第34話 背後の敵

 興奮した魔法師団長の説明が続くが、俺は早く帰りたいんだよと心の中で毒づく。

 宰相の応接室に戻ると、ナガラン宰相の補佐官がトレーに乗った一枚のカードを侯爵様に差し出した。

 侯爵様の問い掛けに、ナガラン宰相がハマワール侯爵殿の護衛が持つ必要が有ると言い、俺に渡す様に促す。

 

 金色に輝き真紅の線描で、炎の輪の中に交差する剣と吠えるファングウルフ、王家の紋章が描かれている。

 裏返して魔力を流せと言われて魔力を流すと、冒険者カードと同じ様に線描の似顔絵が浮かび上がる。

 名前と年齢下に土魔法,空間収納,転移魔法、その下に人族6・ドワーフ族2・エルフ族2と魔力高40と表示されている。

 

 カードを見つめる俺の渋い顔を見て、侯爵様が覗き込み唸る。

 

 「宰相閣下、この情報が他に漏れる事は無いでしょうね」

 

 「役目が終われば表の紋章に登録した者の魔力を流せば、全て消える様になっている。誰も知りえる事はない。知られたく無い情報が記載されているなら、その文字の上に魔力を流し撫でると見えなくなるからそうすれば良い」

 

 空間収納と転移魔法の文字の上に、魔力を流しながら指を滑らせる、おっと消えたね流石は魔法だ。

 

 「式典が終わるまでは、ハマワール侯爵殿の護衛として自由に行動して良い。 私と陛下の指示以外に従う必要も無い、又必要なら警備に当たる全ての者に命令出来る。侯爵殿の顔を潰すなよ」

 

 最後は俺に言ったのね、黙って一礼しておく。

 俺がヘマをすれば侯爵家は吹っ飛ぶか、やれやれ責任重大だ。

 カードを仕舞う時に気付いたが、魔力を流した為真紅の王家の紋章が淡く瞬いていた。

 魔法ってハイテクだねぇ、日本にいたらオタク垂涎の的だよ。

 

 それからは警備の配置状況の確認と、当日の行動予定の担当部署と万が一の時の行動指針の全てに目を通した。

 第二王子のヘラルス殿下とも顔を合わせ、護衛の顔ぶれも判ったが護衛騎士の背後に居る一人が気に掛り、侯爵様を通じて配備から外して貰った。

 

 二日後に、監視していた者から不審な動きをしていると連絡が有り、緊張が広がる。

 

 「どうして彼が怪しいと」

 

 「気配ですよ。侯爵様と色々な部署に顔を出しましたが、反発,不満,苛立ち,侮蔑と様々な負の感情と拒否反応を見てきました。彼だけは強い警戒心を見せました。警戒心と攻撃的な眼差しは、私と殿下にのみ向けられていました。とっさの時の事を考えれば、警備部署周辺から外した方が良いと思いました」

 

 「もう一度直接警備する者と、背後で支える者達を調べる必要が有るな」

 

 侯爵様と再度警備部署を見回る序でに、後方で下働きする者達にも侯爵様直轄の警備担当者との触れ込みで巡回した。

 結果王家の馬車や馬の世話をする馬丁と、会場の父兄席警備担当の一人運営係の三人を担当部署から外した。

 

 担当部署を外された者は秘密裏に背後や行動を徹底的に調べられ、先の一人と繋がりが有ると判ったが罪に問えるものではなかった。

 ただ父兄席警備担当だった者は担当を外された直後に姿を消した。

 

 王立学院の入学式まで残り3日となり、警備責任者の会議で侯爵様の後ろに立っていると警備総責任者に問われた。

 

 「カイトといったな、何故判った」

 

 「判った訳ではありません、私に対する強い警戒心と攻撃の意思を感じた者だけです。警護対象の近くに置けないので、担当部署から外しただけです。警戒すべきは、何の感情も持たず攻撃して来る奴です。大物は静かに攻撃の瞬間まで気配を消して、その時を待っているでしょう」

 

 「何を呑気な事を言っとる! お前はそれを防ぐ為に見回っているのだろうが」

 

 「違いますよ、私は侯爵様に雇われた侯爵様の護衛です。王族警護の仕事は請け負っていません、それは貴方達の仕事です」

 

 「侯爵殿、その部外者を連れて出て行って貰えませんか」

 

 「そうは行かんのだよドルド司令官、国王陛下と宰相閣下の許可を貰って警護して貰っているのでね。何故彼を連れて各部署を回り、この会議にも顔を出しているのか教えておくよ。カイト見せてやれ」

 

 水戸黄門の印籠を出すのは、クライマックスの時だろって心の中で突っ込みを入れながら、カードを取り出す。

 王家の紋章が良く見える様にだ。

 警備の司令官以下全員(侯爵を省く)立ち上がったよ、凄い威力だね。

 

 「それは・・・本物か?」

 

 侯爵様が、鼻で笑っている。

 

 「陛下から彼に与えられた物だ、私にでは無く彼にね。つまり必要なら彼が君達の指揮を取る事態になるかも知れないのだ。私も個人的にヘラルス殿下の警護を命じられている、何事も無く式典が終わる事を祈っているよ」

 

 * * * * * * * *

 

