第172話 迷いの森の掟

 足の傷の癒えたナジルだが、馴染むまでには時間がかかるので二輪馬車の後席に俺と並んで座り、時々降りて歩いたり走ったりして身体を慣らしている。


 王都を迂回してエルザン地方を目指し、ホイシー侯爵様の住まうハーベイに着いた時には、無理をしなければ普通に歩けるようになっていた。

 ハーベイの入り口で衛兵の態度にびっくりのオルドやナジル、ダルク草原を拠点にするのなら、ホイシー侯爵様に一言断っておく必要があるのでご挨拶に伺う。

 そう告げると不安顔になるナジル、その為に無精髭を伸ばさせたんだよ。

 ホイシー侯爵邸の正門から入って行くが衛兵は咎める事もなく敬礼して通すので呆れている。


 「なあ、カイトって何者よ」


 オルドが俺の顔をマジマジと見ながら何度目かの疑問を口にすると、ナジルとセラミも真剣な顔で頷く。


 「あ、薬草採取が専門ってのは無しね」


 「酷いねぇ。でも迷いの森の拠点になる場所は、ホイシー侯爵様が作った警備拠点から近い場所だから何かとお世話になるのだからね」


 執事のヨルカンに迎えられてホイシー侯爵様の執務室に案内される。

 俺達の後ろに控える〔血塗れの牙〕の三人を紹介し、ダルク草原迷いの森西の拠点、周回路より内側に彼等の拠点を置くので連絡に来たと伝える。


 「つまりこの方達は、カイト殿と特別な関係だと」


 「友人達ですが、冒険者をしながら迷いの森の監視人も努めてもらうつもりです。私たちは常に迷いの森に居る訳では在りません。以前の様な事が起きたときや、周回路の内側での出来事を裁く事も出来ません。そこはホイシー侯爵様のお力を借りる必要があります。その際侯爵様に連絡出来る者が必要になりますので、彼等をと思い連れて参りました」


 「良く判りました、その点はお任せ下さい」


 「それと、迷いの森周辺を警備のため自由に巡回してもらって結構です。ただし安全が保証出来ませんので、森に入るのは止めてもらいたいのです」


 「よく判っています。警備の者達にも厳重に通達しておきましょう。3人には身分証を渡しておきますから、何かあれば警備の者を自由に使って下さい」


 手土産のテイルドラゴンのお肉一塊と天上の酒を5本進呈し、翌日には市場で当座必要な品々を仕入れてからダルク草原に向かう。

 ハーベイの街を出て漸く緊張がほぐれたのか、オルドの口が軽くなる。


 「なんてこったい、カイトって何者よ。ますます解らなくなってきたぞ」

 「ほんとよね、カイト殿シャーラ殿ってなによ」

 「カイトって、ダルク草原の迷いの森に対して相当な権限が在りそうだよね」


 「まぁ話せる事は教えるが、他言無用だからね」


 フーニー村からダルク草原に入り迷いの森に向かうが、先ず始めに教えておくのは西の拠点だ。

 街道より草原内の道の方が整備されていて走りよいので、以前のほぼ半分の日数で西の拠点に到着する。


 「東西南北の拠点に中間拠点とその間に避難場所って、16もこの周回路に沿って有るのか。周回路と拠点整備だけでも相当な日数と資金を要するだろう」


 流石はナジル鋭いところを突いてくるが、笑って誤魔化す。

 西の拠点の警備隊詰め所に行き責任者に3人を紹介して、彼等の持つ身分証を確認させる。

 俺達が使用する部屋の隣を彼等の拠点での宿に決めてから、迷いの森に向かう。


 「良いのか、他の冒険者は簡易の宿泊しか認められていないんだろう」


 「迷いの森の監視もしてもらうのだから、各地に拠点は必要だよ。セラミちゃんも居るしね。ナジルは氷魔法と火魔法解禁ね。自由に使って、この地の冒険者達に実力を見せつけておきな」


 「ナジルって、火魔法を自由に使えるの?」


 「使えるけど、実力を隠すのも身を守る一つの方法だから、隠せと教えたのさ」


 拠点を出て迷いの森に向かって歩くと、すれ違う冒険者がそこそこ居る事に驚いている。

 ダルク草原迷いの森周辺は、貴重な薬草類も結構採取出来るから冒険者が増えていると教える。

 不良分子や不埒な輩を警備隊に連絡してくれたら、ホイシー侯爵様が適当に処分してダルク草原から追い出すからその通報を頼む。

 勿論パーティー血塗れの牙に対し月金貨3枚を約束する。

 オルドは冒険者の仕事をしながらで良いならと、即座に了解しナジルとセラミもそれに従う。


 俺達の隠れ家方面に向かっているとウルフの群れと出くわすが、ナジルに任せて俺達は見物。

 向かって来る6頭のウルフを、アイスランスであっさり片付けてマジックポーチに仕舞う。

 最近ダルク草原も野獣が増えているので、良い稼ぎになると教えてやる。

 

