第126話 治癒魔法師
「どうせ治癒魔法の腕を見せろと言ってきますから、この大使公邸で披露すれば良いでしょう。傷病者を2、3人連れて来れば証明出来ます」
「その様に伝え、手配致します」
「もう一つ、ナガヤール王家やナガラン宰相等極一部の者は気づいていますが、決して口に出さない事が有ります。ルクラン大使にも、秘密を厳守してもらいますが、宜しいか」
俺の声のトーンが変わったのか、頷くルクラン大使の顔が緊張する。
通路と隣の部屋が無人なのを確かめさせる。
「ではドアを閉めて隣の部屋に行って下さい」
大使がドアを閉めると同時に、先ず俺がジャンプして隣の部屋に立つ。
ドアが開きルクラン大使が俺を見てフリーズしている。
続けてシャーラが俺の隣に跳んで来る。
ルクラン大使は、顎が下がったまま俺達二人を見つめている。
手に持ったお茶を一口飲みカップを掲げ、笑って元の部屋に戻るとシャーラも続く。
お茶を飲み終わってもルクラン大使が戻ってこない。
シャーラに呼びに行ってもらう。
ジャンプして消え、ルクラン大使の手を引いて戻ってきたが、悪戯っ子の顔つきだ。
「まさか転移魔法をこの目で見るなんて、しかも二人なんて・・・シャーラ様が治癒魔法でハマワール子爵と並び、転移魔法まで使えると知られたら」
「それです、秘密は守ってもらいますよ」
「承知致しました」
その後馬車を一台用意する事、誰も立ち入れない街路側の3階の部屋を一つ準備することを決める。
以後大使公邸には、日時をランダムに変えて行く事にした。
連絡も一日一度は馬車で大使公邸の近くまで行き、3階角部屋にジャンプして、そこから大使の執務室に行く。
簡単な連絡事項を打ち合わせると、さっさと待たせている馬車にジャンプしてホテルに戻る。
大使公邸が見えているが、近寄りはしないので先ず疑われる事は無いだろう。
ホテルに張り込んでいる輩もいないのは確認済みだ。
* * * * * * *
何時もの部屋にジャンプすると、連絡のメモが机の上に置かれていた。
3日後傷病者5名、ノブーレン宰相と治癒魔法師1名護衛の騎士8名が昼に来訪と記されていた。
んじゃ、前日からお泊りですな。
当日馬車2台に護衛の騎士16名が騎馬で現れた。
ノブーレン宰相と治癒魔法師に騎士8名が、玄関ホールの一角に用意された場所を確認する。
続いて傷病者5名が騎士に抱えられたり担架に乗せられて所定の場所に置かれた。
運んできた騎士達が出て行くと、階段の上から見ていた俺達の出番だ。
階段を下りて行くと、胡散臭気な目付きの治癒魔法師と無表情ながら緊張している騎士達。
傷病者は無気力、諦め、縋る様な目と様々だ。
シャーラが宰相と治癒魔法師に軽く一礼して、傷病者に向かう。
歌うようなシャーラの声と共に一人目の治療が終わる。
二人目も三人目も軽く治していく。
無詠唱だと又何か言われると面倒なので、森の一族の人の名や花の名前を唱えながら、頭の中で〔なーぉれっ〕てやれと教えたが上手くいってるな。
治癒魔法師の目付きが必死で笑いそうになるが、ノブーレン宰相も真ん丸オメメが可愛いですね。
5人目でシャーラの動きが止まった。
《カイト、シャーラがこの人おかしいって》
《グリン、どうおかしいか聞いてくれるかい》
《ん、判った。んとね何処も治す所が無いって》
《有り難う。シャーラに大使に抗議しろと伝えて》
《ん、》
「ルクラン様、約束が違います。この人は直せません、5人目の方は本当に傷病者なんですか」
くぐもった声ながら、シャーラの厳しい声が聞こえる。
「ノブーレン宰相閣下、御説明いただけますか。私は傷病者5名と言った筈です。治す必要の無い者を連れて来て試すとは、無礼にも程があります」
ノブーレン宰相閣下、あたふたしているので知らなかったのかな。
それに引き換え、治癒魔法師の顔色ったら。
「お引き取り下さい。リリーサ様の治癒魔法の件は約束が守られない以上、残念ですがお断りします」
シャーラを促して階段に向かう。
「待ってくれルクラン殿、まさかそんな筈は無い」
「そこで青い顔をしている、治癒魔法師に理由を聞いた方が早そうですよ」
ノブーレン宰相は、立ち止まる俺達と治癒魔法師を交互に見て何かを悟った様だ。
「ハマワール子爵様に対する貴国の行いと今回の事で、貴国に対する信頼は地に落ちましたね。王宮へ出向いての治療はお断りします。それでも治療を望むのなら、王女殿下を此処に連れて来て下さい。此処でならば治癒魔法を試させて頂きます」
シャーラを促して階段を上がる。
「ヘイロン貴様!」
