第56話 シャーラのお願い

 エグドラに着いたのは侯爵様が王都に向かう前日だった。

 〔森の鼠〕達はエグドラの入口で衛兵の丁寧な対応と、侯爵様と親しい様子の俺達を見て驚いていた。


 警備隊に馬車を出して貰い、侯爵邸に向かうが〔森の鼠〕の3人は不安そうにしているが付き合って貰わねば話が面倒だ。

 執事長エフォルに迎えられ、侯爵様の執務室に案内される〔森の鼠〕の3人は完全に腰が引けている。

 

 「どうしたカイト、後ろの3人は」

 

 シャーラが、森で母親の仇の匂いを嗅ぎ付けた事から、追跡と捕獲の後に喋らせた内容を話す。

 〔森の鼠〕の三人にも証言して貰いエグドラを含む、複数の街の衛兵や警備隊に協力者がいるし、奴隷商人も一役買っているらしいと伝える。

 彼等は今表には出せないから連れて来たと伝えた。

 捕らえた賊13人は、森の中のドームに閉じ込めているのでどうするのか決めて貰う。

 

 ヒャルが呼ばれ同じ事を伝えると、侯爵様は王都行きを中止して騎士達を集めて、盗賊の連行をヒャルに命じる。

 〔森の鼠〕はエグドラで集めた冒険者達と騎士を率いて、賊を閉じ込めたドームに同行することになった。

 勿論俺も行く事に、ドームを残しておく訳にはいかない。

 

 ヒャルと騎士10人と冒険者30人〔森の鼠〕に俺とシャーラで翌朝出発した。

 道中俺やシャーラが、子爵様であるヒャルと親しく話をしているのを見て、へどもどしている〔森の鼠〕達。

 見聞きした事は絶対に喋るなよと、再度念を押しておく。

 

 人数が多いので片道5日かかってドームに到着、水だけで10日近く過ごしたので皆さんげっそりしていて協力的だ。

 足枷を外し首輪を付けロープで数珠繋ぎにしてエグドラに向かうが、フラフラの奴等に時間を取られ帰りは7日かかった。

 

 街の警備隊や衛兵達には知られない様に手配が出来ていて、帰ると侯爵邸に13人を監禁し取り調べを始める。

 〔森の鼠〕には彼等から情報が漏れない様に、侯爵邸に俺やシャーラと共にお泊りだ。

 

 侯爵様は王都訪問中止の理由を、宰相宛に書簡で説明していると言っていた。

 面倒な貴族の付き合いをしなくて済むと、喜んでいる節がある。

 俺は〔森の鼠〕3人に一人金貨5枚を渡し、口止め料と仕事にならない休業保障をしてやる。

 盗賊から取り上げたランク2のお財布ポーチを含め、三人共お財布ポーチ持ちになり、盗賊の金品を全部貰った上に金貨5枚だから極めて協力的だ。

 

 盗賊達も取り調べには極めて協力的だとさ、俺より手荒な人々には逆らわないらしい。

 門の衛兵や街の警備隊員は、交代の班毎に臨時訓練と称して侯爵邸の訓練場に集められて面通しが行われた。

 複数の賊が仲間だと認めた者は、騎士達が彼等を物陰に連れ込み拘束していく。

 

 残った者には厳しい箝口令が敷かれ、部隊の宿舎に帰って待機が命じられる。

 全ての確認が終わると待機している部隊を使い、奴隷商人やホーエン商会の時に取り逃がした裏稼業の者達の捕縛に向かう。

 勿論他の街に巣食う奴等も同じ頃に次々と捕縛されていた。

 

 「全く油断も隙も無い、いつの間に潜り込んで来たのやら。ホーエンの時に取り逃がした、面倒な奴等も一網打尽に出来た様だ。有り難うカイト」

 

 「いえシャーラが居なきゃ、気付きもしなかった事です」

 

 「ところで、もうホテルには行かないつもりかね」

 

 「私達の事で貴族の鞘当てに利用され、ああ言う事になってしまいました。侯爵様のご厚意に甘え過ぎていたと思います。今後は一冒険者として仕事をお受けします」

 

 「住まいはどうするのだ」

 

 「何処か厩付きの一軒家があれば購入しますので、そこを連絡先にします」

 

 「判った、然しこれだけは受け取ってくれ。これから先も依頼をするので、冒険者以外の身分証も必要になるからな」

 

 そう言って侯爵家発行の身分証2枚を渡された。

 シャーラの分も必要になる時もあるだろうからと言われ、礼を言って好意に甘える事にする。

 〔森の鼠〕3人と共に侯爵邸を辞去する時、馬車で冒険者ギルドまで送ってくれたので3人が恐縮仕切りで笑ってしまった。

 彼等とは冒険者ギルドで別れたが、最敬礼されて気恥ずかしいかった。

 

 商業ギルドに行き家を買いたいと告げると、胡散臭い顔になる。

 面倒なので王家の紋章入りのお財布ポーチを取りだし、ピッカピカの金貨を掴み出して見せると一瞬で表情が変わり愛想良くなった。

 侯爵様の仕立ててくれた服の威光が無いと、俺って見た目まるっきりの子供だからなぁ。

 これからは時々、王家の紋章入りお財布ポーチに活躍して貰う事にする。

 

