第163話 手慣れたお仕事
《グリン、頼みがあるけどいいかな》
《ん、なに》
《この中に居る奴等全員の手足を土魔法で動けなくしてくれない》
《ん、任せて》
厩の前に馬車を停めた時には、全員の手足を拘束したと教えてくれた。
グリンに礼を言って厩の中に入る。
《カイト、こっちだよ》
〈なんじゃーこりゃー〉
〈マジかよ〉
〈土魔法使いか〉
〈逃げるぞ!〉
〈壊せ! 叩き壊して逃げるぞ!〉
色々と聞こえてくるが、残念だがお前等に壊せる程度の柔な魔法じゃないんだよ。
騒ぎの場所に行くと汚ないねー、ギースの言葉通り6人居たが1人呪文を唱えている。
〈我願う、赤き炎を用いて敵を焼き払わん出よ我が掌の上に・・・〉
馬鹿だ、ここが厩で干し草がぎっしり積まれているのに、火魔法を使うつもりのようだ。
詠唱が終わる前にバレットを打ち込みノックアウト。
《グリン他には居なかったの》
《ん、居るよ。こっちだよ》
一瞬姿を見せてくれたのは干し草の山の上、干し草を登ると奥に檻が有り、中に5人の子供が居た。
降りて行くと奴等の居た場所の後ろに出入り口があり干し草で塞がれていた。
子供達を見ると全員土魔法で手足を拘束されている。
全員って言ったからな、グリンに奴隷の首輪なんて判らないしね。
子供達の拘束を解き、檻から連れ出して待機している馬車に乗せると、クリーンを掛け備蓄の食料を与えて朝を待つ。
賊の6人はグリンが拘束した状態のまま穴の中に放り込み蓋をする、南無。
話を聞くための人員は沢山いるので用無しだ。
ギースが口をパクパクしているが、お前には厳しい取り調べが待っていると思うぞ。
教えてやらないけどな。
夜明前、牧場の人間に見られないように馬車を出してフールの町に向かう。
子供達をニールサン男爵の屋敷に一纏めにして預けたら、シャーラの帰りを待つだけだ。
* * * * * * *
シャーラが出発して6日目に帰ってきたが、又顔見知りが現れた。
それも仲間か部下か知らないが大勢引き連れてだ。
シャーラも微妙な顔でナガラン宰相の文を差し出した。
「詳しい事は、それに書いてあるそうです」
シャーラと共に王都に向かった冒険者達には、見聞きした事は口外無用と念押しをして依頼料とは別に金貨1枚をそれぞれに握らせて帰す。
「で、あんたは未だ王家の手先をやっているのか」
「中々隠退させてくれないんだよ。しかし、あんた達もとんでもないな」
「何を聞いている」
「ダルク草原の事と身分証の事だけだよ。それだけで充分とんでもない存在だよ。で、ニールサン男爵に合わせてもらえないかな」
「その前にあんたの名前を聞きたいな」
「別にあんたでよかろう」
「人前で呼ぶ名が必要何だよ。おーいあんた、何て呼んだら俺が恥ずかしかいんだよ」
「そりゃそうか。ではヘリセンって呼んでくれ」
このおっさんは、事もあろうに王都を名乗るのかよ。
「判ったよ、ヘリセンね。来てくれ」
シャーラには休息を命じ、ヘリセンを連れてニールサン男爵の執務室に向かう。
扉を開けると手足に枷を付けたニールサン男爵が不自然な格好で横になって寝ている。
「何とまぁ、土魔法で此処まで出来るのか」
両足に枷を嵌め、首枷の両横に手首を固定しているのだが、見掛けは細い陶器の様に見えるからな。
「下手な剣よりは固いぞ。簡単便利な土魔法だよ」
ニールサン男爵の枷を外して、ヘリセンに引き渡す。
「で、お仲間が大勢居るんだ、俺達はお役御免で帰らせてもらうよ」
「ご苦労さんって言いたいが、宰相閣下からの書面を読んでくれないか」
何か含みの在る言い方だな。
お仲間がニールサンを執務机の前に座らせて取り調べが始まっている。
ナガラン宰相の書面には、手練を送るが大人数を送ると感づかれる恐れがある。
周辺の貴族も同じ理由から動かせないので、フルーゼン子爵の捕獲を頼みたいって。
その際送る王家の手の者達を自由に使ってくれって・・・丸投げしたのに投げ返すか。
呆れる俺の顔を見て、ヘリセンが苦笑いしながらよろしく頼む、ってさ。
「フルーゼン子爵を捕まえるのを手伝えってだが、仲間はどれくらい居るんだ」
「30人程だ、此処に15人残り15人は町のホテルに泊まっている」
「強襲は無理だな」
「出来れば静かにお願いしたい。捕獲が外部に漏れると、繋がりを切られる恐れがあるので」
「当時ハマワール子爵様が、ホーエン商会の会長を捕縛取り調べた時に見ていたので、よーく知ってますよ。フルーゼン子爵を捕まえて、未成年者誘拐と奴隷に関する事を喋らせれば、後はヘリセン達がやれよ」
