第143話 動かぬ証拠
「残念だね、小細工が過ぎたんだよ。あの時子供が俺の前に立っていたら射てないからな。お前のお陰で助かったよ、礼を言いたいくらいだがな」
「よお、俺達はなんの関係も無いぜ、王都で声を掛けられて、偶に狩り等に付き合ってもらっただけだよ」
「ふーんそうか、それは大変だな。クースってお前か、中々弓の腕は良いな」
「それがどうした、何故俺達までハマンの仲間にされてるんだ」
「あー残念ながら、お前が俺を射って逃げたからだよ」
「おいお前、クースが射ったって証拠でも有るのかよ、変な言い掛かりは止めろや」
「証拠ね、万人が納得する証拠でも出せってか」
「当然だろうが! ようギルマス、そうだろう。俺達は疚しい事は何一つしていないぜ。そいつの言い分だけで、俺達をこんな目にあわせていいのかよ」
「お前達の持ち物全て此処に出してあるが良く見ろ! 立派な証拠が有るじゃないか。あっハムルだろうとハマンだろうと有罪ね。終生犯罪奴隷決定」
「好きにしろ! 殺人鬼が」
〈ドゴ〉って音と共にハマンが吹き飛んだ。
シャーラが襟首を掴んで引き起こすと、腹に爪先を蹴り込む。
手加減はしているのだろうが、血反吐とゲロを吐きながら転げ回っている。
器用な奴だね。
流石は勇者ハマン、痛みに耐えてシャーラを睨んでいるが止めといた方が良いよ、とは教えない。
〈なーぉれっ〉
可愛い声で治しているが後が怖い。
ノーマンさんも俺も、止める気はまったくない。
治癒魔法で痛みが消え怪我が治って唖然とするハマンの顔面に、シャーラの蹴りが入る。
痛そうー、無防備なところにもろに顔面蹴りだよ。
歯を撒き散らしながら仲間達の所に転がり込む。
森の支配者達の顔色が、青を通り越して白くなっているが、誰も気にしない。
引き摺り出されても睨んでいる根性は大したものだが、テイルドラゴン相手にその根性を試すべきだったな。
殺されないと判っているから、痛くても耐えられるのかな。
シャーラの遠慮の無い攻撃を一身に受け、ズタボロになる事3回目の治療を施したところで4回目を止めた。
不満気なシャーラと代わり、一息つくハマンの耳朶に用意の焼けた鉄棒を突き刺す。
イヤリングの穴を二つ、太腿にも焼けた鉄棒を突き刺し放置する。
「シャーラ、明日の朝までは治療はするなよ。ハマンは我慢強そうだから、明日は火炙りか身体中に焼けた鉄棒をプレゼントしてやるよ。」
ハマンから目をそらして、怯えている5人と向き合う。
「リーダーのヘラルだったかな、話してくれるよな。どうしてハマンの手先になったのか」
「俺達は何もしていない、本当だ勘弁してくれよ」
「シャーラ、此奴も頼むわ」
そう言って横に移動すると、シャーラは片手で襟を掴んで投げ飛ばす。
起き上がろうとしないヘラルの腹に、ブーツの先がめり込む。
「えーと弓の名手クースだよな、見事な手並みだったよ誰が考えたんだ」
「何の事か判らないんだがよ、兄さん」
〈ドス〉って音と共に身体が浮き上がるクース、後ろから股間にシャーラのブーツが食い込んでいる。
思わず俺も内股になり、キュンっとなって鳥肌立ちました。
それは反則だぞシャーラ、俺までゾワゾワして縮み上がったぜ。
見ろよ、クースなんて白目を剥いて泡吹いているじゃないの。
残りの3人は、目を背けて震えている
「まっ喋らなくても証拠は有る、王都にも証拠は有るからしっかり可愛がってもらえ」
「お前達、自分がした事をよーく考えてみろよ。ガッチリ証拠を残していった事を思い出すさ」
ノーマンさんが面白そうにヒントを教えてやっている。
エグドラ冒険者ギルドの地下牢に放り込まれて、王都への移送までの間シャーラに可愛がってもらえ。
今回は王都の警備隊も捜査に関わったので、捕まえたからと言って簡単に殺す訳にはいかない。
然し森の支配者に対する証言も有るし証拠も有る、となれば取り調べに遠慮など欠片も無い。
シャーラに殴られた事など、優しすぎたと思われる過酷な取り調べを受けてクースが一番に自白した。
もっともクースの弓矢の事を知る冒険者は多く、俺の胸に突き立った矢と子供の背に突き立った矢は同一で、クースの物だとはっきりしていた。
エルフや森の一族の者でも弓矢の模様は、一人ひとり違うのに当たり前過ぎて気づかないなんてね。
クースが俺を射つときに、子供が前に立つと子供が邪魔で俺の心臓は狙えない、頭はほんの少しずれただけで弾かれ致命傷にならない。
で考えたのが、子供に文を渡したら金を落して拾えと教え、紐付きの鉄貨を渡した。
