第85話 天上の酒

 ナジルを家に帰し、明日のために侯爵邸で泊まる。

 今エグドラを出発すれば、12月の半ばには王都ヘリセンに着くだろう。

 

 何時もの様に馬車2台護衛の騎士20名、護衛の冒険者20名の編成で、エグドラの街を出発した。

 今回は俺とシャーラが交代で御者の隣に座る。

 気配察知が錆び付かない様に、鍛えておくのは冒険者の心得だ(キリッ)と言ったらヒャルに鼻で笑われた。

 シャーラの生体レーダーは便利だけど、頼りっきりになるのもちょっとね、何かあった時に問題だから。

 

 俺が張りきって気配察知の腕を磨こうって時に限って、野獣は近づいてこない。

 いや野獣はいるのだが、ゴブリンや小型のボア達で馬車列が近づくと逃げて行くのでヒャルも暇そう。


 * * * * * * * *

 

 王都に着くとシャーラは当然の如く、フィの館に直行してしまった。

 俺は侯爵様にシルバーフィッシュやレインボーシュリンプを引き渡さなければならないので、侯爵邸にお泊り。

 

 侯爵様は、国王陛下に贈る献上品の目録を作っている。

 森の雫  7本

 森の恵  20本

 シルバーフィッシュ  21匹×10箱

 レインボーシュリンプ 50匹×6箱

 ホウホウ鳥   5羽

 ホウホウ鳥の卵 5個

 ビッグビーンズ 3個

 房の実     4房

 香り茸     1壺(中)

 以上の目録をナガラン宰相に送った。

 

 ナガラン宰相は目録を見て、森の雫と森の恵が判らないが取り合えず国王陛下に報告する。

 

 「ハマワール侯爵は、中々良い伝手を持っている様だな。然し、この森の雫と森の恵とは何かな」

 

 「私も初めて聞く名です。ホウホウ鳥と卵ですか、それに香り茸とは、近年目にしていませんね。それと陛下、ビッグビーンズとありますが豆でしょうか」

 

 あれこれ考えても判らない、ハマワール侯爵が物を持っているので持参するように使者を差し向けた。

 

 * * * * * * * *

 

 王城に向かったハマワール侯爵は、宰相に面会を求めると即座に城の奥に導かれ、国王陛下の待つ部屋に通された。

 跪くハマワール侯爵に、楽にせよと声をかける国王陛下。

 

 「ハマワール、良き伝手があるとみえる」

 

 「はっ陛下、近頃エグドラの街に森の一族が現れ、取引をしたいと持ち掛けられました。その時に購った物を献上したいと思い、宰相殿にお伝え致しました」

 

 「ほう森の一族か」

 

 「はい、8名程の者がエグドラの冒険者ギルドを訪れ、売りたい物が有るとギルドマスターに持ち掛けました。内容を聞いたギルドマスターが私に連絡してきて、直接取引を致しました」

 

 「森の一族は、奥地を彷徨う一族と聞いたが」

 

 「隣国セーレン王国エラードの街に、獲物を売りに行っていたそうですが、私が買上げた半値以下の取引だったそうです。彼等は一定年で村を移動する様で、エグドラの噂を聞いて取引したいとやって来たのです」

 

 「セーレン王国か、余り良い噂は聞かないな」

 

 「買い取り価格に満足して貰えたので、今後の取引を約束しました。マジックポーチを与え、最低年に1度は直接取引する事になりました」

 

 「ほう、では」

 

 「はいシルバーフィッシュとレインボーシュリンプに関しては、ある程度は定期的に購入出来るかと思われます。果実に関しては天候に寄りますので何とも」

 

 「それは楽しみだな。では、見せて貰おうか」


 用意のワゴンに森の雫 7本、森の恵 20本、香り茸 1壺(中)を乗せる。

 次にシルバーフィッシュ 21匹×6箱、レインボーシュリンプ 50匹×4箱を、それぞれのワゴンに乗せていく。

 ホウホウ鳥 5羽、ホウホウ鳥の卵 5個、ビッグビーンズ 3個、桶に氷漬けの房の実 4房をワゴンに乗せる。

 

 鑑定使いがそれ等を鑑定し、問題なしと告げ一礼して下がる。

 シルバーフィッシュとレインボーシュリンプは、すぐさまマジックポーチに納められ厨房へ。

 

 「ハマワール、森の雫と森の恵とは酒の事か」

 

 「はい森の一族やエルフ達が、密かに楽しむものらしゅう御座います。彼等にも滅多に手に入らぬ物で我々のもとには回って来ません。彼等が特別な時にだけ呑むものだそうです。今回沢山採れたからと特別に分けて貰いました。先ず森の恵からお試し下さい」

 

 用意されたグラスに注がれた森の恵を口に含む。

 国王陛下も宰相も満足気な御様子。

 

 「中々の逸品だな」

 「はいこれ程の物は滅多に出ません。それをこれ程の数とは」

 

 「陛下、その評価は後ほどお願い致します」

 

 「ほう、自信が有りそうだな」

 

 「はい森の雫と名付けられたそれこそが、逸品と呼ぶに相応しいものです」

 

