第173話 巨大ドラゴン
俺達の隠れ家で一晩過ごした翌日は、血塗れの牙のハウスの設置場所を決める。
西の拠点から道を挟んで少し下げた所に特製キャンプハウスを設置するが、新婚さんなので俺達のキャンプハウスを向かい合わせに設置して、ナジル達新婚さんに提供する。
隙間はきっちり塞ぎ侵入不可能にしておく、俺達はオルドと6人用のハウスにお泊まりする。
迷いの森周辺を案内している時に〔草原の風〕と出会い、フンザ、ヨルサ、ファーナを紹介する。
同じ男二人に女一人のパーティーなので、すぐに女同士で意気投合しシャーラも混じってキャイキャイと賑やかになる。
その夜はシャーラの要求でドラゴンのお肉で酒盛りになり、お泊まり会も兼ねる大騒ぎに発展してしまった。
俺達がダルク草原で大騒ぎしている頃に、エグドラでは一騒動が持ち上がっていた。
* * * * * * *
ドラゴンスレイヤー、この称号を求めてプラチナ、ゴールドランカーはおろか、腕に覚えの有るシルバーランクまでもが、続々とエグドラに集まっていた。
何せウォータードラゴン、アースドラゴン、テイルドラゴンの皮と内臓がオークションに出品されたのだが、全てエグドラの冒険者ギルドからの出品だった。
加えてハマワール領では、大物野獣一頭毎に賞金が掛けられていて、稼げると評判になり活況を呈していた。
自然森の奥に出向き大物を狙う冒険者も多く、日々ギルドに持ち込まれる獲物は皆の目に晒され、腕の善し悪しの評価や獲物の批評で盛り上がっていた。
そんな時に、比較的浅い森でドラゴンと遭遇した薬草取りの男がいた。
逃げ帰る途中で出会ったシルバーランクのパーティーに、ドラゴンと出会ったと震えながら告げた。
千載一遇、自分達の名をあげるチャンスだと後先見ずに走り出したパーティーは、無謀にも自分達だけでアースドラゴンと闘いを始めてしまった。
最近エグドラ冒険者ギルドが出品したドラゴンを、比較的小物だとカイトが評した事を知らない。
3頭も討伐されるくらいなら、ドラゴンも大した事はないと高を括っていた。
街に逃げ帰った男は〈ドラゴンだ! ドラゴンが出た!〉と冒険者ギルドに駆け込んで騒いだ為に皆の知るところとなり、欲と名誉を求める男達を森へと走らせた。
カイトが解体場で出した3種のドラゴンを試し切りした、プラチナやゴールドのパーティーは様子見で誰も動かなかった。
ドラゴンだけでは種類も判らないし、大きさに依っては闘うより逃げることを考えなければならないと考えていたのだ。
そんな事も知らずに、後から欲と名誉を求めてやって来た者達だけが、ドラゴンを求めて森に殺到した。
〈行くぞ! 俺達〔闇夜の血〕の名をあげるチャンスだ〉
〈うぉー、遣るぞー稼ぐぜ!〉
〈おい、俺達もいくぞ。奴等に先を越されるな!〉
〈リーダー、俺達はどうするんだ?〉
〈行くに決まってるだろうが、ぼけ!〉
〈よーし、ガキや女が倒したんだ。俺達に出来ねえ訳がない〉
〈遅れるな! 獲物はドラゴンだ。〔旋風の舞〕がいただくぞ〉
皆それぞれ欲と名声を求めて立ち上がり、駆け込んできたブロンズランクの男に場所を聞くとギルドを出て行った。
中には此れだけ大勢のプラチナ、ゴールドランクのパーティーが行くのだからと、見物に行くのも悪くないと物見遊山で走り出す者もいた。
ギルマスのノーマンは万が一の事を考えて、街の防衛の為に冒険者を招集しハマワール侯爵邸にも使いを走らせた。
連絡を受けたハマワール侯爵は、カイトやシャーラがいない今ドラゴン相手に戦えるのは魔法使いだけだと考えて、ヒャルダを呼び魔法部隊の出動準備を命じた、
「ドラゴンが街の近くに現れたのですか?」
「ギルマスが知らせてきた。プラチナやゴールドランクのパーティーが多数討伐に向かったようだが、剣や槍ごときでは歯が立つまい」
「私もそう思います。カイト達も全て魔法で倒していますので、アイスランスやジャベリンを試す良い機会です」
「私は街の防御態勢を整える、お前は魔法部隊を率いて街に近づけるな」
ヒャルダは即座に魔法部隊の出動準備に取りかかり、種類は不明だが相手はドラゴンだと告げる。
狙うのは目と口、土魔法使いには足止めを狙って穴を掘りを命じる。
ドラゴン類は全て外皮は固く、カイトのストーンランスやストーンジャベリンすら弾くと聞いている。
目潰しか動きを止めてから、アイスジャベリンを地面から顎を突き上げる。
カイトとの酒の席で聞いたドラゴンの倒し方だ、師匠の話は常にためになる。
魔法部隊の編成は、火魔法・氷魔法・雷撃魔法・土魔法に治癒魔法の使える者達で、後は彼等を守る護衛の騎士達だ。
