第73話 自然発酵

 蛇の輪切り肉は直径1メートル程だが、内臓を抜いて肉だけを取り出したら見た目の3分の1くらいしか残らなかった。

 それでも2個分なので、食べる分には十分な量が採れた。

 侯爵様に一つ渡し、残りを時々シャーラと味わっている。

 今日はギルマスも来るので、使用人にも振る舞うつもりだが一人口止めが必要な者がいる。

 

 「ナジル、今日のお肉は蛇さんのお肉だ、食べた事あるだろうけど知らない振りをしていろよ」

 

 ナジル〈ゴクリ〉と喉が鳴ったよ。

 王家と謂えども、臣下に振る舞ったりして大して食べられなかったようだ。

 

 「まさか、あれの討伐者が・・・」

 

 「賢い奴は知らない振りをするものだ。今晩ギルマスが食べに来るから余計な事を喋るなよ」

 

 真剣な顔で頷くナジルを残し、厨房のへミールにギルマスを夕食に誘ったと告げて肉を渡す。

 大振りのステーキを7人前と、狼人のギルマス用に三人前のステーキを別に切り分けてもらう。

 居間に戻るとシャーラがヤーミラと遊んでいる、確か6才くらいだったなニーナとルーナの間くらいの年齢だ。

 妹分に恵まれて幸せそうで何より。

 

 陽が落ちる前に、ギルマスのノーマンさんがいそいそとやって来た。

 居間に招きいれグラスに氷を入れて酒を注ぐ、グラスに氷が当たる音にノーマンさんの喉が鳴る。

 

 「変わった酒の飲み方だな」

 

 「でも美味いですよ」

 

 差し出されたグラスを目の高さに掲げると、グイっと一気飲み。

 

 「ほう冷たくて飲みやすく、喉を通る焼ける様な感覚の後に口の中に酒の旨さが甦るな」

 

 「中々詩的な表現ですが、酔っ払っていては味が半減しますよ。ところでポーションは売れましたか」

 

 「馬鹿を言え、ギルドには初級ポーションしか無いから売れねえよ。薬師ギルドから買って来て与えたさ、手間賃込み1本金貨1枚でな。払えなきゃ借金奴隷だから、必死で稼ぐだろうさ。他人に絡んでる暇は無くなったって事さ」

 

 「お可哀相に」

 

 「然し、お前に絡むとはなぁ。流れて来たから噂を知らないので舐めていたんだな」

 

 「ギルマス、何か引っ掛かるんですけど」

 

 「ああ、ギルやヨドとナイヤの事だよ」

 

 思わず酒を吹き出しそうになったぜ、ギルマス。

 

 「因みに、どんな噂なんですか」

 

 「パンツ一枚で森に放り出した事だよ。パンツ一枚で森をうろついていたナイヤやヨドが、森で出会った冒険者に助けを求めて色々喋ったからな。皆これ幸と、日頃の恨みを晴らしたらしい。心配するなお前は殺してない、奴等はそのうち誰かにやられるとみていたからな。ギルの噂だけ聞かないんだが」


 そう言って俺の顔を見るが、今頃になってその話しか。

 

 「ギルねえ、奴は素手でゴブリンの群れとやり合っていたから、勝てたかどうか」

 

 ノーマンさんが、腹を抱えて笑っているよ。

 

 腹を空かせたノーマンさんのために、少し早めの夕食にした。

 狼人のノーマンさんが、唸りながらお肉を貪る様は迫力満点、皆お肉に没頭していたから気にしてなかったけが普段だったら絶対に怖がられるよ。

 

 皆満足して余韻に浸っている、ノーマンさんは食後に軽く3杯ほどキューとやり御機嫌で帰って行った。

 

 その夜シャーラと話し合い、森の浅いところを巡って果実の残りや木の実を探す事にした。

 

 * * * * * * * *

 

 グリンが樹々の間を軽やかに飛んでいる。

 シャーラが葉の落ちた枝を通して果実や木の実を探す、森に入れば俺はただの付き添いで役立たずとも言う。

 

 森の中ではお喋り厳禁、だがグリンとなら頭の中で会話できるので便利だ。

 然し問題が一つ、頭の中で考えて話していると周囲の観察や気配察知が疎かになる。

 注意力散漫になり、木の根に躓く事3度でグリンとのお話は断念した。

 グリンも俺達が何を探しているのか理解し、小さきものたちに聞いたりして案内してくれる。

 

 ただ有り難迷惑なところがあり、食えない物不味い物と美味い物との区別がつかないグリンと小さきもの達。

 見極めはシャーラにお任せ・・・似た様な題名の音楽が合った記憶が、俺は生鮮食品運搬係に徹している。

 

 今日のお客様はお猿さん、20匹以上の群れで肉食系のイケメン達だ。

 顔が赤と紫の縞模様で、鋭い牙と長い手足の爪は危険極まりないご様子、お名前はシャーラも知らなかった。

 砦に篭ってやり過ごすつもりだったが、そうもいかないらしい。

 

 シャーラの風魔法を試すよい機会だと思ったが、奥義も秘技も教えていないので諦め、思いついた事を口にする。

 

 「シャーラ、風魔法のランスを試してみるか」

 

 「風でランス何て作れるの?」

 

