第66話 鬼門

 その日は侯爵邸でお泊りとなり〈お風呂〉って悲しそうな声が聞こえるが諦めろ。

 シルバーフィッシュと、パリパリに焼いた皮をたっぷり出してご機嫌をとっておく。

 

 その夜、シャーラに見てもらいながら魔力の循環をする。

 何時もの様に精霊さんが魔力の流れの中に浮かぶ、少し多目に魔力を流すと透き通った若葉色の中に淡い虹色がちらりと見える。

 

 「カイト様、虹の様なものが時々見えます」

 

 「シャーラにもそう見えるか、昨日の夜にもちらりと虹の様なものが見えたのだ」

 

 「精霊さん、大きくなっているのかしら」


 「見た目の大きさは変わらないが、変化している様だな。少し調べたいが、役に立ちそうなのは王立図書館くらいか」

 

 その夜は魔力を一気に流し、精霊さんが時々淡い虹色に光るのを見ながら眠りに就いた。

 目覚めて再び一気に魔力を循環させ、精霊さんの色を確認して魔力切れでパタンキューの2度寝。

 

 朝食時に森の伝説や言い伝えお伽話等を知りたいが、何か知らないか聞いてみた。

 

 「おとぎぃ話しが何か知らないが、伝説や言い伝えなら王立図書館に行けば何か解ると思うよ」

 

 「やっぱりあそこか。俺やシャーラだけで入れるかな?」

 

 「案内するよ」

 

 「ヒャルに迷惑を掛けたからなぁ」

 

 「王立図書館なら私も一度行って見たいのだが、案内して貰えないだろうか」

 

 「殿下、噂好きの暇な貴族達や豪商と懇ろな貴族の溜まり場ですよ」

 

 思わず吹きだしかけたよ、ヒャルも辛辣だねぇ。

 壁際に控える騎士達も苦笑いをしている。

 ヒャルが目で問い掛けてくるので、ハマワール家の得意技肩を竦めてみせる。

 

 王立図書館は午前11時頃に開館するらしい、貴族様の朝は遅いのだ。

 侯爵家の馬車と二輪馬車で王立図書館に向かうが、お供に8名の騎士が騎馬で付いて来る。

 

 入口の衛兵達が、王族の護衛に付く筈の近衛騎士を従えて、侯爵家の馬車が来たので慌てている。

 然も、その後ろには粗末な座席が剥き出しの二輪馬車が付いて来ている。

 不思議そうな顔で見てくるが、軽く無視をして停車場に並んで停める。

 

 ヘラルス殿下とヒャル,俺にシャーラの4人が図書館に入ると、又ぞろ胡乱な視線が飛んで来る。

 その後を近衛騎士が続くのを見て、何事かと一層興味を引いた様だ。

 然し前回の事があるので、誰も近寄って来ないのは幸だ。

 

 2階に上がり空いているソファーに腰掛ける。

 お茶が運ばれて来て例のナプキン紛いの四つ折の布がおかれる。

 俺がトンと12枚の金貨を置き、エルフやドワーフ森の一族に伝わる伝承や精霊等に関する書籍を要求する。

 

 執事紛いの扮装の男が、戸惑った様でヒャルとヘラルス殿下を見る。

 鷹揚に頷くヒャルに、一礼して下がる。

 

 「何か変わったところだね。王立図書館と言わなかったかな?」

 

 「ヒャル曰く、暇な貴族の噂の発信源と貴族と豪商の馴れ合いの場らしいですよ」

 

 「それでハマワール子爵と貴族達の確執が合ったのですね」

 

 「何故それを」

 

 「それこそ噂の種になっていて、私の様な子供にすら聞かれてしまう程でした」

 

 ヒャルが顔を手で覆っているが、手遅れだな。

 

 「程なくしてエメード・フルカン伯爵死亡の噂が流れ、フルカン家は取り潰されたからね」

 

 あっちゃー、俺も噂の中心人物かよ。

 俺も、思わず手で顔を覆ってしまった。

 

 ワゴンに10冊程の本が乗せられらてきたので、シャーラと手分けして精霊,精霊木,精霊樹に関する記述を探す。

 エルフやドワーフ関連の書物に、少しだけ記載されていた。

 

 曰く精霊とは、精霊樹より生まれしものの呼び名である。

 精霊が昇華して妖精となるが、精霊から妖精に昇華するのは極めて稀な事だと書かれている。

 精霊は精霊樹より生まれ2,3年で消える存在で、妖精に昇華したものは精霊樹と共に永きに亘り存在する。

 妖精の姿はそれぞれあるが、羽は淡く虹色に輝き姿を現す事は奇跡を見る様なもの。

 エルフの永い生の中で、精霊や妖精を一度か二度目にすれば幸運だと記述されている。

 精霊樹は、森にてその姿を隠し望まれぬ者は誰一人として辿り着けぬ。

 

 ドワーフの書物にも似たような記述があるが、真贋不明となっている。

 森の一族の記述も似た様なものだが、時に精霊を目にする子供が現れる。

 と書かれていた。

 

 シャーラと目を見交わしたよ。

 ヒャルとヘラルス殿下は別の書物を読んでいるので、気付かれぬ様にそっと閉じ他のページを開いておく。

 シャーラも察したのか本を閉じ、お茶に手をつける。

 大収穫だな。


 その後ヘラルス殿下の興味のままに、図書館の各施設を見て回った。

 サロンでは、王家の筆頭後継者となったヘラルス殿下にそれぞれが丁寧な挨拶するが、ヒャルには当たり障りのない言葉をもごもごと言って終わり。

 ヘラルスの下にも王子は居るが、3才や2才ではね。

 ほぼ次期国王と目されるヘラルスには丁寧だが、隣にいる俺とシャーラは完全無視、存在しない扱いだ。

 

