第86話 嵐の予感
王城で開かれた、新年の宴は好評のうちに終わった。
それから暫くした夕刻、ハマワール侯爵邸に3台の馬車が訪れた。
ハマワール侯爵の友人、カイヤル伯爵、エーレル子爵、ホイット子爵の三人だ。
「王城の新年会で振る舞われた酒を手に入れただと」
「いやあれは中々の逸品だぞ。おいそれと手に入る物ではなかろう」
「以前のシルバーフィッシュとレインボーシュリンプも、ハマワールが手に入れた物だったな」
「期待していてくれ。森の恵を酔わない程度に楽しんでくれ、お楽しみは食事の後だ」
「中々に思わせ振りだな。逸品と言われる森の恵が前座か」
大振りな容器から、通常の酒のボトルに詰め替えられた森の恵を各自のグラスに注ぎ、皆で軽く掲げて新年を祝う。
ヒャルダを含めて5人の前には大皿が置かれ、緑色の物が一口大に切られて盛られている。
周りにはシルバーフィッシュの皮をパリパリに焼いた物が添えられている。
軽く口に含んだ森の恵の味と香りを楽しみながら、エーレル子爵が緑色の物に興味を示す。
「見たことも無い物だが」
「私も今回初めて見たよ」
「これは何だ?」
「まぁ一口食べてくれ」
三人がそれぞれ手に取り口に運ぶ、暫くしてエーレル子爵が軽く森の恵で口を湿らせると、再び手を出す。
沈黙の中、3人3様の表情で食べている。
ハマワール侯爵は苦笑し、ヒャルダはクスクス笑っている。
「何時まで食べている。あまり食べると夕食に響くぞ」
はっとした顔で手を止める三人。
「何とも、手が止まらぬぞ」
「美味いのは間違いないのだが・・・」
「これは何だ?」
「ヒャル、見せてやれ」
ヒャルダがマジックポーチから取り出したビッグビーンズを見て、3人とも???となる。
「まめ・・・だよな」
「そうですよ、豆です。ビッグビーンズと呼ばれているそうです」
「何処からこんな物を手に入れたんだ」
「森の一族が、エグドラの冒険者ギルドに持ち込んだ物を買い上げたのさ。その森の恵もだ、今夜のシルバーフィッシュとレインボーシュリンプの香り茸料理に使った物も、森の一族が持ってきた」
「よく森の一族と繋ぎが出来たな」
「エグドラの冒険者ギルドのギルマスは出来た男でな、冒険者の能力や持ち込む獲物を詮索しないのさ。勿論不正なものは見逃さない。それに冒険者が望めばランクすら上げない。その意味が判るか」
「何故だ冒険者は、ランクによって受けられる仕事も料金も変わるのだから、少しでも上に行こうとするのでは」
「普通はそうだ、だが普通でない冒険者は、森で野獣や貴重な果実薬草等を収集して、遥かに高額の稼ぎを得ている。魔法大会を思い出してみろ、立身を望む者は出場するが、本当の実力者は在野に有りと言われる所以を。そういった冒険者は、珍しい物や貴重な物を秘密に処分出来る相手と取引をする。自分の能力を知られる事は、貴族や豪商達の干渉を受けるので隠すのさ」
「それでそのギルマスの所に、貴重な物が集まるのか」
「高価な物や貴重な物は、おいそれと買い手が付かない。必然的にギルマスの信頼出来る人間に話がいく。それを買い取り、冒険者の不利になること嫌がる事はせずに、取引だけを公正にすれば良いのさ」
「その信頼出来る相手が、ハマワールお前という事か」
「多分な。今回森の一族相手で、もシルバーフィッシュやレインボーシュリンプの他、様々な物が有ったが欲しい物だけを買った。ざっと金貨1,000枚程だ」
「それは又大金を注ぎ込んだな」
「そこで自分の利益を優先して買い叩けば、二度と取引は無い。今回の取引は森の一族の集落一つとの取引だ。しかも今回の取引によって次回の取引の約束が出来た。相応の利益を与えるのは当然だ、見返りも充分にあるさ」
食事の用意が出来たので話を打ち切り、皆お目当てのレインボーシュリンプのスープや、シルバーフィッシュの香り茸料理を堪能した。
「いやー素材の美味さに、香り茸が一層味と香りを引き立てて何とも」
「少しでよければシルバーフィッシュとレインボーシュリンプに香り茸も譲るよ」
「有り難い。普通の料理でも香り茸が入っていると、数段上の味と香りに変わるというか何と言ってよいか」
「病み付きになる味と香りだな」
「そうそう、一度同じ料理を並べて食べたんだが・・・」
「後悔しただろう」
「まったくだ、香り茸が入るだけで、あれ程味が変わると思わなかったからな」
「香り茸がなくなった後の料理を食べて、家族に恨まれたよ」
「では、暫くは安泰だな」
軽口の応酬の間にハマワール侯爵が、森の恵と同じ様なボトルに入った、天上の酒を用意する。
並べられた五個のグラスにヒャルダが氷を入れ、天上の酒が注がれる。
