第99話 緊急避難
ヒャルを侯爵邸に送り届けると、侯爵様に預けた物はヒャルから返して貰ったと告げる。
「侯爵様、若葉と花びらの入手先を聞かれたら、俺から預かったと言って下さい。どうせ迂闊に近づけない場所ですから」
「そんなに危険な所なのか」
「森の奥、冒険者の足で40日以上掛りますし、アースドラゴンやホーンライノーにブラックタイガ等がうろつく場所です。それ等を退けてたどり着いても、死ぬだけです」
「なんと・・・」
「それよりも、王家の手の者がエグドラに入ってます。宰相閣下からの依頼人を見られるのは不味いので、森に連れて行きます」
「元気かね」
頷くだけにしておいた。
「今夜街を出ますので、後は宜しくお願いします」
頷く侯爵様と、何も知らないヒャルに別れを告げ、シャーラと遠回りして家に帰る。
此処にも監視の目が感じられる。
ザルムを呼びナジルを連れ出すが、他の使用人にもナジルが居た素振りを見せない様にさせろと言っておく。
万が一喋らなければならない状態になれば、俺が行き先も告げずに連れ出した、と言えば良いと言っておく。
ナジルを呼び、取り合えず半年長ければ2,3年、姿を隠さなければならないかも知れないと伝えて準備をさせる。
夜も更けて皆寝静まる頃、シャーラが馬車で出掛ける準備を始めた。
街を一回りして帰ったら戸締まりをして、街の外にジャンプして出て来いと言ってある。
場所はグリンが教えてくれると伝えて、シャーラの出発を待つ。
後席に大きな物を括り付けた馬車が、ひっそりと街に出ていく。
「ナジル行くぞ、裏道に出たら街角毎にジャンプして外に出るからしっかり着いて来い」
「はい、カイト様」
「家を出るのだから、今日からは様は無しだ。カイトと呼び捨てにしてくれ」
「何処に行くのですか」
「森の奥だ。エグドラに王家の手の者が複数来ていて、お前とは別の事で色々と探っているからな。万が一って事もあるので移動してもらう。森の奥に知り合いの集落が有る、そこなら冒険者でも滅多な事では辿り着けない」
「王家の手の者ですか」
「ああ、だから暫くエグドラから消えてもらう。森の奥で色々教えてもらえ。俺の家にいては、一生知ることも無い様な事も見聞き出来るぞ」
「お待たせー♪」
夜の草原を慎重に進み、街から見えない場所にキャンプハウスを出して夜明けを待つ。
東の空が薄明るくなると同時に出発する。
今回はナジルがいるので、ホルム村まで最低25~30日はかかるだろう。
森のあれこれや、気配察知で危険を回避する方法も教えておく事にする。
転移魔法が使えるので、上空に緊急避難して地上に下りる訓練もだ。
まさか転移魔法使いが3人も集まるとは思ってもいなかったが、シャーラもナジルも俺の魔法を見て、同じ魔法が欲しいと神様にお願いした結果だからなぁ。
森ではシャーラ,ナジル,俺の順番で歩く、ナジルには周囲をよく見て少しでも嫌な感じがしたら教える様に言っておく。
偉そうに言っているが、俺は森では全くの役立たずだけど。
シャーラが居なけりゃ、見通しの良い森の入口辺りでウロチョロするのが精一杯だぜ。
最初の数日ナジルは緊張しているものの、さして恐れている様子は無かった。
出会う野獣もゴブリンやウルフ系で、時に小型のエルクやボアにオークと単体又は少数で、シャーラに瞬殺されていたからだと思う。
3日過ぎた辺りから馴れと練習のために、魔法攻撃をやらせる事にした。
森でファイアーボールは火事の恐れがあるので、アイスアローとアイスランスが主体だ。
アイスアローはゴブリンやホーンラビット、小型のモンキー類に対人戦用だ。
とっさに打てる練習をしておく必要がある。
それ以外はアイスランスが攻撃の主体になる、それなりの威力があるしナジルなら射程距離60メートルもあるからだ。
「ナジル此処なら魔法を使っても人に見られる心配は無い。出会う野獣の手頃なのは、お前にやってもらうからな。俺達はお前が仕損じたら片付けるから、安心してやれ。ゴブリンやモンキーにホーンラビット辺りから練習だな」
シャーラの生体レーダーが、弱そうな獲物を見つけ誘導する。
ゴブリンを攻撃した時に、連射を教えていなかった事に気づいた。
約40メートルの距離でゴブリン4頭を打たせたが、1頭にアイスアローを打った後、次のゴブリンを打つのにもたもたしている。
「ナジル今晩から寝る前にアイスアローの連射の練習な。1発打ったら即座に次の的を狙って打てないと不味いからな」
そう言って手本を見せておく、ゴブリン3頭の群れに左から順に倒して見せる。
1発打った瞬間次の的を狙い打つ、3連続射撃であっという間に終わる。
ナジルがぽかんと見ている。
「教えなかった俺の手抜かりだが、アイスアローでもアイスランスでも打ったら後は見ていなくて良い。打つまではしっかり的を見て打つ必要があるが、それ以後は次の的を狙って直ぐに打てばよい」