 入学の式が始まると、臨席する国王陛下の背後にヒャルとフィの姿が見えた。

 俺は最前列、ヘラルス殿下の隣で学友の様な顔をして座っている。

 学園長の挨拶が終わり、国王陛下が立ち上がり中央の壇上に立った時、ブラックウルフのボスが接近した時に似た感覚に襲われた。

 

 魔法の詠唱が聞こえたので振り向くと、殿下の一つ後ろの席にファイアーボールが浮かんでいた。

 遠くで騒ぐ声が聞こえ、周囲の生徒達は茫然とそれを見ている。

 間に合わない、殿下の襟を掴んで引き寄せ後ろに投げる。

 〈バーン〉魔法の弾ける音と痛みに膝の力が抜けるが、殿下と共に土魔法のドームで包む。

 

 寸前に聞こえたのは悲鳴と怒号、檀上の陛下の方向からの轟音だけだった。

 ドームに包まれた漆黒の闇と静寂の中で、殿下が震えているのが判る。

 未だ12才になったばかりだから無理も無い。

 ライトを点して怪我の確認だが、ヘラルス殿下は打ち身程度の様だ。

 

 俺は左手が上手く動かない、買ってて良かった上級ポーションってね。

 収納から取り出したが蓋が外せない、殿下に開けてくれと頼むが震えていて取り落として2本駄目になる。

 一人でポーションを開け様としたのだが段々力が抜けて行く。

 思考力が麻痺していくが、ドームを叩く音聞こえる。

 〈コンコンコン・・・コンコンコン・・・〉

 フィだ、ドームを開けると怒号と騒音の嵐だが襲撃は終わった感じである。

 

 「カイト酷い怪我、待ってて直ぐに治すわ〈綺麗になーぉれっ〉」

 

 痛みが引いて行くが、血が流れすぎたのか力が入らない。

 

 「フィ,ヒャルと陛下は?」

 

 「無事よ。殿下への攻撃を見たときに、陛下を突き飛ばして伏せたから。そこへ攻撃が来たけれど、ヒャルが即座に氷壁を張り巡らして防いだわ。襲撃者はその場で取り押さえられて終わったわ」

 

 「それじゃ、侯爵様の首も安泰だな」

 

 「陛下と殿下が無事なら、当然そうなるわね」

 

 「ヘラルス殿下、臣下の者達が見てますよ。歯を食いしばってでも立ち上がり、手の一つも振って健在をしめしなさい」

 

 俺の声に目を見開いてマジマジと見ていたが、近衛騎士に囲まれて陛下のもとに向かう殿下が、小さく俺に礼を言って離れた。


 「フィ手を貸して、血が流れすぎた様で力が入らない」

 

 侯爵様が来て陛下のもとに連れて行かれたが、フィに肩を借りてなんとか侯爵様と並んで陛下の前に立つ。

 

 「カイト有り難う。お前のお陰で息子は助かった」

 

 「私は侯爵様の護衛です。新入生の席に、侯爵様が座る訳にもいかないので代理ですよ。礼なら、俺を雇った侯爵様にどうぞ。それと血が流れ過ぎたのか辛いので、下がらせて貰えませんか」

 

 視界がぼやけ気味で、一瞬でも気を抜くと倒れそうだ。

 侯爵様とフィに支えられて、陛下の前から下がる途中で意識が途切れた。

 目が覚めたら二日経っていて、身体に力が入らずにフィやアイサ達の手を借りて体力の回復に努めた。

 

 何時も侯爵邸に泊まるときの部屋より豪華な部屋で、離れた所に有るテーブルの上は、何やら豪華絢爛を絵に描いた様な有様だ。

 アイサの言う事には、国王陛下や王妃さま,ヘラルス殿下からのお見舞いの品々だそうだ。

 

 フィが悲鳴を上げている。

 治癒魔法の使い手と知れ渡り、縁談の申し込みが殺到しているのだそうだ。

 俺の怪我は背中から腰と太股に掛けて酷い有様だった様で、それを衆人環視の中、一言で治したのだ。

 貴族のみ為らず王家からも縁談の申し込みが来ていて、侯爵様も渋い顔である。

 それとは別に、病気治療の申し込みも殺到していて頭が痛いと歎いている。

 

 10月も半ばになり、漸く普通に動ける様に為ったのでホテルに移ろうと考えている時、王家から侯爵様ヒャルとフィそれに俺の四人に呼び出しが来た。

 俺は侯爵様の護衛に雇われたので在って、王家に呼び出される謂われは無い。預かったカードを侯爵様に託してホテルに移動した。

 

 * * * * * * * *

 

 「カイトは来ぬか」

 

 「はい陛下、私の護衛で在って王家に雇われた訳では無い。呼び出される謂われは無いと断られました。お預かりのカードをお返ししてくれと預かっております」

 

 カードは魔力を流して綺麗に消してあった。

 

 「フィエーン・ハマワール嬢、そなた中々の治癒魔法使いであるな」

 

 黙って頭を下げるフィエーンを見て、陛下が続ける。

 

 「ヒャルダ・ハマワール子爵フィエーン・ハマワール嬢シャルダ・ハマワール侯爵この度は大儀であった。褒美に望みの物は有るか」

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