているが、実質は社交サロンで貴族やそのご夫人達と豪商が屯していた。

 

 ヒャルの馬車で館に入る時も衛兵が守る横を通り、馬車の停車場には豪華な馬車がずらりと並んでいた。

 俺やシャーラは完全な部外者であるのは、彼等の視線から理解出来た。

 

 「ヒャルこれって本当に王立図書館なの、貴族や豪商以外は立ち入れないね」

 

 「まぁ本を必要とする者が、貴族や豪商が殆どだからな。貴族の子弟が通う貴族学院や豪商達の子弟が通う学園には、それに必要な書物を集めていて此処には来ないよ。此処は貴族や豪商達の情報交換と取引の場で在り、噂の発信源だな。極少数の者だけが本を必要として、図書閲覧室を利用しているのが現状かな」

 

 「それで玄関ホールの横の、護衛や従者の控えの間があんなに大きいのか」

 

 「良く見ているな」

 

 「イヤイヤ、ヒャルは見られていないけど、俺とシャーラには値踏みするような視線がねっとりと絡み付いてきていたからな」

 

 2階の閲覧室に入るとお茶と共に図書目録を渡されたが、勿論四つ折のクロスが置かれている。

 此処はお一人様金貨3枚だとさ、吹きだしそうになった。

 ヒャル曰く維持管理費用になるそうで、断じて入館料では無いので支払わなくても良い。

 良いが・・・後は推して知るべしってか、怖いねー貴族社会っていうかこの世界は。

 

 シャーラは目をパチクリさせているが、何も聞くな用が済んだらこんな所には二度と足を踏み入れないからと言っておく。

 ヒャルが苦笑いをしているが、微かに頷いている。

 お茶を飲みながら目録を見て、薬草関連と野獣関連書籍をリクエストする。

 

 シャーラには、昨日見せた薬草香木図鑑薬草全図香辛料図鑑と、此処にある図鑑を見比べて適当に覚えておけと言っておく。

 俺は森に居る怖い奴等をチェックする事にした。

 

 先程の男がワゴンに数十冊の本を乗せてやって来たが、後ろに貴族で御座いますって面の奴が3人付いてきている。

 少し離れて俺達をジロジロ見て、品定めをしているのかぼそぼそとやり取りしている。

 無視して置かれた本を手に取る。

 シャーラが不安そうだが、気にせず本をよく見て覚えておけと言い、俺も手にした本を開く。

 

 「ヒャルダ・ハマワール子爵殿、珍しい所にお越しですな」

 

 不快な声に、ヒャルが無表情な顔で相手を見上げる。

 

 「エメード・フルカン殿、なにか御用ですかな」

 

 「此処は貴族や選ばれし者の社交の場だが、ハマワール子爵殿は御存知無い様なので教えにきたのだよ」

 

 「御親切にどうも。然し私は王家がその様な規約を定めたと寡聞にして存じません」

 

 「なに気になさるな。知らぬだろうと思い、教えて差し上げに来たのだよ。薄汚い冒険者を、外に出して貰えないかな」

 

 新手が登場って、護衛まで連れて来たよ。

 お貴族様四人の護衛達なのだろう十数名が、俺達の座る周囲を取り囲んだ。

 シャーラが腰を浮かしかけるのを止めるが、シャーラの目は戦闘モードになっている。

 

 「薄汚い冒険者とは、私の事でしょうか」

 

 「黙れ! 伯爵たる吾に、直答を許した覚えは無い!」

 

 「フルカン殿、その辺で下がられよ。これ以上は伯爵の地位に疵がつくことになります。貴方達も彼をご存知の様だが、以前姦しく騒ぎ立てた者達の末路を存じていると思うのだが」

 

 「盾しか使えぬ魔法使いが、大口を叩くわ」

 

 「止めろと言っても解らぬ様ですな、貴方達も彼と同じと見なしますが宜しいか、嫌なら即刻此処から立ち去られよ」

 

 ヒャルの冷たい声にたじろぐも、仲間内の見栄からか誰一人動かなかった。

 

 「エメード・フルカン、お前の侮辱を笑って見過ごす訳にはいかない。お前に決闘申し込む。ホーサル・エイメン殿カイラ・テンサキ殿モルカート・ガルハン殿にもだ」

 

 ヒャルの冷たい声に静まりかえる護衛達。

 

 「ハマワール子爵、何も決闘などと大袈裟な」

 「そっそう、そうだ、私は少し用を思い出して」

 「私は何も言って無いぞ知らん! 知らんぞ!」

 

 慌て出す四人の貴族達を見て、思わず苦笑いが出てしまったのは誰のせい。

 

 「今になって逃げ出すつもりかな。先程即刻立ち去れと言ったが、貴殿等が残ったのはフルカン伯爵と同意見だからだろう。私は、侮辱されて引き下がるほど腰抜けでは無い。怖いのなら四人纏めてお相手しますよ」

 