「やってもらえるのか」
「仕方がない、子供達を拐かして奴隷にするのは俺も気に入らない。潰す手伝いはするさ。取り調べはきっちりやれよ」
調べていたニールサン男爵は、フルーゼン子爵以外の繋がりはギース達だけのようだった。
フルーゼン子爵の館の間取り、執務室に自室やサロン等の位置を紙に書かせる。
用済みの男爵は護衛達と同じ地下空間に閉じ込めておく。
ヘリセン達が地下空間を見て感心していたが、ギースの手下達も別空間に閉じ込めているのを見て呆れていた。
〈こんなに凄い土魔法使いがいるのか〉そんな声が聞こえるが知らんぷり。
翌日からフルーゼン子爵の領地グスタンの街に向けて、三々五々フールの町を出る。
一度に30人も街に入ると疑われる恐れがあるので、2日に分けて街に潜入してホテルにて待機。
ホテルの食堂で食事をしながら、最後の打ち合わせをする。
「本当に2人だけで行くのか」
「ああ俺達2人の方が、静かにフルーゼンを確保出来るからな。俺達が出て行ってきっかり2時間後にフルーゼンの館の前に来いよ」
ゆっくり食事をして、陽が完全に落ちてからホテルを出る。
フルーゼンの館に向かって歩きながら、良さそうな暗がりの路地に入りそのまま屋根の上にジャンプする。
月は出ていないが方角は判っている、グリンとピンクが次に跳ぶ目標の屋根の上で、羽根の煌めきを見せてくれる。
それを目印に跳べば、安全にフルーゼン子爵邸の屋根の上に到着出来る。
ヘリセン達には見せられない光景だ。
嘗てのハマワール子爵邸より一回り大きな建物がフルーゼン子爵の館だが、警備は厳重なようだ。
屋根の位置から執務室の上に移動する。
《グリン、ピンクこの下の部屋に誰か居るかな》
《ん、見てくる》
《任せて》
《カイト、誰も居ないよ》
返事を聞き、グリンたちの気配を目標にジャンプする。
執務室に間違いないが留守とは意外だ、お食事中かな。
ドアの傍にいるシャーラが、誰か来たと合図する。
シャーラはドアの影に、俺はソファーの後ろに隠れる。
入ってきたのは執事だったので、手足を拘束して首輪もプレゼント。
いきなり手足が固定されて倒れた所に首輪が嵌まる。
〈なっ、これは何だ〉
大声を出せない様に首輪を軽く絞める。
首輪を掴み藻掻く執事の前に姿を現して警告をする。
「大きな声を出すともっと首輪が絞まるぞ」
フリーズしちゃったよ、もう一度警告して首輪を緩める。
「誰だ、お前達は」
ふむ、冷静だね。
拷問無しでも答えてくれるかな。
「フルーゼン子爵は何処に居る?」
又シャーラの合図だ、訪問時間がちょっと早かったかな。
執事の首を軽く締めてから再びソファーの後ろに回る。
「灯りも点けずに、ボーゼンは何をしている」
護衛の開けたドアを悠然と通り、フルーゼン子爵様登場のご様子。
ドアの後ろには気配を消したシャーラが立っているが誰も気がつかない。
部屋の中央に、手足を拘束されて倒れている執事を見た護衛が声を出そうとしたとき、4人の護衛とフルーゼン子爵が倒れる。
すっかり手慣れた手足の拘束、すぐさま首輪もプレゼントして軽く締める。
「フルーゼン子爵殿ですね」
「誰だお前は」
苦しい息で声がかすれているが、定番の台詞だな。
「静かにするのなら首を緩めてやるがどうする。嫌なら」
返事をしないので、少し首輪を縮めて首を締める。
息が苦しいのかヒューヒュー言っている。
「少し緩めてやるが大声を出さず質問に答えろ。判ったら頷け」
フルーゼン子爵が必死に頷いている。
シャーラはその間に4人の護衛を一纏めにして、動けなくしている。
「さてと、自己紹介は無しだ。今この建物内に警備の者は何人いる」
「誰だお前は」
「しつこいね、自己紹介は無しって言っているだろう。質問に答えないならもう一度首を締めるぞ」
大声を出そうと口を開いたので、即座に首輪を締め上げる。
殺しはしないが苦しめ! 執事に質問する。
「聞いていたな、答えろ」
「建物内に後4人です。外に10人います」
直ぐ側で藻掻くフルーゼンを見て、震えながら答える。
「俺が何もしなくても、命令に従わなければ首が絞まるのを見たな。部屋の灯りを点けたら4人を連れて来い。余計な事をすれば首輪が締まるし、子爵様も一巻の終わりって事になるぞ。判ったら動け!」
手足の拘束を外すと、ギクシャクと音のしそうな動きで灯りを点すと部屋を出て行った。
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