第35話 不満分子

 「陛下、私が治癒魔法が使えると知れ渡り、縁談と治療依頼が殺到しています。生まれたばかりの子から天寿を全うする寸前の方々や、貴族に至る迄引きも切らず困っています。これを、陛下のお力で止めて貰えれば幸です。もう一つ、先の襲撃に際し、カイトがヘラルス殿下の襟を掴んで投げた事を、不敬であるとの声が多数漏れ聞こえます。非常の際に礼儀を守っていては、王子殿下の命は無きものと為りましょう。返せば、礼儀さえ守れば殿下のお命は要らぬとばかりの言動で、カイトを誅せよとの声も上がっています」

 

 「判ったカイトの身の安全は約束しよう。そなたの縁談は・・・王家を通せと言うが良い。予が許さない限り、ハマワール家にその様な話はさせぬから安心するが良いぞ。他に褒美は」

 

 フィエーンが軽く頭を振って一礼する。

 

 「子爵も侯爵も望みの物は無いのか」

 

 「私は氷壁を張っただけですので、褒美を貰う程の事をしていません」

 「私も、肝心なところをカイトに任せ、大怪我を負わせてしまいましたので辞退させて頂きます」

 

 * * * * * * * *

 

 国王陛下にお願いしてから三日目には、あれ程合った縁談の話がピタリと止んだ。

 治療依頼も同様で、フィエーンはやっと落ち着いた生活が出来る様になった。

 エグドラホテルにカイトを尋ねると、ロビーに数人の似つかわしくない男達が屯していた。

 別に客を威嚇している訳ではないが、ホテルを訪れる人を素早く見定めている。

 

 ヒャルダとフィエーンを見ると、軽く会釈を送って来て素知らぬ顔である。

 食堂の一角でカイトが遅い朝食を取っていた。

 

 「カイト、調子はどう」

 

 「やあヒャル,フィ、体力の回復に努めているよ。街の外へ出るには、まだ時間が掛かりそうだけどね。薬草採取をするには心許ないよ。ところで彼等は」

 

 「陛下に会った時に、貴方が殿下の襟を掴んで投げたのが、不敬だと騒ぐ人達がいる事を伝えたの」

 

 「そりゃーまた何とも、礼儀正しく殿下が死ぬのを見ていろと」

 

 「そんな輩の排除に、陛下が差し向けた者達よ」

 

 「もう数名引っ掛かった様だし、騒ぎ立てている奴等の名簿が出来ているって父が言ってたよ」

 

 「然し、ヒャルも陛下の護衛につくのなら、魔法防御付与の物にした方が良いね」

 

 「そうするよ。カイトの怪我も、冒険者用の服なら軽傷で済んだのにな」

 

 「至近距離で魔法が撃たれる寸前だったからね、防御が間に合わなかったよ」

 

 二人が帰ったその夜、ハマワール侯爵が国王陛下の代理としてカイトの元を訪れ、王家からの謝礼を置いていった。

 王家の紋章入りお財布ポーチに、金貨2,000枚と王家発行の通行証だ。

 金色に紫色の王家の紋章入りで、魔力を通すと薄紫に淡く光る紋章、裏は以前と同じなので空間収納と転移魔法の文字を隠す。

 先の水戸黄門の印籠程の威力は無いが、ナガヤール王国内ならフリーパスで貴族達も迂闊に手が出せない優れものだそうだ。

 又それとは別に、侯爵様から護衛の依頼料を貰った。

 依頼以外のヘラルス殿下の護衛もして貰い、命を助けて貰った礼も含めてと金貨1,000枚を貰った。

 収納の肥やしが増え続けると思いながら、陛下や侯爵様からの謝礼を断る訳にもいかないので頭を下げて空間収納に仕舞い込む。

 

 * * * * * * * *

 

 ナガラン宰相より、カイトに対する不満分子達の行動が報告された。

 カイトを誅すべきと、護衛達を引き連れてホテルに出向いた者6名、準備を整え出向こうとした者が3名。

 公の場であからさまにカイトを誹謗した者9名、便乗して煽った者5名。

 カイトを誅すべきと行動を起こしたり準備をしていた者の中に、ジャクセン・ナガヤール元公爵繋がりの関係者が5名がいると。

 

 「その5名の者から始末をするか。王都の館と領地を押さえる準備をしておけ」

 

 国王の命令から10日後、ナガラン宰相はハルバート伯爵を王城に呼び出した。

 従者の案内で宰相の応接室に案内されて暫く待たされる、ノックとともに従者が入って来て陛下の来訪を告げる。

 急いで跪くハルバートの周囲を、近衛騎士達が取り囲み頭上から国王陛下の冷たい声が掛かる。

 

 「エミリオ・ハルバート、ハマワール侯爵の護衛がそれ程に気に入らぬか」

 

 「畏れながら、彼のカイトとか申す者は、事もあろうかヘラルス殿下の襟を掴んで投げ捨てた不届き者です。誅すべき輩に御座います」

 

 「そうか・・・お前は礼儀正しくあれば、ヘラルスが死んでも構わぬと申すのだな」

 

