第36話 爵位詐称
11月に王都に住まう貴族や滞在する貴族を集め、謁見の間にてハマワール家三人の報奨が行われた。
「シャルダ・ハマワール侯爵に対し、元ジャクセン・ナガヤール公爵の館と金貨3,000枚を授ける」
「有り難う御座います」
「ヒャルダ・ハマワールに対し、剣一振りと金貨3,000枚を授ける」
「有り難う御座います」
従者によって小さなマットが置かれ、フィエーンは跪く様ナガラン宰相に促される。
国王陛下が跪くフィエーンの肩に宝剣を置く。
「フィエーン・ハマワール嬢を子爵に任ずると共に王家治癒魔法師を命じる。屋敷は侯爵が明け渡す館に住まうが良い。年金貴族として年金貨2,400枚を支給、王家治癒魔法師として年金貨1,200枚をつかわす」
「王家治癒魔法師、謹んでお受けいたします」
「王城に部屋を用意するが、呼び出しの無い時は自由に暮らすが良い」
王城から下がる馬車の中では、ハマワール侯爵の溜め息とヒャルダの呆れた表情、何とも言えない顔のフィエーンがいた。
「まぁ治癒魔法が知られたからいずれこうなるとは思っていたが、子爵として年金貴族の厚遇を受けるとはな」
「父上ハマワール家三人とも貴族になってしまいましたね。社交界が憂鬱だわー」
「暫くは静かだと思うぞ、迂闊に騒ぎ立てると陛下の逆鱗に触れると知ったからな」
* * * * * * * *
シャルダ・ハマワール侯爵の、ジャクセン・ナガヤール元公爵邸への引っ越しは意外と簡単に終わった。
ナガヤール公爵が爵位剥奪幽閉となり、家具調度類が全て残されていたからである。
ヒャルダは子爵を名乗るが侯爵の嫡男の立場上、侯爵邸に住まう事になりフィエーンが一人残される事になった。
フィエーン・ハマワール子爵邸には、カイトが護衛として暫く館に泊まることになった。
困ったのは二家に別れた為に使用人の数が足りなくなり、メイド長のアイサがフィエーンのところに残り第二執事のザガードがフィエーンを支える事になった。
メイドは領地から呼び寄せる者と、王都で新たに雇い入れる者とでザガードが忙しそうだった。
俺は何の役にも立たないので、サロンの片隅でひっそりとお茶を飲んでいる。
「フィ、馬車はどうするの」
「えー・・・どうなっているのかな。ザガードに聞いてみてよ、もうこんなに大変とは思わなかったわー」
ザガードに尋ねたが、フィエーンの子爵としての馬車が無かった。
馬車は俺が用意するので暫く待っていてと告げ、使用人用の馬車で侯爵邸へ送って貰う。
始めて来て勝手が分からないので、見知った顔のメイドを呼び止めヒャルか侯爵様のところに案内してとお願いする。
「どうした、カイト」
「子爵としてのフィの馬車が無いので、何処か馬車を買える所を尋ねにきました。それと紋章はどうするのですか、ハマワール家が三つも出来ちゃったでしょう」
「馬車なら余ってるぞ公爵の紋章を外してフィエーンの・・・紋章か、何か案は有るか」
「交差した剣に雄鹿の周囲を紅い丸で囲めばどうかな、ハマワール家の紋章に火魔法の紅い丸なら一族だと判るし」
「それで良かろうヒャルダのも紋章を決めて無いので」
「ならヒャルは丸一つに交差した剣に雄鹿、フィは紅い二重丸、侯爵様は丸無しって事で」
侯爵様にフィ用の馬車は、公爵家の馬車の中から好きな物を持って行けと言われた。
エフォルに来て貰いフィ用の馬車3台を決め、フィエーンの館に送って貰う。
「フィ紋章だけど侯爵様と相談して、フィの紋章は交差した剣に雄鹿を紅い二重丸で囲む事になったけど、良いかな。因みにヒャルは、一重の丸で侯爵様は今迄通りね」
「えらく分かり易いのね。ハマワール一族って一目で判るわね」
「馬車3台貰って来たので、馬車屋に行って紋章作って貰うよ」
一番小さい馬車で商業ギルドへ行き、紋章を作ってくれる所を聞き出す。
貴族って面倒だよねー。
あれやこれやで帰って来たのは夕暮れ時、正面車回しには一台の馬車が止まっている。
見たことの無い紋章だ(よく知らないけど)ホールに入ると余り感じの良くない護衛騎士達が、崩れた態度で壁にもたれている。
メイドに聞くと口ごもりながら、ナガール・ハイゼン伯爵様だと申される方が無理に押しかけて来て、フィエーン様とザガードが対応しているとの事だった。
サロンに入ろうとすると、ドアの側にいた騎士が立ち塞がる。
「どいてくれないかな」
「小僧、貴族同士の話合いに何の用だ」