ホーンラビットの様に、1羽だけの時にも2連射3連射させて練習だ。
時にオークの単体相手では、アイスランスを敢えて使わずアイスアローの連射で仕留めさせた。
流石にアイスアローでオークを倒すのは骨が折れる仕事の様で、冷や汗を流しながら連射していた。
常に魔法攻撃の後は魔力の残量を確かめさせ、半分も使ったと思ったら迷わず申告させて休憩している。
口で言っても理解出来ないだろうから、身体で魔力の使用量と、回復のため休憩のタイミングを教える意味もあった。
少し森の開けた所ではセルフバンジージャンプの練習だ。
緊急時には一旦上空に逃げ、落下中に着地点を見定めてジャンプする。
屋根から跳び降りるのと違い相当恐そうだったが、身を守るためなので覚えてもらう。
シャーラが一緒に跳び落ちる時も手を繋いで失敗した時の保険をかけておく。
最もシャーラは〈キャッホー〉なんて歓声をあげているので少々心配である。
2度3度ではとても無理で5度10度練習してやっと1人で跳べる様になった。
疲れて俺の横で座り込んでいるが、上空ではシャーラが無限バンジージャンプを楽しんでいる。
「シャーラさんは凄いですねー」
シャーラはグリンと遊んでいるだけなんだが、ナジルには判らないだろう。
「夜は跳ぶなよ。跳んでも元の所に戻るのが精一杯だからな。部屋から屋根の上ってだけでも危険なのに、見えなきゃ落ちている事すら分かり難いから」
3日程バンジージャンプの練習をしてから、又ホルムの村を目指すが何時もの半分の進行速度がよいところ。
森に不慣れな、ナジルを急かす事も出来ないので仕方がない。
然し、魔法の練習のために目立たない冒険者の服装一式を買っておいてよかった。
短靴に街中用の衣服なら苦労するところだった。
夜にはナジルに氷を作って貰い、2人で森の恵で軽くやる。
氷製造業者を一人常備したいが、ヒャルもナジルもそんな訳にもいかないから、別れる前にたっぷりと氷を作ってもらおう。
ナジルに、ファイアーボールの反則技を一つ暗示しておく。
キャンプハウスの壁に向かってファイアーボールを打たせる。
〈パーン〉〈パーン〉と中々よい音ですよ、練習の成果が出ているね。
「なあナジル、ファイアーボールが当たったら砕けて消えるだろう。それを当たったらピッタリ張り付いて、魔力が切れるまで燃えている様に出来ないのか?」
「どうすればそのような事が出来ますか」
「いや俺は火魔法を使えないし知らないから、素人考えなんだよ。ストーンランスやアイスランスは、突き立っても消えないだろう。出来ないのかなと思ってな」
ナジルが真剣に考えている、出来るか出来ないかはナジルの思考力にかかっている。
頑張れよ。
* * * * * * * *
ナジルが手をあげて指差し2と合図し、隣でシャーラが頷いている。
俺は後方支援・・・という名の見物。
ハイオーク2頭が木々の間から見える。
ナジルは立木にもたれてピクリとも動かない、所謂木化けだな。
30メートル程のところにハイオークの姿が見えたところで、すーっと腕が上がる。
アイスランスを打ち出すと次の瞬間もう1発。
1頭は頭に、もう1頭は胸にアイスランスを打ち込まれて絶命している。
* * * * * * * *
ナジルの訓練をしながらなので、2ヶ月近く掛かって漸くホルム村に辿り着いた。
「カイトにシャーラ、久しいな。彼は誰だ」
「彼はナジル、アガベの村で暫く預かってもらいたくて連れて来たんだ」
「訳ありか」
「ああ、ナガヤール王国の貴族や高官とは相性が悪い。別に追われているとかでは無いが、エグドラに居ると何かと不味いのでな。彼の事をハマワール侯爵様は知っているが、表立っては何も出来ないし知らない事になっているんだ」
「はん、此処なら人族はまず来ないしな。来ても高ランク冒険者くらいだな」
「ちょっと飯代代わりの手土産が有る。受け取ってくれ」
ナジルに出させたのはホーンラビットからホーンボア,エルク,オーク,ハイオーク,ウルフ3種等々50頭近い数だ。
「少し多いぞ。こんなに食えないな」
「余れば売ればいいだろ」
「これを彼が」
「ああ魔法は使えるが、森の生活を知らないから教えながら来たんだ」
「別に狩りに連れて行けとか言わないよ。何かあったときの防衛の役には立つよ。時々は様子を見に来るから頼むよ」
「カイトの頼みだ、いいだろう。来な皆を紹介するぜ」
ナジルの紹介がてらの宴会になり、一族の者達と遅くまで飲み明かした。
シャーラは治癒魔法が知れ渡っているので、ちょっとした怪我や病気の治療依頼で結構忙しくしていた。
そのお陰か、村の子供達や女性陣と仲良くやっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます