第59話 眼光

 シャーラはフィの館で渡し忘れていた香り茸を無事渡し、シルバーフィッシュとレインボーシュリンプを満足するまで食べた。

 ハマワール侯爵邸やフィの子爵邸に、何時までも泊まる訳にはいかないのでホテルに移る事にする。

 エグドラホテルから少し離れた所にある、ジルベルホテルを侯爵様の紹介で泊まる事にした。

 

 商家のボンボンスタイルでジルベルホテルに部屋を取ったのだが、此処でもシャーラは俺と同室を頑として譲らずお世話係を気取っている。

 せっかくエグドラに家を買いお前の部屋も造ったのに、絶対俺の部屋で寝る気だろうな。

 

 ジルベルホテルに移ってからは毎晩魔力循環と放出をするので、妖精さんも室内では姿を見せている。

 王都での用事は無くなり、自由になったのでシャーラを連れて街の美味しいお茶の店に行ったり散策を楽しむ。

 服装も俺と同程度のお嬢様スタイルになっているが、王都を散策する時だけで普段は作務衣紛いの物を着ている。

 

 以前時計を買った店に行き、シャーラ用の少しお洒落な時計を購入する。

 金貨95枚と聞いて硬直しているが、フルカンって馬鹿な貴族から巻き上げたマジックポーチの金をさっさと使い捨てたいのだ。

 使い捨てるのに何年掛かるのか、検討もつかないほど溜め込んでいる。

 

 後は冒険者スタイルの時に使う時計だ、魔力放出から復帰するまでの時間を知っておくのは大切だから。

 無骨で頑丈な時計を金貨10枚で買ったら、これ以上必要な物が無いので参った。

 後はシャーラと街をぶらぶらし、時に市場で美味しい食料を買い込んで備蓄する。

 

 「カイト様、街の外に出て魔法の練習がしたいです」

 

 10日も経つと、シャーラがうずうずしながら言ってくる。

 魔法の練習と言うよりも、魔法を撃ちたいのが本音だろう。

 せっかくバレット用の玉と、ストーンアローの強化版が自在に造れるのに練習が止まっているからな。

 

 ホテルに預けている馬を引き出し馬車に繋ぐ、ホテルには10日程帰らないが部屋は確保しておいて貰う。

 一日銀貨4枚の宿泊費だが40枚の金貨を預けているので問題無かろう。

 二人とも冒険者スタイルなので驚いている、冒険者が投宿するホテルではないので当然か。

 侯爵様の紹介で宿泊している子供二人が、まさか冒険者とは思わないか。

 

 オークションの前宣伝で王都も煩くなってきているし、丁度よい息抜きになる。

 

 「シャーラ貴族用の通路を使え、貰った身分証は持っているな」

 

 「はい、持っています。こっちの方が早くて好きです」

 

 好き嫌いの問題ではないのだがなぁ。

 王都を出て小一時間、草原に馬車を乗り入れる。

 街道から見えない所でキャンプハウスを出し、標的作りから始める。

 30,40,50,60,メートルの的を作る、魔力高90相手では的作りも大変になるな。

 

 シャーラを的の手前少し離れた所に立たせる。

 先ず俺がソフトボール大のストーンバレットで、30メートル先の的を撃ち手本を見せる。

 的に当たる度にバレットが砕け破片が飛び散る。

 実は200キロ(俺の感覚)程度のスピードしか出してない。

 シャーラは真剣な顔でバレットが目の前を飛びすぎるのを見ている。

 10発撃って呼び戻しバレットが飛んで行くスピードを思いだしながら、ストーンバレットを撃つ要領を教える。

 

 「シャーラ、撃ち始めたら撃った数を数えておけよ。自分が何発ストーンバレットを撃てば魔力切れになるか、知らないと死ぬことになるぞ」

 

 元気良く返事が帰ってきたが、バレット作りはスムーズに出来るが撃つのに手間取っている。

 なれる迄は掌を的に向け、掌の前からバレットが飛び出すイメージで遣らせると、割合スムーズに撃てている。

 疲れが顔に出ているので止め、キャンプハウスの中から魔力切れで倒れる迄撃たせる。

 

 シャーラが倒れたら俺の番だ、ストーンジャベリンから始める。

 ストーンジャベリン53発で魔力切れ、ランスの4倍の魔力を使うからランスは212発撃てる計算だ大分魔力量が増えたな。

 シャーラの横に行き最後の魔力を振り絞ってパタンキューのお休みなさい。

 

 目覚めてもシャーラは未だ夢の中なので400メートル間の転移回数確認の準備をしてジャンプ開始、34回で魔力切れ、200メートルなら68回のジャンプが可能って事だな。

 2度目の魔力切れから目覚めると、シャーラがお茶を飲んでいる。

 差し出されたお茶は、アイサが煎れてくれるお茶と大差ない美味さだ。

 

