第87話 亡者達
ナガラン宰相に文を認めて現状を報告し、王家治癒魔法師に対して、高が酒如きの事で迷惑を顧みない行いに困っていると訴えた。
こんな時にこそ、王家の権力を利用させて貰うつもりだ。
文を受け取ったナガラン宰相も苦笑いで意味を理解し、陛下に雑談の序でに報告する。
フィエーン子爵に対する訪問は、数日でピタリと収まった。
収まらないのは天上の酒を求める人々だ、キーワードは森の一族。
天上の酒はハマワール侯爵より王家に献上されたが、森の一族から買上げたとの情報が流れるのに時間を要しなかった。
森の一族から買上げたのなら、冒険者ギルドが一枚噛んでいるのは誰にでも判る。
高位貴族や裕福な貴族豪商達が、情報を求めてエグドラに人を派遣する。
一方、ハマワール侯爵は一連の王族に対する襲撃の際、一人の冒険者を護衛として連れ歩いたのは周知の事である。
その彼は、その後もハマワール家と繋がりを持ち、近頃森の一族の少女を連れて行動を共にしていると多くの者が知っている。
当然、天上の酒→森の一族→ハマワール侯爵の護衛→森の一族の少女と思考の連鎖を呼ぶ。
彼、彼女は、森の一族と繋がりがあると考えた者は多い。
エグドラへ調査に送った者とは別に、カイト周辺にも調査の手が伸びる。
調べれば、王都に少女の家があると判る。
* * * * * * * *
フィエーン子爵邸の騒動は収まったが、今度はシャーラの周辺がきな臭くなってきた。
然し、カイトとシャーラは王都の外に出て魔法の訓練をしているので知らない。
カイトに言わせるとただの遊びだが、シャーラ曰く転移魔法を使っての脱出訓練で、緊急時に上空に跳ぶ練習だと。
今では耳抜きも慣れ高度900メートル(推定)まで、一気に跳んで落ちてくるのを楽しんでいる。
落ちてくる途中は、クルクル回って安定しないとぼやく。
スカイダイビングの降下姿勢、手足を広げて空気抵抗を増し、姿勢を制御する方法を教えた。
完璧に嵌まった様で、何度も飽きずに跳んでいる。
シャーラの首根っこを捕まえ、お前は900メートルジャンプ10回しか出来ないのだから、忘れるなと説教する事になった。
ちょっと羨ましいのは秘密だ。
然し俺も負けてはいない、何秒か知らない短時間の降下姿勢で周辺を見回し、再度ジャンプし目標を定めて跳ぶ練習をしている。
グリンが落ちてくるシャーラを、時々引っ張ったり押したりして遊んでいるらしい。
グリンが楽しそうに話してくれたが、遊ばれてるぞニャンコ。
夕食時に真剣な顔で相談されたのが、落ちてくる途中涙が止まらないって、お前。
そうだよなこの世界にゴーグルなんて無いからな、然し猫人族って頑丈だよな涙程度で済むなんて。
「シャーラ、お前は風魔法が使えるのだから、風で身体を覆えばいいんじゃね。でもジャンプと風魔法だと魔力を相当使いそうだから、900メートルジャンプを20回出来る様になったら教えてやるよ」
「頑張ります!」
元気な良い返事は、遊びに使えると思っているのが丸わかりだ
遊びと言えばシャーラの奴、降下中に獲物を見つけると獲物の側に着地、即座にストーンランスで頭を撃ち抜いている。
マジックポーチから取り出したのは、軍馬より大きいエルクにアーマーバッファローとホーンボア(特大)2頭ときた。
「シャーラこんな大きいのどうするの。又金貨の袋が増えるぞ」
「でもカイト様高い所から落ちてくる途中に、小さい物は見えません。動いている側に行ったら大きかったんです」
「その遊びは禁止だ!」
王都の冒険者ギルドに持ち込んで、内緒でお肉にしてもらおう。
アーマーバッファローのお肉なんて久しぶりだね。
一度王都に帰って、ギルマスのザクセンさんに相談して内緒でお肉にして貰わないと。
侯爵様も、アーマーバッファローのお肉は久しぶりだろう。
* * * * * * * *
王都冒険者ギルドに行き、買い取りの爺さんにギルマスを呼んで貰う。
「お前さん、又面倒な物を持ち込んだんじゃないよな」
「違いますよ。お肉だけ欲しいんだけど、公にしたくないだけですよ」
「それを、世間では面倒事って言うんだよ坊主」
ぶつくさ言いながら、ギルマスを呼びに行ってくれる。
「おうカイト、今度は何だ」
「ちょっと大きいのが4つ程、お肉だけ欲しいんです。後は売りますが内緒でお願い」
「物は何だ」
「エルクにアーマーバッファロー,ホーンボア2頭です。お肉はアーマーバッファローとホーンボア1頭分だけでよいです」