 「陛下、その様に申しているのでは」

 

 「よい、それを聞く必要は無い。お前を呼んだのは他でも無い、ジャクセン・ナガヤールに関する事だ。こう言えば判るだろう」

 

 ハルバート伯爵はヘラルス殿下に対する不敬の事で呼ばれたのでは無いと察した。

 既に左右と後ろには騎士達が控え、自分を見下ろしている。

 

 「エミリオ・ハルバート、既にお前の館は王都の警備隊によって封鎖され捜索を受けている」

 

 ナガラン宰相の冷たい声に、なす術が無いことを知った。

 同じ事が、ナルハン子爵オルカン子爵テイルズ男爵マルチナ男爵の四人にもおきた。

 ハルバート伯爵の直ぐ後に、同様な呼び出しを受けて王城を訪れ捕縛された。

 

 3日後には、残る4人、エマーセン侯爵ハナセン伯爵エミーラ子爵エッケンス子爵が纏めて宰相に呼び出された。

 宰相に続いて部屋に現れた国王陛下を見て、一斉に跪くと4人を取り囲む様に近衛騎士が立つ。

 先の5人の事が噂になっていたので、青い顔になる4人に冷たい陛下の声が問い掛ける。

 

 「お前達は、予やヘラルスの命が助かったのが余程不服らしいな」

 

 「陛下、決してその様な事は御座いません。ただヘラルス殿下に対する行為は余りにも王家を蔑ろにする」

 

 「あの時カイトが、ヘラルスの襟を掴んで投げ飛ばさなければ、ヘラルスは死んでいたぞ。ヘラルスを投げ、位置の入れ代わったカイトに攻撃が当って重傷を負った。彼はフィエーン・ハマワールの治癒魔法で命が助かった。お前達は、何故ヘラルスや予が死ななかったのだと言っているに等しい。予の周囲の者は、お前達が襲撃者を差し向けたか支援者のどちらかではないかと疑っている」

 

 「決して、その様な無法な事を」

 「陛下、何かの間違いです」

 「お許しを、浅慮でした」

 

 「黙れ! お前達には罰として爵位の降格と金貨5,000枚を課し隠居して貰う」

 

 「陛下、私の後継者は未だ25才で領地の経営の経験もなく」

 

 「心配するな予が良き後見人を付けて、立派な臣下に育ててやる」

 

 近衛騎士に引きたてられ、マジックポーチや身分を示す全ての物を剥ぎ取られて、連行される様に館に帰って行った。

 その後家族にも会えず館の一画に住まい、後継者が後を継ぐのは降格後の爵位となる。

 屋敷も近いうちに明け渡し、伯爵や子爵男爵の地位に見合った館に移らされるだろう。

 

 彼等が引き立てられて行き、姿が見えなくなると国王の溜め息が漏れる。

 

 「情けない話だな、ナガラン」

 

 「ですが必要な措置です。膿を出しきれば良き国に戻りましょう」

 

 「そうだな、残りの膿も絞り出すか」

 

 公の場であからさまにカイトを誹謗した者9名、便乗して煽った者5名とその傍らに8名の貴族が、王城の一室に集められた。

 

 陛下の入室に一斉に跪き女性達はカテーシーで迎えるが、ナガラン宰相の冷たい声で糾弾が始まった。

 

 「エリーヤ・コイゲラ伯爵婦人、何故カイトなる護衛が不敬なのか説明して貰いたい」

 

 いきなり詰問調で切り出されてヘドモドしながらも、ヘラルス殿下を投げる等不敬極まりなくと述べ始めたが、国王の声に遮られた。

 

 「その方も、ヘラルスが死ねば良かったと思っている様だな」

 

 「陛下、決してその様な事は御座いません。私はただ」

 

 「エマーセン侯爵達にも申したが、あの時カイトがヘラルスを投げ飛ばさなければヘラルスは死んでいた。現にヘラルスを投げたカイトは、反動でヘラルスのいた場所と入れ替わり、直後に魔法攻撃を受け重傷を負っている。フィエーン・ハマワール嬢の治癒魔法が無くば死んでいた。お前の言葉を疑えば、襲撃者を差し向けた者か襲撃の支持者と言う事になる」

 

 アワアワ声もなく震えているエリーヤ・コイゲラ伯爵婦人の隣、ハマナ・ホイスル男爵婦人にも問い掛けるが返答もせず俯いているだけだった。

 陛下が一人一人に聞いて回るが、浅慮でしたとか申し訳御座いませんとか言うばかりで在った。

 

 「まともな返答も出来ないのか。お前達の言動は許し難いし、婦人の伴侶である者も窘める事すらしていない。それを煽る様に面白おかしく吹聴した者を含め、全員後継者に後を譲り隠居せよ。後継者が育っていないのなら後見人を付けてやる。各々の館の片隅で静かに暮らせ、二度と王国の事に嘴を差し挟むな!」

 

 騒ぎ立てた者達が次々と処分されていくのを見て、あっという間に王都に静寂が戻った。

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