第174話 激闘

 森の外れに現れたアースドラゴンは、討伐された野獣が積み上げられている場所で悠々とそれに食いついていた。

 防壁の上から、皆が心配そうに遠くのドラゴンを見ている。

 

 「どうだ、倒せそうか」


 「遣らなきゃ領民に被害が出ます。この街を逸れても他の町や村が襲われたら此処より被害は大きくなるでしょう。師匠の教えを守ってきましたが、今日は持てる力の全てを出して倒しにいきます」


 「よくぞ彼に魔法をならったものだな。彼に師事したお前とフィエーンにヘラルス殿下、皆一流の魔法使いに育っている」


 * * * * * * * *


 ドラゴン騒ぎから今日で7日、その間穴を掘りと杭造りに魔力を注ぎ続けて壁も強化してきた、その結果が今日明日には問われる。

 耐えられなければ街は瓦解する事になる。

 ヒャルダは魔法部隊を引き連れて杭の後方に陣取り、迎え撃つ準備を整える。


 「ヒャルダ様来ます」


 「攻撃命令が出るまでは、絶対に撃つな!」


 後ろに控える魔法部隊と、防壁の上に控える冒険者の魔法部隊と石弓隊に大声で指示する。

 壁の上に控える部隊の両脇には、治癒魔法使いと土魔法使い達が陣取る。

 その後ろには見物の冒険者が多数、ドラゴンとの闘いを見逃すものかと詰めかけている。


 積み上げられた野獣を食い尽くし、血の匂いを辿っているのだろう街の出入り口に迷わず近づいてくる。

 杭の20メートル程手前に来たときにドラゴンの躯全体を氷で包むイメージで魔力を送り込む。

 ドラゴンの固い表皮に白く霜が浮かび上がり、陽の光にキラキラと輝いて見える。


 〈おおー、あれを見ろ〉

 〈どうなっているんだ〉

 〈見ろ、ヒャルダ様が何かをしているぞ〉


 ドラゴンは全身に霜を纏いながらも悠然と近づいて来る。

 2度3度と氷で包むイメージで、ドラゴンの躯を真っ白にしていく。

 穴の手前に来た時に、前足の片方だけを集中して凍らせるイメージで魔力を流すと、流石に動きがおかしくなってきた。


 〈おい見ろよ、ドラゴンの動きがおかしくなっているぞ〉

 〈すげえなー〉


 もう片方の足も凍らせようとしたとき、後方から火魔法が飛んできてドラゴンの顔に当たり〈パーン〉と破裂音を響かせる。。

 振り向けば恐怖に駆られた冒険者の一人が撃ったようで、周囲の者に取り押さえられている。

 打ち込まれた火魔法は威力は無いが、その破裂音でドラゴンの目を覚まさせる結果となった。


 〈グギャアーァァァ〉音の暴力とも言えるドラゴンの咆哮に耐えきれず、次々と魔法攻撃が行われる。


 恐慌をおこし必死に魔法を放つ冒険者達、背後に控える魔法部隊も例外ではない。

 溜め息しか出ないが、始まってしまったものは仕方が無い。

 目覚めたドラゴンが前進を開始しするが、前足を穴に落とし前のめりになる。

 すかさず凍らせた前足の反対の後ろ足を凍らせる為に魔力を流し攻撃命令をだす。


 「一斉攻撃だ火魔法,氷魔法,土魔法,雷撃魔法の順に攻撃しろ!」


 凍らせた筈の前足で穴の縁に爪を掛けている、再び同じ足に氷をイメージした魔力を流す、

 土魔法部隊の放ったストーンランスの一本が、アースドラゴンの目に突き刺さった。


 〈ゴワーァァァ〉吠えるドラゴン。


 痛みにドラゴンの動きが戻りあっという間に穴から立ち上がった、勝機を目前に統制が取れなくなってしまったが構ってはいられない、立ち上がったドラゴンの腹に地面から巨大な氷の槍を突き上げる。

