第105話 魔力

 「これも、シャーラの持つ物も本物ですがホイシー侯爵様が信用しても、貴方の使用人達は誰も信じませんよ。貴族の通行証・身分証すら信用しない者に見せれば、どうなると思います」

 

 冷や汗を流すホイシー侯爵に再度書状を読む様に促す。

 周囲の者達は誰一人動こうとせず静まり返っている。

 

 「お読みにならないなら返して下さい」

 

 「お待ち願いたい。どうか館にて対応させて下さい。陛下の書状をお持ち下さっ・・・」

 

 「お間違えの無いように言っておきますが、返答は私に対してです。陛下に対する返答は不要です」

 

 「それでも、どうかお願いします」

 

 仕方が無い、ホイシー侯爵を虐めるのが目的では無い。

 シャーラに馬車を門内に入れる様に言う。

 

 * * * * * * * *

 

 サロンにてホイシー侯爵様と向かい合うが、書状に目を通す侯爵様の目が点になっている。

 

 「これだけ・・・ですか?」

 

 内容は知らないが察しはつく、可哀相に理解出来ないだろうな。

 

 「声を出して読んで貰えますか」

 

 「この書状を持参する冒険者カイトとシャーラに対し完全なる自由を与えよ。二人の成すことに異義を唱えるべからず、臣下共々心せよ。尚要請があれば全面的な支援を期待する。追記としてお二人に王家発行の身分証を持たせていると書かれています」

 

 侯爵様の背後に控える執事が驚いている。

 そりゃそうだ、あれ程大騒ぎした内容がこれじゃ何が何だか判らないだろう。

 少しだけ説明しておく事にするが、理解出来ないだろうな。

 

 「私たちは、ご当地のダルク草原に滞在しますが期間は不明です。その間誰にも邪魔をされたくないのです。私達に対し便宜を図る必要もありません、むしろ邪魔です。今回の様に先々で躓きたくありません。同格の貴族の身分証を持ってすらこの扱いでは、下位貴族の方々は相当不快な思いをされていると思いますよ。」

 

 ホイシー侯爵様冷や汗タラタラだが、部下や使用人の躾も貴族の責任だ。

 王家に挨拶しておいてよかったよ、書状が無けりゃ侯爵様に会えずにどんな難癖を付けられた事か。

 

 収納からお財布ポーチを取りだし、ホイシー侯爵様に差し出す。

 

 「これは草原を自由に使う迷惑料です。多分、草原の一部は侯爵様が自由に出来ない場所になります」

 

 執事に確認させる。

 真新しい金貨の袋100個、取り出す途中から執事の顔色が段々変わっていくのが面白い。

 

 「カイト様これは」

 

 「様は不要です。金貨10,000枚です。先ほども申しました、草原を勝手気ままに使う迷惑料です」

 

 フルカン伯爵から巻き上げたポーチが、今ごろ役に立つとはね。

 結構溜め込んでいたよフルカン伯爵、貴族って儲かるんだ。

 フルカン伯爵の紋章入り革袋じゃ表に出せないので、新たな革袋を買って来て詰め替えるのに苦労した。

 用事は済んだので引き上げようとしたのだが、今回の様な不手際が起きないようにするため通達を出すが、効力が出るまで2,3日の滞在を頼まれてしまった。

 

 前回は何の問題も無く通れたのに、今回門衛一人に躓いたら連鎖反応起こしたみたいになったからな。

 ホイシー侯爵様も大変だ。

 

 結果的に虐めてしまい、可哀相なので夕食後に天上の酒を振る舞って慰めてあげた。

 ホイシー侯爵様、噂の酒を初めて口にして感激していた。

 お詫びに2,3本置いていきますよ、シャーラはお嬢様扱いされて悲鳴をあげていたけどね。

 何せ王家発行の身分証を持っているのを、執事が見ているので粗略には扱えなかったってのもあるのだろう。

 

 侯爵邸を去る時にはメイドの列に頭を下げられ、ホイシー侯爵様と執事の最敬礼に見送られて館を出る。

 門衛も列をなし直立不動ときた、落ち込んだぜ。

 陛下の書状が何の意味もなしてない、買うもの買ったらハーベイの街からとっとと逃げだそう。

 

 * * * * * * * *

 

 カイトとシャーラが去った後、ホイシー侯爵邸では暴風雨が吹き荒れた。

 問題の門衛が上司共々呼ばれ落雷の連続攻撃を受け、門衛は再教育となり上司は降格、咎めなかった同僚は譴責と言う名の暴言の嵐に曝された。

 ついで騎士3名が呼ばれ職務不適合の烙印を押され一兵卒に格下げとなり、続いて侯爵邸門衛が客人に対する不手際を責められ再教育の宣告を受けた。

 

 戦々恐々の執事に対し伯爵閣下は次席執事に職務の引き継ぎを命じ執事長から外した。

 侯爵家や王家の紋章すら見分けられない男を、執事長に据えた自分が愚かだった。

 彼には複数いる執事の末席で執事という名の雑用係になってもらう。


 不幸中の幸は、誰もカイト達に直接攻撃を加えていなかった事だ、それだけは聞いていて安堵した。

 ホイシー侯爵のプライドはズタズタになったが、だからと言って死人の山を築く事は無かった。


 然し処分を受けた者以外、何故これ程厳しい締め付けが行われているのか理解出来なかった。

 昨日までは侯爵家に連なる者として、歪つなプライドを持って仕事をしていたからだ。

 