グラスから立ちのぼる香りに、皆の顔が綻ぶ。
「何と、馥郁たる香りとはこれの事だな」
「むう、ハマワールの自慢の逸品とやらを、じっくり味わわせて貰うか」
皆それぞれ天上の酒を手にして期待に胸躍らせている。
「では森の雫改め、陛下命名の天上の酒に乾杯」
「「「天上の酒に乾杯」」」
ヒャルダが一人グラスを手に持ったまま、皆の顔を見ている。
皆それぞれに香りを楽しみ、グラスを揺らし口に含む。
そこで三人とも固まってしまった、いや口の中に含んだ酒を転がしている。
ヒャルダには良く判っていた、口の中で舌に纏わり付き香りが鼻を突き抜ける。
決して不快なものではない、それどころか香りは素晴らしく飲み干すのが惜しいのだ。
やがて諦めた様に〈ゴクリ〉と音を立てて飲み喉を滑り落ちていく。
再度胃の腑から、何とも言えない香りが吹き上がってくる。
「「「ほぅ」」」
三人の溜め息が同時に漏れる。
ハマワール侯爵が、パリパリを口に咥えてニヤニヤと笑っている。
それを見てヒャルダが天上の酒を口に含むが、目が笑っている。
三人とも何も言わず、再びグラスを傾ける。
グラスが空になって初めて口を開く。
「天上の酒か、言い得て妙だ」
「陛下の命名とな」
「これ程の酒を作る者がいるとはな」
「言い忘れたが、森の恵も天上の酒も天然物だ。故に森の一族が収穫してきた物を買い取った。森の恵でも数は収穫出来ない、天上の酒と命名されたが、元は森の恵みから生まれて森の雫と呼ばれていた酒だ」
「これ程の酒が天然物とか、冗談だろう!」
「嘘は言わんよ。言っただろう、森の恵から零れ落ちる一滴の様に、貴重な酒が森の雫と命名されていたのだ。私はそう聞いている。元は同じ森の恵なのだそうだ」
空のグラスに再び極上の逸品が注がれる。
皆言葉少なにグラスを傾け、やがてボトルの酒もなくなり悲しげな顔の三人、
「こんなに美味い酒を飲んで、悲しくなるとは思わなかったぞ」
「まぁ、森の恵でよければ少しだが譲るよ」
ハマワール侯爵も、シャーラから譲り受けた森の雫13本。
7本を王家に献上したので6本しか無い。
カイトが薬草採取用の布で漉しているが、僅かに澱が残っている。
それを上質な絹布で漉し、ボトルに移替えて5本になるが、その内の1本を振る舞った。
計算ではカイトから貰った容器からボトルに移替えれば30本の天上の酒が手元に有る事になる。
今日貴重な1本を振る舞ったが、手土産に渡す程ハマワール侯爵も甘くはなかった。
三人は森の恵2本とシルバーフィッシュ10匹、レインボーシュリンプ20匹と香り茸の小壺を土産に貰い、満足して帰って行った。
ハマワール侯爵やヒャルダは思いもしなかったが、天上の酒の噂が王都を駆け巡る事になる。
* * * * * * *
裕福な貴族や豪商達の間で、天上の酒が噂になっていた。
森の恵を振る舞われた者達がその味わいに感激して、何かと話題にしていたのだが、それを上回る逸品があると自慢した者がいるらしい。
ハマワール侯爵が招いた者達なら漏らさない。
多分、自慢した者は王家に招かれて天上の酒を振る舞われた者達で、他国のの高官か貴族だろう。
当然国内の有力貴族や豪商達と繋がりがあり、そこから噂が広がったと思われる。
王家への献上品は、誰が何時何を献上したのか公開されているので皆知っている。
特に今回は、森の一族から買上げたと王家に伝えているので、ウォータードラゴンやフォレストスネイクの時の様に、入手経路は秘密になっていない。
故に森の恵や天上の酒は、ハマワール侯爵が王家に献上したと皆が知っている。
先ず悲鳴を上げたのがフィだった。
疎遠な高位貴族や、何かと自分を見下していた貴婦人達の訪問を受ける様になった。
当たり障りのない挨拶から始まり、回りくどい質問攻めで森の恵と天上の酒の入手経路を聞きだそうとする。
親子だから少しは森の恵や天上の酒を貰っているのではないかと疑い、分けろとしつこい。
相手が上位貴族では無碍にも出来ないので、父親のハマワール侯爵に泣きついた。
ハマワール侯爵も、森の恵と天上の酒がこれ程噂になり、多くの興味を引くとは思ってもいなかった。
フィエーンを当分の間自分の館に避難させると同時に、フィエーンを尋ねて来る者達を自分の館に向かわせろとザガードに命じた。
「いやー、友人達を招いて試飲させようと思っていたが、招かなくてよかったよ」
「私は未だ誰にも言ってなかったので誤魔化せたわ」
「カイトの持って来る物はどれも度肝を抜く様な物ばかりだが、今回の物は手を焼きそうだな。早めに手を打っておくか」
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