 深々と突き立つ氷の槍、興奮した冒険者達が一太刀浴びせようとドラゴンに殺到する。

 ドラゴンに群がる冒険者が邪魔で攻撃出来ない、立ち上がるドラゴンの角を狙い雷撃魔法を落とす。


 〈パリパリパリ ドーン〉轟音と共にドラゴンの全身を電光が走る。

 群がる冒険者達が巻き込まれて弾き飛ばされる。

 此処でドラゴンを仕留めなければ後がないと承知しているので、指揮を無視してドラゴンに群がる冒険者の安全など考えない。

 再度の雷撃を放つ。

 〈パリパリパリ ドーン〉二度目の轟音で、自分達の安全など考慮されていないと理解した冒険者達がドラゴンから距離をとる。

 二度の雷撃を角に受けて、角から煙を出してふらつくアースドラゴン、止めに再び地面から巨大な氷の槍を突き上げる。


 苦しむドラゴンが身を捻り固い尻尾の一撃を冒険者達に打ち付ける。

 それは多数の杭によって防がれたが、耐えきれない杭が砕け散乱する。

 砕けた杭の破片が、無数の礫となってヒャルダを襲った。

 がれきと共に吹き飛び、痛みで意識が途切れそうなヒャルダが見たものは、最後の力を振り絞って冒険者に襲いかかるドラゴンだった。


 突然カイトの言葉を思い出した『顎から脳天に一撃』

 そうだったドラゴンを倒すには顎下から頭を撃ち抜くのが一番だ、薄れ行く意識の中で力を振り絞り、顎下から頭を撃ち抜くイメージで魔力を流す。

 何も無い空間から現れたアイスジャベリンが顎から頭を突き抜け、さしもののドラゴンも耐えきれずに、冒険者の目の前で崩れ落ちる。


 〈やったぞ、ドラゴンを討ち取ったぞー〉

 〈はっはははは、俺達はドラゴンスレイヤーの一員だー〉

 〈ちっくしょう、こいつのせいで仲間は皆死んだんだ〉 かか

 〈子爵様遣りましたね・・・ん、おい子爵様は何処だ〉

 〈此処にいるぞー、怪我をしている。治癒魔法使いを呼べ!〉


 「ヒャルダ様、ヒャルダ様遣りましたよ。気を確かに直ぐに治療をしますから」


 〈侯爵様を呼べ、酷い怪我だぞ〉

 〈おい! こっちにも治癒魔法使いを寄越せ!〉


 倒れたアースドラゴンに群がる冒険者達と、ヒャルダの周囲に集まる魔法部隊の者達。

 駆けつけたハマワール侯爵が見たものは、瓦礫に埋もれ傷だらけで意識の無いヒャルダだった。


 急いで瓦礫を取り除くが、左腕は不自然に曲がり右足は膝から下を大きな破片に押し潰され、ただの布きれのようになっていた。

 治療のために血塗れになった付与魔法付きの服を剥ぎ取ると、左腕は千切れる寸前、右足は膝から下が完全に潰れていた。


 治癒魔法使いが血止めをしたが、直ぐに魔力切れで昏倒してしまった。

 負傷者が多すぎて、治癒魔法使いが全く足りないので無理も無かった。

 それでも何とか血止めだけは出来たので、担架に乗せられて侯爵邸に運ばれていった。


 衣服は血塗れで全身傷だらけ右足は膝から下が無く、左腕も千切れそうだが治癒魔法で血止めだけはされている。

 運ばれてきたヒャルダを見たミューラは、ファーラを抱え震える身体でベッドの用意を命じた。

 後を追ってきたハマワール侯爵はヒャルダの全身を確認し千切れそうな腕を切り落とすように部下に命じた。


 「お父様!」


 「ミューラ残しておけば腕から腐ってヒャルダの命がない。フィエーンのような治癒魔法使いは此処にはいない、血止めは出来たが助かった訳ではない。 重傷者だけでも数十人ではきかない、治癒魔法使いをヒャルダ一人の為に使う訳にはいかないのだ」


 泣き出すをファーラ抱えて立ち尽くすミューラをおいて、侯爵は討伐現場の片付けに戻っていった。


 * * * * * * * *


 フィエーンがエグドラに到着したのはハマワール侯爵がナガラン宰相に急報を送ってから9日目の事だった。

 街の出入り口には巨大な杭が立ち並らび一部が大破している。

 街道沿いこそ片付けられ馬車が通れるが激戦の跡が生々しく残されていた。

 入り口で衛兵からヒャルダの負傷を聞かされて、急ぎ侯爵邸に帰り着いたフィエーンの見たものは、片手片足を無くし意識も無く横たわる兄の姿だった。

 付き添うミューラを押しのけてヒャルの傍らに跪く〈なーぉれっ〉軽く呟くと顔や頭などに有る傷が全て綺麗に治っていく。

 意識は戻らないが顔色も良くなり呼吸も安定する。


 「ミューラさん、もう大丈夫よ死ぬことはないわ」


 そう一言告げると立ち上がり、枕元を離れる。


 「何処へ」


 「ヒャルが之ほどの大けがをしたのなら大勢の人が怪我をしているのは間違いないでしょう。私は王家治癒魔法師よ、家族だけを治療してそれで良しとはいかないわ」


 そう告げると、他の重傷者達が集められているギルドの一室や教会等を、魔力の続く限り治療して回った。

 フィエーン・ハマワール王家治癒魔法師がこの日治療した人数は、ヒャルダを含め重軽傷者約70人。

 重傷者も軽傷者も〈なーぉれっ〉の一言で次々と治していった。

 王家治癒魔法師、フィエーン・ハマワール子爵伝説の治療だ。

 カイトが以前言った魔力高70を証明するように、70人を超えると魔法の効果がガクッと落ちた。


 その頃には重傷者の治療は終わっており、魔力切れを装って誤魔化した。

 朝夕毎日ヒャルダの容体を確認すると、昼間は軽傷者の治療と領民の病気や怪我の治療に努めながら、ヒャルダの回復を待った。

 カイトが重傷を負った時の経験から、ヒャルダは大量の血を流しているので目覚めるまでに時間を要するのは判っている。

 焦りはなかったが、目覚めた時に手足の事をどう告げようかと悩んでいた。

 一度再生出来ないかと思い試してみたが、軽く流した筈の魔力があっという間に抜けていき、魔力切れを起こして倒れてしまった。。


 * * * * * * * *


 カイトがハマワール侯爵からの書簡を、ホイシー侯爵経由で受け取ったのは10日後であった。

 〔草原の風パーティー〕に〔血塗れの牙パーティー〕を迷いの森周辺の案内を頼み、それに付き合っていたのだ。

 急ぎ西の拠点に戻り馬車を用意してエグドラに旅立ったが、間に合わないのは判っていた。

 移動の度に思う、日本はなんて便利な国だったんだろう、徒歩か馬車か馬以外の交通手段が無いのは致命的だ。

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