ノブーレン宰相の怒声が聞こえるが、ブルデン王国も問題山積だね。
自分の地位を守るための嫌がらせで、自分の首を絞める馬鹿。
多分優秀な治癒魔法使いを、ああやって排除して地位を守っていたのだろう。
後を追ってきたルクラン大使に、王女殿下が大使公邸に出向いて来るのなら、日を改めて来ますと伝えて部屋に戻った。
* * * * * * *
騎士達に引きずられる様に馬車に乗せられて王宮に戻るヘイロンには、厳しい未来しか無かった。
ノブーレン宰相は、もしかしたら王女殿下はとっくに治療出来ていたのかも知れないと思った。
それは、全て自分の内政の不行き届きだと泣きたい思いだった。
だが泣いてはいられない、今日のヘイロンの手口から今までも優秀な治癒魔法使いを、同じ手口で排除していたのは間違いない。
誰を排除したのか調べて、早急に過去の治癒魔法使い達の業績を確かめる必要がある。
恐らくヘイロン一人では在るまい、組織全体の見直しから始めなければならない。
王宮に到着するとヘイロンは、騎士達に両腕を抱えられノブーレン宰相の後をついて行くことになった。
狭く簡素な部屋に、机が一つと椅子が二つ有るだけ。
「取り調べの者を呼べ! ヘイロンお前はそこに座れ」
ノブーレン宰相と、机を挟んで向かい合うが震えが止まらないヘイロン。
「調べる事は二つ、一つはヘイロンが自分より優秀な者達を何人排除したのか、排除した者の名前だ。もう一つはヘイロンと同じ様な事をしている者の名前だ! 全ての取り調べが終るまで、この部屋と地下牢とを往復させろ!」
やってきた取り調べ官に、調べる事の要点を伝えると帰って行った。
ヘイロンが自分より優秀な者達を同僚達と協力して排除して、治癒魔法師としての地位を守ってきた、その怠慢と悪事が全て暴かれる事になる。
* * * * * * *
ノブーレン宰相は、改めてルクラン大使に謝罪のために大使公邸を訪れた。
そして謝罪の後、改めてリリーサ王女殿下の治療を依頼した。
ルクラン大使はカイトの言葉どおり、大使公邸でリリーサ王女殿下に対し治癒魔法を施すのならと条件を付けた。
付添いの条件も前回同様、ノブーレン宰相と治癒魔法師に護衛の騎士8人のみと定めた。
4日後改めて治療を施す事が決まり、カイトに伝えられた。
その際カイトは入口で、ルクラン自ら出入りする人の確認を要求した。
理由は簡単、ブルデン側を信用していないからだ。
ノブーレン宰相やブルデン王家にその気が無くても、使用人達を掌握出来ていない。
前日に、再びシャーラと大使公邸入りした俺達は、マジックポーチから生活用品を出してのんびりしていた。
シャーラはグリンと遊んでいる。
のんびりと朝食を済ませて、王女殿下の到着を待つ、最近平和だ。
多少問題はあるが、切った張ったが無いのは何よりだ。
おっと王女殿下の到着だ、ジャパニーズニンジャスタイルに覆面をして、アノニマスモドキのお面を被る。
仕上げにダブダブローブにフードを被って出来上がり。
ホールを見下ろす階段の上で待機する。
シャーラが夢見る王女様が、寝椅子に横たわって運ばれて来る。
用意が出来たので、ルクラン大使が階段下まで来て頷く。
シャーラと降りて行くが、今回の治癒魔法使いは目を合わそうとしない。
横たわる王女殿下は、見た目7、8才くらいだが青白い顔に浮腫がある。
《カイト、シャーラが何か臭うって言ってるよ》
《臭うって、どんな匂いか聞いてみて》
《んーとね薬草の匂い、多分ね飲んだら駄目な匂いの気がするって。お面が邪魔なんだって》
「どうなさいました」
「少し待って下さい。宰相閣下と大使閣下以外は離れて下さい」
不審そうな顔で騎士と治癒魔法使いが離れる。
「お二人も少し離れて下さい」
「どうしたのだ、護衛君」
「彼女が臭いと言ってます。病気の原因を探るよい機会ですので、ちょっと調べさせて下さい」
「でも彼女は何も言ってない様だが」
「宰相閣下は彼女の事が解るのですか、護衛の私が言った事は信用ならないと言われますか」
「いやそうではなく、治療に関係のない事は控えて欲しいのだ」
「原因を知る必要が無いと言われるなら、治療だけはします。然し又直ぐに発病しても我々に責任を問わないで下さいね」
「シャーラに頷くと、歌うように花の名前を言いながら治癒魔法をかける」
頷くシャーラに代わって、治療が終わった事を告げる。
病気の原因を知りたくないのなら、もう此処に用は無い。
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