 「私は知らんぞ! ハマワール殿が無体な決闘を要求しているのに付き合う謂われは無い」

 「そうだ、フルカン殿とハマワール殿の確執に我は巻き込まれたのだ」

 「帰らせて貰う、失礼する」

 

 「逃げるのか! 腰抜け!」

 

 「なにぃ、こっこっ、腰抜けだと!」

 

 「群れて私を侮辱したが、決闘となれば逃げ出す者を腰抜けと呼んで悪いか。纏めて四人の相手をしてやろうと言っているのに、逃げるとは腰抜け以下だ!」

 

 「貴殿が好き勝手を言っているが、誰が証人になるのだ貴殿と我等以外誰一人・・・」

 

 「心配するな、俺が証人になってやるよ」

 

 「冒険者の戯言など何の意味も無いわ。薄汚い冒険者を切り捨てろ!」

 

 後ろの奴が殺気と共に抜き打ってきたが、シャーラがショートソードで受け止めた。

 俺は後ろも見ずに、殺気に向けてストーンアローを一発撃ち込む。

 呻き声が聞こえるが誰一人動こうとしない、見ればシャーラに気圧されて身動き出来ない様だ。

 

 「お前もナガヤール王国の貴族なら、これが何か知っているだろう」

 

 炎の輪の中のに交差する剣と吠えるファングウルフの身分証を、彼等に見せる。

 

 「薄汚い冒険者だが、この身分証が何を意味するのかは知っているよな」

 

 「まさか・・・そんな。知らん、儂は何も知らんぞ! 帰らせて貰う」

 

 「お前も貴族を名乗るのなら、決闘を申し込まれて逃げるな! 逃げれば王城へ行って、お前の腰抜け振りを報告してやるよ」

 

 後ろに居る護衛や従者と向かい合うが誰一人動かない、床に転がり呻いている騎士に止めを刺す。

 護衛や従者の顔が引き攣り蒼白になっているが、俺を殺しにきた奴を見逃す気はない。

 フルカンと呼ばれた奴も、決闘を逃れても俺が殺す。

 

 「手向かう気が無いのなら控えの間に戻れ! そこに居るのなら、この男と同じ俺を殺そうとしていると見做すぞ」

 

 全員、綺麗に主人を見捨てて控えの間に消えて行った。


 「場所は何処が宜しいですかね。手っ取り早く此処の庭にしますか、立ち会いの貴族は沢山居るようだし」 

 

 「おっおっおま、お前、ここ殺したな!」

 

 「お前が殺せと命じたから、こいつは死んだんだよ。それより決闘を申し込まれて何を恐れているんだ、薄汚い冒険者でも戦う事くらいは出来るぞ。王国の誉高き貴族が、決闘を恐れて逃げたなどと国王陛下が聞いたらどうなる事やら」

 

 「ハマワール子爵殿、その辺で許してやって貰えないだろうか」

 

 「ホイシー侯爵様、万座の中で侮辱され決闘を申し込んだのですから、無かった事には出来ません。彼等が謝罪し決闘を中止しても、彼等の無様な振る舞いが陛下の耳に届けば、爵位剥奪は免れません。潔く闘えば家は残るでしょう」

 

 「カイト君だったかな、それを仕舞って貰えないか。陛下に報告してハマワール子爵の名誉を保ち、彼等の処分で済ませて貰いたいのだが」

 

 「ハマワール子爵様がそれで納得されるのなら宜しいですよ」

 

 「済まない」

 

 「然し、エメード・フルカンといったな、ハマワール子爵様が許しても、お前を見逃す訳にはいかない。お前は俺を殺せと命じた、そんな奴を見逃す気は無い! 必ずお前は殺す!」

 

 「それは王国を敵に回す事になるぞ、カイト君」

 

 「構いませんよ私は冒険者です。この国に執着はありません。今この場では殺しませんのでご、安心して下さい」

 

 「ハマワール子爵殿、お願い出来ますかな」

 

 「ホイシー侯爵様にお任せします」

 

 「この四人は貴族としては死んだも同然だ、此処で他家を揶揄している者達の良い教訓になるだろう。君達の従者を呼んで、彼を片付けたまえ」

 

 ぎこちなく部屋を出て行き、彼等の騎士や従者がやってきて目も合わさずに遺体を担ぎ出した。

 

 「シャーラ、有り難う」


 「カイト様は、必ず私がお守りします」

 

 「済まないね、つまらぬものに付き合わせてしまった」

 

 「然し、四対一の決闘すら受けられない貴族って、この国は大丈夫なんですかね」

 

 「私も、陛下が貴族の情けなさを嘆いているのがよく分かったよ。ところでカイト、王都では止めてね」

 

 「安心して下さい。不幸な事故で済ましますから」

 

 「見逃す気は無いって」

 

 「俺を殺せと命じた奴を見逃す気はないよ。既に一人死んでいるしね」


 ヒャルに礼を言って静まりかえる王立図書館を後にし、ホテルへ送ってもらう。

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