「なら奥の解体場で出せばよかろう」
「それがちょっと大きいんです」
「あーんどれくらい大きいんだ」
「エルクが軍馬より少し大きいかな、ホーンボアも特大サイズが2頭で、アーマーバッファローは並かな」
「アーマーバッファローが並と言ってもでかいから、全部でかいって事か。お前いい加減にゴールドに格上げしろよ」
「嫌です! ゴールドになるくらいなら、王都冒険者ギルドとの付き合いは無しって事にします。勝手にゴールドにしたら、エグドラに帰ってノーマンさんにシルバーに戻して貰いますよ」
「判った判った、お前さんはシルバーで満足なんだな」
ギルマスと解体場に行き、解体責任者のおっさんに獲物を見せる。
「又でかい奴ばかり捕ってきたな。アーマーバッファローとホーンボア1頭の肉以外、全て売るんだな。肉は明日の昼過ぎには用意しておく」
お願いしてルンルンでお家に帰る。
* * * * * * * *
「お帰りなさいませ。シャーラ様カイト様」
シャーラが奥に行こうとするのを、ヘイザが呼び止める。
「シャーラ様カイト様、お客様が何名か見えられました。留守だと伝えました所、帰り次第連絡せよと申し付けられました」
「連絡せよっ、てか?」
「はいエミール侯爵様の使いの方,ライド伯爵様の使いの方,モルデン様の使いの方,グロスタ様の使いの方,ヘイガン様の使いの方5名です」
「貴族が偉そうにするのは判るが、後の3名は何者だ」
「皆様王都で大きな商会の会長達です。侯爵様と伯爵様の使いの方を含め全員が、シャーラ様に御用があると言われました」
貴族に関わると碌な事がない。
明日お肉を届ける序でに、シャーラに関して何が起きているのか侯爵様に聞いてみよう。
そう思い翌日の朝食後に、居間でのんびりお肉の引き取り迄の時間を潰していた。
然し、ヘイザが来客を告げにくる。
「グロスタ商会の使いの者が、シャーラ様に面会を求めてやって来ています」
「用件は」
「それが森の恵と天上の酒を購いたいと、よく判らない事を仰っていて」
頭の中でレッドアラームが鳴り響く。
「天上の酒ってなんだ」
「私にもよく判りません。使いの者がそう言って・・・」
「判った、応接室に通しておけ。シャーラこの家の主は、自分だということを忘れるなよ」
シャーラに、俺はお前の部下の振りをするから、適当に相手をしろと言って応接室に向かう。
軽くノックをして扉を開け横に立ち、シャーラが部屋に入るのを頭を下げて通す。
「私がシャーラですが、グロスタ商会の使いの方が何用ですか」
「グロスタ商会会長の使いで参りました、ナムラと申します。シャーラ様のお手元にある、森の恵と天上の酒を買い取らせて頂きたい」
「天上の酒って何ですか」
「お惚けは止めて頂きたい。森の一族がハマワール侯爵様に売ったのは知っているんですよ。現に貴女は、森の恵はなんだとは聞きませんでしたよね。森の恵を金貨3枚、天上の酒を金貨6枚で買上げてやろうって、お願いにきたのですよ」
「ナムラ様「買上げてやろうって」とは、また随分なお言葉ですね」
「ん、お前は何様だ! シャーラ様の配下なら大人しく控えていろ」
「そうは申しましても、お話しがよく判りません。見ての通り、シャーラ様も私も一応冒険者でございます。お話の森の恵と天上の酒とやらに心当たりが御座いませんので」
「ほう何かね、グロスタ商会との取引は出来ないと言われますか」
「ですからの森の恵と天上の酒とやらが、何を指すのか見当が付かないのに・・・」
「小僧、俺はシャーラ様と、は・な・し・を、しているんだ。余計な口を挟むな!」
怖いねー、然し遠慮はいらない相手の様だから、好きにやらせて貰おう。
「ナムラとやら、碌な説明もせずにあれを寄越せそれを寄越せとは、グロスタ商会とはそれ程に偉いのか。金貨3枚や6枚で手に入る物を、わざわざ見知らぬ人の家に来て要求する事か? 帰ってご主人様に、お望みの物の何たるかも知らない奴でしたと報告しろ」
「知らないぜ、グロスタ商会を敵に回せば、王都でまともに暮らしてはいけないぞ」
「王都は仮の宿ですからお気になさらずに。ヘイザ、ナムラ様のお帰りだ」
2人も護衛の男を引き連れて使いに来るとはね。
その護衛も、シャーラに睨まれて身動き出来ない様子だ。
ナムラにお帰り願って間もなく、新たなお客様の登場ときた。
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