 「魔法はイメージだって」

 

 「だって、風ってこれよね」

 

 掌をひらひらさせて、顔を扇いでいる。

 

 「そうそれが固くてストーンランスと同じ形だと思って魔力を流してみて」

 

 シャーラが何もない目の前を睨み、魔力を流すをの感じて手を差し出す。

 綿菓子に手を突っ込んだ感じで、そこに有るが、雲を掴むって言葉を思い出した。

 実は俺も空気を固くする方法を思いつかない、イメージ力発想力の貧しさを思い知った。

 

 シャーラと顔を見合わせて、お互いに肩を竦める。

 諦めてバレットの高速弾で追い払う事にする。

 

 「シャーラバレットの高速弾で追い払おう。倒すとまた面倒だし、お猿は食べたく無いからな」

 

 〈ウェッ〉ってシャーラのやつ猿を食べるところ想像したな、食い意地がはっているんだから。

 蛇が美味しかったから、猿ももしやと思ったのは黙っていよう。

 

 「シャーラ、同時にやるぞ」

 

 シャーラと俺の覗き穴を大きくして高速バレットを叩き込む。

 〈ギャアー〉〈ブフワ〉〈ブオー〉大混乱になる猿達、8匹にバレットを射ち込むと逃げ出した。

 シャーラの方の猿も逃げ惑っていが、動物愛護団体が見たら抗議にくるかな

 

 阿呆な事を考えていたら、一匹だけ微動だにせず俺達の砦を睨んでいるお猿さん。

 のそりって字幕が付きそうな動きで近づいてくる、ボスを怒らせたかな。

 まるでゴリラの動きだが、闘志満々で近付いて来る。

 

 「シャーラ二人で同時に高速バレットを叩き込むぞ」

 「はいカイト様、任せて下さい」

 

 同時に射ち出したが、俺はソフトボール大のショットガンバレット、シャーラはバスケットボール大の高速バレットを射ち込む。

 ショットガンが当たるも耐えたゴリラ野郎。

 少し遅れて、バスケットボール大の高速バレットを喰らった瞬間、二転三転して大の字に伸びてしまったゴリラ野郎。

 お前なぁ、俺の時に倒れていればそんな事にはならないのに。

 

 えげつない、俺は逃げてくれればよしと手加減したのに〈大き過ぎたかな〉と呟くシャーラ。

 あんなもの喰らったら、ギルマスでも吹っ飛ぶわ。

 ボスが伸びている間に此処を離れる事にして、グリンに野獣のいない方向を教えてもらう。

 

 すっかり葉を落とした樹の梢に、数個の実をシャーラが見つけたが教えられて見てもよく判らない。

 ひょいひょいと登るシャーラの傍らを、グリンがふんわり付き添う。

 降りて来たシャーラが得意そうに見せてくれた物は、楕円形で瓜の実に似た形だが焦げ茶色で如何にも固そう。

 大きさはラグビーボールくらいはあり、一つ手に取ると表面の固さが実感できる。

 然も中に水でも入っているのか、傾けると重心が移動する。

 

 「カイト様、これ母様の大好きだったお酒」

 

 「ヘッ・・・酒?」

 

 「そっ、枝から落ちずに残った実がお酒になるって、母様が言ってた」

 

 叩けばコンコンと硬質な音がするこれが酒ねぇ、シャーラの背負う籠には後3個有る。

 全部で4個だが、上にはもっとあるが焦げ茶色になるまでは大して美味しく無いらしい。

 この色この固さになる頃、美味しいお酒になるんだと自慢そうに言う。

 

 もっと周辺を探したいと言い出したので、キャンプハウスを出して本日の果実探しは終わり。

 お酒と聞けば、味見をするのが礼儀でしょう。

 然し固い! こんなのが落ちてきたら痛いじゃすまないよ、一発昇天確実だ。

 

 こねくり回していると、シャーラが得意そうに実を寄越せと手を差し出す。

 固い実の蔕(ヘタ)に、横からナイフの先を差し込みグイとこじる。

 〈ポン〉と小さな音がして3センチくらいの穴が空いた、手渡され穴に鼻を近付ける。

 プンと鼻を突く香りは、紛うことなく酒だ! 思わず笑みが漏れる。

 コップを出して気付いたが、大きな実に小さな穴では零さずに注ぐのは至難の業だ。

 

 シャーラが手を差し出すので手渡すと、実がすっぽり入る容器を作れと言われる。

 容器を渡してどうするのか見ていると、薬草袋を容器の上に広げそこへ穴を開けた実をひっくり返す。

 キャンプハウス内に広がる酒の香りとオレンジ色の液体、酒には見えない果汁と不純物が薬草袋に濾されてゆく。

 

 容器は以前蜂蜜を入れた、徳用4リットル入り焼酎のボトルをイメージした壺のやつを流用する。

 4個の実から6本の酒が採れた、1個で約6リットルの酒が採れる勘定になる。

 顔がにやけて来るが味見しないとね、これは大人の義務だ。

 辛いけど仕方がない♪。


 少し濃くて薄める必要があるが、自然発酵とは思えない味と鼻に抜ける香りに大満足。

 街で仕入れる、上等な酒とは違った旨さがあるし花の様な香りがする。

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