第96話 クイン

 蜥蜴に突き破られた土塀を修理し、上部に2メートルほどの剣を突き出す。

 厚さ1メートル高さ5メートルほどの土塀を2メートル追加して、魔力を注いで補強していく。

 もう此処までやれば一回り補強するしかない。

 俺とシャーラの二人で、1日100メートルの補強を目標に、せっせと魔力を土塀に流し込む。

 

 忘れていた茨の森の内周の距離を半径約1キロ、直径2キロ×3.14で概算6,280メートル。

 1日100メートル補強出来ても63日掛かるじゃないの、今年の冬は此処で冬籠りとなりそうだ。

 シャーラに話すと〈フィ様のお土産〉と呟いている。

 

 シャーラだけエグドラに帰らそうと思ったが、頑として俺の側を離れるのを嫌がったので、柵の修理を続ける。

 今では柵の内側に沿って通路が出来、日々俺達の出入りする場所が移動してついてくる。

 時に上空にジャンプして茨の森を上から見るが、蜥蜴に突き破られた所は早々に茨の木が綺麗に塞いでいる。

 森の外に蜥蜴達が争った後が残り、木々が倒れ荒れているので判る程度だ。

 

 一度茨の森の外から森に近づいてみたが、疎らに茨の木が生えている様に見えるが、奥に行くほど迷路の様になり狭くなっていく。

 これでは柵のある土塀に近づくのも容易ではない、先ず距離感と方向感覚が狂い、迂闊に動けば鋭い刺に刺される。

 

 普通の野獣では先ず侵入不可能だろと思う。

 それに俺達の前で超スローモーションで動いているが、不必要になった通路を閉じる時の速さは尋常ではない。

 無理矢理侵入しようとすれば、枝に絡め取られ鋭い刺でプスリと刺されてあの世行き確実と思われる。

 

 どおりで蜥蜴の開けた穴から、他の野獣の侵入が無いはずだわ。

 土塀の強化と修復を続ける日々の最中、雪が降りはじめた。

 シャーラと二人では遅々として進まない〔夢の地にて、妖精達とお仕事しませんか〕って募集広告でも出そうかしら。

 絶対安全茨の木が貴方を守ります。時給は銀貨1枚で、どうだ!

 

 阿呆な事を考えながらお仕事に励み、無事完了したと思うが一面の銀世界だ。

 魔法付与の冒険者用服を作っていてよかったと、心から思う。

 魔法防御、防刃、打撃防御、体温調整の為の外気温調整機能って日本にも無かったからな。

 

 一日キャンプハウスの中でお茶を飲みながらまったり、グリンの他にも妖精達が出入りし、小さきものたちの気配も濃厚だ。

 この世界娯楽が無いから、冬籠もりとなると退屈の一言に尽きる。

 

 で、〈ピコーン〉って擬音と共に閃いた♪

 俺達2人共転移魔法使いですやん、シャーラと二人で手に手を取ってエグドラに向かってジャンプを繰り返せば帰れる。

 蜥蜴達を相手にしていた時の様に、グリンに先導して貰えれば雪の中を歩かなくて済む。

 

 精霊樹のクインにお別れを言って、明日の朝出発しよう。

 精霊樹様とか精霊樹さんって呼び掛けるのは言い難い、人前では口に出来ないので聞かれても大丈夫な呼び名として、許してもらった。

 クイーンにしようかと思ったが、人前でクイーンと呼び捨てにすれば、色々差し障りが有るので縮めた。

 クインの森とクインなら茨の森や精霊樹と結び付かないから。

 

 《クイン、明日エグドラの街に帰ろうと思う》

 

 《そうかカイトとシャーラには世話になった。私の下に来てくれ》

 

 キャンプハウスから、クインの下にジャンプする。

 クインの幹周りには雪がない、妖精に呼ばれて枝先に行くと、枝を揺らし枝先に積もった雪を落とす。

 目の前の枝から葉が落ち、新しい葉が出てくると妖精達が摘み取る。

 俺とシャーラに5枚づつの新緑の若葉が差し出される。

 次に蕾が二つ出来ゆっくりと開き花が咲く。

 その花びらを取り又俺とシャーラに差し出す。

 6枚の花びらと5枚の新緑の葉は何になるんだろうと考えていたらクインが教えてくれた。

 エルフやドワーフ,人の子達の薬に使うと良いと言った。

 小さな壺を二つ作り、シャーラの分も一緒にそれぞれを入れて貰う。

 

 《春になれば、二人に頼みが有るので来て欲しい》

 

 春に再び来る事を約束し、花びらと若葉の礼を言ってそれぞれを小さな壺を密封して収納に仕舞う。

 

 * * * * * * * *

 

 グリンの誘導で長距離はシャーラが跳び、近距離は俺の役目で森を進む。

 現在俺は400メートルの最大ジャンプで約60回跳べる。

 シャーラは900メートルのジャンプを26,7回跳べるから、二人合わせると計算上47,8キロは跳べる。

 あくまでも計算上でだ、実際は安全マージンを取って半分も跳べば休憩し魔力の回復に勤める。

 

 時々休憩を挟みながら森の中を跳び、雪が無くなってからも跳び続け歩き良い所は歩く。

 7日目には森を抜けたので上空にジャンプすると、エグドラの街が見えた。

 流石はシャーラナビ、間違いないね。

 陽が落ちる前に街の出入り口に着き、やれやれと思っていると顔見知りの衛兵がやって来る。

 綺麗な敬礼をすると、「帰られたら侯爵邸にお越し下さい、と伝える様に連絡を受けています」と言われる。

 