 「シャーラはこれから暫く、キャンプハウスの中から出ないで練習して貰うぞ。見張り場所から的を撃ち続けろ、魔力切れになったらそのままマットに倒れて眠ればよい。バレットを撃った回数、魔力切れになりはじめる感覚を覚え目覚める迄の時間を計れ」

 

 魔法はイメージが全て、イメージに魔力を軽く乗せる事を何度も言って聞かせる

 予定の10日目にはバレットなら大きさ固さスピードを大体自由にに操れる様になっていた。

 玉数も50発以上撃てるし、ストーンバレットはまぁ合格かな。

 一度ホテルに帰る事にするが、時々気晴らしをしながら魔法の練習すれば良かろう。

 

 王都入口の門はオークション間近なためか、豪華な馬車も結構いて混雑している。

 貴族用の通路も数台並んでいて、シャーラが最後尾に馬車を止め順番を待つ。

 

 俺達の後からきた馬車が馬をぎりぎり迄寄せて止める。

 馬の野郎が後ろ向きに座った俺を見下ろし、鼻で笑っていやがる。

 御者の男がそれを見てニヤニヤしている。

 

 「シャーラほんの少し前に行ってくれ。後ろの馬車の馬がぎりぎり迄詰めてきて迷惑なんだ」

 

 ほんの2メートルほど前に移動させてシャーラが振り向くと、後ろの馬車の御者が嫌な笑いをしながら又馬を前進させた。

 カイトに嫌がらせをしていると見てとったシャーラが、御者でなく馬を睨みつけた。

 森の一族の怒りの視線を受けた馬達は、恐れから後ずさる。

 

 慌てたのは嫌がらせをしていた御者だ、こんな所で馬車が後に下がれば大問題になる。

 必死で馬を制御するが、シャーラの眼光を恐れる馬は御者の指示に従わず下がり、とうとう後ろの馬に馬車が当たる。

 

 後ろの貴族の馬車から怒声が飛び、青い顔で鞭まで使って馬を前に進ませようとする。

 然しシャーラに怯える馬が動かない。

 

 「小僧! 馬車を前に行かせろ!」

 

 ほほう、都合が悪くなると相手を威嚇するチンピラの所業ですな。

 騒ぎが大きくなり馬車の中から声を掛けられたのか、御者は汗を拭き拭き説明している。

 御者席から降り、ご主人様のために踏み台を出し扉を開ける。

 

 降りてきたのはエルーナ・カロサグ伯爵様じゃぁありませんか。

 御者の説明を聞き俺の所に向かって来るが、目と目が合った瞬間から足取りが遅くなる。

 御者が、伯爵の後ろで勝ち誇った顔をして笑っている。

 

 「エルーナ・カロサグ伯爵様、お久し振りで御座います」

 

 二輪馬車に後ろ向きに座ったまま、カロサグ伯爵に挨拶する。

 

 「カイト様、何事で御座いましょうか」

 

 「カロサグ伯爵様、私に様は不要です。私は一介の冒険者ですので」

 

 俺と伯爵の遣り取りを聞き、御者の顔色が又青く変わる。

 カメレオンみたいな奴だな。

 

 先程からの嫌がらせを説明する、今度は伯爵の顔色が変わった。

 俺がハマワール侯爵と繋がりがあり、以前見た二輪馬車に乗って貴族専用の通路にいる。

 侯爵の御用で此処にいると判断した、以前は謝罪をして収めて貰ったが二度目となると非常に不味い。

 カロサグ伯爵が素早く考えを巡らしていると、カイトがのんびりと話す。

 

 「先程御者の方から罵声を受けましたが、貴族様の乗り物の前を塞いだ事をお詫びします」

 

 二輪馬車に後ろ向きに座ったまま、軽く頭を下げる。

 俺の性格の悪さが、こんなところで諸に出てくる。

 

 「ただ御者の方がお怒りになられる様な事は、何一つしておりませんのでそれについては謝罪のしようも無く」

 

 「いえ、カイト様が謝罪される必要は御座いません。私の使用人に対する教育の怠慢であります。この者には後ほど厳しく指導致しますのでご容赦下さい」

 

 冒険者風の子供二人の二輪馬車に対し、伯爵自ら頭を下げている光景に門衛も口出し出来ずに戸惑っている。

 

 「伯爵様、後ろがつかえていますので進ませて貰って宜しいでしょうか」

 

 カロサグ伯爵の最敬礼に見送られて前に進み、シャーラが身分証を見せ衛兵に敬礼されて通りすぎる。

 

 カロサグ伯爵は流れる冷や汗と御者の行為に怒りで震えながら、王家の紋章入り身分証を持つカイトに、嫌がらせをした御者の処分を考えていた。

 まさかカイトが、王家から預かった身分証を返却しているとは夢にも思わ無かった。

 最も侯爵家の身分証を持っているので、侯爵家を敵に回す様な事も出来ないので同じ事ではある。

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