第30話 救助

 頷くフィを見て、俺は瓦礫に神経を集中させて目を閉じる。


 フィエーンの前から、カイトの姿が消えた。

 

 〈嘘〉

 〈まさか・・・本当に出来るのか〉


 二人から吐息にも似た呟きが漏れるが、初めて見る転移魔法に身体が動かなかった。

 

 * * * * * * * *

 

 〈ウォー〉

 〈何だ!〉

 〈どうした!〉

 〈まさか?〉様々な声に迎えられて周囲を見回し、生活魔法のライトに浮かぶ顔が、侯爵家の騎士達と確認して俺はホッとした。

 成功した様だと安堵の吐息が漏れる。

 

 「ヒャルダ様と訓練していた人達で、間違いないですね」

 

 「そうだ、ヒャルダ様が怪我をしておられるが出口・・は・・・一体何処から来たんだ?」

 

 「説明は後ほどしますが、外からの声に応えていたのは此処ですよね」

 

 「そうだ何か言っているのが聞こえたから返事をしていたが、良く聞き取れなかったよ」

 

 皆を黙らせてロングソードを引き抜きナイフの背で叩く、3回叩いては休み又3回叩いては休む。

 静かに耳を澄ませていると、微かに金属を叩く音が聞こえる。

 3回鳴っては休み又3回鳴っているので、外のフィに聞こえた様だ。

 

 「ヒャルダは居るかい」

 

 「居ますが怪我をしておられます。こちらです」

 

 ライトに照らされた狭い隙間を通るが、よく見るとヒャルがマジックポーチに入れていた野営用のコンテナ紛いの休憩所だ。

 人一人がくぐり抜けるのがやっとの隙間を通り、休憩所の反対側に回り込むと少し広いが頭上には太い梁が斜めに倒れ込んでいる場所に出た。

 

 その一角に、数人の騎士達と共にヒャルが寝かされている。

 足が潰れ血に汚れた衣服と埃で死人の様だ。

 首筋に手を当てると、弱いながらも脈は有るが長くは持ちそうもない。

 

 「重傷者は何名くらいいます」

 

 「此処にいる六人だけだ、後は骨が折れたり傷ついたりの軽傷だ。それ以外の者は・・・多分駄目だろう」

 

 6人を調べると、既に二人は亡くなっていた。

 虫の息の者から運び出す事にするが多分出来るだろう。

 皆に離れて貰い如何なる事が起きてもそこを動くなと言い含める。

 一人の手首を握りフィの気配を探って方角を定め、フィ側にと念じて魔力を流す。

 

 「カイト!」

 

 「説明は後、彼を頼むね。力むなよ魔力は軽く流せ」

 

 そう言って、再びカイトが消える。

 

 * * * * * * * *

 

 カイトが重症者の一人といきなり消えた、呆気に取られていると再びカイトが現れる。

 カイトが現れては消える度に、重症者が一人又一人と消えヒャルダも消えた。

 次に現れた時カイトはこの場所に皆を集めろと言って一人の腕を握ると又消えた。

 

 「転移魔法を使える奴を、初めて見たぞ」

 

 皆興奮していた。

 諦めかけていた所へ思いもしない転移魔法で救助され、次々と姿が消えて行く。

 カイトは最後に亡くなった二人を運び出すと、再び現場にジャンプした。

 

 ロングソードを取り出してナイフで叩く、何度も叩いては耳を澄まし気配を探る。

 そうして反応の合った場所を特定し、二人を救助出来たがそれ以後気配は消えた。

 

 ヒャルダ達を救助したときや後の二人を救助したときにも感じた、違和感の原因を探る為に又現場に戻り考える。

 

 違和感の正体は崩れた瓦礫だった。

 柱や梁の折れた物が少ないのだ、斜めや横に断裂しているのだがざらついていて結合を無力化した感じだった。

 柱を斜めにすっぱり切るのではなく魔法で石を斜めに砂粒に変えたといえばしっくりくる。

 梁もそうやって切れ目の様に砂に変えて崩れ易くしたのだろうと推測された。

 

 ハマワール侯爵の元に戻り、話があると告げる。

 

 「転移魔法の事なら、全員に口止めしたぞ」

 

 「それは有り難いのですが、重大な問題が一つ在ります。これは事故に見せ掛けた人為的なものです。暗殺かどうかは判りませんが、故意に仕掛けられた事は間違いないでしょう」

 

 侯爵様がマジマジと俺を見ているが、疑ってはいなさそうだ。

 

 「どうしてそう思う」

 

 柱や梁の状況を説明すると、考え込んでしまった。

 

 「土魔法が使える者で最近この場所に出入りしていた者、不自然に近付いていた者を洗い出せば何か判ると思います。若しくは姿が見えなくなった者ですかね」

 

 「調べさせてみる」

 

 そう言って訓練場の責任者や、土魔法使いの指揮官を呼び寄せて話し込んでいた。

 ヒャルの事が気になるのでフィの所に行くと、青い顔をしたヒャルがフィに支えられて立っていた。

 

 「もう立てるんだ、でも血を随分流した様だから横になっていた方が良くない」

 

 「カイト有り難う、助けられたな」

 

 「良くあの休憩所を出せたね」

 

 「訓練の指揮所として出していたんだ。崩れ始めた時には全員が外に出ていたのだが、近くに居たので助かったんだ。別の班は無理だろうな」

 

 「多分ね、ヒャル達以外には二人しか見つけられなかったよ」

 

 「然し、転移魔法をものにしていたとはな」

 

 「練習はしていたが、こんな危険な状態で使う事になるとは思ってもいなかったよ。使い方を色々と考えていたが、跳んだ先に何が有るか判らないし瓦礫の中に跳んだら即死だよ」

 

 「フィに続いて、私がカイトに助けられたな」

 

 「間に合って良かったよ。フィの治癒魔法も瀕死の人も治せると判ったしね」

 

 「兄さんを見た時には震えたけど、治癒魔法を授けてくれたエルマート様と魔法を教えてくれたカイトに感謝したわ。有り難うカイト」

 

 「カイト、訓練が始まる時には宿舎にいた奴が一人消えたらしい。今何処に居るのか探している」

 

 「父上、何の話しですか」

 

 「どうも今回の訓練場の崩壊は、仕組まれた恐れが有るとカイトが言い出してな、不信な者を洗い出していたら一人姿を消した奴がいる様だ」

 

 「土魔法使いかな」

 

 「そうだ、事故が起きる前に宿舎にいた筈なのだが見当たらない」

 

 「そういえば訓練の前に施設の点検をしていた奴が居たが、訓練開始前には帰って行ったな」

 

 「全ての街道と街や村に通達を出したが、計画的なら捕まえるのは難しいな」

 

 「多分建物の崩壊を確かめてから逃げたと思うよ。救助には時間が掛かるので直ぐに自分が疑われると思っていない筈だよ、街を出てもそんなに急いで遠くには行ってないと思う。余り急ぐと不審がられるからね」

 

 予想通り、三日後に領境の一つ手前の街で問題の男を捕らえたと報告が来た。

 捕らえられたナバルと言う名の土魔法使いは、10人の騎士達によってエグドラの街に連れ戻された。

 

 警備隊の牢での過酷な取り調べを受けて、ナバルは直ぐに自白した。

 一つ隣の領地の主、ダラスル伯爵に仕えていたが娘が突然奇病に掛かり、高い薬代に難儀していたが伯爵が薬代を融通してくれた。

 7年前にダラスル伯爵様に頼まれてハマワール家に潜り込み、真面目に働けと言われてそれ以来真面目に勤めていた事。


 何時もはハマワール家に勤めて知った事を、定期的に知らせていれば良かったが、今回連絡係から事細かな指示を受けてやった。

 断れば娘の薬代の援助を止めると言われ、娘可愛さに断れなかったと自白した。

 

 連絡係は、エグドラの市場近くで飯屋を営んでいる夫婦と下働きの男だそうだ。

 休みの日には飯を食べに行って知り得た事を話し、色々聞かれた事に答えていたと話した。


 「相手を探るのは誰でもやっているが、暗殺と為ると看過出来んな」

 

 「でもお父様、ナバルとやらの自白だけではどうにも為りません」

 

 「ちと脅してみるか」

 

 「脅す?」

 

 「カイトが頼みを聞いてくれたら脅せるさ、明日カイトを夕食に誘って来てくれ」

 

 ヒャルダの訪問と、ハマワール侯爵の招きを伝えると、あっさりと受け入れたカイトに驚いた。

 

 「何も聞かないのかい」

 

 「相手が判ったから俺を招待するんじゃないの、話しの内容次第だね」

 

 侯爵邸で楽しい食事の後、サロンでの談笑中に手紙の配達を頼まれた。

 宛先はシハーヤ地方ダラスル領ハーマンの街、ダラスル伯爵の執務室の机の上に、だと。

 笑ってしまったね。


 手紙の内容は『息子の命は助かった。余計な事をしてくれた代償は、お前と家族の命に決めた』だって、貴族って怖いよねー


 勿論受けたよ、手筈は整えてくれるってさ。

 実は俺も頭にきている、ヒャルダを狙った事も無差別に殺す事にもだ。

 最も頭にきているのがナバルの家族に対するやり口だ、綺麗に仕組んで逃げられない様にして、捨て駒にしている事。

 

 侯爵様の用意してくれた冒険者三名と共に、馬車でダラスル領ハーマンの街の一つ手前、フォルの町まで行く。

 フォルの町からは徒歩で行き、ハーマンの街に入る。

 流れの冒険者を装ってホテルに宿泊するが、俺は別の部屋に泊まる。

 陽が落ち周囲が暗くなると冒険者達と共に夜の街に出たが、彼等は呑みにいき俺はダラスル伯爵邸まで散歩だ。

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