落とした金が見つからなければ子供はしゃがんだままで立たない、的が不自然な姿勢では確実に殺せない。
森の支配者やハムルと名乗ったハマンの事が子供から知られる。
その為には文を渡すと小銭を落して拾う、その間に俺を射ち、立ち上がった子供を射って証拠隠滅の筈だった。
然し小銭に紐が付いているのを見た俺が、不自然に思い僅かだが身体が動いた、その為に俺は助かり二の矢を受けて子供は死んだ。
小銭の紐と僅かに感じた悪意が無ければ確実に死んでいただろう。
ハマンとクースは終身犯罪奴隷、森の支配者のリーダー,ヘラルは20年の犯罪奴隷、ケルタ,ヨーラ,ヒザトの3人は10年間の犯罪奴隷と決まり全員鉱山送りになった。
* * * * * * * *
のんびりしていると、王都商業ギルドのギルマスの訪問を受けた。
サラームと名乗った男の言葉では、シャーラと俺の預け入れが金貨3万枚を超えている。
少し運用させてもらいたいとの事だった。
商いの元手金貨10枚〜100枚程度の、小規模な資金を必要とする商人達に、低額金利での融資をしたいがその資金が無い。
で、預けたまま放置している、シャーラと俺の金に目を付けたって事らしい。
年間利子は金主の俺達に2割、仲介手数料として商業ギルドに1割との事だった。
3割の利子とは結構高いなと思ったが、日本とは違う世界の事で俺には判らない。
考えておいてくれと言ってサラームは帰っていった。
そういえば王都に来たとき、時々商業ギルドに寄り金を預けていたし、王家からの振込もあったはずだ。
多いなと思っていたら一人3万枚を超えていると、よく考えたら万の単位の金貨を何回か受け取っている。
最近も王家から直接振込もあった筈だ。
マジックポーチと空間収納にも革袋がゴロゴロしている。
それに殆ど生活費しか使ってない、一月に金貨100枚も使ってないから貯まる一方だ。
ホイシー侯爵様に金貨1万枚を払ったが全然減っていない。
ダルクの言葉も在るので、万が一に備え、ダルク草原に拠点を作る事にした。
その前に商業ギルドのサラームを訪ね、シャーラの資産金貨2万5千枚と、俺も同額の金貨2万5千枚、計5万枚を小規模な商人達に貸し出す事を同意した。
条件は一人又は一商店に対し最大貸出額は金貨100枚迄、貸し出し期限は最大5年、金利は年間5%手数料も同額で手数料と金利の受取りは一年毎と定める。
返済不能になれば借金奴隷の世界だ保証人も何も必要無い。
20年間の運用を商業ギルドに委ね、契約書に署名する。
それからもう一つの用件だ、文字通りのお財布ポーチに投げ込んだ金貨を商業ギルドに預ける。
エメード・フルカン伯爵のマジックポーチに有った革袋のうち100袋はホイシー侯爵様に贈ったのにまだまだ有って呆れたね。
お財布ポーチの口に革袋を逆さまにして入れていったが、正当な報酬も多数あり400以上の革袋を処分する事になった。
未だまだ有ったが、手持ちの資金も必要なのでそこそこでやめた。
サラームに数えて無い金貨を預けたいと告げて、大きな木箱を用意してもらう。
そこにお財布ポーチを逆さまにして中の金貨を箱に入れ、全て預けるからと告げたがサラームが反応しない。
よく見ると口が開いたまま硬直していた。
* * * * * * * *
日を改めて王城にナガラン宰相を訪ねる。
「珍しいな、今日は何の用かな」
「ホイシー侯爵領ダルク草原の一部、迷いの森と呼ばれる所と、その周辺を買い受けたいと思いましてね」
「その必要はないと思うのだが、あの森には誰も立ち入れないのだろう」
「奥はそうですが、冒険者達が迷いの森のと呼ぶ辺りは、危険な事に変わりませんが入れます。別に買い受けたからと言って、誰も立ち入れない様にするつもりは在りません。迷いの森とその周辺に建物を建てさせない、誰も住付けない様にするだけです。冒険者が森や草原から利益を得る事は許します。つまり迷いの森とその周辺を自由にする権利が欲しいだけです。永劫にね」
陛下と相談してくると言って、ナガラン宰相が応接室を出ていった。
国王陛下と共に現れたナガラン宰相の言葉は、条件付きの譲渡可だった。
まぁ想定内だけど、一応条件を聞くのは礼儀だろうね。
定期的に精霊樹の森から、ポーション制作に必要な薬草及びアースドラゴンとテイルドラゴンの提供だ。
即座に拒否した、王国にだけに有利な条件には応じられない。
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