 厩付きの家を買いたいのだが、冒険者ギルドと市場に近い所があれば紹介して欲しいと頼む。

 俺の要望を聞いて係りの者に話を伝えにいく、以前ヒャルやフィと訪れた時に対応してくれた人が遣って来た。

 厩付きで馬車が置ける事、管理と料理等をする人も住まう事の出来る家が欲しいと伝える。

 

 紹介された物件の中に馬2頭と馬車一台置ける家があり、1階と2階合わせて大小16室もあるうえに屋根裏がある。

 冒険者の家には広すぎるが厩付きだと最低でもこれくらいの家になると言われた。

 取り合えず見に行く事にしたが、石積みの古い家で頑丈な造りだが手を入れる必要があった。

 シャーラが目をキラキラさせて見ている、金貨480枚とそれなりのお値段だが狭いよりましなので買うことにした。

 

 即金で払い鍵を受けとる序でに大工を紹介してもらう事にして帰る。

 

 「シャーラ今日から此処に住むが暫く大工に来て貰うので、当分の間キャンプと同じ生活になるぞ」

 

 「はい大丈夫です。街の中なら野獣の心配は無いので何処でもよいです」

 

 「まぁキャンプハウスを出す訳にもいかないから、当分床にマットを敷いて寝るか。暫くは森にも草原にも行けないからな」

 

 戸締まりをしてライトの明かりの中で食事を済ますと、久し振りに魔力の循環と放出をする。

 精霊さんが嬉しそうに掌の間に浮かんでいるが、最近はなんとなく感情が分かる気がする。

 盗賊と出会ってからは忙しくしていたので、のんびり魔力の放出をしている暇が無かったからな。

 

 大工が来る前に、外壁や石壁の部分を魔力を込めて補強しておく。

 屋根は鉄平石の様な平たい石が瓦の代わりに敷き詰められていたので、改修が終わったら魔力を込め強度を高める事にした。


 やってきた大工に厩と玄関ホールや2階の手直しを頼むが、厩と反対側の部屋は最終的に石で全て覆って転移魔法でしか入れない様にするつもりだ。

 2階も自室やシャーラの部屋に居間等は石で囲い、万一の時に防衛出来る様に仕上げる事にした。

 序でに日本人の性が頭をもたげ、浴室を造ったのは言うまでもない。

 

 冒険者稼業ながら侯爵様の後ろ盾があるとはいえ、油断大敵出来る備えはしておくに限る。

 取り合えず石で全て囲い部屋の入口に頑丈なドアを一番に取り付けて貰う。

 換気用の穴だけが開いた殺風景な部屋なので、倉庫と思ったのか棚板の取り付け等を聞かれた。

 取り合えず壁面と床に天井全てを分厚い板で覆って貰い、後の細工はぼちぼち頼むと誤魔化す。

 

 最初の工事が終ったのが5日後で、それからホールや2階に手を入れて貰った。

 取り合えずの生活拠点をその部屋にし、食事は備蓄の物に飽きたので外食する事にした。

 

 12月の20日になって気がついた、シャーラ15才の誕生祝いと授けの儀の事を完全に忘れていた。

 シャーラに謝ったら、シャーラも忘れていたようであわあわしている。

 

 シャーラを連れて教会に行き、神父様に授けの儀に来れなかった訳を話し喜捨に金貨1枚を差し出してお願いする。

 余り良い顔をされなかったが、金貨の威力は神様にも通用する様で、咳ばらいをしながら授けの儀の用意をしてくれた。

 〈土魔法,転移魔法,治癒魔法・・・〉シャーラの呟きが聞こえるが、素知らぬ顔して祭壇に送り出す。

 

 創造神エルマート様に祈る時もシャーラは口の中でぶつぶつ言っているので神父様が変な顔をしている。

 

 「シャーラ、エルマート神様の加護により土魔法,転移魔法,風魔法,治癒魔法を授かった」

 

 シャーラの顔が喜びに溢れ、続いて魔力盤に手を乗せる。

 

 「ふむ魔力高90か中々のものだな」

 

 神父様に礼を言い、序でに口止めの意味を込め更に金貨2枚を渡しておく。

 神父様も心得ている様で鷹揚に頷かれました。

 

 シャーラがウッキウキで魔法を試してみたいとおねだりをするので、街の外に出る事にした。

 馬車を引取り先ず侯爵邸に行き、シャーラが魔法を授かった事と魔力高90なので、暫くは魔法の練習の為に街を離れると告げる。

 

 「ところでカイトよ、使用人はもう雇ったのか」

 

 「いえまだです。内装工事が終わったらと思って、それに信用出来る人はおいそれと見つからないだろうからのんびり探します」

 

 「館の使用人で良ければ、料理の上手い夫婦者を世話してやるぞ」

 

 「お願いします。取り合えず5日ほど魔法の練習をしてから帰って来ますので、宜しくお願いします」

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