 帰るのが予定より大分遅くなったので、心配させたかな。

 警備隊の馬車で侯爵邸まで送って貰い、執事のエフォルに迎えられる。

 

 * * * * * * * *

 

 遅くなった理由を聞かれるだろうが、話す気は無い。

 先ず蜥蜴の事を話せば精霊樹の事を隠せなくなる、蜥蜴の小さいのすら埋めたのはそのためだ。

 持って帰ってオークションとなれば、又金貨の袋だぞと言うとシャーラも嫌そうな顔になった。

 

 誤魔化せる事でも無いので、何をしていたかは言えないと断る事にすると、シャーラにも言ってある。

 言ったところで信憑性の薄い話しだし、証明となるグリンを人目に晒す気は無い。

 それはシャーラも同じで、大好きなフィ様にも言えない言わないっとはっきり言った。

 ただ貰った花びらと新緑の葉が何か、それだけは採取場所を言わずに鑑定して貰う事に決めている。

 

 エフォルに案内されてサロンに行く。

 

 「二人とも無事だったか」

 

 「ご心配をおかけした用ですが、この通り元気です。少々寄り道をしていたので帰るのが遅くなりました」

 

 話しを森の雫・・・天上の酒に持って行く。

 

 「アガベ達は、森の恵と天上の酒を持って来ましたか」

 

 「森の恵20本と天上の酒5本持ってきたぞ。後はシルバーフィッシュ200匹にレインボーシュリンプ300匹。それとホムスにウルーサの実とクルップだな、香り茸も30個程な」

 

 「では森の恵を5本と天上の酒を3本出しておきますからオークションに混ぜておいて下さい。余り数が少ないと侯爵様達も困るでしょう。小分けしてボトルに詰めれば、25本と15本になります。それだけ有ればそう白熱しないでしょう」

 

 大振りの容器に入った森の恵5本と天上の酒3本を出す。

 それとは別に侯爵様に天上の酒4本と森の恵8本を渡す。

 勿論ヒャルにも天上の酒2本と森の恵4本を贈呈、ヒャル満面の笑みで頷いている。

 

 「先に言っておきますが、売る気は有りません贈呈します。何か有れば良しなにお願いします。御領主様」

 

 〈ブーッ〉ヒャル吹き出し、侯爵様は苦笑いをしている。

 侯爵様に薬草に詳しい鑑定持ちに内密に見せ、調べて欲しい物があると伝え容器を取り出す。

 

 薄いシャーレの様な容器に1枚づつ入った新緑の若葉と花びらを見せる。

 若葉は摘み取られた時そのままの色を保っている。

 花びらの容器の蓋を取ると甘い香りが溢れてくる。

 

 「これは?」

 

 「何も聞かないで下さい、言う気も有りません。これが何か知りたいだけです」

 

 侯爵様が黙って頷くが、顔が引き攣っている。

 又俺が、厄介事を持ち込んだと思っているのが丸わかり。

 

 * * * * * * * *

 

 ハマワール侯爵は、カイト達が帰ると薬師ギルドの鑑定持ちを呼び預かった物を鑑定させてみた。

 エグドラ随一の薬草鑑定が出来る、との触れ込みの男は首を捻るばかりだった。

 

 「初めて見る物ですし、はて何なんでしょうね。鑑定では薬草と解るんですがそれ以上は・・・」

 

 冒険者ギルドの薬草鑑定人も薬草だが、それ以上が解らないと首を捻る。

 花びらが良い香りなので、花びらが大量に有るなら買い取りたいと言い出した。

 

 仕方ないので次回王都に行った時に調べようと空間収納持ちに保管させた。

 

 * * * * * * * *

 

 シャーラが、収穫した物を早くフィ様にも渡したいと言うので王都に行くことにした。

 侯爵様にフィや奥様に用事は無いかと聞きに行くと、ヒャルが私も王都に行くと言い出した。

 どうもヘラルス殿下に懐かれ、何かと王都へ出て来いとお誘いがあるようだ。

 次期国王陛下の最有力候補のお誘いは、そうそう無下に出来ないのだろう。

 それに護衛の他にヒャルも付いているのなら、王都の街を出歩けるのが、呼び出しが頻繁な理由らしい。

 冒険者ギルド見学で味をしめたのだろう。


 ならさっさと行くかと、2輪馬車を2頭立てにしてエグドラを発つ。

 ヒャルはやっぱり冒険者スタイルになり、御者席のシャーラの隣に座って野獣が出るのを待っている。

 ヒャルの旅の楽しみは、野獣相手に遠慮無く魔法を撃つことだからな。

 他の護衛がいないので、最大魔法を使っても誰にも知られなくて済むので気楽だと言ってる。

 

 旅の途中で気がついた、備蓄食料が少なくなっている。

 補給無しで相当な日数を過ごしたからだ。

 王都のシャーラの家で、ハーミラに頼んでしっかり備蓄しておこう。

 市場での買い出しも楽しみだ、それとヒャルが居るならもう一度王立図書館に行ってドラゴンの事を調べ様と計画している。

 地球産に酷似したコモドドラゴンがいたのなら、他にも地球の獣に類似した野獣がいる恐れがある。

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