「俺はこの館の護衛なんだが、他家を訪問しているにしては礼儀が為ってないな」
「護衛だと、小僧がか」
「お前、貴族のお守りの騎士じゃないな冒険者崩れの用心棒か、そこを退かないと怪我をするぞ」
腰の剣に手を掛けたので、腹に何時もの柔らかバレットを一発喰らわせる。
くの字になって崩れ落ちるのを蹴り飛ばしてドアから除ける。
残り三人が剣を抜きながら近付いて来るので、バレットの三連発で倒してドアを開ける。
「なんだ小僧、邪魔をするな! 出ていけ!」
「フィ、大丈夫かな」
疲れた顔のフィと、ホッとした表情のザガード。
「俺はこの館の主、フィエーン・ハマワール子爵様の護衛なんだよ。ナガール・ハイゼン伯爵とか抜かす屑に用は無い! 馬鹿な用心棒を連れて帰れ!」
40前後と思われる、着崩れした衣服には威厳の欠片も無い。
「小僧口が過ぎるぞ。貴族に対する口の利き方を教えてやる」
こいつも腰の剣に手を掛けたので、腹に一発喰らわせる。
「ザガード、こいつとホールにいる奴等を縛りあげろ!」
「フィ、なんなのこいつ等」
「それが結婚の申し込みだと言って、ザガード達が止めるのを無視して入ってきたの」
「そんな時には、遠慮せずバレットを腹に一発射ち込んでやりなよ。相手が伯爵や侯爵でも、フィには陛下の御達示が有るから罪には問われないよ」
ザガードが四苦八苦して縛っているので手伝ってやる。
困った時の侯爵様だ、ザガードを侯爵邸に行かせ事の顛末を伝えて侯爵様に来てもらう事にした。
* * * * * * * *
侯爵様とヒャルに護衛の騎士達が、ドヤドヤと絵に描いた様な荒々しさでやって来た。
「こいつか、ナガール・ハイゼン伯爵と名乗ったのは」
「ご存知ですか?」
侯爵様が首を捻っている。
「おっお前達、伯爵である俺に無礼を働いた事を後悔させて遣るからな」
おーっとと、足が滑って喚く奴の鼻を蹴り上げてしまった。
ごめーん、テヘペロってね。
「フィエーン、貴族街でこの様な無法を働く輩が居るとは思わず、護衛の人選を後回しにして済まなかった」
「然しこの男、陛下の御達示を聞いて無いのかな」
「ナガール・ハイゼン伯爵とやら、領地は何処だ? 伯爵を名乗るには無様な衣服、まさか伯爵を騙る痴れ者ではあるまいな」
「お前達許さんぞ! 我がハイゼン伯爵家を侮辱した報い 〈ムギャーァァァ〉」
おっとごめーん、又足が滑っちゃったよ。テヘペロってね。
「父上、ハイゼン伯爵とは北の国境沿いが領地で、厭味とプライドだけの、白髭の痩せこけた老人ではありませんか」
「あれか・・・記憶に残らぬ小物だから分からなかったぞ」
「ほまへころう、許ふぁぬそ」
あっとっとっと、テヘペロ良く滑る床だねー・・・鼻は大丈夫かな。
埒が明かないので、護衛の騎士から聞く事にしてドアの前で立ち塞がった奴を、蹴り上げてお話しをする。
何度か聞き直したら(蹴りあげ)、素直に話してくれました。
ナムーラ・ハイゼン伯爵が死去し、葬儀を済ませて王都に当主死去の報告と伯爵位を継ぐ為に王都に出てきた・・・って。
投宿するホテルで、フィエーン・ハマワール子爵の噂を聞きつけた。
宝石箱に溢れる宝石と、数千枚の金貨を国王陛下より貰ったと聞きつけ、子爵ならば嫁にしてやると息巻いてやって来たのだそうだ。
つまり、未だ伯爵位を継承していない屑って事だね。
侯爵様に話すと激怒しちゃったねー、後はしーらね。
奴は、激怒している男が侯爵と知り文字通り震え上がった。
然も、自分は未だ伯爵位を継承していないので、貴族でも何でも無い事を教えられて必死に謝罪している。
まぁこれじゃー、陛下の御達示なんて知らないよなー、関係無いけど罰は受けて貰わねば。
子爵であるフィエーンに対する不敬を理由に、この場で処刑しても誰からも異論は出ないだろう。
然し侯爵様は、ナガラン宰相に引き渡して伯爵位を継承出来なくするだろうな。
ただのおっさんとして放り出されたら、死ぬより辛い事になるし世間の風は冷たいぞ。
護衛達も顔が青ざめているが、護衛です用心棒ですは通らない世界だもんね。
子爵邸に押し入り、無礼を働いた罪は軽くて犯罪奴隷確実って。
伯爵の後継ぎと威張ったおっさんの腰巾着で、好き勝手してきた報いだ震えていろ。
国王陛下も宰相閣下も、こんな貴族ばかりで頭が痛いだろうが、これはばかりはフィの治癒魔法でも治せないな。
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