 ヘラルス殿下が俺に声を掛けても、慎ましく顔を臥せて決して目を合わせようとはしない。

 時たま目が合うと感情を殺した、腐った魚の様な目をスーっと逸らされる。

 

 ヒャルが、吹きだしそうな顔を臥せているが、肩が笑っている。

 

 「ヒャル、笑ってもいいよ」

 

 「いやー嫌われたね。違うか怖がられてるねー」

 

 「やっぱり、エメード・フルカン伯爵の事が響いてるの」

 

 思わず〈ブーッ〉って吹いちゃったよ。

 

 「ヘラルス殿下、何の事かよく解りませんが、余計な事は言わないほうが賢く見えますよ」

 

 「ハマワール子爵、カイトって存外辛辣だね」

 

 「この程度なら可愛いものですよ殿下。冒険者ギルドでは、巨漢の荒くれ相手に一歩も引きませんから。結構笑わせて貰いました」

 

 「そんなに楽しいの。冒険者ギルドかぁ、後学の為にも一度は行ってみたいものだね」

 

 「殿下、ヒャルは大袈裟に言っているだけですよ。冒険者ギルドでは、俺の様な小僧は隅の方をコソコソと歩いていますから」

 

 〈ブーッ〉って今度はヒャルが吹き出している。

 

 まぁ何とか望みの情報は手に入れたので帰る事にしたが、玄関ホールでホイシー侯爵様とぱったり出会ってしまった。

 ホイシー侯爵様、ヘラルス殿下に丁寧な挨拶を済ますと俺に向き直る。

 「まさか本当にやるとはね」とボソリと呟く。

 

 「嫌だなぁ侯爵様、そんな腕利きなら今頃プラチナランカーですよ」

 

 又〈ブーッ〉っとヒャルが吹き出している。

 覚えてろよと横目で睨んで、ホイシー侯爵様にそう答えると侯爵様は苦笑いで一つ二つ頷いて去っていった。

 王立図書館は鬼門だね。

 

 ハマワール邸に帰ってから、ヘラルス殿下が冒険者ギルドに興味を持って大変だった。

 冒険者ギルドってのは、野獣の死骸が転がり臭い汚い礼儀無用で、何時抜き打ち攻撃されるか判らない危険な所です。

 行きたいのなら、国王陛下に許しを貰ってからにして下さい、と言って拒否した。

 

 「殿下が冒険者ギルドに行けば、必然的にお供の騎士の方々がついて来ますので目立ちます。ジロジロと値踏みする、無礼な視線に晒されますよ」

 

 「でもハマワール子爵は、カイトと冒険者ギルドに何度も行っているのだろう」

 

 「殿下、私が冒険者ギルドに行く時には冒険者の服装で行きます。勿論護衛等居ませんから危険です。カイトが居なければ護衛無しでは行きません」

 

 「カイトが居れば、安全何だね」

 

 こーの、馬鹿! 一言余計だ!!!

 

 「殿下、その話は国王陛下にお許しを貰ってからにして下さいね」

 

 無理矢理その話を打ち切って帰る事にした。

 侯爵邸に入って行くヒャル達の馬車に手を振り、貴族街から以前お財布ポーチを買った店に行く。

 

 ランク2のお財布ポーチを4つ金貨120枚也、ヘイザ達に持たせておく事にする。

 料理担当のハーミラは食材等を保存するのに便利、トルーガとナーヤは水桶一つ運ぶのにもポーチに入れて運べば楽チンだし数を纏めて運べるからな。

 

 皆恐縮していたが、仕事は楽にするもんだ気楽に使えと渡した。

 使用者登録は4人がどれでも自由に使える様にした。

 

 「ヘイザ仕事用の服はどうなっている」

 

 「未だ注文していません。侯爵様の所で使っていたものを頂いていますので、それを流用しています」

 

 「俺達は小金持ちの商人って感じの服装を普段着にしている。侯爵様のプレゼントで家具が少々立派になったが、それに合わせた服を洗い替えも含めて皆に誂えてくれ。それと俺達がこの家にいる時に、馬の世話が出来る者を雇ってくれ」

 

 「臨時で雇うとなると、冒険者ギルドに頼む事になりますが。1年を通して雇う訳にはいきませんか。シャーラ様やカイト様が居ない時は、他の雑用をさせますので」

 

 「それは任せる」

 

 「カイト様ぁ、これ3,000枚くらい有りそう」

 

 シャーラが、ポーチをプラプラさせながら困った顔で言ってきた。

 

 ヘイザが、王家の紋章入りポーチを見てフリーズしている。

 

 「じゃあそれを、明日商業ギルドに預けてしまえ。3,000枚有れば、当分の間賄えるだろう」

 

 最後はヘイザに向けて問い掛ける。

 

 「はいそれはもう。然しそのポーチは」

 

 ヘイザは、魂が抜けかけた様な顔になってる。

 

 「今回の侯爵様の護衛にはヘラルス殿下も居てな、ちょっとしたことのお礼に貰ったんだ。その前に貰ったのは確か2,000枚入りだったかな」

 

 収納から2つの紋章入りお財布ポーチを取り出して見せる。

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