 拠点から1時間少々で迷いの森の先端部に着くが、迷いの森と呼ばれる意味を体験させるのが目的なので、案内をせずに森に入らせてみた。


 「迷っても帰りの心配はしなくて良いから、自由に薬草を探してみてよ」


 20分もせずにセラミちゃんが自分の居場所が解らなくなりギブアップ、オルドとナジルもそれに続いて手を上げた。


 「どうなっているんだこの森は、右に左に曲がりくねり枝分かれしているぞ。振り向けば同じように見える場所ばかりだし」

 「俺も自分がどっちを向いているのか解らない」

 「迷いの森ってよく名付けたわね。本当にあっという間に居場所が解らなくなるわ。カイトさんやシャーラは解るの」


 「いんや、俺達も解らないよ」


 「おいおい、こんな時に冗談はよせよ」


 「本当だよ、ただし俺達には案内人がいるから帰れるのさ」


 一度森の外が確認出来る場所まで戻る。


 「今度は俺達が前を行くよ。オルド達には、この森の秘密の一端を知っておいて欲しいからな。これから先見聞きする事は口外禁止、喋ってもだれも信用しないと思うが、信じた者からは危害を加えられるからな」


 「もうカイト達の事では驚かないぞと思っていたが、まだまだ秘密が多そうだな」


 「そんなに大した秘密じゃないよ。森に関する事だから冒険者や利益を得ようとする者から隠す必要があるんだ」


 3人を連れて迷いの森に入って行く、さっきまでのうねうねした道ではなく多少曲がりくねっているが歩きよい道だ。


 「カイト、森を出てそのまま引き返しただけのに、さっきと全然違うんだが」


 「ここは迷いの森だぞ、ここに踏み込んで木を切ったり魔法を打ち込んだりすれば生きては帰れない。森に敬意をもって慎重に行動する必要がある。それでも迷うけどね」


 「言ってる事と行動が矛盾しているんだけど、さっきの薄暗い曲がりくねった場所の近くだとは思えないな」


 1時間程歩くと茨の森に突き当たる。


 「此の先はエルフ達が茨の森と呼ぶ場所だ、迷いの森より一段と厳しい場所で迂闊に踏み込めば死ぬことになる」


 《カイト誰なの》


 《やあダルク、この三人は迷いの森の周辺に変な奴が来たときの為に、俺達の隠れ家の近くに住んで貰うつもりの者達だよ》


 《そう、以前連れて来た者とは違うの》


 《違うよ、この三人は此れから迷いの森周辺で生きる者達だよ。迷いの森とその周辺を守る手伝いをしてくれるんだ》


 《そう、ならその三人は壁の所まで来てもいいよ》


 〈ヘッ〉


 「どうしたのカイト」


 「あぁちょっと待って」


 可笑しな声が出てしまったぜ、ダルクもあっさり許したな。


 《ダルク、良いのか》


 《カイトが信じて連れて来たんでしょ。なら大丈夫っしょ》


 《大丈夫しょっ、て》


 《カイトを裏切れば死ぬだけだしいいよ》


 怖い奴、シャーラが笑っている。

 オルド達が不思議そうに俺を見ている、ダルクの許しが出たなら壁まで案内するか。


 「此れから先を見て生きているのは俺達を除いて一人だけだが、許しが出たので案内するよ」


 「許しって・・・誰の」


 「まぁ、おいおい話すよ」


 茨の森に踏み込むと棘だらけの絡み合う枝が左右に分かれていく。


 〈えっえぇぇ〉

 〈なんじゃこりゃー〉

 〈カイトこれって〉


 「この森は生きて居るんだよ。許しなく踏み込み荒らすと、死をもって応えてくれるんだ。エルフ達が茨の森って呼ぶと言ったよね、別名を死の森って呼ぶんだ。この森を自由に行動出来るのはアースドラゴンやアーマーバッファローくらいだろうけど、それも不可能になっていると思う」


 呆ける三人を連れて真っ直ぐ壁に向かう、目の前を塞ぐ茨の枝がゆっくりと開き通路が出来るのを見ながら歩くのは、何度見ても不思議な気分。

 振り向くと何時も通り素早く閉じていく茨の枝、ナジルが同じように振り向き顔色を無くしている。

 壁に到着したが三人ともあっけにとられている、目の前には土魔法で作られた壁が立ち塞がっているだけだから。

 あんなに脅しておいて壁が行く手を塞いでいるだけ、三人が三人とも振り返って俺を見ている。


 「カイトこれだけ」


 三人の声が揃う。


 「この先に行って生きて出られるのは俺達二人だけ、下手な城壁より遙かに強固で恐ろしいものだよ。此処までたどり着いた者で、今生きているのは俺達を除けば一人だけ。許しが出たから見せたけど、此処まで来ても道が開かなければ入らない方がよいよ」


 「それは許しが出ていないって事なのね」


 上を指さし空を見上げると、森の恵みの実が沢山実っている。

 シャーラに頷くと見上げて確認し姿が消える。

 同時に実の横にぶら下がっていて熟れ具合を確かめると、抱きついた実と共に落下するシャーラ


 〈キャー〉

 〈ウオーッ〉


 可愛い悲鳴をあげるセラミちゃんの横に現れるシャーラ、今夜も旨い酒にありつける。

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