既に街道は封鎖、街の出入口を通る者は冒険者以外誰もいない。
街の外に出ると門の前30mの所に布陣する。
背後を街の壁で防衛し前方のみを防御と攻撃につかうつもりだ、大して当てには出来ないが、壁の上からの攻撃で多少は牽制出来るかもしれない。
街中や冒険者ギルドから集められた土魔法使いに穴を掘らせて、薄く蓋をするように命じる。
幅2m長さ5m深さ3mの穴を扇形に作らせるが、3個で全員魔力切れで倒れてしまった。
穴は最低でも8個は欲しい、魔力が回復次第順次作らせるしか方法がない。
穴と穴の間には土魔法で太い杭を立てさせて、柱を避ければ穴に落ちるように細工をする。
* * * * * * *
〈くそっ、なんて固いんだ〉
〈話と全然違うじゃねえか!〉
〈魔法使いは何を遣っている!〉
〈行くぞ! プラチナなんぞに負けないところを見せろ!〉
〈マジかよ・・・こんなにでかいって聞いて無いぞ〉
〈おらおら! 腰が引けている奴は邪魔だから下がれ!〉
〈リーダー、こんなの相手に出来ねえよ。見ろよ、死人の山だぜ〉
向かって来る冒険者達を軽く蹴散らし、倒れた者を悠々と食い散らすアースドラゴン。
流石にここにきて、金と名誉を求めてアースドラゴンに挑んだ者達も、これを倒した者の実力がずば抜けていたと気づいて、多くの死者や重傷者を残して撤退を始めた。
ハマワール侯爵は冒険者達の惨状を見て被害を少なくする為に、王都へ攻撃魔法使いと治癒魔法使いの派遣を要請する早馬を送り出した。
またホイシー侯爵に宛てて、ダルク草原にいるカイトにこの惨状を知らせると共に救援要請の早馬を走らせた。
街に逃げ帰り、恐怖に震えながら逃げだそうとする冒険者達に、ギルマスの冷たい声がかかる。
「シルバーランク以上の者には非常呼集がかかっている。逃げ出すのなら罰金とランクが下がるのは覚悟しておけ。序でに意気がっていたが、ドラゴンを見て逃げ出した腰抜けの称号も付けてやるぞ」
「腰抜けでもいいさ、パーティーは壊滅だ。俺は逃げさせてもらうぞ」
「俺達も止めだ、こんな化け物を本当に倒した奴がいるのか」
「そうだよな。ガキと女の二人でドラゴン3種討伐なんて夢物語だぜ。法螺を流した、ギルドに責任を取ってもらいたいな」
「馬鹿め、オークションに出しているのに法螺話とは笑わせる。お前達が欲に駆られて、不利な森の奥で闘うから負けるんだよ。消えな腰抜け共」
尻尾を巻いて逃げ出す男達を、蔑みの目で見送る。
「おーし、残っているのは肝の据わった奴等だけだな、門の前に落とし穴と杭が有る。落とし穴に落ちるような間抜けな事はするなよ」
その間にも森から冒険者達が続々と逃げ帰ってくるが、皆一様に怪我をしている。壁の上から監視している者が街までたどり着けず、多数が倒れていると報告してくるが、ドラゴンが怖くて誰も救助に向かおうとしない。
ギルマスのノーマン自らが志願者を募り救助に向かうと、ヒャルダが部隊を引きいて護衛に付き負傷者の回収を手伝う。
アースドラゴンの気配に、森の野獣達が街に向かって逃げてくるがドラゴンが現れない。
一日一日と過ぎて行き、ジワジワとドラゴンの気配が街に近づいて来る。
決死の覚悟で偵察に出た者からの報告では、途中で力尽き倒れた者を食べながら近づいているらしい。
街に近づく野獣の討伐と土魔法使いを総動員して、落とし穴掘りと杭の強化を続ける。
ヒャルダはカイトに聞いたドラゴン討伐の一番楽な方法、落とし穴に落として足を固定した後に下から突き上げる、を念頭に日々地面から巨大な氷の槍を突き上げる練習に余念が無い。
6日目の日暮れ前、森の外れにアースドラゴンの巨体が現れた。
* * * * * * *
ハマワール侯爵からの急報を受けたナガラン宰相は、即座に国王陛下の下に報告に向かった。
「なんと、それ程のアースドラゴンがエグドラに近づいているのか、必要としているのは攻撃魔法使いと土魔法使いに治癒魔法使いか。王都防衛軍の魔法部隊とフィエーン・ハマワール子爵を送れ。王都冒険者ギルドにも魔法使いに依頼して集めた者を即座に送り込め!」
王都防衛軍に連絡が行き、魔法部隊のエグドラ派遣準備が始まった。
指示を受けたフィエーンは、直ぐさま冒険者紛いの作務衣に着替えて、馬車の用意が出来るとそのまま王都を飛び出した。
従うのはオルラン率いる騎士30騎、駆けに駆けてカイトが早駆けで7日かかるところを5日で到着したが、街は静まりかえっていた。
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