 新たなグラスに注がれる酒の、馥郁たる香りが鼻孔を擽る。

 

 「何とも芳しい」

 「香りだけで期待が膨らむな」

 

 二人が静かに口に含んで暫し目を見張り〈ゴクリ〉と静かな部屋に飲み干す音が響く。

 〈フー〉二人同時に大きな吐息を吐く。

 

 「何と、飲み干した後に、腹から吹き上がる様に香るぞ」

 「それより陛下、何とも、これは伝説の天上の美酒の様ではありませんか。こんな酒は初めてですし。聞いた事もありません」

 

 ナガラン宰相には珍しい、興奮した声で告げる。

 

 「天上の美酒か、ハマワール侯爵この酒を「天上の酒」と名付けるぞ」

 

 「はっ、相応しい名で御座います」

 

 * * * * * * * *

 

 ハマワール侯爵は城から下がる馬車の中で、暫くはカイトが森から持ち帰る物は、森の一族から買上げた事に出来ると安堵していた。

 全く、カイトが森から持ち帰る物には、毎度毎度驚かされるから大変だ。

 

 陛下に森の雫改め天上の酒と、森の恵他をを無事に献上を済ませた。

 2,3日の間をとり公開しても良かろうと思い、友人達を招待して森の恵を披露しよう。

 彼等の反応を楽しみに、執事のエフォルに招待状を送らせた。

 つまみはシルバーフィッシュの皮を、パリパリに焼いたのが1番だな、などと呑気に考えていた。

 

 * * * * * * * *

 

 一方フィエーン・ハマワール子爵の館には、シャーラが駆け込んでいた。

 

 「フィ様お土産!」

 

 「シャーラ、御挨拶はどうしました。礼儀を弁えねば、カイト様の恥になりますよ」

 

 メイド長のアイサから小言を貰い、舌を出していた。

 

 「アイサ様シルバーフィッシュとレインボーシュリンプを沢山持って来ました。それと香り茸も、房の実も、紅宝玉もえとえと」

 

 「落ち着きなさいシャーラ。お嬢様はサロンに居ますよ、御挨拶を忘れずにね」

 

 元気良く返事をして、フィのいるサロンに駆け込む。

 見送るアイサは、肩を竦めて首を振る事になった。

 

 「フィ様帰りました。お土産沢山持って来ましたよ」

 

 アイサが用意してくれた、ワゴンに其れ等を乗せていく。

 森の雫3本,森の恵4本,桶に氷漬けの房の実3房と、次々に乗せていく。

 料理長を呼んで貰いホウホウ鳥2羽,シルバーフィッシュ21匹×2箱、レインボーシュリンプ50匹×2箱とホウホウ鳥の卵3個と香り茸の壺(小)を渡す。

 

 「フィ様、紅宝玉は侯爵様だけに渡してますので内緒にして下さいね」

 

 そう言って2房の紅宝玉を取り出す。

 料理長が、出された土産物を見て硬直している。

 

 「またまた貴重な物ばかり、これを調理すると普段の物が見劣りして大変ですよ」

 

 料理長の歎きをよそに、ビッグビーンズをドンッとワゴンに2つ乗せる。

 これにはフィもビックリした様で、唖然としている。

 

 「シャーラ、これって」

 

 「はいフィ様、豆ですよ。美味しいんですよ」

 

 「どうやって調理するんだ」

 

 料理長の問い掛けに、ニンマリ笑って皿を用意して貰い、腰のナイフを取り出す。

 筴(サヤ)に突き立て、大きな実を一つ取りだし皿に乗せる。

 

 「このまま食べられます。ヒャル様と侯爵様で一つ食べてしまいましたからね」

 

 アイサと料理長と3人で試食し、3口めに気がついてフォークを置く。

 

 「これは何とも・・・」

 「そうね、油断するとお腹一杯になるまで食べてしまいそうな、後を引く美味しさね」

 「さようで御座いますね。お出しする時には、小分けにして出す様に致します」

 

 「フィ様、森の恵と森の雫を少しだけ試して下さい。カイト様が絶品だって言ってましたよ。森の恵からね、先に森の雫を飲むとがっかりするって言ってました」

 

 用意されたグラスに森の恵を少量注ぎ、香りを確かめ口に含む。

 鼻に抜ける香りも含んだ口当たりも極上の物だ。

 

 「これで後から飲むとがっかりするって・・・」

 

 森の雫を開封しグラスに注ぐ、馥郁たる香りが周囲に漂いなるほどと思う。

 香りだけで森の恵とはレベルが違うと判る。

 口に含み驚愕の目でシャーラを見ると、ニッコリ笑って教えてくれた。

 

 「カイト様が、極上の酒とはこういう物だって言っていました。森の恵とは別物だと、森の恵から零れ落ちる貴重な雫の様だと言って、森の雫と名付けられました」

 

 「森の恵から零れ落ちる貴重な雫ね、確かにそうね。これは迂闊に表に出せないわね」

 

 後日、国王陛下が天上の酒と命名したと聞き、相応しい呼び名だと納得する。

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