 だが一番恐怖に包まれていたのはホイシー侯爵だった。

 門前でのカイトとのやり取りは、思い出すだけで鳥肌が立つ。

 王立図書館でのカイトとは別人で、敵に回せばどれ程危険な人物か実感していた。

 

 エメード・フルカンの例もある。

 あの男は文字通り家を潰されて死んだ。

 少年の見掛けに騙されて滅びた男の事などどうでもよいが、使用人達が見掛けに騙されカイトを嬲るが如き扱いをした結果、自分に被害が及んでは堪らない。

 

 以前見た時は、シャーラと同じ薄紫の紋章入り身分証だったが、今は真紅の紋章入り身分証を持っている。

 王家の紋章入り身分証を持つだけでも異例の事なのに、真紅の紋章とはそれ程国王陛下の信頼が厚いのだ。


 ダルク草原で何をするのかは知らないが、陛下は二人に完全なる自由を与えろと指示されている。

 静観し、二人の行動を阻害する者がいれば排除する事だけを心掛けようと心に誓う。

 

 * * * * * * * *

 

 カイトとシャーラは、ハーベイの市場に寄り屋台の食料をあれこれ買い込むと街を出た。

 出入りの門ではシャーラが操る馬車を見た衛兵は、身分証を出す前に通過を許可し直立不動で見送った。

 

 ダルク草原のグリンが示した場所の、少し離れた所にキャンプハウスを設置する。

 種を降ろす場所に深さ2メートル程の穴を掘り妖精達に種を渡すと穴の底に置き埋めろと言われる。

 埋めた種を中心に半径150メートル程の円形の池を造る事から始めた。

 クインの所と同じ様にするつもりだったが、妖精達に浅く広い池でよいと言われた。

 簡単な池の準備が出来ると複数の妖精達に示された場所に直径30センチ程度の深い縦穴を掘る。

 水脈まで掘るのかと思っていたら、翌日には水がこんこんと湧き出ていて、池が出来上がっていた。

 

 まっ、お伽話の住人のやることを、一々詮索しても始まらない。

 見なかった事にして壁造りの準備を始める事にしたが、これも妖精達が示す場所に目印の杭を立てる事から始まった。

 シャーラと左右に別れて杭を立てていくが円形の筈が杭の間隔や位置が随分ずれている。

 

 《なぁグリン、これってどうやって決めているんだ》

 

 《ん、魔力》

 

 《魔力って》

 

 《大地から魔力の溢れる場所が、母様の場所》

 

 《て事は種を適当な場所に埋めたら》

 

 《母様にはなれない》

 

 《もしかして一晩で池が出来たってのは》

 

 《母様の種が目覚めたからだよ》

 

 《じゃー壁も造れるのでは》

 

 《駄目なの。大地から魔力と共に吸い上げるのと、大地から築くものでは違うの》

 

 《カイト早く壁を造って》

 《カイト種を埋めたいの》

 《刺の種も埋めたいの》

 《沢山の種を蒔いて、色々な草を目覚めさせるよ》

 

 あー皆がワチャワチャ言い出して収集がつかなくなりそうだ。

 

 《皆落ち着けよ。一度には無理だから、取り合えず壁を造るから待ってよ》


 杭と杭を繋ぐように高い壁を造ろうとしたら高さ1メートル幅10センチ程の塀を造れと言われる。

 高さと厚みは、後からゆっくり増やせば良いって何だよ!

 ご注文通り低い壁を1日200メートル以上の早さで造っていったよ。

 シャーラと二人だから20日余りで完成したが、すぐさま妖精達が種を蒔きはじめた。


 先ず初めに刺の木の種を壁の外にランダムに蒔いていく。

 預かっていた刺の木の種を持っていったが、他にも沢山の種類が有る中それぞれ何の種か解るらしい。

 その沢山の種を埋めるのだが、グリンが穴掘りしている。

 

 そういえば俺の魔力と魔法を使って、蜥蜴と闘ったって言ってたよな。

 種蒔きはグリン達妖精に任せて俺とシャーラは壁造りだ、がこれが難儀な事で10日や20日で終わらない。

 面倒なので基礎が出来た後は幅60センチ程度にし、歩きながら積み上げていく方式にした。

 60センチ幅の壁の上を歩きながら、20センチ程度盛り上げていくのだ。

 壁の上の散歩だな、日々植えられた刺の木の成長を見ながら草原を眺める。

 

 シャーラもこの方式が気に入った様で、壁の上を歩く猫って感じで妖精達と遊びながら壁を積み上げている。

 毎日壁の上を歩いて少しずつ高くしているが、刺の木の成長は早い。

 お前は筍かと突っ込みを入れたくなるくらいに早く、常に壁を覆っているので外部からの侵入は先ず無理だろう。

 刺の木は俺達が壁を築くために歩いていくと、場所を空けてくれるので問題ないが、なかなか怖いものがある。

 

 ある日気づいた・・・俺って馬鹿だ!

 壁際の刺の木の成長と共に他の木々も成長しているし、刺の木は外に向かって2重3重にも重なり茨の森を形成している。

 

 精霊樹は?・・・生えていた!

 

 お前、目覚めていたのなら、オハヨウの挨拶くらいしろよ。

 脱力感半端ないわ、樹高2メートルくらいかな。

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